色々とあった今年も過ぎ去った。
ここ数年はすっかりクリスマスも年越しも夜月家と合同で行うのが通例となってしまった。別に悪い事じゃないんだけどすっかりとこれが馴染んでしまった事にはジジイの策略を感じるので複雑な気持ちがある。
付き合い自体には罪はないし、現状には割と満足している。ただ未だにジジイの意図が一切見えてこない事だけが不満なのだ。あのジジイが次元城を開けた事も、俺をどうしてこんな場所へと送り込んで延命を図ったのかもここに来て数年経ってもなお未だに不明だ。
とはいえ、表舞台に立たない人間の事は気にするだけ無駄なのも事実。年末は何時も通り牧場で皆と過ごしてまた新しい1年がやって来る。
新年に移り変わるのに伴いまた図書館でやりたい事全部詰め込みますと800GB超えます! とか頭のおかしい報告が上がったり、オメガサーバーを使って開発してるから現行マシンではスペック足りませんとか言う報告が飛んできて開発室は修羅場に突入するが、技術的な事は館長やパンイチマンに丸投げなので俺には関わりがないまま新しい年は進む。
6月に予定しているBランク認定戦に向け、追い込みモードが始まる。もう煽るペースで出場する必要はないので、週1ぐらいのペースに出場数は減らすが、その代わりに出場する大会はなるべくスコアが高いものにする。
January Washington C Cup優勝。
京都新年杯優勝。
London New Year Competition優勝。
と、新年祝いで開催されるCランク用の大型大会に乗り込んで軽く優勝してくる。Cランクともなると人口も多いのでそれなりに大きな大会や注目度の高い大会が増えて来る。メディアで取り上げられる程の奴は稀だが、ネット配信ぐらいは増えて来る。
活躍していればそこそこ知名度が稼げるのがCだが、10月辺りからひたすら荒らして回ってたせいか割とマークが酷く、メタ構築で殺しに来ようとする連中は多い。これは大会の出場数を減らしても変わらなかった。殺意満点の対戦相手が増えた。
逆に言えば交流戦でアーサーが見せたメタゲームの可能性が拡張されたとも言える。
これまでは低ランクにおけるメタゲームは忌避される方向性にあった。メタるのはダサい、勝てないからメタに手を出す、誰もやってないからやらない……低ランク帯におけるメタゲームはあまり幅が広くなく、手を出す人間も少なかった。
だけど環境に出て来た化け物を殺す為にメタるしかないのだ。そうやって俺や一部のブラックバスを殺す為にメタ構築に手を出した結果、Cランク帯でメタゲームが回り出すようになってきた。
上のランクではメタを意識してスキルを調整するという考えは前々からあったが、低ランク帯では浸透していなかった。だが今回の件で環境がまた1歩前進した。素晴らしい……皆……もっと殺し合ってくれ……殺し合え……殺し合え……!
お前達の殺意とそこから生まれる愉悦が世界をまた1歩エンディングへと前進させるんだ。だからもっと殺し合え……とか言ってると明らかに人間の視点でものを語ってないって皆に怒られるんだよね。そんなぁ、俺ほど未来の事を考えてる人も少ないのに……。
そんなこんなで遠征タイミングは週1まで削減、無理に詰め込んだスケジュールの時に既にBまでのスコアは十分稼げてるが、駆間だけで経験値を稼ぐというのは危険な行い―――駆間がどれだけ先進的な環境であろうとも、単一の環境で修行していると慣れてしまうのは色々と恐ろしいのでもっと広い場所や環境で様々なバトルの経験を積む為に積極的に遠征する事にしている。
そうして1月も過ぎて行く。
そして2月。
「―――マスターを篭絡します。そう、バレンタインならね」
『狂った?』
フラメアが気合を込めて拳を握るのに対してウェルギリウスは電子看板を掲げてツッコミを入れる。アンナに会話用に渡された奴だったが喋れないウェルギリウスはこれを何かと重宝し、気に入っていた。これなしだと尊や灯程度としか意思疎通が出来ない。
死の化身と意思疎通が出来る者がいたらヤバイ。それは当然の事実である。当然、鴉羽兄妹はヤバイから平気だった。
マスターである尊が出かけている隙にキッチンを借りる事に成功したフラメアは今年こそはという熱意に満たされていた。
『お前の出番ないから』
「は? そんな事ありませんが? マスターには私の情緒をぐちゃぐちゃにしている事に対する責任を絶対に取って貰いますが? なんですか? ここまで激重感情抱かせてノータッチとかありえないでしょう」
『……』
ウェルギリスは律儀に看板に無言を描くとまあ……とちょっと擁護出来ないかなぁ、と黙り込んだ。マスターである鴉羽尊の育成手腕に対する文句は一切なかったが、モンスターからの感情というか愛情を真剣に捉えていない部分があった。
生物が抱ける好感度には上限みたいなものがあると思っている。それ自体はそう間違ってはいない。生物である以上、抱ける感情や想いには容量や上限がある。強すぎる感情は心身を乱すというのもあるから、人間は抱ける感情にリミットがある。
