グランドマスター。
年に1度開催される各国の代表を集めて行われる世界最強を決める為の大会がある。モンスターマスター版オリンピックの様なものだ。これに勝ち残り、最強の栄光を手にしたものはそれから1年の間グランドマスターの称号を名乗る事を許される。
それは世界最強を示す証。
そして3度、この大会に……マスターズチャンピオンシップに優勝したものはグランドマスターの称号が永世化される。
柊剛三はこの永世グランドマスターだった。永遠にその名誉ある称号を名乗る事が許された数少ない男。少なくとも現在その名を許されるのは3人しか存在しない。
富。
『戦って勝つ。勝てばそれだけ金になる。俺が戦うと言えば金を払う奴は腐る程出てきた。かつては貧困に苦しんでいたのも嘘みたいに今では贅を凝らした日々を送れる』
名誉。
『頂点に立った。頂点からの景色を眺めた。今では誰もが俺を羨んで見上げる。誰もが俺を崇め、賞賛する言葉を口々にする。俺の名を知らない奴はいない。この業界で、この世界で俺の名は永遠となった』
権力。
『誰も俺に逆らわない。誰も俺に逆らえなくなった。あれほど偉そうにしていた会長でさえも俺のご機嫌を伺う様になった。なんて……なんて気持ちが良いんだ! あれほど鬱陶しかった全てが今では跪いている! 俺は権力を手に入れた』
凡そ男が欲するもの全てをその男は手に入れた。最強、その称号と共に柊剛三は己の人生を手に入れたのだ。もはや美酒は日常的に呷るものとなり、美女を抱くのも飽きる程となった。それが人生の勝者となる事。全てを手に入れるという事。
もはや世の幸福で味わえない物などない。その段階まで来て―――その姿を醜いと思った娘がいた。
『私は絶対にあんな風になりたくない』
その娘は父親を嫌った。
金で解決する事を覚えた兄は何事もお金で解決する事を選んだ。問題を起こしても金さえあれば全てはどうとでもなると考えてその態度は日に日に傲慢になっていた。
父の名誉を免罪符に威張る姉はまるで虚飾の塊だった。自分では何も成し遂げられてないのにひたすら父の虚像を振り回してそれが自分の様に恥ずかしげもなく振舞う。
父の絶大な権力の庇護にある兄姉たちは徐々に腐って行く。十分な愛情の代わりに金と自由を与えられた子供たちは叱られる事もなく成長し、僅かな失敗だけで大人になろうとしていた。
ただ1人、それを外側からその娘は眺めていた。
唯一、父親からの十分な愛情と注目を与えられていただけに。
だからこそ誰よりもその醜さを唾棄した。自分だけは絶対にそうならないと、ここにいたら自分までも腐ってしまうから、と。彼女はある日、父に別れを告げた。
『今までお世話になりました。これからは1人で生きて行きます』
地位も、名誉も、金も、力も、全てを手に入れた男が愛した女との間に出来た唯一の娘。それだけが男の手をすり抜けて去って行った。
そして家を出たその娘は実家との縁を切り、真っ当に育ち、苦労しながら恋をして普通の男性と結婚し、家庭を持った。
「―――そして俺が生まれてきた、ってワケ」
「おぉ」
パチパチパチと婚約者殿が手を叩く。我が家の極めて浅い歴史を聞いて成程な、と腕を組んで納得の表情を浮かべてる。
「だからゴーゾーとは名字が違うのか」
「そうそう、ウチの母さんは実家との縁を切るつもりで嫁いでそのまま名字もそっちの方にした、ってワケ。だから俺も柊じゃなくて鴉羽なのよ。この話も数年前に突然やって来たジジイが自慢げに教えてくれたもんなんだよね」
あの時は凄かった。主に母の顔が。懐かしさと怒りとちょっとだけの嬉しさに殺してやろうかコイツって感じの殺意の混じった主婦の表情、あまり見たいものではない。特にそれが自分の母親であるなら猶更だ。
場所は変わり家の中。これから暮らす事になるであろう家の中には既に家財の類が用意されてあり、後は私物の類をトラックから下ろしてくるだけの状態になっている。このあらかじめ用意されている家具の類も全てロクでもないジジイが金に物を言わせて用意したものだ。
母の言う通り、金で解決できる事は全て金で解決しようとする男の名残が見えた。
リビングルームで大人たちが談笑している傍ら、俺は大人たちからちょっと距離を空けてこの許嫁と名乗る娘とコミュニケーションを取っていた。感情的にも状況的にも衝撃の事実をどう受け入れ、飲み込むべきか判断できずにいた。それを飲み込めるようになるためのコミュニケーションだ。
そしてこうやって話してて思うのは登場のインパクトとは裏腹に、結構普通の女の子だという事だ。
「だというのに家督相続の問題に巻き込まれているのか」
