「―――《粘着糸》!!」
「防げ」
三尾の狐から放たれた糸をエデが発動させていた《ヴェール》が防ぐ。その間に《クイック》によって火力を積ませたチビが走り、上空を角を生やした3メートルはある巨大な鳥が急降下してエデに襲い掛かる。それを甘んじて受け入れたエデが吹き飛ばされてチビが接敵する。
「やれ」
《アクセルクロー》が狐に叩き込まれる。小柄な姿が吹き飛びながらも《粘着糸》を放ってくる。それを2度目の《ヴェール》が防ぎ、大鳥がチビを無視してそのままエデへ強襲する。
「これで、落ちろ……!」
高威力スキルによってエデの姿が大きく吹き飛び、目を回しながら倒れる。2対1―――の状況から先手を取ったチビが《アクセルクロー》を叩き込んで三尾を沈める。残された大鳥は直ぐに攻撃をせずに、ホバリングしながら対応した。
「《粘着糸》」
「2枚目ですか」
「鴉羽、お前に対する専用対策だ! お前を倒す為だけに覚えさせたんだ、喜んで受け取れ!」
デバフは攻撃扱いではなく、付与扱いで、攻撃とはまた別の必中魔法扱いだ。避けられる筈もなくチビに糸が絡まって動きが一気に鈍化する。素早さ0、普通のモンスターであれば全く問題にならないこれも、素早さに特化したビルドをしているなら話は別だ。
「殺った! 俺の……勝ちだッッ!!!」
先手。大鳥のが早い。素早さが0のチビに対して急降下からの爆撃の様な特攻を行う。反動を伴う高威力攻撃がチビへと向かい―――それをチビが回避した。
「詰みですね」
回避し、回避した所でカウンター気味に通常攻撃が叩き込まれた。大きく吹き飛ばされた大鳥の姿が一度バウンドし、それから空へと戻った。その眼には強い警戒の色が乗っている。だがその存在はもはや脅威ではない。
「待て、素早さを0にしたら回避率は0だろ!?」
「《回避+》系のパッシブはステータスに対して影響与えず最終値への加算なので素早さが0になっても影響を受けません。よって、4つ装備されている《回避+50%》を突破する手段がないのなら詰みです」
「―――は? 回避率、200%……!?」
非現実的な数字に相手が呆然とした。
「まあ回避200程度必中攻撃や魔法の前では無力なんですけどね。ちなみに素早さ0対策で最後のスキル枠には《カウンター》を入れてます」
「《挑発》は!? アレはマーメイド守護の為の軸じゃないのか!?」
「メタが回り始めたので抜きました。こういう場合ヘイト取って先に沈む所までがマーメイドの仕事なので、最後の殴り合いで余裕を作る為にナイトメアが殴られてない方が好ましいので」
パッシブスキル《カウンター》は相手が自身に対して攻撃を行った後に攻撃した場合、その威力を1.2倍にするというもの。《粘着糸》を喰らったら確定で後攻になる。その場合このスキルの発動率は100%になる。
これを活かすには最低で殴られる必要が出て来る。つまりマーメイドが死んでれば発動率100%だ。タイマンならなお良し。その調整をするのがマスターの仕事。
「必中攻撃か魔法はないみたいですね? 詰みです」
「クソ、次は勝つからなあああ―――!!」
当然のようにメタ持ちがランクマで相手するようになってきた。無論、そのケア込みで構築しているが、だからと言って簡単に勝てるという訳ではない。こういう状況になった時、相手のメタに対応できるように控えのモンスターを用意しておくものなのだが、あいにくと用意してあるモンスターの大半は素材だ。
スキルもある、ステータスも育っている。だけど戦闘向きではなく、継承用に調整されている。その為、このままランクマに連れて行っても大した成果は見せられない。明確にランクマで使えるように調整されているのはチビとエデ、明確にバトル用に調整されている血統のみだ。
というかこの処理もちょっと不服だ。出来る事ならSランクに行くまでは素材は素材としてのみ調整して使いたい。その方が管理が楽だからだ。が、バトルで勝ち上がる必要がある以上それは不可能だ。だから代替案としてチビ達を使う事になっている。
つまりそろそろメインで運用する為の血統を確保したいという話だ。チビかマーメイド、どちらかを入れ替えるだけでメタ対策は成る。後はそのまま80連勝を目指せばノルマは達成できて、C認定まで行けるだろう。
最悪マスタースキルを解禁すればもっと楽になるだろうが、使ったら使ったで負けた気がするのが嫌だ。
「という訳でダディ、四国に行かせて」
「という訳で、で行かせられる距離じゃないんだよねぇ」
勿論、ボディは中学生、中身は転生者。家族の許可なしでは遠出なんて事は出来ない。
「大丈夫大丈夫、ちょっとミストさんの背中借りて飛んでくるだけだから。久遠の許可はもう貰ってるんだよね。後はパピーの許可次第なんだけどどうなんですかね……げっへっへっへ」
「……」
ジト目で睨んでくる父親の視線に瞳を潤ませて対抗する。見よ、この愛くるしい中学生アイを。俗世間で汚れたヨゴレ人間どもと比べて美しい瞳の色をしているだろう?
