人類は弱い。
だからもっと強くならなくてはならない。
だが人類はまだ強くなる理由を見つけられていない。
というか割と近代に入ってから戦争の類が全く発生していない。というのもSランクに入ると既に皆が核兵器握っている状況に近いので誰かが戦争を開始するとそのまま報復で核連射みたいな状態に入ってしまう。
そうだね、地球の終わりだね。
たまーに独裁者がPoPするらしいが、なんかまあ、皆ひっそりと消えるらしい。
なんでだろうね。怖いね。ほんと怖いね。悪い事は出来ないよ。
だから今、ラスボスが目覚めたと言っても信じる国はいない……というよりは、危機意識が低い。そこまでする必要はない、今の戦力でも十分強い。これ以上の強さを求めてどうする? 平和を乱すだけだろう? という話をされたらまあ……困る。
実際に正しい。
未来を知らなければ。
ぶっちゃけ、未来がヤバいんです! 信じてください! だから環境をインフレさせましょう! でそれを受け入れられる人はそう多くはない。特にスキルカード1枚で数億円が動いたり、1試合で天文学的金額が動く様な環境が構築されている場合。
インフレさせる事のメリットよりもデメリットの方が大きくなってしまう……見えてる範囲では。
でも知っている。俺や館長は。そして一部の人間は。強くならないと駆逐されるだけだという事実を、世界を滅ぼすだけの力を持った怪物が潜んでいるという事を。だから人類のレベルアップを進めないとならない。人類を次のステップへと進めないとならない。
世界の裏に潜む連中は気まぐれで動いていないだけで、何時でも世界を滅ぼすだけの力を備えているのだから。
だから人類レベルアップ計画を進める。
ゲームで!
「で、進捗どうですか」
「悪くないです。年内リリース行けそうですね」
図書館の特別開発室に入るとパンイチマンが出迎えてくれる。結局常にパンイチになっちゃったなこの人……。そんなことを考えながら本日の纏めたデータを持ってきた。
図書館の隠し部屋の1つはアプリ開発の為に特別開発室へと改装されていた。結局産業スパイ等を警戒するならセキュリティが人類史上最も強固な幻想図書館で作業するのが1番安全だ。
しかも普段から暇してて使える者も多い。
そう、モンスターバトルアプリ(仮)は図書館のメイド達を動員して開発に当たっているのだ。
開発室のあちらこちらに大量のパソコンが設置され、一番奥にはサーバー代わりのオメガの子機が置かれている。大量のコードを繋げてサーバー代わりにされておる姿を見るのにもすっかり慣れてしまった。
という訳で。
「データ持ってきたよー」
USBを掲げると魔本の従僕達が拍手する。
「でかした!」
「お疲れ様です!」
「さあさ、こちらへどうぞ!」
「お茶を淹れますね」
一瞬で背後を取られると凄まじい速度で椅子に座らされそのまま目の前にアイスティーを置かれる。しっかりと好みの味を把握されててガムシロも追加されてる。
うまうま。
USB渡してアイスティーをちゅーちゅーしてると中身をパンイチマンが確認する。
「……はい、確認しました。いやぁ、流石ですね。恐らく今、地上で最も価値のあるUSBですよ、これ」
「そんな訳ないやろ……と言えないのがどうもなぁ」
渡したUSBの中身は図書館には記載されていないモンスターやスキルのデータだ。
幻想図書館にはありとあらゆるモンスターの情報や記録が残されているし、館長本人が今世界を維持するシステムを構築した張本人だ。
とはいえ、館長でさえ把握していないデータはある。そして館長が把握していないものは図書館に記録されていない。
俺のこのモンスターバトル(仮)プロジェクトにおいて果たすべき役割はそういうデータの提供、アイデアの提供、そして戦闘AIのルーティン構築だ。
なんせ、バトル部分について最も詳しいのは俺なのだから。
USBを受け取ったパンイチマンは早速それをパソコンに読み込ませ他の従僕達と共有する。その間にも人間の出せる数倍、十数倍の速度で入力が続く。
もはやタイピングしてる指の動きが残像でしか見えないレベルだ。そんな早くタイピングする必要ある? というか今の開発環境ってそんなだっけ?