「難しい言葉を良く知ってるね。そうそう、完全に予想外だったんだよね。俺というか父さんも母さんも遺産の相続とか完全に興味がなくて葬儀があるなら顔を出しておくか……みたいな中でいきなりの発表だったからな」
思い出すだけでもトラブルで溢れてた糞ジジイの葬式。
始まる前から始まる牽制合戦。誰が正当な当主になるのかサクラを雇ってがやがやする連中。遺言状が読み上げられて始まる阿鼻叫喚。葬式を盛り上げる為に生前ジジイが手配したDJによるパフォーマンス。これ以上ない程に混沌極まる葬式だった。
最大の被害者はこの空気で呼び出されたDJだったと思う。完全に罰ゲームだった。盛り上がろうぜー! で罵倒がヒートアップする所は見応えがあって面白かったのは認める。
ただ、まあ、そういう事やってるから母は家を出て縁を切ったんだろうなぁ。
……それに結果から言えば縁は切れなかった。あのジジイは結局去った後の母の足取りを追ってたし、どうなったのかもずっと調べて知っていた。
縁は切ろうとしてそう簡単に切れるもんじゃない。今回はその良い教訓になっただろう。
「そうか、貴様は私の事をゴーゾーから何も聞いていないのか」
「おう。それどころかジジイと顔を合わせたのも1度だけだよ」
ウチの“チビ”はその時ジジイが連れてきたプレゼントだった。今ではすっかり家族の一員として馴染んでいるチビの存在も、当時はライセンスなんて誰も持ってないもんだから大変だった。それでも数年も一緒に暮らしていればすっかりと一家に馴染む。
まあ、チビが馴染んだ所で住み慣れた我が家を今では追い出され一緒に都落ちするハメになったが。
やはりあのジジイ、墓穴を掘り返してもう1回殺しておくべきかもしれない。
「そうか……」
そう呟くと僅かに思案する様な表情を浮かべる。それを見ながら改めて問う。
「え、と……夜月さんは」
「久遠」
「久遠?」
「私の名だ。許嫁なのだからそう他人行儀な呼び方ではなくても良い」
「お、おぉぅ」
思わずイケメンな対応に声が漏れる。が、直ぐに意思を取り戻して話を続ける。
「久遠さんは」
「久遠」
「久遠さ―――」
「久遠」
「……久遠」
満足げに頷かれた。
「久遠は、あー、この許嫁というか婚約? みたいな事に対しては納得してるのか? ジジイが勝手に決めた事なんだろ、コレ」
「ふむ」
改めて許嫁に―――久遠に聞く。この状況と関係に関する事を。お互いまだ身分で言えば子供で、しかも俺に関しては意志が介在する余地なんてものはなかった。お互い、文句があるならあっさりと覆す事ぐらい出来るだろう。
そう思っていたのに。
「いや、私は文句なんてものは何一つない。貴様を見定めるつもりだが……ゴーゾーは私に嘘をついた事はなかった。だから文句はない」
「そっか」
彼女の言葉に頭を掻いて溜息を吐く。話せば話すほどどういう事なのか、なんなのか解らなくなってくる。もう既に今の状況でも手一杯なのに、後から後から情報だけが増え続けている。もういい加減にして欲しいと叫びたい気持ちをぐっと堪えて飲み込む。
「ミコト、貴様なら」
「俺なら?」
続きの言葉を久遠は吟味するように閉ざし、数秒かけて選び取ったものを口にしようとした所で、椅子の動く音がした。
「さて、では私達はそろそろ家に帰るとします。お疲れ様です」
「いえ、此方こそお疲れ様です。迷惑をかける事になりそうですし」
「いえいえ、剛三さんにかかわってしまった不幸という奴ですよ。お互いに乗り越えて行きましょう……久遠、帰るよ」
「ん」
続きの言葉が出て来ることはなかった。それよりも先に名を呼ばれた久遠は立ち上がるとそのまま親の方へと向かって行ってしまった。どうやら話はここまでらしい。それまでチビと屋内を探索していた妹が勢いよく階段を降りて来る。
「お兄ちゃん! 上! いっぱいお部屋がある! どれを自分の部屋にするのか迷うの!」
「わふっ! わふっ! わふぅ!」
「はいはい、お客さんが帰る所だから落ち着いて」
走って来た妹とチビを受け止めて、玄関へと向かう。夜月夫妻も此方を見ると笑顔で手を振って来るから手を振り返す。妹は少しだけ照れているのか俺の後ろに隠れるように手を振る。
「尊くん、これから長い付き合いになると思うけど宜しくね」
「此方こそ本当にお世話になります」
ぺこぺこと頭を下げている間に離れて行く。どうやって帰るのかなぁ、と思っていると一家揃ってドラゴンの背に乗り込むと、そのまま空を飛んで帰って行く。翼から放たれる風を顔面に受けながら飛び上がる姿を眺めながら呟く。
「移動用ドラゴンってアリなんだぁ……」
戦闘力高いなあの一家。