最強以外ありえない   作:てんぞー

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Sigh……

「楽しそうで何よりだ」

 

 そろそろ出口が近い。スマホの電源を切ってポケットの中に入れ、仮面の位置を微調整する。世の中にはパンツズレとブラズレが存在するが、仮面ユーザーには深刻な仮面ズレという問題がある。だから仮面紳士は常に仮面ズレの問題と戦わないとならない。

 

「結構強引に頼んだ手前、申し訳なさもあったが……最終的には丸く収まったな」

 

 鴉羽尊はいずれ表舞台に立つだろう。

 

 その特異性、強さ、異質さは隠せるものじゃない。

 

 本人が自分に対して無頓着なのも良くない。

 

 イギリスでの大事件を真剣に捉えた国は実の所、そう多くはない。イギリスはあの事件を重く捉え、日本と直ぐに協力する道を選んだ。だが他国はあの事件を強いモンスターの登場程度にしか捉えていない所があった。

 

 本物の全能者が現れたとは、信じられないだろう。

 

 何よりも、退散させられた事が悪い。撃退できるのであれば強いSランカーさえいれば……なんて考えも浮かぶ。だからイギリスと日本を除いてこの事件に対して強い感心を向けた国はほとんど無かった。だが日本とイギリスだけはこの事件を重く見て、話し合い、連携を取る事にしていた。

 

 その上で困ったのが鴉羽尊の扱いに関してだ。

 

 これが一般人であれば色々と国からアクションをかける事も出来た。

 

 だが彼は決して一般人と呼べるような立場にはなかった。絶縁を宣言したとはいえ、柊家は絶大な権力と影響力を誇っている。しかもお家騒動の最中、柊の人間に干渉するのは難しい。特に鴉羽尊―――あの、柊剛三が唯一教えを授けたと言われる少年。

 

 その事実を知る者は多くないが、その重みを理解する者は多い。この大会を通して鴉羽尊の重みと重要性は伝わった。見る目も増えた。そしてバックにはトップマスターがいる事も理解されただろう。その重みが少しでも将来への布石になれば良し。

 

 少年は、大いに期待されている。今のうちにその重みに慣れなくてはならない程度には。

 

「とはいえ、今重要なのは少年の事ではなくこれからの戦いだが」

 

 あんこ、かんてん、さくらもち、きなこ。

 

 4つのゼリィ達がぽよぽよころころしながら一緒に移動する。控室からフィールドまでの短い距離、通り過ぎるスタッフたちは敬意を払って頭を下げるか敬礼を取る。彼らはこれから、世界最強を決める戦いを最前列で目撃する事になる。

 

 そしてこの仮面を被った不審者は、世界最強へと挑む権利を手にした。

 

 通路を抜けて浴びる視線と熱にも既に慣れていた。何年間も競技の舞台に立ち、マスターとして、そして1人のエンターテイナーとして競技シーンを盛り上げ続けてきた。マスター仮面は強者であると同時に、自分が夢と希望を与える側の人間である事を1度として忘れた事がない。

 

 だからこそ、世界に絶望を持ち込む存在を決して許せはしなかった。

 

 そして少年がその最前線に立つであろう未来も、決して認めたくはなかった。

 

 だがこの男は大人だった。大人になると夢や希望だけで物事は語れなくなってしまう。現実と折り合いをつけ、汚い事も考えなくてはならない。それを世間では妥協と呼ぶ。そして仮面の不審者もまた、そういう妥協にだいぶ馴染んでいた。

 

 ―――無論、妥協を絶対に許せない事は幾つか存在する。

 

 通路を抜け、スタジアム中央に進み、戦いに用意されたダンジョンへと突入する。

 

 ただただ、だだっ広い平原、フィールド魔法で干渉しやすく、派手に暴れても外への影響を考えなくても良い戦闘用のダンジョンに入り、アメリカの代表と相対する。その傍らには相棒たる雷鳳が存在する。世界最強の男を世界最強にまで押し上げた、現役最強のモンスターだと言われている。

 

 何度相対しても、凄まじい威圧感を覚える。

 

 雷鳳を見てから、マスター仮面はぷよぷよしているゼリィ達を見る。

 

 ―――癒される……!

 

 威圧感では完全に負けていた。凄い癒される。日常生活を共に過ごしていたいポイントは圧倒的に勝っている。心の中でやっぱりゼリィは最高だな……と自分のモンスターを内心で褒めつつ現代最強の男と握手を交わす。

 

「グランドマスター、ブライアン・ジョーンズ氏。貴方と戦えて光栄です」

 

「Mr.マスク。俺も君と戦いたいと思っていた」

 

 交わす握手に自然と力がこもる。表面上は穏やかだが、GMブライアンにも闘志が漲っているのがマスター仮面には解ってた。そもそもからして、この男は戦いを回避する様な卑怯な男ではない。

 

「悪かったな、上の連中が勝手にこんなカードの組み方をして」

 

「貴方がそういう人ではないのは良く知っている。ただ……グランドマスターという立場と、柊剛三という影を乗り越えようとして多くの人たちが必死になっているだけだ」

 

 Sigh……。

 

 グランドマスターの溜息が零れる。困ったように片手で頭を抱え、憂鬱の表情を浮かべる。

 

「全く厄介なジジイだ。生きてる間はウザくて、死ねば英雄になって神格化される。一体何時まで俺たちの前に壁として立ちはだかり続けるんだ」

 

 恨み節の言葉にはマスター仮面は苦笑する他なかった。

 

「とはいえ、あのジジイを尊敬してる部分はある」

 

「たとえば?」

 