「スクリプト担当ですぅ〜」
「あ、はい」
頑張って下さい。
本来であれば数年と莫大な予算を必要とするアプリ開発。中小パブリッシャーが争うことさえ難しいアプリ開発。バックに柊グループを備えたとはいえ、難しい戦いになるだろう……。
と、思われていたが、図書館という最強の味方がいるのでどうにかなっている。
まさか半年以内にはリリース出来そうだなんてイカれた答えが出てくるとは誰も思わないだろう。チートだよこんなの。どこの開発だって欲しがるよ。
でも今あるモンスターやダンジョンよりは作るの簡単だったよ、とか言われるとまあ……貴方がそう言うなら……以外の答えは出せない。流石っすね、館長さん。
「やあ、尊くん、データの方お疲れ様。作業の方は順調だよ」
「お陰で過去最強の対戦アプリが作れそうです。現時点で既に同業他社が備えているスキルやモンスターのデータを大きく更新出来そうです」
「おぉー」
自信満々に言うパンイチマンの姿を見てるとマジで順調そうなのが解る。
「ゲーム内の戦闘AIはそのまま普通のAIを使うけど、ログ作成用のプログラムへの学習には精霊を使うんだっけ?」
「うん。電子の精霊を新しく生み出そうかなって。現人類のAIでは高速化する戦闘について行けないし、細かいアレンジやアドリブの判断にも対応出来ないけど、精霊ならシンクロを通してリアルタイムで戦況分析を可能にするだろうね」
「本質的には人間とシンクロする事に特化した、電子データ整理を得意とする精霊の開発……になりそうです」
「完成すれば脳に負担を与えず、誰もが尊くんと同じ様に戦闘を分析。理解する事が出来るようになるだろうね」
これが出来る出来ないはかなり勝率や戦闘後の勉強に影響するので、とても意義のあるプロジェクトだろう。ただどれだけ研究した所でこんなもの、完成させられるのは館長ぐらいだろう。
「無事完成しそうで良かった良かった」
「まだまだやる事は多いけど、恐らく一番大変だったデータの纏めはこれで終わったからね」
「入力してまーす!」
「分身してまーす!」
「入力殺法!!」
「実は閉館の時間になると暇になった皆が参加するから人足が一気に数百単位で増えまーす!」
「打ち込むべし! 打ち込むべし!」
魔本の従僕……本当に便利な奴らだ……しかも数百年単位で生きてるのもいるから経験豊富で技能もばっちり、有能な働き手だ。コイツラがいなきゃ完成なんて影も形も見えなかっただろう。
完成品としてはストーリーよりも対戦重視で作ると決めている。なぜならこれは本質的にはゲームではなく、高度な戦闘シミュレーターだからだ。
育成要素は簡略化してステータスの割り振りを再選択可能にし、それに必要なポイントは対戦か課金で稼ぐ。
モンスターはゲーム内でポイント消費してガチャ、以降は合体して……という事にしている。課金圧は低め、集金が目的ではないし、サーバーはオメガが犠牲になっている限りタダだ。
悪いなオメガ、ずっとそうしててくれ。
このゲームが他とは違うのは圧倒的なデータ数、そして再現率。
つまり現実に存在するレシピがそのまま活用できる。スキル合成のチュートリアルも用意してある。皆も変異因子の奴隷になれ。
これは非マスターではなく、現役のマスター向けのツールになる。これでレシピを試し、対戦で感触を確かめ、そして実行することで強くなる。
それが将来、人類のためになるだろう。
「しかし最初はAを上限にするべきです。次の大型パッチでSを出せば注目間違いなしですよ」
「いや、S入れないとコンセプト的に意味がないでしょ。1番使ってもらいたい層だしそこ」
と、少し意見が食い違う事もある。だが概ねプロジェクトは順調だった。
