「決戦の日来たれりッッ!」
「後はマスターにお届けするだけですね」
凄まじいオーラを放つフラメアとシェイナは完成されたバレンタインギフトを丁寧にラッピングし、当日まで隠し通した。最終的に2人でバラバラの物を作るよりも、協力して1つの心に残るものを作る事にした2人の共同作業は見事な成果として完成された。
後は届けるだけ。それだけだった。そしてそのタイミングも2人は決めていた。
「今日はバレンタインですが運良く学校はお休みです。お蔭でマスターは学校に行く必要がありません……つまり他の学友から大量のチョコを貰う事はなく、その中に我らの自信作が埋もれる事はありません!」
「ですがマスターは久遠様とバレンタインデート予定です。一度出かけてしまえば帰って来るのは暗くなってから。それまでに渡せなければ意味ありません」
「そうですね。その頃にはもう甘いものもたくさん食べてお腹いっぱいでしょうし、どうしても印象が薄れてしまいます。それまでに渡すのが私達の勝負です」
『はりきってるなぁ』
しみじみとコメントを残すウェルギリウスを無視して燃える2人の乙女達は早速寝起きの尊を襲撃する―――という事はせずにいた。彼女達は序列をちゃんと気にしていた、というか灯がちゃんとバレンタイン用のギフトを用意しているのを知っているので、その後で動こうと決めていた。
故に朝、寝起きの尊を見て、朝食を食べるのを眺めて、身支度を整えて綺麗になった姿を確認し、灯からプレゼントを受け取るのを見て、2人は早速動こうとして―――玄関の扉が開いた。
「尊! 来たぞ!」
「あれ、久遠早いな」
朝から夜月久遠が襲来し、2人に戦慄が走る。
「馬鹿な、早すぎる……!」
「襲撃は11時辺り、ランチデートからそのまま午後の散策を楽しむというプランの筈です……! しゅ、襲来が早すぎます!」
『大変だね君ら』
朝から襲来する久遠の存在に戦慄している間にも横に並んだ2人が牧場の方へと向かって行く。
「マズイ、牧場デートからバレンタインデートの流れですよこれは」
「計画破棄! 計画破棄です! 今から渡しに行かないと手遅れです!」
『大変だね君ら』
ウェルギリウスは高みの見物を決め込んだ。
朝の支度を終えた尊と久遠が牧場の方へと向かって行く。家の外に出た2人を追うべくラッピングされたプレゼントをフラメアが抱えると、急いで2人を追いかける。もはや当初の計画なんてものはなかった。今、この瞬間渡さなければ夜まで渡せなくなる。そんな予感がひしひしとしていた。
外に出る2人を追うフラメア達はパッケージを抱えて走る。
「マスター―――」
そう声に出して話かけようとした瞬間、チビが尊と久遠の前に現れた。その姿はバレンタイン用にピンクのリボンとかハートの飾りが付けられたバレンタイン仕様になっていた。その姿を目撃した瞬間フラメアとシェイナは黙り込んだ。
そう、彼女達は序列にはきっちりと配慮出来る乙女達だった。静かにチビのご満悦褒められタイムを黙って過ごす事にした。
『大変だね君ら』
ウェルギリウスはこの生き物面白いな……とか思いつつあった。
チビの褒められタイムが終了すると2人は即座に尊を追おうとして―――今度はギフトの甘い匂いに釣られてチビドラ達がフラメア達に群がって来た。数十を超えるちびっこドラゴン達がなにそれ? 美味しそーと群がって来るのに2人が必死に応戦を開始する。
「駄目です! これはマスターの! マスターへのプレゼントです!」
「お願いします退いてください! おね……お願いします!」
『大変だね君ら』
可哀そうだから忘却バステを差し込んでチビドラ達を行動不能に追い込んでウェルギリウスは救出した。ウェルギリウスにも慈悲はあった。そうやってチビドラの大群から抜け出す頃には尊と久遠の姿が既に移動済みだった。
