睨み合う邪神と女神。
どちらも世界と社会を崩壊させたビッグタイトルホルダー。
片や終末世界を悲劇のフルコースだと楽しんで崩壊を加速させた大戦犯。もう片やあれ? 案外呆気なく滅びちゃった? もうちょっと抵抗とか……とか言いながらガバガバのガバを極めて世界を滅ぼした女神。今すぐ地球から退去して死んでほしい2大チャンピオンが揃ってしまった。
2カスは一瞬だけ睨み合うと、テーブルを挟んで座った。
そこに横から久遠がかけるべき言葉をかけた。
「ファイっ!!」
メイドがカーンと音を鳴らした。
「先行は譲るわ……だって私の方が強いもの」
「おぉっと、ナチュラルマウントですかな? ですが創作論の前では強さによるマウンティングなんて無意味。なにせ吾輩、創作に関しては世界で最も有名な劇作家だった時代が存在する故、自分の庭をデストロイした女神とは違ってちゃんと弁えているのです」
こほん。さて、と言葉が続く。
「ノンセンス―――実にノンセンス! 女神、貴女のそれはオリチャーではなくガバチャーですらない、そもそもチャートすらないただのアドリブです!」
「それはどうかしら」
無論、言ってみただけである。100%正論のパンチ、女神に否定できる要素は欠片もなかった。開幕即死攻撃に女神はもう論破するだけのロジックパワーが備わっていない。誰もがそう思った。だが女神は違った。
■■■の《上位観測》!
今の発言をなかった事にした!
「で、なんだったかしら?」
「チートは止めにしませんか?」
開幕繰り出される正論アグロに対して観測ジャッジキルで対抗! 自分がジャッジだという暴論で敗北の目を消し去った! この女に恥の概念はないのか!?
ない! 恥の定義を作る側だから!
「そもそもの話をするわ」
「正論とともに吾輩のターン終わった?」
「悲劇では物語が成立しないわ」
「……ほう、続けてください」
得意げな表情を女神が浮かべる。その間暇になった久遠と久遠母にメイドが申し訳ありませんね、とギフトを渡していた。主はともかくメイドはちゃんと恥を理解していた。
「感情に訴えかけるのが悲劇なのは事実よ。だけど悲劇はあくまでもスパイス。辛味だけを加えたのでは物語にならないわ。数多くの創作を見れば解るけどその多くはハッピーエンドで終わるわ。そう求められているからよ」
「んっんっー、詭弁ですなぁ。世には悲劇のみで成立する名作も数多くあります。バッドエンド、メリーバッドエンドは昔からある手法であり、使い古されてますが途絶えていない。今もまた求められてる作風ですぞ!」
そう! 見るがいい! と、ゴーストライターが小説サイトを見せる。
「人の娯楽はスナック感覚で消費する形式に入りました! ハッピーエンドにたどり着くまで一体どれだけの時間がかかる? ちゃんとした物語として成立するのにかかる時間は?」
解りますか? と続ける。
「娯楽は増えた! 1つの長い物語に時間をかけるのはコストがかかりすぎる! 移動中に、休憩時間に、サクッと消費して楽しめ、話題に出来るものがトレンドです! スマートフォンによるソーシャルゲームも空いた時間で遊べるものが多い、忙しい世の中では長く腰を据えて遊ぶ、楽しむ時間が取れないから!」
おぉ、と大仰にアクションを取る。
「消費文明!! 我らの世界ではついぞここまで醜悪に成長しませんでしたな。魔法や奇跡が存在するから生活は便利でしたし。そこまで発展を望まなくても満足できましたし」
「ま、滅んじゃったけどね」
関係者一同がえ、お前がそれを言うの……? という信じられない者を見る顔をした。ゴーストライターでさえ絶句した。遠くから見てたインスペクターも目を閉じて見る事を止めた。もうこんなの見たくねぇ。
