最強以外ありえない   作:てんぞー

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幼年期の終わり

 気づけば人生2回目の小学校生活ももうそろそろ終わりだ。

 

「ひぐっ、うぐっ、ぐすっ……」

 

「そ、そんなに泣くなよ……」

 

「中学校に入っても友達だからね……?」

 

「絶対にまた遊ぼうぜ!」

 

「また教室に熊を連れ込もうね……」

 

「最後のに関してはちょっと思い直して欲しい」

 

 気づけばあっという間に卒業式を迎えていた。たった数か月という短い時間一緒に授業を受けたクラスメイト達はもうそりゃあ驚くぐらいびちゃびちゃに泣いていた。そして一部は当然のように記念に人のボタンをむしり取っていた。

 

 おかげで俺の制服は前がフルオープンになっていた。断じて、元からこういうスタイルではない。

 

 年下の子供たち―――いや、今生では同級生の子たちが泣きながら別れを惜しんでいる。基本的に駆間市内の学校はそう多くないんだ、大半にはまた中学で会う事になるとは思っていたのだが、そうじゃないのもいるらしい。

 

「人気だなミコト」

 

「揶揄わないでくれよ……俺もこんなに好かれるとは思わなかったんだ」

 

「お前にはそもそもその土台があって、やる気がなかったというだけの話だ」

 

「……」

 

 転校してきて、正直あまりクラスメイトと関わるつもりはなかった。最初に質問攻めにあった後は適当に成績だけキープして、後はなるべく関わらないようにと考えていた……が、それを許さなかったのが我が許嫁様だったという話だ。

 

 お前になら出来ると言って俺の手を引っ張るとクラスを回ったり話の中に突っ込んだり、積極的に色んな所へと引っ張り回してくれた。その結果がこれだ。勉強を教えたり、バトルの話をしたり、そういう所で顔を出しているうちに人のつながりが出来ていた。

 

 ……これを見ていると転校前は本当に人と関わる気がなかったんだな、というのが良く解る。

 

「お前は出来る男だ。その良さをお前自身が理解していないだけだ」

 

「お前は俺の何なんだ」

 

「許嫁だが……?」

 

 論破された。

 

「懐かしいよな鴉羽! 喧嘩を吹っかけてきた他校の奴を罵倒だけで泣かして帰した時とか、水道水じゃ味気ないから給水タンクに麦茶のパックを大量投入した時とか、校長のヅラの上にどれだけヅラを重ねられるか検証したのとか……俺、絶対に忘れないからな!」

 

「中学で同じことやらないようにね」

 

「ああ! また新しいのを考えてみるぜ! 同じことじゃマンネリするからな!」

 

 ダメみたいですね。

 

 アイデアは俺のだけど実行したのは俺じゃないからセーフの理論。無論、そんな理屈通る訳もなく俺が黒幕として処されたという出来事もあった。たった数か月の出来事だったが、これまでの人生で一番濃い時間でもあったように感じる。

 

 それだけここに来るまでの俺が虚無の様な時間を過ごしていたのだろうと思う。

 

 そうやって小学校で別れる事になるクラスメイト達とあいさつをすれば自然と解散し始める。学校の敷地を出て、足代わりのミストドラゴンが既に迎えに来ている。すっかり小学校やご近所さんもミストドラゴンには慣れてるもので、通りすがりに挨拶したりおやつを渡したりしてる。

 

 そんなミストドラゴンの前まで俺達はやってくるとじゃあ、と声を零す。

 

「これで小学校も卒業して、来月からは中学生だ」

 

「ああ、そろそろ互いに時間の余裕も出来る頃だ。本当はバレンタインとかホワイトデーにしたかったんだがな!」

 

「そりゃあ仕方ないだろ。修三さん、その手のイベントは仕事で忙しいんだろうし」

 

 Aランクマスターは国内でも数百人という規模でしか存在しない。海外を含めればそれなりの数がいるのだろうが、それでもAランクは全体からすればかなりの狭き門となり、その上で誰もが有名人らしい。俺はそういうのに一切興味がなかったが、修三はAランク最上位のマスターとして人気がある。

 

 つまりこの手のイベントでは仕事があるという事だ。

 