それを追いかけようとして―――今度は家畜用モンスターの放牧タイムが行く手を遮る。
完全に尊と久遠が視界から消え去る。
「おかしい……おかしいですよ! なんでこのタイミングでこんなにも妨害入るんですが!? 明らかに……明らかに推しカプの為に因果を弄ってるラスボスがいますよ!! 推しカプの間に何物も入り込めないように因果の糸を弄ってる気配がしますよ!!!」
空に浮かび上がるラスボスの幻影が私は別にそんな事する程暇じゃないわよ……と語りかけて来るのを無視した。とりあえず不幸な事があればラスボスに責任を押し付ける。これで大抵の物事は精神的にすっきりする。ウェルギリウスは乙女って大変だなぁ、と眺めてた。
「マスターはどこでしょうか? 完全に見失ってしまいましたね……」
「安心してください、マスターには魔術的にマーキングしてあるのでどこにいるのか常に把握してます。見失う事はありませんよ。今は……図書館に向かったみたいですね」
微妙に人権の侵害を感じる発言を無視して図書館へと2人が乗り込む。
季節のイベントも全力で楽しむ方針で固めてある図書館は本日に限り、バレンタイン一色に染まっていた。デコレーションだけではなく従僕達の服装もバレンタイン仕様となっており、イートインエリアではバレンタイン専用メニューまで出していた。
一部マスターはここがダンジョンだという事実を忘れてデートに興じている。世界で最も要求レベルの高いデートスポットになっていた。
「マスターは……マスターはどこです!」
「くっ、図書館内は魔術の痕跡が多すぎて追跡が難しい……急いで探さないと! どうせ館長の所辺りでしょうし!」
ウェルギリウスは尊と特別な繋がりがあるから居場所をそんな事しなくても把握してるのだが、2人が必死に頑張ってる所に水を差すのもあれだから黙っておく事にした。そうやってウェルギリスが2人の奮闘を眺めている間にも時間は過ぎ去って行き、何時の間にか尊たちは図書館の外に出ていた。
当然、それをフラメアとシェイナも追いかける。
が、牧場に出た所でチビドラ達が再び襲い掛かって来る。《デコイ》で矛先を除夜の鐘に向けつつ2人は必死に尊を追いかけ―――また妨害に遭う。
「おかしい……おかしいですよ! なんで、なんでこんな事に……!」
もはや運命そのものがみこくおを推している様な意志を感じられた。尊を追いかけて行く先々で執拗に運命による妨害としか思えないものが2人を阻む。その度に尊の姿を見失い、そして距離が離れてしまう。
「ば、バレンタインが……私達の最後のバレンタインが終わってしまう!」
嘆きの声が溢れだすが、もはやどうしようもない事実だった。格闘すればするほど引き離されるような感覚が2人を襲い、何時の間にかやって来ていたミストに乗って尊は久遠と共に牧場を去っていった。
それをフラメアもシェイナも眺める事しかできない。無論、牧場を出て追いかけるという選択肢も2人にはあった。だがそうやって追いかけた所で一番迷惑がかかるのは尊本人だと理解している。牧場で何かトラブルがあっても自己責任で済ませられる。
だが一応―――本当に一応、最低限の社会が駆間には存在する。もし牧場の外でトラブルを起こした場合、その責任の所在は尊に存在する。それだけは、仕えるモンスターとして決して超えてはならないラインだった。
だから牧場を出た所で作戦は終了してしまった。2人のバレンタインは事実上の終わりを迎えてしまった。
ミストに乗って飛び去って行く2人を大地の上から眺め、フラメアとシェイナの2人が肩を落とす。
「……行っちゃいましたね」
「そうですね。この感じだと夜まで帰ってこないでしょう……」
