サンダーバードには足りないものがあった。
それは火力だ。
マスターによって常時3回行動という既存の枠を超越する力を与えられながらも、サンダーバードは火力が足りなかった。両刀は相手の耐性を見て攻撃を選べる反面、中途半端なステータスが原因で火力の天井が低いというデメリットを抱えていた。
主を、相棒を世界最強に押し上げながら限界を感じたサンダーバードはその事を悔やんでいた。己の限界はここなのだと。
だが戦闘システムのアップデートによりその天井が外された。OCと合体魔法によってサンダーバードは防御力を無視する力と、圧倒的な行動回数でノーコストの上級魔法を発生させる事の出来る唯一無二のモンスターへと変貌した。
《イオンストーム》。上級範囲・風属性カテゴリーの魔法。
サブ効果は感電特攻。データ上は風だが、性質は雷に近い為風ダメージカットによる完全なカットを受け付けないという現実に即した効果も抱えていた。《エレキボム》3回から発動する《サンダーレイン》2回、そして《イオンストーム》。
合計6回の魔法乱舞。その手数と火力はアグロ界の頂点と呼ぶのにふさわしい壊滅的な火力を証明する。
圧倒的な破壊力は暗黒樹海を照らす。全てを閉ざす闇さえもイオンの輝きを前に剥がれる。広範囲を薙ぎ払う魔法の嵐の中、クイーンバンシーの歌唱スキルが響く。
《賢者の歌》、魔法攻撃力上昇+1ターン魔力ダメージ2倍という効果は魔法連射モードに入ったサンダーバードとは最高相性の歌だと言える。魔法攻撃力を上昇させつつその威力を倍にする。チャージ効果と上昇効果は別枠である為、共存もする。
2倍火力を超える《イオンストーム》を耐えられるモンスターはほぼ存在しない。
―――通常であれば。
超火力と化した《イオンストーム》を乗り越えるゼリィ達の姿が闇の中に見える。ブライアンは相手が凌ぎ切った事をそれで悟った。
「バンシー、《変奏》しておけ。この程度で潰れる奴じゃないだろう」
「《変奏》で歌を切り替えて来るかな? このタイミングで《終律》と《フィナーレっ!》が来ない辺り習得してないと見て良いね? 尊くんがいると知識が増えるのは良いんだけど、まだ存在しないスキルにまで警戒とケアを求められるのがなぁ……」
呟きながらサンダーバードの行動を受けきったきなこはびりびりと帯電していた。
事前に物理を潰せば魔法で来ると理解していた為、《イオンストーム》読みで積み込まれた風耐性と魔法耐性によって魔法の乱舞を乗り越える事に成功した。無論、無傷ではない。だが極限まで積み込まれたパッシブによって被害は大きく軽減している。
「あんこ、かんてん、さくらもち、何時も通りやるぞ」
まだ無想状態のシンクロを維持するマスター仮面が静かにシンクロを通して指示を出す。指示の伝達は一瞬、その流れに淀みはない。
RPGにおける奥義は受けて戻す事、そしてメタだ。
その思想は尊の中に存在するものであり、同時にマスター仮面へと伝えられた事だ。
出現するモンスターが決定している時点で、構築が読める時点で、ある程度何が出来るのかを鴉羽尊は判断できる。つまり、相手に対するメタをスキルや耐性に仕込む事が可能となる。テンポや流れは崩さない。ただ何時もの流れにメタを添えるだけ。
あんこが分裂、さくらもちが範囲ヒールにリジェネ効果を付与し、かんてんが範囲バフを展開する。強力な単体バフは《暗黒樹海》の効果によって指定が不可になっている。だからバフは自己付与か範囲にのみ限定される。だからマスター仮面も事前にバフを範囲のものに換装してきてある。
「こっちのルート対策はしてきたか?」
レッドライダーが初級の範囲炎魔法《レッドシャワー》を発動させる。それが《エレキボム》と反応し中級範囲魔法へと変化する。今度は炎主体のものへと。
そう、合体魔法の恐ろしさは単体ではなく複数のモンスターで連携して継続する事が可能という点だ。
《エレキボム》+《レッドシャワー》で《アンバーフレア》、それが更に前に発動されていた《サンダーレイン》と融合する。
上級範囲魔法《クリムゾンテンペスト》、炎と風属性の混合上級魔法。属性混合魔法が使用された時、耐性のチェックは攻撃有利属性で行われる。その為、単色よりも混合色の方が魔法は有利になる。そして上級魔法レベルともなるとその違いは重要にもなる。
2度目の上級魔法が襲い掛かる。きなこがモンスターを守り、火傷が付与される―――が、死なない。
耐える、耐えきる。リアクションヒールによってきなこが回復する。マスター仮面のリソースはがりがり削れてゆくが、それでもきなこは2度目の死を迎えない。