 その手伝いだったり、ミストドラゴンがそっちの仕事に取られていたりすると必然的に俺達も自由にするというのは難しくなる。ミストドラゴンは単純に足代わりとなる存在だけではなく、久遠に付けられた護衛でもあるのだから。

 

 久遠の誘因体質、それを狙うものが現れた場合、彼女を守るのがミストドラゴンの役割でもある。

 

 肉体が通らない様な場所でも、その姿を霧に変えて追跡、守護する事がこのドラゴンにはできるのだ。だからミストドラゴンの身が自由ではない時は、久遠も自由に遊びに行ける訳ではない。だから今というタイミングまでは全部お預けだったが、漸く空き時間が作れる。

 

「だけどこれでお互いにフリーな時間が取れた」

 

「あぁ、元々の約束を果たして貰うぞ、ミコト」

 

 小学校の卒業。小学生という子供の時代から、中学というティーンエイジャーへと俺達は移り変わる。これまでははしゃぐばかりの子供だった俺達が、漠然と将来の事を考え、男女の事や将来に向けた準備を考え始める年ごろ。

 

 子供から少年と少女へ移り変わる時期。まだ青年と呼ぶには少し早い頃。

 

「デートをしよう、ミコト。互いをもっと知って貰うために」

 

「あぁ、そうだな」

 

 俺達はデートをする事にした。

 

 

 

 

 

 一旦家に戻って着替えて再び駆間市へ。これが普通のデートだったら現地で合流とかやったのだろうが、あいにくと俺達の移動手段は全部ミストドラゴンが担っている。つまり待ち合わせという古来の手法が俺達には一切通じない。

 

 それでも俺達は街にやって来た。服装を特別おめかしするなんて事はなく、気楽に、何時も通りな感じで。デートだからと言って特別な事をする訳でもなく、歩き出す。

 

 だって俺達のデート経験なんてものはないから。

 

「そもそもデートとは何をするものなのだ? 全く経験がなくて解らん」

 

「そりゃあ男女が仲良く時間を過ごす事が広義的なデートの意味なんじゃないか?」

 

「成程、普段から一緒に出掛けたり過ごしている私達はデート上級者、という事だな……?」

 

「そう……なるのか……?」

 

 前世含めてそんな経験はない。だからデートプランをどうこうしろ、という無茶ぶりには応えられない。出来る事はあまり多くはないが、思いつく事はある。

 

「ま、初デートなんだからお互い手探りで行こうか」

 

「そうだな、そんなものか」

 

 納得した所で歩き出す久遠に歩幅を合わせて歩く。駆間市内は正直治安が終わってるからデート向きではない。今も路地裏に視線を向ければエルフの群れが平和を愛するオークを囲んで襲っている。怖いから見なかった事にしながら反対側を見れば、今度は通りすがりのマスターが路上でバトルを挑んでいる。

 

 無論、通行の邪魔なのでどこからともなく現れた警察によって一瞬で制圧される。

 

 警察は職務の都合上マスターとしてのランクは持たないが、実力そのものはかなり高い。駆間市という日本で世紀末を迎えているこの都市では警察は仕事に欠かないのだ。なんとありがたい事に鴉羽ファームも見回ってくれて野生の修羅が迷惑かけてないか確認する。

 

 本当にお疲れ様です。

 

「知ってるかミコト、警察はここでは結構人気の進路なんだぞ」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、父が言っていた。この都市で育つものは少なからず警察の世話になった者が多い。モンスターから守って貰ったり、ダンジョンの処理だったり……何時も忙しくしているのに腐る様子もなければ日々治安改善に精を出しているから市民からの人気が高い……と」

 

「まあ、確かに凄い活躍してるから頭上がらないよな」

 

「うむ、だから就職率が高い……と父が言ってた」

 

「マスターになる訳じゃないんだ」

 

「プロの道は狭き門だ。これも父が言ってた事だが、Cランクまで上がって勝てるマスターなら専業で食べられる程度は稼げるという話だ。だがプロとして認知されるのはBからで、仕事が貰えるのもそれかららしい。Cではまだアマチュア扱いでさほど注目されないと」

 

「へえ」

 