「私達だけだと視点に限界がおるし、どっかで外部のテスターを雇ってβテストしたいところだね……」
「リーカーは許すなぁー!」
「アンチチートは完備!」
「モッダーも許さなーい!」
「チートとハッキングには黄泉式の逆探知呪術で対処! 呪うべし! 呪うべし! 必殺! キュウビ提供の遠隔去勢拳!」
魔本の従僕達は今日も騒がしかった。しかしテスターがいる、というのは正しい。どっかで秘密を守れる人を雇う必要があるなぁ。
「アンナに丸投げで良いか!」
「此方からアンナ様に連絡を入れておきますね」
サンキューパンイチマン。サンキューアンナ。俺に後でファッキューのメールが来るよ。
「そう言えば館長はミニシナリオ担当でしたけど大丈夫そう?」
「そこまで作業量は多くないからね。それでも皆が過去に経験したことを定期的なアップデートで提供できたらなぁ、って」
ウチはあまりシナリオに力を入れないつもりなのだが、単純な読み物としてミニシナリオやサイドストーリー……という名の実話を実装予定している。
広い媒体でもう少しモンスター達の過去が知られれば良いなぁ、という館長らしい考えだった。あくまでもメインは対戦の方なのであまりテキストは増やせないので、厳選されたシナリオを用意してるらしい。
結構楽しみだ。
そこでシナリオとかいう単語に反応してふわぉ、と白紙の物語が出現した。最近私のこと忘れてない? みたいなオーラを放ってる。
「お前はシェイナを説得する方法を考えろ」
すぅぅ……と消えていった。
その様子を見て館長が苦笑する。
「進捗は良くない感じかな?」
「前みたいに露骨に逃げなくはなったんですけど……まあ、覚悟が必要なことは解ってますし、焦らずにやってますよ」
最悪B認定後までは待つつもりだし。
シェイナの経験した過去は最悪の一言に尽きる。下手人のパペッターが性根カスのド下種であるのもそうだが、彼女が経験した国の滅びは……そう、とことんまで悪意を詰め込んだ地獄の様な日常だった。
アレをもう一度直視しろと言われて解った! と答えられる奴はまあ、いない。
王国一の美姫と謡われたシェイナ、それゆえに目を付けられ玩具にされて死んだ。
数あるエピソードでも胸糞悪さで言えば中々上の方に来る奴だった筈だ。解ってるから強制できない。どっかで踏ん切り付けて欲しいなぁ、とは思うけど。
「ま、これはこれで何とかします。それよりも今はこっちのプロジェクトの事ですよ」
「それなら安心してください、順調ですから。来月中にはテスターを確保しても良いかもしれませんね」
「どんな感想が貰えるのか楽しみだねぇ」
「あんりあるえんじーん!」
「しぇーだー!」
「すちーむ配信予定ですか?」
この従僕共かなり現代に適応してねぇか? もしかして俺よりも適応してねぇか? というか君らアカウント持ってるの? 今生に入ってから俺やる機会がないからアカウント取得してないんだけどお前らマジか? 積みゲーちゃんと積んでるんだ……何なんだこいつら……。
これなら特に心配もする必要もなさそうだ。来月にはベータ版を通してブラッシュアップが始まる……楽しみだ……元の構築をこっちで作れるまで、データで握って遊ぶ事が出来るのだ……本当に楽しみだ……。
るんるん気分で図書館を後にし、牧場に戻って来る。もうこのワープにも慣れてしまったなぁ、と思っているとシェイナが現れた。
「マスター、よろしいでしょうか」
「おや、どうしたんだシェイナ」
「……はい」
ぎゅっと拳を握るかつての美姫は覚悟を決めた表情を浮かべていた。
「過去に……もう1度向き合おうかと思います」
シェイナのその言葉にぽん、と白紙の物語が出現した。最近人格持ってねぇかコイツ?