勝ったには勝った。
だけどなんか……釈然としない。
別にスクナが飛びぬけて化け物だった事も、あのゴア表現も特に意見はない。グロ注意とか言ってたらララの面倒見れないし、腕やら内臓が飛んで回るのはマスターやってれば良く見る事だ。それにマスターだって普通に死んでるし。だからそれ自体は別に良い。
そもそもアライメント的に悪サイドのモンスターはちゃんと存在した。
スクナみたいに好感度があげ辛い、反抗的なモンスターは他にも存在する。この手のモンスターは育て辛い分強い能力を持ってたり、ステータスが高かったりするし、手間にかけるだけのメリットが存在する。
実際、ウチの構築だと“楽園”とウェルギリウスの最終形態である“死神”がどっちかというとそっちサイドだし。特に楽園に関してはカルマ値がマイナスに突入しているから好感度を稼がない限り全くトレーニングとかやってくれないタイプだし。
それは別に良いんだ。ゲームだったら。
「アンタら、なんで主従やってるんだ?」
フィールドから控室へと戻る間、前を歩く酒クズ椿と鬼クズスクナに話しかけた。前を行く2人は先ほどの残虐な姿とかギリギリのラインを見極める具合に反逆してるとか、そういうのを一切感じさせないレベルで和気藹々として酒を飲みながら通路を進んでいた。信じられないぐらい普通に。
ゲームでなら良いが、リアルでなら実害が出かねないレベルの存在。どうして従える? どうして選んだ? その疑問を端的にぶつけた。
「お前、ほんと恐れ知らずというか……」
最初に反応したのはスクナで、こっちを見て呆れたような、少し引いているような顔を見せて、それからそうだなぁ、と普通に答える。
「そういう契約だからな」
「そうそう、そういう契約なの。だからみこっちゃんが気にする事じゃないよん」
「みこっちゃん言うな」
けらけらと鬼主従が笑って歩く。結局、まともに答えようとする感じはなかった。だが酒クズはちゃんと、あの鬼神が反逆気質なのを理解して連れている様に思える。主従として成立しているのか、あれ?
首を傾げながら眺めていると頭の上に小さな金色の蛇が乗っかった。
「しゃー」
「歪であれ、主従としてはギリギリのところで成立しておる。あの2人にとって契約とは特別な言葉を示す。2人、共に視点は常人とは違うからな」
「人は本来AからBへと流れる視点しか持ちません。それが時を認知する者はテレビの時間割を見る様に時間や出来事を認知します。あの2人は立っている視点が違うのです。始まりから終わりまで、やるべき事と迎える結末が見えているのでしょう」
クラマオウとコノハナサクヤヒメが後ろからやって来た。頭の上に乗ったのはこれ、ミニ化した黄龍か? 小さくなると蛇になって可愛いね。書生風の恰好をしているクラマオウがさて、と言葉を続ける。
「貴殿の懸念する事は解る。だが心配する必要はない。結末は決まっているからな」
クラマオウの言葉に肩を揺らしてなんのこっちゃとリアクションを取る事しかできない。ただモンスター達で納得しているという事だけは理解できる。そして彼女達の問題には自分は別に、関わりがないという事も。
ま、勝てたならええか。次は東吾か仮面マンの試合だし、さっさとそっちの試合に出る準備をするか。
そう思って酒クズの事情回りの事を考えるのを止めて踏み出して。
視界が斜めになって。
前に進もうとして体が横に滑っているのを理解して。
倒れる所をサクヤヒメに助けられた。
「あれ?」
体が前に進めない。歩こうとしても目の前がぐるぐるしてまともに歩けない。おかしい、バランス感覚が完全に狂って歩けない。というか今相当ヤバイ事になってない? あれ? 起き上がれない?
頭が混乱で満ちる中、振り返った酒クズがスマホを此方に向けて来る。
「あ、弱ってる。ウケる。写真とっとこ」
「殺すぞ」
こっち指差して笑ってるカス2匹見てるとやっぱ本当は特に深い設定とかないんじゃないコイツ? やっぱ酒飲んでるだけのカスなんじゃないこれ? 深く考えるだけ無駄じゃないかこれ?