「お兄ちゃんの瞳は何時も通り淀んでるよ」
「ヘイ、そこのラブリー、あまりスイートな事を言うなよ。お兄ちゃんは今必死にパパを篭絡してる所だから」
部屋の端ではチビに埋もれた妹が半眼でこっちを見てる。ついには妹が埋もれる事の出来るサイズまで大きくなったんだなあ、というちょっとした感慨深さがある。まだ小学生の妹よりも大きいというのは少し前まではちょっと想像できない変化だ。
合体するとこうも変わるものだ。
「尊……これはバトルに関する事だね?」
「あー……まあ、はい……四国の方にあるダンジョンに行きたくてぇ……」
「黄泉平坂だね?」
「……うす」
「尊、父さんを馬鹿にしちゃ駄目だよ? こっちに来る上で業界に必要な事は一応頭に叩き込んできたからね。難しい話でだまそうとしても無駄だから」
「……はい」
「じゃあ真面目な話をしようか。尊、ここに座って」
ソファの横をぽんぽん、と叩いて来る父の言葉に従って横に座る。父と横に並んで座ってみると、やはり父の姿が大きく感じられる。父も見下ろすように此方に視線を向け、微笑んだ。
「全く……何時の間にか大きくなってきて」
「成長期だからねー」
もっと背は伸びるぞ。それこそ父よりも大きく育つかもしれない。尊くんは運動もするし、食べるものだって栄養満点だ。しかも両親の顔面偏差値が良く、体格も良い。これは将来イケメンになる逸材に違いない。
人生1周目諸君、人生ガチャでSSR引けたかな? 俺は2周目で間違いなくSSR引けたよ。ジジイというデメリット付きだったけど。
「父さん」
「尊、父さんはね、尊が漸く熱中できる事を見つけた事に関しては本当に嬉しいんだ。だから特に止めるつもりもないし、応援もしてる。そうやって熱中できる何かを持つという事は……実はすごく難しい事だって解っているからね」
「……」
父が、肩に手を回して身を寄せて来る。手も、体も大きく感じる。
「尊は……成績は良いし、態度も良い。家の手伝いをしてくれるし、困らせた事もない。ちょっとしたおふざけで困らせる事はあるけど……怒らせるようなラインは絶対に踏まない。自慢の息子だと思っているよ」
「灯、部屋に戻っててくれない? ちょっと聞かれてるの恥ずかしいんだけど」
「録音するね」
畜生が。
「だからこそ尊がどことなく何にも情熱を持てないのも解ってたよ。全力は出せるけど本気にはなれない。そういう熱量の差を何に対しても向けていたのは知ってた。だからこうやって今、熱中できる事を見つけてくれたことは本当に嬉しいんだ」
「……うん」
「話せない事とか、話したくない事とか色々とあるとは思う。だけどこれだけ覚えておいて欲しい……父さんは常に尊の味方でいるって事を」
何も言い返さずに父に頭を撫でられる。
「それで改めて聞くけど……これは必要な事なのかい? 尊、君がモンスターバトルに入れ込んでいるのは良く解る。最近君の評判を色んな所で聞くからね。だけどこれはそんなにも急ぐ必要のある事なのかな? 夜月さん家だって助けてくれているし、まだまだ彼らに頼っても問題ないんじゃないか? 君がそんなに走り抜ける程、必要な事なのかな?」
「ん」
父の言葉に頷いてから答える。
「バトルは」
「うん」
「好き。やってるだけで胸の中が熱くなってくる。自分の全力が漸く試せるって気がする。これならきっと、自分の全てを出し切って、自分の存在を証明できる! って気がするんだ」
「うん……それで?」
それで。
「やればやる程強くなりたい。もっと戦いたい。もっと強いやつと戦いたいって思うのも本当なんだけど……それ以上に強くならなきゃいけないと思うんだ」
「それは……どうしてなんだい?」