「そ、そうですか……いえ、話を戻します……戻していいですかな?」
「どうぞ」
こほん。では。
「そう! 娯楽は消費されるもの! 心に深く残るものや、長く語り継がれる物語を誰も求めてないのです!」
それはゴーストライターがこの世界に適応して学んだ事だった。それを理解するまで本屋に通い、インフルエンサーの動画を確認して、自分でもshortsを出して反応を確認するという地味なチェックを通していた。
ゴーストライターは根本的にカスだが、創作に対しては割と真面目だった。
「ファスト映画! ショート動画! 人が手に取る娯楽は段々時短が求められています。忙しい社会に適応する為にそれだけの時間が確保できないから! だから提供される物語もまた、短い時間で強烈なインプレッションを残すべきなのです」
それが悲劇。マイナスな感情は深く、強く残る。だからハッピーエンドよりも強烈なマイナスを。曇らせて絶望させて美しい悲劇を描く。
それが今、最も求められる形式だから。
ある種、この世界に適応したモンスターの中でも、ゴーストライターは特殊だった。
何せ、現実に監督として名義をこの男は確保してるのだから。
「解りましたかな? これが吾輩のスタンス、そして真理! ビバ悲劇!」
賛美の声を響かせなら勝ち誇るゴーストライターを前に、オリチャー婦人は余裕の表情を崩さなかった。
「だけど長く、そして多くに愛されるのは何時だってめでたしめでたしで終わる物語よ。子供も大人も知っている物語の多くは全てハッピーエンドで終わるものだわ」
女神の反論が刺さる。
「貴方の言う悲劇は摂取しやすいスナックなのは確かね。でもどうかしら、それは愛される物語かしら? 長く認知されるかしら? 人々が何度も語り継ぐものになるかしら? 果たして、それは次に繋がるものとなるのかしら?」
女神の反論にゴーストライターは答えを持っていた。
「ありますとも! 無論! 何故なら、最古から愛される物語! 英雄譚! 神話は悲劇と終焉によって締めくくられるのだから!」
そう、多くの英雄譚は悲劇が付きまとう。だが人々はそこから異なる展開や新たなる物語を見出す。
「ジークフリート! ラーマ! クーフーリン! ヘラクレス! 多くの英雄の物語は悲劇に彩られましたが、それ以上の物を常に残して行きます! それが次の創作に、そして夢へと繋がる! 悲劇こそが未来を紡ぐのですよ!」
高笑いを上げ、ゴーストライターがレスバの勝利を確信する。この女神、レスバに関しては雑魚の一言に尽きる。援軍のくせに援軍になっていない。まさしく出オチ。出てきた意味が無い。
勝利は目前。あと少し背中を押せば女神を倒し、自分の正しさを証明できる。それを確信した瞬間、口が止まった。
―――アレ、これ論破してはあかんのでは?
そう、この男、フルアクセルで語ったところで漸く気づいたのだ!
論破したら普通に殺されることに!!
論破したところで別に能力が通るわけではない。そもそも《上位観測》で無効化も即死も通してくる相手だ。レスバという形式に乗ってるから即死攻撃が飛んでこないだけだ。
決着が付いたら間違いなく殺されるという事実を理解してしまった!
―――いや、待て、流石にそんな恥知らずなことをするはずないですよね? あ、しますねこれ。
メイドはもう既に遺影を用意していた。しかもゴーストライターだけではない、数人分。モール内の人間全員死ぬのでは? という疑問が湧いてきた。
いや、死ぬだろう。余波で普通に。そこらへん配慮出来ないから世界が滅んだし。
―――吾輩とモールのエキストラを守る……!