「この立場になってからずっとスポンサーや上層部が煩い。イメージが悪くなるからfuckを言うな、デートに出るな、SNSの文面はこっちで考えたのを使え、言動やキャラはなんてとこまでケチを付けてくる……はあ、自由が何もない。グランドマスターがこんなにも息が詰まるもんだとは思いもしなかった」

 

 グランドマスターとして2期制覇してから、ブライアンに大凡自由と呼べるものはなかった。アメリカだけではない、モンスター協会も剛三が生み出した負のイメージを払拭する事に必死になっていた。

 

 その結果、ブライアンは広告塔として強く、健全なグランドマスターのイメージを強要されていた。そんな生活には疲れた、と言わんばかりの言葉がマスター仮面には聞こえていた。

 

「だが……」

 

 だが、と言葉が続く。

 

「同じ様にあのジジイも様々なプレッシャーを受けてたはずだ。クズでカスだがあのジイさんにはそれを跳ね除ける力があった。己を曲げない強さがな」

 

「……」

 

「尊敬するぜ、そこだけはな。アレは本物の強者だった。もう戦えないのが残念だ」

 

 強さに伴う責任が存在する。

 

 ブライアンは頂点に立った。だけどそれは新たな責任との戦いでもある。今、全世界がこの男に期待し、視線を向けている。その中でブライアンは常にその期待と戦わないとならない。

 

 彼の前の伝説と戦い続けないとならない。

 

 だが。

 

「ここに立って良いこともあった」

 

「それは?」

 

「お前のような強いチャレンジャーが常に現れ、挑み続けて来ることだ。この一点、俺に文句はない。この為だけにグランドマスターの地位を維持する事に価値は……ある」

 

 迷い無く言い切る男の姿にマスター仮面は笑みを零す。

 

 結局の所、デカくなったところで性根がわんぱく小僧のままなのだ、彼らは。強い者を見たら挑みたくなる。目指せる上があるなら目指す。

 

 その強さへの渇望と戦いへの熱意は、一切衰えていない。

 

「世界最強としてこのステージに立つことを歓迎する。見せてくれ、Mr.マスク。日本の秘密兵器が……俺達が越えるべき伝説が残したもんが生み出した新たな力って奴を」

 

「遠慮なく味わって欲しい……私は今日、貴方に勝つつもりで来ましたから」

 

 数秒間、睨み合うように視線を交わしてから離れる。彼らの闘争心の前にこれ以上の言葉は不要だった。互いにモンスターを引き連れて離れると戦う為のモードに入る。

 

「さて、強敵になるぞ。最初の3秒で負ける可能性もある……全力を出すぞ」

 

 マスター仮面の言葉に応える様にぽよんぽよんとゼリィ達が跳ねる。対するブライアンもまた、日本が引き連れた新環境を前に鼓動を高鳴らせてた。

 

 未知のスキル、未知の戦術、未知の戦い……頂点に立ってもなお、新しい発見は終わらない。この世界の戦いはまだ進化する。それはまた、自分の成長にもなる。

 

「魅せてくれ、新しい世界を」

 

 距離を開けて振り返る。

 

 相棒たるサンダーバード、歌唱に特化したトップサポーターである亡霊の女王クイーンバンシー、かつてアメリカの大地を蹂躙したのと同じ種のレッドライダー、そして広い技幅を持つ混沌猫。

 

 マスター仮面が相対する構築は現在、世界最強と呼ばれるアグロ構築だった。そう、映像が多く残されている。それはつまりそれだけ研究されているということだ。

 

 一時期、もう後がない、次は負ける。そうとも言われていた。

 

 だが図書館の登場と戦闘システムのアップデートによって、最大の恩恵を受けたのはこの男だった。ギリギリ2期というラインに立っていた男は新しい環境に適応した。

 

 所謂、空気が合うという表現に近い。

 

 適応した結果、その実力は飛躍的に伸びた―――もはや疑う事無く今、ブライアン・ジョーンズは世界最強の男だ。日本1位の男は今、ここでは挑む立場になっていた。

 

 ぽよぽよと弾むゼリィ達を引き連れて下がった男はさて、と声を零した。

 

「やれる準備は全てやってきた……後は私が何とかするだけだな」

 

 勝負は最初の3秒。それを乗り越えられるかどうか。乗り越えれば勝機が生まれる。乗り越えられなければ……そのまま、ただ敗北するだけだ。環境に完全にマッチした強さを持つマスターを相手にどう相手をするか、それは何度も何度も想定し、予習し、そして盤上遊戯で練習してきた。

 

 だが予習と本番はまるで違う環境だ。

 

 開始するカウントダウン。

 

 近づくスタート。

 

 マスター仮面は試合が始まる前に浅く深呼吸を繰り返してから精神を統一させ―――今大会、最大の集中状態に入った。それは鴉羽尊から教わったシンクロの秘術、或いは技術。長時間シンクロを維持する為に必要な素養であり、資質であり、才能。

 

 目を開けた瞬間、マスター仮面は己の精神を無我無想の状態に入った。構築されるシンクロのネットワーク、意識がゼリィ達と繋がる。

 

 獣の様な笑みを浮かべるブライアン。

 

 ―――カウント0。

 

 ブライアンの口が動いた。

 

「サンダーバード()()()()()()()()()

 

 常識破りの初手、マスタースキル。ブライアンの何時もの動き。何時も通りの初手。来ると解っていた一手。何度も、何百回も研究された手筋。試合の映像が残り、それによって各国が攻略する為に何百という時間をかけて分析してきた最強のスターター。

 

 それによって試合が始まる。

 

 そして。

 

 ―――3体のゼリィが弾け死んだ。

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