あ、全く体動かないやこれ。
「脳の過負荷ですねぇー」
「過負荷」
「マスタースキル覚えたての人や使い込んだ人がなるもので脳を酷使しすぎた反動ですね。ここに至るまで頭痛とかしてるはずなんですが、それ抜きで倒れるってことは普段から相当無茶な使い方してますねー」
医務室に直行。あの後笑ってたカス2人をサクヤヒメが殴り飛ばしてから連絡を入れて、付き添いには代表として修三さんが来てくれた。
その結果がこれ。
「過負荷ですか」
「はい。先程の試合を確認しましたが、明らかにワンランク上の次元の機動を見せていましたが、あれは恐らく複数の脳を使って高度な計算を行ってましたね? 当然人間が物理的に耐えられる範疇を超えてるので脳が疲労したんでしょう」
げらげら笑ってるスクナの姿が浮かび上がる。
「……試合中の負荷はこっちで全部請け負ってたなぁ」
「それが原因ですねー。歪沢さんは予知能力者ですがこれも脳に負担のかかる行為です。それに高度な演算を求めて最適な未来だけを観測すれば脳が一瞬で茹だります。当然の結果です」
日本チーム用の医師がそんなことを言う。
有事の際に日本チームの治療や診察を担当する人だから当然酒クズやこちらの事情を把握している。修三さんもそこまで大きな事にならなくて安心している。
「普通こうなる前に自然とシャットダウンするなり、リンク切れるなりなんなりする筈なんですが……普段から相当無茶な使い方してませんか? 酷使されることに慣れてますね、この感じ。あまり良くないです」
「ぷえー」
反抗の鳴き声を上げる。無視された。
「取り敢えず脳を休ませればいいですが、しばらくはシンクロや関連技能は禁止ですね」
「しばらく」
「はい」
医師がカルテに書き込んでる。
「大体2ヶ月3ヶ月は休ませて経過を見たいところですね」
「2ヶ月……2ヶ月!? それは困る!」
「困りません」
「こ、困る!」
かち、かち、かち、とスクリーンをタッチして医師が資料を提示した。とはいえ、知識がないので何が書いてあるのか良く解らない。
「先生、これは?」
にらめっこする俺の代わりに修三さんが聞いてくれた。医師がよくぞ聞いてくれましたと答える。
「鴉羽さんのカルテです。あぁ、イギリスでの入院の時のものですね。あの時も脳の検査を行ったのでデータがあるのですが……」
スライドが切り替わる。
「この様に鴉羽さんの脳の活性状態を示しているんですね。当初は激戦のあとのテンションが続いていると判断しましたが……」
かち、かち、かち。
「この様に今回軽い再検査を行い、鴉羽さんの脳は常に活性状態にあって、常に負荷が掛かっているのが解ります。あ、こちらが一般的な脳の動きです」
俺のスライド真っ赤なんだが?
「はい、鴉羽さんの脳味噌は常に動いてて働き者ですねー。ここ見えますか? 普通は使われない脳味噌の領域まで使われているんです。凄いですね、総動員ですよ」
これ、学会提出したいですとか言われた。いいっすよ……。
「人間には誰しも脳にリミッターを設定しています。これは肉体への動作と精神へのリミッターで、2種類あります。このリミッターを外すことで人間は普段使われていない脳の領域にアクセスし、限界を超えた力を発揮できるんですが……」
ぺちん、とスクリーンを叩いた。
「いやぁ、常に外れてますね鴉羽さんは。凄いですよ。パソコンを常にCPUを90から100で動かしてるようなものですよ。ガリガリ脳の寿命削ってます。しかも負荷分散で限界に気付きにくくなってますね。たぶん放置してたら死ぬんじゃないですかこれ?」
わはははと笑う医師だが、その目は欠片も笑っていなかった。というか半ばキレてる。
「あの、残りの試合」
「出れる訳ナイナイに決まってるじゃないですか。あはははは。は……………………」
無言になった医師のプレッシャーが怖すぎる。鴉羽さんは賢いから黙るぜ。
「先生、尊くんは大丈夫なんですか?」
「今のところは。特に障害も見当たらないです。ですが常に脳の限界を攻めるようなやり方は良くないですね。現代医学の多くは魔法の存在に敗北してキレ散らかしてますが、脳に関しては別物です。脳の形を戻すことはできても、それで起きた障害の類は魔法や薬では治療できません」
あ、そうなんだ。
「同様に癌、アルツハイマーなどの難病も治せません。鴉羽さんの脳の問題も何かが起きたら魔法で……とは行かない領域です。まずは脳を休めること、それから改めて脳にリミッターを付けるようにしなくてはならないですね。ここはちょっと専門外なので、その手の先生を紹介します」
「よろしくお願いします」
ぺこり、と深々と頭を下げる修三さんに習い、俺も頭を下げる。自分では限界を攻めてる感じは全くなかった。
「いやぁ、今回は本当に怪我の功名という奴ですね。脳処理が限界超えて過負荷起こして漸く発覚しましたから……所で鴉羽さん、今もシンクロしてませんか?」
「……あっ」
普段から接続してるから全く意識してなかった。医師の視線が俺を捉える。修三さんもこっちを見た。
「尊くん? どれだけ使用してるのか、説明して貰ってもいいかな?」
えーと。
「扉の外で護衛と称してストーキングしてるシェイナと、今そこの窓から中を覗き込んでるフラメアと、影の中で待機してるウェルギリウスと、客席で次の試合を待ってる久遠に付いてるマガちゃんに聞いた事とかを」
「今すぐに切れ」
「はい……」
全ギレドクターに俺は従うしかなく、日頃から接続しっぱなしのシンクロをオフにする。そのうえで考える。もし今回こんなふうに倒れなかったら、知らんうちに脳が駄目になってたのだろうか?
それともどこかで限界を迎えて倒れてた? その為に今回あのカスコンビは舞台で暴れたのか?
……いや、ないわー。そんなイメージ一切ないわ。
でも。
今見てる事が本当の彼女なのかどうか、というのを確定する程知っている相手でもないのだ。あー、うー、と色々と声が漏れて来るが結局結果は同じだ。この交流戦でこれ以上自分が戦闘のサポートに回る事は出来ない。それだけだ。
これからどうしよう。医師の言葉を聞き流しながら頭を抱えようとした所で気づいた。これでやるべき事のタスクが全て消滅したという事は、これ以降の俺はずっと暇になる。
つまり。
―――久遠と一緒に純粋に観戦回れるって……事!?
一気にテンションが上がって来た。