ダンジョン探索したら体を休める。
それはマスターたちが生きる為に課したルールだ。数回しか戦ってない、あまり疲れていないという言葉はまず信用してはならない。人間は見えない所でストレスを蓄積し続けているのだから。死への抵抗、生への執着。未知の環境を行くだけでも人間は重大な負荷を受け続ける。
幸い、帰還した時間帯は朝だった。これはゲームでもそうだが、探索から帰還すると全てのスケジュールを白紙に戻して休息が入る。それだけダンジョン探索後の休息は大事だという事だ。という訳でアロマやら何やらを使ってぐっすりと眠った翌日。
お高いスーツ姿に俺は変身していた。パペッターの葬式会場で着ていたスーツをこんな所で再利用する事になるとは思いもしなかったが、これから向かうオークションはドレスコードが存在する為、スーツなどの服装を着用する必要がある。
「うっ、《ドレスコード》……!」
ホテルのロビーで勝手にトラウマを刺激されていると、日本一の人がちょっと呆れた表情を見せる。
「尊くん、偶に勝手にトラウマを刺激されるときあるよね」
まあ、こっちは調整前のナーフ祭りとか経験してるので……。
現実ではこういう調整祭りとかナーフ地獄とかないんだろうなあ、と思うと寂しい所はある。PvPゲーの華だよ。調整前の馬鹿つよスキルとかモンスターを皆一斉に手を出した結果瞬間的に環境が地獄になるの。皆好きでしょ。いや、嘘です。死んでほしいと思ってる。
ははは、と笑う仮面も体を保護する為のロングコートではなく、タキシード姿に仮面とちょっと変態度がアップしている姿になっているが、これでもフォーマルらしい。フォーマルに仮面はありなんか? という疑問はあるのだが、これで通してるのが日本一のマスターだ。
実力の前にフォーマリティは無用らしい。
「それでオークションに俺も行かなきゃ駄目なの?」
「駄目という訳じゃないけど、良い社会勉強になるだろうから付いて来て欲しい。利用した事はないだろう?」
仮面の言葉に頷く。ゲーム時代ではレアアイテムや牧場のアップグレードアイテムを入手するのにオークションは利用不可欠の施設だった。だがオークションを利用する頃には金策で所持金をインフレさせて札束で殴るゲームになっていた為駆け引き要素は皆無だった。
そして億単位の金が動く場で、なんとか黒字経営に入っている我が家が介入する余地はない。
牧場アップグレードは最終的な育成機関や収益に影響するけど、そういうのにまで手は回らない。オークションに出る余裕なんてそれこそAかSに上がってからの話だろう。
おかしいなあ……転生知識チートしてる筈なのに一向に貧乏のままだ……貧乏のままどころかどんどん世界情勢が悪化してる気がする……。ウチの国だけでも好景気にならない? 交流戦で勝てば良い? じゃあ勝つか。
「顔を見てれば言いたい事は解る。だけど君は根の国を始めとした高難易度ダンジョンのスキルカードやアイテムを所有してる。それを放出する機会を得る為にもシステムを知るべきだ」
「まあ、確かに利用してない所だから知らない部分は多いかな……って来た来た」
エレベーターの方へと視線を向ければ、待ち人がようやく出て来た。白髪に合うように黒いカクテルドレス姿でやって来たのは久遠だった。此方同様、ドレスコードが要求される関係で久遠も着飾る必要があったのだが、やはり女性のこの手の準備は長い。
その代わりに、それに見合うだけの価値はある。
「待たせたな……ふむ、テレビでは見ていたが貴様はそういう格好も似合うな」
「君程じゃないよ。ドレス姿なんて見る機会がないと思ってたけど」
「私もだ。こんな所に来てこんなドレスを着るなんて……貴様のおかげだ、ミコト。だからもっと良く私を見て、そして堪能しろ。それが報酬だ」
「この人間隙さえ見つけたらイチャイチャしますね……あの死神が騒がしい訳ですわね」
会話に割り込む様に足元でスマホをぺちぺちしてる黒い狐が呆れの声を零す。牧場で下ろすのを忘れたまま頭に乗せてラスベガスに帰って来た為、そのまま海外へと連れ出してしまったボスである。今、間違いなくラスベガス最強の存在は単体で見るとこの狐だろう。
