―――少し前、作業中。
「鴉羽さん、樹海を進んでる時に邪神というモンスターの話をしましたが、他にもああいうモンスターはいるんですよね?」
「何? 邪神の話をもっと聞きたい?」
「あ、僕も興味あります」
「もっとなんか面白い話してくださいよ」
日本チームの仲は良好だった。鴉羽尊はチームに認められていて、新しい知識を齎す尊は一種のアイドルだった。未知が多いこの業界において、それを知る事は代々の娯楽だと言っても良い。そして尊は求められたことに対して素直に応じる―――聖者の様な男だった。
「じゃあゴーストライターの話をしよう。こいつはタネを知ってれば余裕、瞬殺できる。だけどタネを理解しない限りは永遠に勝てないし、知ってる奴の前には出て来ない邪神だ」
「何か聞いてるだけで卑怯って感じですね」
とんとんとん、と資料を纏めながらそうかもな、と尊は続ける。
「ゴーストライターは邪神の中でも特殊で……というか邪神全員が特殊性の塊なんだけど。とりあえず、コイツは生物というよりは世界に焼き付いた現象に近い存在だ」
「生物ではない? 面白い話をしてるな」
ぽちぽちとタブレットで組み上げられたスキル管理アプリをタップしながら構築を管理してた東吾が会話に参加した。邪神、いずれ相対する機会もあるだろうと予感していた東吾も会話に参加する。そして尊も、話を続ける。
「アイツはね、元は人間だったんだ。旧世界で名を馳せた劇作家。元は売れない、ハッピーエンドの凡庸な劇ばっかり書いてた人だったんだ」
「……それが邪神?」
そうだよ、と尊が答える。
「本当に平凡な劇作家だったんだ。でもある日、戦争で住んでいた街が滅びてね、妻と子と住まう場所全てを失ってしまったんだ。戦争を最前列で見た彼はその虚しさと絶望を筆に乗せて劇にしたんだ。少しでもその無意味さを伝える為に」
でもね。
「その劇が大ヒットしてしまったんだ」
それが悲劇の始まりだった。男は幸せな物語よりも、悲劇を描く方に才能があった。
「観客たちは悲劇を娯楽として消費し、新たな劇を求めた。当然、男はそれを拒否した。元々悲劇を描いたのは戦争の悲惨さを伝える為だったからな。再び筆を執ってハッピーエンドを描いても人々は悲劇を求め、契約で書かされた劇が再びヒットしてしまった」
そう、それは悲劇だった。男の人生そのものが。
「男は律儀で、そして素直だった。与えられた仕事には逆らえず、契約を守り、悲劇を描き続け、ヒットし続けた。やがて男の心は壊れ始めた。書きたくないものを書かされて、そしてそれを守り続け、理想からかけ離れて……そして舞台の上に悲劇を描いた。そして―――」
「……そして?」
「壊れた」
ぱりん、という音を口で作って両手を広げる。
「男は気づいた。読者は、観客は、見たいものしか見ない。戦場はリアルではなく非日常で、劇場で見るのは劇場の遊びでしかない。どれだけ真に迫った演技をしても、それは舞台上の世界。誰もそれを本気に捉えないんだって理解して、壊れちゃった。自分の訴えも、努力も、苦痛も、絶望も、世界からすれば小さな赤い血の一滴にしか過ぎないんだって」
そして男はキャンバスを広げた。描く舞台を劇場から広げた。
「ステージの上から世界へ。男は悲劇を演出するようになった。少しでも多くの人に苦しみを教える為に。自分の味わった絶望を伝える為に。いつしか人間としての機能はそぎ落とされた。舞台を描く以外の機能を失った男は存在そのものが舞台装置になってしまった。それは独り歩きする幽霊の様な劇作家。人間を逸脱し、幽霊となって徘徊する悲劇を描く邪神」
それこそ、ゴーストライター。
「現実というキャンバスに悲劇しか描けなくなった哀れな男のなれの果てだよ」
「―――貴女、役者に興味はありませんか!?」
すい、っとゴーストライターが久遠の横に跪く。