役者の命が勿体ない。もっとエキストラは効率的に使うべきだ。そんな思いからゴーストライターは負け筋を探そうとして困った。
負けるほうが難しかった。
ついでに言えば視界の端に告死蝶が舞うのが見え始めた。おや、死亡フラグかな? ナイスな演出ですな! という現実逃避が始まる。
ゴーストライター、ここらへんで概ね生を諦める。
隠しボスとラスボスでは流石に格が違った。
「さあ、認めるのです! 悲劇を! その素晴らしさを! 悲劇こそ求められる至高のエンターテイメントであると!」
ここに至って、ヤケクソになったゴーストライターは取り敢えず煽れるだけ煽るというカスの思考に行き着いていた。そういうとこだけは敏感に察知する女神の目が細くなる。
「貴様は何故悲劇をそこまで求めるのだ?」
その女神の次のアクションを潰したのは久遠の声だった。
「無論、悲劇こそがエンターテイメントだから―――」
「いや、そうではなく」
久遠が再び遮る。
「何故悲劇を書くことを選んだのだ? 私から見て貴様には名誉に対する欲も、金銭への欲もない。何よりも
首を傾げ、ゴーストライターに問う。
「貴様は何故悲劇を描くのだ?」
或いは。
「悲劇に何を求めてるのだ?」
久遠の感性は、特殊だ。
人が顔や言葉を見て相手を判断するように、久遠はその裏側にあるメッセージや意志を拾い上げて会話する。上辺ではなく、本能的に物事の本質を捉える。
彼女が初めて尊と顔を合わせた時、彼女は的確に尊の欠け具合を会話から察していた。
打ち込んでも響いてこない伽藍堂の少年。誰か一緒にいなくてはならない。その中に自分が与えられたように愛を与えなくてはならない。
そういう風に久遠は相手を見ることが出来る。だからこそ柊剛三は久遠を尊の相手に選んだ。この少女以外に、あの少年を救うことは出来ないと判断した。
同じような視線がゴーストライターを貫く。
「貴様の言葉は上辺ばかりだ」
「まるで否定してほしくて逆張りしているようだ」
「演技が透けて見える」
言葉を区切り、ゴーストライターを見据えた。
「本当はハッピーエンドを求めてるんじゃないのか?」
久遠が何かを指摘した瞬間、ゴーストライターの姿が掠れるように消えた。あっ、と声を発する頃にはその姿はモール内から完全に消え去っていた。
「……もしかしてやらかしたか?」
「いいえ。でもそれだけだと40点という所ね。次があったら100点を目指しなさい。そうすれば二度と這い上がってこれなくなるから」
帽子の下に笑みを隠す貴婦人が気持ち良さそうにする。実際、カスのコミュ力でレスバに負けてたので一瞬で逆転負けする姿は最高に気持ちが良かった。ついでに言えば2周目限定イベントの回収も進んだ。
女神は大満足だった。既に彼女の記憶からレスバで負けてた事実は消えてた。神は完璧なので基本的に負けないのだ。負ける時があるとしたらそれは運命の相手なので負けてもしょうがないしょうがない。
自分がモデルに選んだ少女がレスバで勝利したのだから、これは事実上自分の勝利。
女神はまた勝ってしまった。
恥を知らないのかこいつ? という言葉をそっとメイドは飲み込んだ。たぶんない。
「結局何だったのだあの逆張り作家は」
「記憶しておく必要はないんじゃないかしら?」
「そうか。そうかもな……」
「久遠、そろそろ良い時間だしホテルに帰るわよ」
「あ、今行く!」
オリチャー婦人を名乗る不審者から視線を逸らし、母に返答した時にはもう先ほどまでの出来事の記憶は消え去っていた。指摘した事、見た内容、そこで起きた事、まるで最初から存在しなかったかのように丁寧に折りたたまれ、見つからないように久遠の記憶の底へと隠された。
もはやあった事もない知らない人へとなり下がった久遠と女神の関係は、振り返る事無く久遠を帰路へとつかせる。それを見届けながらオリチャー婦人を名乗る女神ははあ、と溜息を吐いた。
「推しカプの活躍はやっぱり最前線で見るのに限るわね」
本当に、本当にしょうもなく、どうしようもない女神だった。