「来ると解っていれば備えはあるが……流石アグロ構築の極みと呼ばれるだけあるな。図書館解禁以降の圧力と強さが桁違いだ……!」
じりじりと削れる中で純粋に王者の手腕をマスター仮面は称賛する。アグロの基本は攻めて攻めて攻め切る事にある。相手を受けに回らせ、その対処で相手をパンクさせて押し切る事。相手が受けきれないレベルの火力と圧力を出せないのであれば、アグロはガス欠して敗北するしか道が残されなくなる。
だがブライアンの駆使する構築は歌唱による圧倒的バフパワーに、サンダーバードとレッドライダーによる超高度な連続合体魔法、そして圧倒的な攻撃回数からのOC火力で物理、魔法、両面からのリーサルが狙える構築になっている。
この圧倒的な攻撃量の前に半端な受けは成立せず、立て直しだけでも数ターンはかかる。
マスター仮面自身、事前に攻撃属性を絞り込めなければ今の攻撃で再び壊滅し、また1ターンかけてパーティーの蘇生に奔走させられていただろう。だが、耐えた。この時点でブライアンは魔法戦は分が悪いという判断を下した。
1ターン、戦闘開始から10秒にも満たない時間でグランドマスターは自身の連続魔法への対策が完璧であることを把握した。この時点でマスター仮面の攻略方法を切り替え、構築した。
同時に、マスター仮面もリーサルまでのルートを構築し始めていた。
―――序盤戦を終えた両マスターはこの時点で勝ち筋を構築していた。
勝つのに必要なものはなにか。リーサルとして見られる手段はなにか。相手の戦力の見積もり、それを終えて詰めの為の流れを見た。
あんこが2度目の分裂を完了させる。分け身と合わせ合計3体のあんこが並び。これにより疑似的な3回行動に匹敵する行動力を獲得した。これによってマスター仮面のエースがサンダーバードに並ぶ攻撃回数を獲得する。
漸く、戦闘力が拮抗するレベルに立った。
「にゃぁ」
混沌猫が欠伸を零しながら九つある尻尾を振るい大地を叩いた。暗黒樹海に罅が走り、崩壊する。フィールド破壊のスキルによってついに暗黒のベールが剥がされる。これにより高火力の単体スキルが解禁される。
「それを咎めよう!」
直後、マスター仮面がマスタースキルを発動させる。この状況でスキルを、と一瞬だけブライアンが悩むも、直後サンダーバードに発生する重みに唸った。
「これは……!」
「《全能者の憂鬱》、使わせて貰ったぞ!」
必殺級だから覚えようね、とダブルピースを浮かべる尊のイメージを脳内から消し去りつつ、かんてんを動かした。リーサル火力を出す為のコアを担うかんてんがバフとデバフを管理するように、速攻化を得た混沌猫がフィールド破壊直後から再行動を行う。
「なぁーん」
《ディスペル》。
あんこ―――ではなくきなこへ。《クリティカルガード》が剥がされた直後、サンダーバードが加速する。クイーンバンシーからの歌声が響く。《変奏》によりクリティカル、クリティカルダメージを支援する歌へとバフが切り替わっている。
回避出来ない神速の攻撃があんこへと向けられる。
「受けよう!」
きなこが庇った。
きなこがサンダーバードの攻撃を直撃で受ける。が、直前の《全能者の憂鬱》による火力低下が刺さる。きなこが即死しない。だが当然、2発を耐えられる程の体力がきなこにはない。2撃目、きなこが消し飛ぶように即死し、《分け与える》が発動しようとして《パーフェクトキャンセラー》が飛ぶ。
《分け与える》が停止、サンダーバードの3回目の攻撃が発生する。
「すまんかんてん、死んでくれ!」
《デコイ》によって攻撃対象がかんてんへと差し替えられる。さくらもちへと向けられる筈の攻撃はかんてんを消し飛ばす。きなことかんてんは落ちるものの、3体のあんこが残った。
「止める手段はないな?」
「来い、Mr.マスク。倒せると思うならな」
「行くぞあんこ! 最弱種の力を! 今! 最強のモンスターに示すんだ!」
ぴょーん。
あんこたちが飛び上がる。ユニゾンアタックの発動により飛び上がったゼリィ達が空で合体する。変身する姿は巨大なハンマー。
「《ユニゾンアタック:ミョルニル》! 全てを破壊する究極の暴力を受け止めてみろ!」
合体したゼリィ達の姿が神話に語られる雷槌へと変化した。重力を歪めるほどの重量を感じさせる姿はゆっくりと降下しつつも、その圧力は逃げるという選択肢を破壊する。レッドライダー、クイーンバンシー、混沌猫、サンダーバード、その全てが射程に捉えられる。
無論、それをそのまま通すつもりはブライアンにはない。
「《ゼロリセット》!」
混沌猫の目が怪しく輝き、凍てつくような波動が放たれる。敵味方関係なく全てのバフデバフ値を0にする波動が放たれる。それは合体したあんこ達の火力を大きく削ぐ事を意味するが、同時にサンダーバードたちの火力を消す事にもなる。