尊と久遠は毎週、デートに出る。その時だけはモンスターの育成やバトルを忘れて普通の人としてデートを楽しんでいる。そういう日常のメリハリを楽しんでいる。駆間に住んで数年もすれば大体の遊び場は回り終わっているが、それでも飽きる事はない都市だ。
昼前に出て昼食を取って、それから店を見て回りながらバレンタインを楽しめば簡単に夜まで時間は過ごせる。帰って来るのは夕食前ぐらいになるだろう。その頃にはもうバレンタインも終わりだ。夕食の後に渡してもそれまで見て来たたくさんの物と、1日の終わりまでそう時間もない。
どうしても、印象は弱くなる。
しょんぼりとした表情を2人が浮かべる。渡すチャンスはまだあるが、後回しになってしまう。確かに個人的な思いもあるのは事実だが、どちらかというと純情な性質の乙女達だ、純粋に喜んでほしいというのもあった。
それでも見送るしかない事実に少しだけ立ち尽くしてからバレンタインギフトを家の中に持って行き。
それから牧場で妨害してきた全てを焼き払った。
羊、チビドラ、ララ、自分から飛び込んで来た女神、社会派シティエルフ、全てを焼き払ってからとぼとぼと家の中へと帰って行った。
その様子をウェルギリウスは眺めてた。
ずっと、眺めてた。
「はあ……渡せませんでしたね」
「仕方ありませんよ。事前に相談せずにサプライズで渡そうとした私達の計画性のなさが悪かったのですから」
溜息が重なる。キッチンに戻った2人は丁寧にラッピングされたギフトをカウンターの上に乗せ、その前にスツールを並べるとしばらくの間何もせず溜息を吐きながら時間を無駄に過ごしていた。もうちょっと計画性があれば……という話は一生後悔として残る。
彼女達にとってこれが最後のバレンタインになる。次の機会なんてない。
壁にかけられた時計は直に3時を示す。まだまだ帰って来るまで数時間はある。与えられたトレーニングもしっかりとこなしてしまった2人には無為に時間を過ごす以外する事が何もなかった。カウンターの上に置かれたギフトを呆然と眺めながら時を過ごしている時。
「―――お、いたいた」
とん、とシェイナとフラメアの肩を叩く感触があった。振り返った2人が見た先には尊の姿があり、軽くよ、と手を上げて挨拶してくる。
「よ、しょぼくれた顔をしてどうしたんだよ」
「ま、ままま、マスター!?」
「都市の方でデートでは!?」
数時間前に牧場を出たばかりの尊が何故かそこにいた。急いで立ち上がった2人がビシ、っと背筋を伸ばしてギフトの前に壁を作るように立った。視界を遮ろうとするが、既に隠そうとしているものは尊の視界に入っていた。尊も馬鹿じゃない、2人が何を用意し、準備してきたのかは大体察している。
意地悪をする様に横から覗き込もうとすると、それを素早く2人がブロックした。
「今日はランチだけ外で過ごして後はこっちの方でゆっくり過ごそうって予定だったからね。バレンタインで色々と貰ってるから外で過ごすより家でティータイム過ごしてる方が楽しいかなぁ、って思ったんだけど―――」
そう言う尊の言葉に2人の表情が明るくなり、少し離れた所で見守っている久遠がふ、と笑う。出来る女は男を独り占めしない。適度にリードを緩めるのも作法よ……みたいな顔をしている。
いそいそとラッピングされたギフトを尊に渡そうとする乙女たちの姿を視界に収め、ウェルギリウスはうんうんと頷いた。
こうして彼女達の最後のバレンタインは少しだけ騒がしく過ぎ去って行く。
じきに3月、4月と時間は進み、尊も中学2年生から3年生へと進級する。そうやって春が終わって夏が来ればいよいよ運命の時が来る。世界の環境が大々的に変更されてから劇化するバトル、新環境に馴染み、カードがそこそこ出回って構築にも変化が出て来る6月頃。
Bランク認定戦が近づいて来る。
それは同時に、今いるモンスター達との別れが近づく事でもあった。出会いと別れの季節が少しずつ、近づいて来た。