「才能を感じます。原石であると見ました。吾輩、こう見えて才能を見抜く事に関してはかーなーりっ! かなり、これぐらいかなりですね? とても自信を持っております! 何故なら数百、数千、数万という人間を見て、その才能を見分けて来ましたからね」
ででーん、と後光を演出しながらゴーストライターはポーズをとる。
片足で立ち、横を向き久遠を両手で指す。
「貴女は愛されています! おめでとうございます! 天性の資質ですね! 愛される人間って実はとても難しいんです。ひょんな事で何もかも拗れてしまいますからね、愛されたままというのが一番難しいのです! ですが、貴女は不思議と魅力がある……真っすぐというか……そう、こじらせない才能! 物事を正しく導く力がある! とても素晴らしい! Bravo! あ、これ、使い方あってますか?」
「たぶん」
「ありがとうございます! あっていました! ふふふ、次に使う時はたぶんありませんけどね!」
テンションが高い。鬱陶しい。煩い。怪しい。拒否する理由は幾らでもあった。問題はその危機感が全て機能していなかった事だ。久遠にはそれが自覚出来た。この男を無視して母と買い物を続けたい。なのに拒否する気持ちや危機感が欠如している。まるで目の前の男を受け入れている……いや、受け入れさせられているかのような気持ちだった。
洗脳とは違う。まるで状況の全てが男の都合の良い方向へと持っていかれているような気持ちだった。だがそれを久遠は自覚出来ていた。誰よりも何よりも尊と灯という世界から外れている鴉羽兄妹と接している時間が長いから。
異常性を異常性として認知し、抵抗する力が魂そのものに備わっていた。
「―――それでは私達は買い物の途中だからこれで去らせて貰う」
「おやおや、そのように急ぐ必要はないのではありませんか? んン? 吾輩、貴女を主役に据えたいと思ったのです」
片膝をつき、バン、と腕を広げる。
「無論! 悲劇のヒロインとして!」
解りますか!? と迫る顔から嫌そうに離れる。
「悲劇です、悲劇! 科学的にも悲劇とは最も感情と記憶に残るものだと言われています。何よりも今では曇らせが流行っていますからね、マーケティング的にも悲劇を適度に混ぜた方がウケが良いのですよ。解りますね? 悲劇なしではドラマは起きない! 悲劇があってこそ物語は始まる!」
てくてくてくと歩くと、そのまま近くの柱に真横に立った。異常性。周りはそれを芸か何かと思って手を叩いている。
「ありがとう、ありがとう……村を焼かれた勇者が決意を抱いて旅立つ話。かつて恋人を失った青年が復讐者となった話。幼馴染を奪われた少年が立ち上がる話。そう、物語には悲劇が必要なのです! 悲劇こそ最も感情と! 記憶に残り! 称賛されるエンターテイメント!」
ですので!
「そこの貴女、悲劇のヒロインになりませんか?」
「断る。失せろ。私はお前が嫌いだ」
「―――なんと」
ゴーストライターが驚くようにメモ帳を取り出すとぱらぱらとページをめくり、そこから書き込んだフローを確認する。
「凄まじい意志力ですね。吾輩の設定した台本に従いませんか。いや、ですが、アドリブもまた舞台を栄えさせる要素の1つ。ここは素直に貴女のその素晴らしい役者としての才能を賛美しましょう! あぁ、お友達が来るとは思わないでください。皆、忙しいですからね。たぶん用事が入っているのでしょう。違和感も抱きません。この舞台はそういう設定なので」
設定、即ち現実改変能力。そういう風に舞台がセットされたので、誰もがエキストラとなってその役割と設定に沿うように行動する。パペッターのように永続する訳ではない。だが設定された舞台の上であればほぼ無敵に近い能力。
タネがバレない限りは絶対に勝てない。
それがゴーストライター。
「それでは改めて―――ヒロイン役のオファーをしに来ました。貴女の周囲、登場人物、環境、全てパーフェクトなので。火薬庫に住んでいる事も実にグッド! 貴女を中心の物語を展開すれば連鎖的に大きな舞台を構築できそうで吾輩、興奮ッ!!」