これはクイーンバンシーさえ残れば自陣のバフはどうとでもなるという判断からの選択だったが、マスター仮面はそれで良いと口にする。
「ミョルニルは発動後、自身に対して攻撃+2のバフを付与する! 1撃目は防がれても良い!」
ミョルニル・ゼリィが着弾し、周辺に破壊をまき散らし、土砂を巻き上げながら全てのモンスターを吹き飛ばす。だが《ゼロリセット》によるリセット化で火力が削がれており、それで倒れるものは出てこない。
―――1撃目では。
「2撃目!」
「レッド、サンディを庇え。レニー、お前はバンシーだ」
2発目のミョルニルが振り落とされる。サンダーバードとクイーンバンシーがそれぞれ庇われる。巻き上げられた土砂が消え去る前にエースとバッファーを残すように2体のモンスターが庇う動きを取って死亡する。
「3連打ァ!!」
「サンディを庇えバンシー!!」
《下剋上》の効果で強化上限を超えたあんこの取得バフが攻撃+4に達する。その状態であんこ達が再び合体し、今度は刀の姿へと変貌する。
《ユニゾンアタック:アメノハバキリ》、初めて公開される事になる姿へと変貌する。
刀へと合体変化したゼリィ達の攻撃がサンダーバードを庇ったクイーンバンシーを切り裂き、即死させる。
レッドライダー、クイーンバンシー、混沌猫死亡。
だがマスター仮面もきなことかんてんが死亡している。あんこは3体分存在するとはいえ、そのHPは分裂した時の効果で最大値が減っている。
攻撃を受ければ、容易く死亡する。
「さくらもち! 詰めの一手だ!」
「……!」
ぴょん、と跳ねたさくらもちが体から光を放ち、それであんこ達を包むとそのまま死亡した。死亡と引き換えに何らかのバフが付与されるのをブライアンが即座に察する。だが当然、見た事のない動きだ。
―――今のはなんだ? 何を付与した? リレイズか? 増強か? 何をした、Mr.マスク……!
刹那にも満たない時間を考える。
フィールドに残されたモンスターはサンダーバードとあんこのみ。
あんこは3体存在するも、耐久力は皆無に等しい。物理攻撃でも、魔法攻撃でも倒せる。物理攻撃を3回繰り返して倒す事も出来るし、魔法攻撃で一掃する事も出来る。どちらにしろ、このターンであんこを倒せる事は火力的に可能だとブライアンは理解していた。
問題はどっち、だ。
今の動きでどっちかにメタを張ったようにブライアンは感じていた。どちらかの攻撃に反応して詰みへと持ち込む準備を整えた。今のはマスター仮面のフィニッシュムーヴだった。さくらもちを死亡させたのは、死亡させる事で勝つ為だ。
つまりターゲットをあんこに絞らせる為と判断した。
魔法か、物理か。
リアクション系統だとすれば魔法主体にすればリアクション回数を増やさせる事になる。なら物理か? だが物理には回避が通じる。もし先ほどのバフが回避系統の何かであれば、OCで火力を盛った所で回避からの反撃が飛んで来る。
―――どっちだ、どっちを選ばせたいんだ、Mr.マスク……!?
抑えられない興奮の中、冷静に、ブライアンとマスター仮面は戦場の動きを停止させた。バトルのクライマックス、次の動きで戦闘に決着がつく。それを理解していて息継ぎと最後の一手の為に戦闘のインターバルが生まれた。
会場にいる全ての存在がその瞬間を待ち望んで息を呑む中で、ブライアンは30秒近い沈黙を破った。
「終わらせろ、サンディ……!」
閃光。
最速最強の異名の如くサンダーバードが雷光となって駆け抜ける。
魔法ではなく、物理を選んだ。
その選択肢に、マスター仮面は声を零した。
「あぁ―――」
衝突―――貫通。
サンダーバードの一撃が本体あんこを突き抜けた。漆黒の姿が一瞬で食い破られるように弾け……なかった。食いしばった。致死量のダメージを受けきった。それが見えた瞬間、ブライアンは己の判断ミスを悟った。
「クソ、間違えたか……!」
カウンター。
サンダーバードの攻撃が直撃するのと同時にあんこが小さな刀へと変貌し、斬撃がサンダーバードを貫いた。サンダーバードの攻撃は3回。そして発動するカウンターもまた3回。
3度、サンダーバードの攻撃に合わせてその命を斬撃が削り取った―――それこそ《ユニゾンアタック:アメノハバキリ》の効果。
世界最強のモンスターがあんこ達の背後で力尽きる様に大地に倒れ伏し、ギリギリの戦いを制した男の仮面の下から汗が垂れて来る。それを袖で拭ってから空を見上げ、拳を掲げる。
「―――私の、勝ちだッッッ!!!」
アメリカの空に、歓声が爆発した。