父の言葉に数秒黙って、これを伝えるかどうかを考える。だけど父はこうやって真剣に向き合ってくれている。それに対して、俺も真摯に向き合わないとならない。
だから数秒黙って。
それから少しだけ言葉を選ぼうと考えて。
それを諦めて。
そのままストレートに口にした。
「きっと爺さんは生きてるから」
俺の言葉に父は数秒間目を瞑って、それからゆっくりと応える。
「―――なぜ、そう思ったんだい?」
「俺がジジイだったら、こんなイベントを絶対に見逃すわけがないから。死んでからこんな事をしても意味がないから。ジジイは絶対にこれを見てる。見て笑ってる。あの人はそういう人間だから。その上で……きっと、タイムリミットは本当に死ぬまでだから」
父の視線が母へと向けられる。それを受けてキッチンから顔を出した母は静かに頷いた。
「そうね、父さんなら絶対にやるわね」
負の方向での信頼。無論、確定している情報ではないのも確かだ。それにラスボスの存在なんて絶対に明かせない。設定的にかなり絶望的で、用意されたメタキャラ抜きでは攻略不可能とされている存在。それを口にする訳にはいかない。
口にしたら最悪、気づかれる。
だからラスボスの事をずっと黙っておく。
主人公とか、原作とか、そういうのは全部忘れて―――俺が殺しに行くから。
だから自分の心を見つめて、言葉を選ぶ。最近の出来事を思い出し、そして先ほどまでの軽い理由よりももっと重い理由を持ち出す。これは死ぬほど恥ずかしい言葉だし、出来る事なら秘密にしておきたい。だけどきっと、言う必要はあるのだろう。
「だからジジイが生きてたとして……本当は何をさせたいのかは解らないけど、死ぬまでにSランクになる必要があると思う。本当は死んでてそれが遺言だったとしたら全部杞憂で済むんだけど―――」
「それで? 尊は本音では……何を求めてるんだい?」
的確に、虚飾に濡れた言葉を払いのけて来る父の眼差しに負けた。
「カッコ悪い所を見せたくない」
「あらぁ」
「へぇ」
「ふーん」
「わうぅー」
自分を惚れさせると断言した女の子がいて。それが全力で自分と向き合ってくれている中で。最初は面倒だともあんまり関わりたくないとも思っていたのは事実だ。それでもその眼差しがずっと俺を捉えているのなら。
せめて、その瞳に映る姿は、格好良いものであってほしい。
惚れたとかそういう事じゃないけど、それが男という生き物だろう。
「成程、男の矜持か」
「まあ、そんなもん」
「尊も中1だしなぁ、色気づく頃かあ」
「そういうんじゃないって」
父に小突かれて頬を掻いて、少しだけ気恥ずかしさに視線を逸らして。
「無事に帰って来られる?」
「無事に帰る」
「問題を起こさない」
「比較的に問題は起こさない」
「断言はできないんだ」
困ったなぁ、という顔を浮かべる父の様子にちょっとだけ笑い声が零れてしまう。優しくて、暖かい人だ。俺の人生は2度目で、精神的には負ける事はないと思っていた。でもこうやって丸め込まれて、些細な事に向けられてくる愛情が本物であるのを感じて、負けてしまう。
「解った、行ってきていいよ」
「良いの?」
「うん、尊はしっかりしてるから大丈夫だとは思うし」
「よっしゃ! パパ大好き! 愛してる! お土産はレアモンスターで良い?」
「先に牧場に増えた100匹近いモンスターをどうにかしてね。食費が馬鹿にならないから。本当に」
「アレは明日合体で全部消化します……」
「全部……!?」
「全部」
父に許可を貰ってやったあ! となったので父の横から飛び出し妹が埋もれてるチビの腹へと俺も突っ込んで埋もれる。羨ましそうに見てたエデが合流してくると、他のでかいのも混じって、1階がもふもふだらけになって来る。ちょっと暑苦しいなあ、とは思うが……まあ、悪くはない気分だ。