「それにSを夢見る者の大半はC止まりだ。CからBへと上がるにはそれまで以上に勝利が求められる。ただ勝つだけではなく勝率も考慮に入れられるとか。その壁を乗り越えたものだけがプロの世界に……お、見ろミコト!」

 

 近くの店の窓を久遠が指差す。その向こう側で飾られているのはアレンジされたヘアースタイルだ。久遠が特に目を輝かせているのは後ろ髪を長くしたもので、自分の後ろ髪を根本で掴んで纏めて真似てみる。

 

「どうだ、似合うか? こういう髪型をしたくて後ろ髪を伸ばしているんだ」

 

「これ、どうやってるんだろうな……後ろで纏めてるはずなのに途中から二手に分かれてるし、それでもボリュームたっぷりだし……後ろ髪は残してその周りは切ってるのか?」

 

「どうなんだろうな? だが髪が長いとこういう髪型も出来るんだ、伸ばす意義はあるぞミコト」

 

 楽しそうに纏めていた髪を手放すと、俺の後ろに回り込んで首裏の髪を掴んでくる。

 

「ふむ、ちょっと伸びてきたみたいだな。私の言う通り伸ばしているようだ。感心感心」

 

「俺は短い方が楽で良いんだけどなぁ」

 

「貴様は髪質が良いんだ。もっと伸ばすべきだ。そして私と同じように後ろ髪を伸ばせ。尻尾頭にしろ。絶対に似合うから」

 

 もしかしてこの娘、この歳で既にフェチズムに目覚めているのかもしれない。性癖の目覚めには少し早い年頃なんじゃないかと思うが、そもそも久遠の精神自体どことなく早熟なものを感じているのは確かだ。

 

「えぇ、俺がぁ? いや、お前がそれで嬉しいなら別にいいけどよ」

 

「うむうむ、それでこそだ。ついでにヘアケアと肌のケアも私に任せれば良いからな。ちゃんとリンスとかも使っているな?」

 

「お前のその拘りはなに」

 

 何時も通り、自信満々に言葉が続く。

 

「一生を一緒に過ごすなら、少しでも自分好みにしたいだろう?」

 

「発想が強すぎるなコイツ」

 

「さ、次に行くぞ! 実はゴーゾーが昔使ってた店とかを調べておいたのだ! 折角の機会なのだ、回ってみないとな!」

 

 そう言って駆けだす久遠を俺は追いかける。折角のデートなのにそんなテーマで良いのだろうか? ……まあ、良いんだろう。そもそも俺達の関係も別に普通のカップルとか恋人とか、そういうものじゃなくて、ジジイによって結ばれた婚約関係なのだから。

 

 それを繋ぐものを知るのは決して悪い事じゃない。

 

 ―――それから様々な店舗を久遠と回った。

 

 まず最初に向かったのは少し古い喫茶店。昔ジジイがまだ若手のマスターだった時にコーヒー一杯で何時間も粘っていたという言われている店。マスターを務めている人物はもう代替わりしており当時のマスターは既に亡くなっていた。

 

「でも良く爺さんからは当時の話を聞いたよ。柊剛三は今じゃあんなにも恐れられる人だけど、当時はそうでもなかった、って。家が凄く貧しくて、コーヒー一杯で何時間も粘っては怒られて、それでも他に行く場所もないからずっとここで時間を過ごしてたって……今からじゃまるで想像できないよな?」

 

 柊剛三が愛用した喫茶店! と、触れ込めば集客はそれなりに増えただろう。だが店内に人の数は多くなく、コーヒーの臭いで満たされている。奥の壁には少し見づらいようにジジイのサインが飾られていた。

 

「アレで客を集めるつもりはない、って爺さんは言ってたよ。人は変わるもんだけど変わらないものもあった方が良いって。だからウチはずっと売れない喫茶店やってるよ」

 

 次に行ったのはジムだった。

 

 市内にはモンスター向けのジムがある。こういうジムはトレーニング施設を個人で保有できない一般家庭のマスターがモンスターを育てる為に使う施設だ。無論、会員になれば誰でも利用できるという事は誰でもその風景を見られるという事、情報が筒抜けだという事でもある。どういうビルドをしているのか、ジムを利用している場合、当然のように知られる。

 