テロかなぁ。
まあ、駆間ではよくある事だしいっか。ラスベガスも駆間も似たようなもんだろ。
「……貴様は助けてくれる癖に終始そんな態度だな」
「契約関係であって従魔の類じゃありませんからね。私、こう見えて義理堅いですけど従順ではありませんから」
尻尾でスマホを握りながら前足で画面をタップする狐がなんか言ってる。生意気なので持ち上げる。
「なんですか? 私は安い女じゃありませんよ。え? オークション? セレブの世界? 大変興味あります……護衛? やりますやります。怪しい人間を全員《無限鳥居の怪》で無限ループさせればよろしいんでしょう? もう入札したくないのに無限に入札し続ける姿とか見たくありません?」
居ても居なくてもどっちでもいいのだが、護衛を連れていると修三さん達が露骨にほっとした表情を見せるので根の国から出張してきたWIFI職人、オークションに参戦。持ち上げた狐を片腕で抱きながら久遠に突き出すと、久遠がHP+100%のスキルカードと防御+100%のスキルカードを狐に食わせる。
むしゃむしゃとパワーアップアイテムを貪る姿に仮面が腕を組んでしばし悩み。
「……まあ、私はもう既に突破してるからいっか」
見なかった事にした。根の国の裏口の門番は増々凶悪になって行く。OC前提の攻略難易度になって来たなコイツも。今度こそパペッター相手に戦えるレベルになったんじゃないか? いや、スキルパワー足りないか……もっと……もっとコイツを理不尽なボスに仕立て上げないと……!
という訳で、茶番を挟んで何時ものペースに入りながらリムジンに乗車。リムジン乗車という人生の実績解除を達成しつつオークション会場へ。
あっという間に仮面の手によって俺達はその場へと連れて来られた。
「ここがラスベガスで最大級の、そしてモンスター協会によって管理されているオークション会場だ。さ、中に入ろう。社会勉強の時間だ」
セレブフォックスが私、エレガントですからみたいな顔をしながら子狐モードで歩いている。気分はレッドカーペットを歩く大女優らしい。そんな様子のおかしな狐を連れながら会場内に入れば、落ち着いたクラシックの流れるロビーに到着する。
流石ブルジョワの世界だけあってどこもかしこも金を持ってそうな人ばかりだし、流れて来る思念からマウントを取りたがる意志ばかり感じる。ここ、あんまり好きじゃないかも。
「さて」
ロビーに到着した所で足を止めて、仮面が俺達を見て来る。
「オークションに来るのは初めてだったね? あらゆるスキルカード、モンスター素材の金銭的売買が禁止されていて、それを全て担うのがモンスター協会だがその理由は解るかな?」
「それを許すと経済が吹っ飛ぶし、劇物過ぎて金銭取引を許可するとどこの誰に何が流れたのか把握できなくなるから」
「うむ、正解だ。スキルカード1枚が核兵器に匹敵する時代だ。こんなものを野放しにする事は出来ないが、国や企業だけで抱えている戦力では全ての危機に対処する事は出来ない。だから民間人にもある程度武装する力が必要だ。それがマスター制度の始まりだと言われている」
「ほえー」
2人揃ってマスターの歴史を説明され、声が漏れる。
まあ、考えてみれば民間人までモンスターという戦力を簡単に手が出せる環境って異常以外の何者でもないのはそう。ダンジョンがあらゆる所に現れるのなら警察や軍隊だけでは手が回らなくなる。必然、一般人が武力を手にしやすい時代が来る。
その結果が仮面とか酒クズになるのは結構終わってると思う。
「質問だ仮面男」
「何かな」
「オークションでは素材やカードの売買が行われると言う。モンスター協会が主催という事はオークションは禁止の範疇に含まれないのか?」
「良い質問だね」
オークションのレセプションへと向かい、カタログを手にしながら仮面が久遠の質問に答える。
「モンスター協会はインフレが起きないように素材の供給をコントロールしなくてはならない。だがこの壮大なゲームを続けるには財源が必要だ。オークションはその1つになる。出品された品は金銭を以てやり取りされるが、出品者には金が入らない」