拍手と喝采が虚空から響いて来る。1人だけステージの上で演じているかのように。それを久遠は純粋に哀れんだ。
「貴様は」
「はい、何でしょうか?」
「中身がないのだな」
久遠が穴しかない目を見た。
「貴様は何がしたいんだ?」
久遠の言葉にははは、と笑った。
「無論、それはこの世に傑作を届ける事です! 誰にも愛される創作! 誰もが手に取る物語を! だからこそ―――」
「求められるものだけを書いてるのか? やはり中身がないんだな。貴様の言葉からは伝えたいメッセージや意味を何にも感じない。悲劇が感情や記憶に残るのはいいとして、それだけで終わらせるのには何も意味がないだろう。どれだけ凡庸だろうがハッピーエンドで終わる方が私の好みだ」
「―――」
「それではさらばだ。私は貴様に興味はないし、貴様の創作にも興味がない。悲劇を描きたいのなら自分の人生でも書いたらどうだ? どれだけ悲劇やテンプレを賛美しようが、その中に中身が伴ってなければ貴様自身が書いたものとしては価値がないぞ」
久遠の言い返した言葉にゴーストライターは数秒沈黙すると、腹を抱えて笑い出した。
「はははは! 素晴らしい! そこで言い返しますか! あぁ、成程! 言い返す言葉もありませんね! そう、安い悲劇なんてものありふれている! 誰だって描ける! 私の創作に価値などない! まさしくその通り! その通りです! いやあ、素晴らしい」
そこまで笑った所で一瞬で表情が抜け落ちた。
「自由意思を尊重したかったのですが……まあ、仕方ありません。契約で縛るというのも1つの手ですか。最終的に結末は一緒ですからね」
反論しようとして口を開けなくなっている事実に久遠は気づいた。そもそも先ほどから自分以外の人間が全て反応出来てない事にも気が付く。このモールは完全に悲劇の劇作家の領域となっている。外から誰が入ってこようとも、一瞬で舞台のエキストラになってしまう。
そこに抵抗の意思は関係ない。どれだけのランカーを連れてきて、数で囲んで、そして殺すのも無意味だ。
条件が揃う限りゴーストライターは無から復活してくる。
そうなるまであらゆる地を歩き続け、星に悲劇という足跡を刻んできた存在だからだ。
だからこうなった時点でゴーストライターを止める手段は存在しない。久遠へと向かって伸びる手を、もう片手で握る羽ペンの動きを、止める事の出来る生命は地上に存在しないのだから。
「―――その子の言う通り、コテコテのテンプレでしか書けない三流劇作家に価値なんてないわね」
そう、ただ唯一、例外を除いて。
直後、その声にゴーストライターは動きを止めた。ここはどう反応するべきか、それを一瞬も考えるべくもなく、テンプレ通りの反応を見せた。
「この吾輩の設定に抗うとは―――何者!」
「反応までテンプレ通りでありがとう。私は創作というスタンスにおいては貴方の最大級の敵よ」
そう、ゴーストライターを止められる存在は地上にはいない。だけど天上出身でライフスケールが違っていてそもそもあらゆる面において例外の存在である場合、ゴーストライターの力はそもそも適応するしないの領域を超越して困ってしまう。
そう、困ってしまう。
そのものは近くのカフェに座ってコーヒーを飲んでいた。近くにはどことなく久遠に見覚えのあるバストサイズのメイドを控えさせ、どことなく知っている男の子のぬいぐるみをテーブルに同席させている。顔を隠すようにつばの広い帽子をかぶった女は顔を隠すデリカシーがあるんだな……という驚きをあらゆる存在に投げながら答える。
「私? 私は見ての通り、通りすがりのオリチャー婦人よ」
あらゆる関係者が頼む! 帰ってくれ! 心の中でそう叫んだ。
「物語の最後がハッピーエンドで終わらないという事実に前々から貴方には文句があったの。この際、そのテンプレ悲観主義者を論破してやろうと思って来たわ」
オリチャー婦人! ラスベガスに降臨ッッ!
過去一勝手に戦っていろ! そうとしか言えない戦いが始まる!!