「それでもウチのジムを剛三さんは使ってたらしいぜ。金がなくて、ジムの会費ですら苦労してたって。頭下げて必死にツケて貰って、それで試合の取り分を取られて泣いてたって聞いたよ」

 

 当時の話を聞いたトレーナーが応える。

 

「ほら、ウチの器具って結構新しかったりするだろ? これって実は剛三さんが寄付してくれたものらしいんだよね。数年に1度、新しいモデルが出たりするとウチに新しいトレーニング器具を寄付してくるんだ……たぶん未だに昔の恩を忘れてないんだろうな、って会長は言ってたよ」

 

 マスターとしての起源、マスターとして成り上がる為に使った場所。それは深く、とても深い所に刻み込まれていた。苦しみを忘れないが、同時に受けた恩も絶対に忘れない。そういう男だったのかもしれない。

 

「世間じゃクズだカスだなんだって言われてるけど……ウチでは相変わらず良いお客さんだよ」

 

 そのほかにも駆間を巡りながら様々な場所を巡った。

 

 柊剛三の残した足跡は意外と多くて、当時を知る人間は意外と少なかった。当然の事ながら一緒の時代を過ごした人たちはもう既に亡くなっているか、或いは老いているか。モンスターに関わる人たちはその影響でまだ若々しさを残すが、そうじゃない人たちは普通に老いる。

 

 だから聞こえてくる話は又聞きのものだったりするが……それでも世間一般、ネットなどで残されるエピソードばかりではない事だけは解った。

 

 それは不思議な気分だった。喫茶店でコーヒーを苦いとしかめっ面で飲む久遠を見て笑ったり、ジムで軽く汗を流してみたり、その後は近くのクレープ屋で糖分を補給して、新しく出来た公園を見に行ったらパーミッション派vsコントロール派で互いのプレイングにキレあってたり。

 

 そんな風にモンスターを育てない、ダンジョンに潜らない普通の人間の様な日を過ごした。

 

 時間は瞬く間に過ぎ去って行くものだ。

 

 気づけばもう夕日色に染まる時間だった。何も考えずに走り回って探し回って話を聞いてまた別の場所へ。こんな風に歩き回る頃なんて何時ぶりだっただろうか?

 

 高台から見下ろす駆間市の姿はまだまだ騒がしかった。遠くまで見渡せるからこそ至る所にモンスターがいて、生活に馴染んでいるのがわかる。あそこでは警察が出動していて、別の場所では大鳥が飛んでいて、あっちでは大蛇が交通事故を起こしている。

 

 下手なファンタジーよりもファンタジーしている景色を前に、欄干に寄りかかるように2人で眺めていた。

 

「充実したデートだったな」

 

「そうだな、それは認めざるを得ないな」

 

「そうだろう、そうだろう」

 

 欄干に寄りかかる久遠は何時もよりもどことなく綺麗に感じられた。或いは彼女の事をもっと自然と受け入れられる様になったからかもしれない。

 

 と、久遠が此方に手を伸ばしてくる。

 

 真っすぐとその手が顔に伸びて―――右目を覆った。

 

「人の話を良く聞き、他人に優しく出来て、ひょうきんな所もあり、勉学に通じ、家族の手伝いが出来て、妹想いの良い兄……まるで理想的な少年の姿だ」

 

 夕焼けに照らされる久遠の顔が迫る。

 

「まるで取ってつけたような設定。張り付いた仮面。こうであれば喜ばれるであろう姿……誰の為のものだ、それは?」

 

「久遠」

 

「しー」

 

 人差し指を此方の唇に当てて、右手を取った。

 

「貴様を見た時、私はお前が風船に見えた。何かが詰まっていて浮かんでいる。目を惹いて、手を伸ばしたくなるけど……お前には繋がっている紐がない。いずれは空に溶けて消えて行く運命に思えた」

 

 だから。

 

「誰かが常に傍に居なくてはならない。貴様が飛んで行かないように。きっと目を離した隙に貴様はどこかへと消えてしまうから。血の繋がりだけでは絶対に貴様を留める事が出来ないだろうから―――」

 

 私は決めた、と言葉を続けた。

 

「貴様を、私に惚れさせるって」

 

 ―――こうして、俺達の幼年期が終わった。

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