その代わりに、と言葉が続く。仮面はスマホを取り出すと、異様にゼロの多い数字を見せた。
「金銭の代わりにモンスター協会の系列店等で利用できるポイントを渡す。ちなみに1円1ポイントだね。無論、このポイントを使ってオークションに参加する事も出来る。ま、一種の仮想通貨だと思ってくれれば良い」
成程なぁ、と呟く。素材やカードで動いた金が外に漏れないようにしてるのか。
スキルカードは消耗品だし、モンスターの素材は入手に常に命の危機が伴う。レベル90以上のモンスターが出現するダンジョンの素材が常に高い値段をキープしているのは取りに行けるマスターが限られており、供給が限定されているから。
その上で死人も出る様な状況だってあり得るのだ、供給が限られて危険性がある以上値段が下がる事はないだろう。
「つまり尊くんがどれだけあのインチキブックからカードを取り出そうとも、それを金銭に変える事は出来ない。その代わりに協会関連の店やら提携先ならポイント支払いで色々と出来る。無論、これで生活費を払えるわけじゃないから注意しなくてはならないけどね」
「つまりここで出品しても良いが、ここで得たポイントはマスター関連の事でしか使えないと思えば良いのだな?」
「そうだね。でも系列にモンスター用の餌を扱ってる所もあるから、尊くんみたいにファーム経営してるところはある程度ポイントの方でモンスターの食費を賄っているよ」
「あ、滅茶苦茶助かる情報」
素直に感謝しまくりたい情報だった。ウチの両親含めて我らが一家、ここら辺の知識が全くないので助かる。修三さんも結局育ててるモンスターは少ないから食費もそんなにかからないらしいし。オークションの出品した素材で食費を賄えるなら生活がだいぶ楽になるぞ。
幸いオークションに出せそうなものはそこそこあるし。そこら辺のシステムもうちょっと早く知りたかったな。探せばもうちょい色々とあるかもしれない。
いや……なんで俺ラスベガスまで来て家計の事考えてんだ……?
「そういう訳でオークションの利用価値は高い。特に私や君の様な高難易度ダンジョンの素材やスキルカードを手に入れられるマスターはね。試しに何か出品してみるかい? 今、ここには世界各国から大量のマスターが集まっている」
仮面がサムズアップを浮かべた。
「君が何か出品させたら良い感じに目くらましになるかもしれないし」
「貴様それが本命か」
「汚い。流石大人汚い。子供を利用するなんて汚いぞ」
ただまあ、こう期待されると全力で乗っかりたくなるよね。足元でスマホをタップしてる狐の尻尾に手を突っ込む。
「あ、こら、レディの尻尾に手を突っ込むなんて万死ですよ万死! あ、ちょっと、そこは本当にマズイからダメダメダメダメ! あー! それ挑戦者への報酬! 私を倒した時のドロップ予定の奴です! 早く戻してください!」
ずぼりとマガツキュウビの尻尾から変異された殺生石を取り出す。これにちょちょいと呼び出した告死蝶をセットで付ける。そうやって完成させたセットをででーん、とRPGの勇者ばかりに掲げる。
「家に置くだけで君も根の国仲間だ! 飾って逝って良し、合体素材に使って彼岸フレンズを呼びだしても良し! 知り合いをこれで煽っても良し! 間違いなく煽りから殺し合いに発展するどう足掻いても彼岸セットだ!」
「死の宣告か?」
冴えわたる久遠のツッコミ、そして仮面が近くで見ていたオークショニアを呼び寄せる。
「見ていただろう? これ、出品登録でよろしく」
震えながら一部始終を見ていたオークショニアは顔を青くしながら頷いた。
「せ、戦争だ……今夜、このオークションは戦場になるぞ……! なんてものを! な、なんてものを出品してくれたんだ!」
凄い勢いで周囲の人達がどこかに連絡をし始める。恐らく日本限定の合体アイテムを手に入れる為に滞在中の各国のマスター達に連絡を取っているのだろう。オークショニアの言う通り、これからこのオークション会場は地獄になるだろう。
意図的に作り出した地獄を隠れ蓑に、日本チームに必要な素材を確保する―――!