だがモンスターは違う。しかも合体して好感度や想いは継承されている。ある程度の感情を継承しても、思いを丸々継承すると尊はまるで思っていない。その為、累積されて行く感情とそれによって天元突破する想いを軽んじている。
アレ何時か押し倒されるんだろうなぁ、とかウェルギリウスは思っていた。だって人間って基本的にモンスターに勝てないし……。
「マスターのクソボケっぷりは今更ですが……今度こそ! 私が本気だと知って貰う為に! 特製のチョコを用意して篭絡してやるのです!」
無理じゃないかなぁ……という感想をウェルギリウスは飲み込んだ。それぐらいの慈悲が死の化身にもあった。
「バレンタイン……素晴らしい文化ですね。菓子を通して愛を伝えるイベント」
「出たな」
キッチンに何時の間にかシェイナが出現している。フラメアはチビをビーフジャーキーで買収してシェイナの足止めを頼んだ筈なのに……! そう思いながら窓の外を見ると2倍のジャーキーを頬張って笑顔のチビがいた。自認犬の魔狼は商売上手だった。
「シェイナ! 最近マスターに近くありません? 急接近してません? これまでの影から見守る距離感は大変すばらしいものだと思っていたのですけど?」
「これはこれはフラメア様。人とは生きている間に幾らでも感情が変わるものです。ある日憎んでいた相手を何とも思わなくなるように、ある日突然大恩ある方に対して特別な感情を抱くようになるのは当然の事ではありませんか? ちなみに私は他人を排除しようとする卑しさはありませんよ」
「こ、こいつ……!」
ウェルギリウスは静かにシェイナのレスバ強者っぷりに拍手を送った。
そもそも種族全体で引きこもり族の魔女と外交の場に立つ為に交渉術を叩き込まれたコミュ強では立っているステージが違う。レスバ勝負における自分の不利を悟ったフラメアはくっ、と声を零してからシェイナを指差した。
「ま、負けません……新参になんて負けたりなんてしませんからね!」
『タイミング的に加入ほぼ一緒だったろお前ら』
「今世代の話ですぅ! 今世代ぃ! 私の方がずっとマスターを支えてるんですからね! 戦闘でも私がエースですから! エース! 戦歴、勝率共に私がズバ抜けて頼られていますから」
むっふん、どや顔。事実なのでウェルギリウスは何も言ってないが、選出率だけ見るならフラメア加入前からいて、なおかつチビとも組み合わせられる都合上自分の方が活躍多いんだよなぁ、という言葉を慈悲で飲み込んだ。
ウェルギリウスは基本的に大人だった。だから静かに窓を開けてチビを呼んだ。真のエース登場にフラメアは轟沈した。
「はあはあ……おかしい……今からチョコを作る流れなのにチョコを作る流れに入れない……!」
『1人で漫才してて楽しい?』
取っ組み合いを始めるフラメアとウェルギリスの傍らで、尊がモンスター用に与えたタブレットをおぼつかない手で操作すると、バレンタインの事を調べ、それからチョコやお勧めのプレゼントを調べる。家の中で昼寝してたララが取っ組み合いに巻き込まれて死亡するのを見届けつつ、シェイナは犬猿の仲の2人を放置して早速作業に入った。
そう、一番強かなのは当然シェイナである。その事実に気づいたフラメアがウェルギリウスから離れて急いでキッチンに戻る。
「もうBランク認定戦までもう4か月もない……」
フラメアは尊がBランク認定戦で勝つ事を一切疑っていない。自分のマスターはイケメンだし強いし滅茶苦茶優しくて良い匂いがする。たぶんフィルターが大いにかかっているがそれをフラメアは無視した。
「当然全力を出しますし、勝ちもします。だけど―――」
勝てば世代交代が始まる。世代交代すれば今のフラメアは居なくなる。ウェルギリウス、チビはかなり特殊なケースで合体した所で意識が100%残る為、ほぼ本人が肉体を乗り換えている感覚に近い。だがシェイナとフラメアはそうもいかない。
想いと、記憶と、経験。
この3つを残して次の世代へとバトンを渡すしかない。
そうなれば記憶や想いは残せても―――もう二度と、自分が現れる事はない。
それはモンスターとしての宿命だ。フラメアもシェイナも、察していた。合体したら最後、自分たちが合体して地球に現れる事は二度とないだろう。もう二度と自分たちを再現する人は現れないし、そもそも現れようとも思わない。
このモンスターとしての人生は1度だけ。そしてその1度が彼女達の全てだった。
だから、戦いにも、恋にも、全力でぶつかって行く。
「これが、最後のバレンタインですから」
「全力を尽くしましょう」
最初は反発していた2人だったが、やがて手を取り合ってより良いものを作り上げる事に協力し始める。それをしばらく眺めていたウェルギリウスは、少し離れた所から尊の母が見守っているのを見て安心し、ゆっくりとキッチンから離れて行く。
人間にとっては後何度もやって来るバレンタイン。
だが1年や2年しか存在出来ない彼女達にとっては、その季節はそれが永遠であり、唯一無二だ。
だからこれ以上は邪魔しないように離れ、チビに寄り添った。
……バレンタインに向けて、鴉羽ファームは今日も平常運転だった。