「―――し、死ぬかと思った」
撮影機材を何とか守り通した記者が会場に到着し、急いでセッティングし始める。既に1回戦が始まっている。これ以上遅れると写せる試合が減ってしまう焦りに手が少しだけもたつく。だがそうやって焦っているのは彼一人だけではなかった。
他の社のカメラマンやルポライター、或いは記者も大体似たような状況に陥っていた。
この状況で唯一焦っていないのは駆間や逆田の様なダンジョン活性域を専門に取材して回るフリーランスのキチガイや、大手の社に所属していてノウハウがあるからAランクやSランクマスターにコネのある所、或いは協会所属の記者で護衛を用意して貰える所だ。
レベル100のモンスターが出現する環境下でソロで取材に向かうのはもはや自殺に等しいが、そうするだけの価値が今の駆間にはあった。記者は急いでカメラを回すと映像を撮り始める。今、アリーナのステージ上で戦っている無数のマスター達の姿をフレームに収め、記録して行く。
「《根の国》を展開! 割合ダメージxデッドラインの恐怖を思い知れ!」
「《暗黒樹海》の展開でお前の火力を制限させて貰おう! 防御アップと組み合わせる事で全体ダメージの被害を大きく軽減する!」
「《幻想図書館》にターン加速を組み合わせる事で強制的にターン処理を進ませ詠唱の蓄積を加速化させる……これで俺のマジックコンボは成立する!」
「ひゃあ、凄い。もう既に新しいフィールドを使いこなしてコンボ決めてる」
駆間はトップ帯でも研究中のフィールド魔法、環境を握るとされている高評価フィールド3種を最も実用化し、そして運用している都市だと言われている。高ランクから低ランクまで幅広く使われており、流通されているせいで凄まじく戦術が洗練されている。
「いやあ、途中で護衛の人が“俺を置いて先に行け!”とかしなかったら絶対に間に合わなかったな……南無南無」
駆間の認定戦は普段から人気が高く、配信者による放送もかなりの視聴が取れる。問題は外からのメディアがここまで踏み込んでくるのにはかなりの苦労が必要で、それに見合うだけのペイになるかどうか解らないから、大手程敬遠する部分があるという事だ。
―――だが状況は変わった。
今、駆間は世界の環境発信の中心となった。最新のフィールドスキルが何故か異常な量駆間で流通され、それが逆田などの他の地獄や魔境に流れ込んでいる。駆間近辺で出現するようになった100レベルのモンスターやダンジョンも何故か他の活性域でも出現するようになり、世界的危機になるのでは? という懸念もあったりする。
これが駆間や逆田を始めとする活性域での出来事でなければ都市放棄を考える事件だった。
しかし、活性域の住人からすればレベルが10上がる上がらないとは特に大きな問題でもなんでもなく、交代で《パーフェクトキャンセラー》を撃ちながら持続ダメージや割合ダメージによる%ダメージを《根の国》と絡めて戦う事でリーサルラインを引き上げながら決まった手順で殺しきるという集団戦術を開発していた。
しかも戦力的に打ち消しで相手の行動を封じられるなら低ランクからも活用可能なので幅広い層で活用される集団ハメ戦術だった。噂ではレ! としか話せない精神異常者集団が開発されたと言われているが……記者にはちょっと考えたくない世界の話だった。触らぬキチガイに発狂無し。
活性域の人たち皆軍人か何かなのかなぁという疑問は存在するが、そんな事よりも飯のタネになる物の方が重要だ。何よりも、注目すべき者がここに入る。
「鴉羽尊……交流戦で一気に名を上げたルーキー。異様な経歴に凄まじい速度で成長する新世代の星。今、環境の中心に居座ってるのは君だねぇ……?」
カメラがステージに立つ尊へと向けられる。モンスターを引き連れ、最新環境の中で―――彼は戦っていた。
《ワープスター》! 敵陣モンスターが最速行動化された!
《根の国》に黄泉の花が咲き乱れている……。
男の娘サキュバスの《無詠唱》! 《暴走詠唱》を唱えた!
男の娘サキュバスの《ディストーション》! チビに時空の歪みが襲い掛かる!
フラメアは《スペルアブソーバー》を解き放った!
魔法が無効化され詠唱が吸収される! フラメアは詠唱10を獲得した!
男の娘ハーピーの《子守歌》! 聞く者を眠りに誘う!
男の娘サキュバスは睡眠無効だ!
フラメアは抵抗した!
チビは抵抗した!
チビの《アヴォイドマジック》! 魔法回避状態に入った!
「えぇ!? 何それぇ!? ずっるーい!」
そう言ってオネエは体をくねくねさせながらフラメアのスキルを咎めて来る。ターン処理が完了して互いに少し距離を開け、言葉を挟み込む間が得られる。ワープからの上位魔法は中々肝の冷えるコンボだった。
火力が高く、バフも剥がせる。食らえば恐らく余裕で残り3割ラインは切る。成立してたらフィールド効果でチビがワンキルされていただろう。
「《スペルアブソーバー》は行動消費型のカウンタースキルだ。指定すると発動待機状態に入り、相手が詠唱消費する魔法を活用した時に反応し、発動してそれを無効化、詠唱を奪取する。詠唱を消費する上位魔法に対するメタスキルだ」
「そんなの今まで見せた事ないじゃぬぅぁーい? あぁ、でも行動消費型で詠唱にしか反応しないから初級の詠唱消費しない魔法に反応しないし、詠唱消費しなければ待機するだけで無駄打ちで行動権を消費出来るのね。成功すればデカいけど読みが甘いとロスもデカいわね……」
「そゆこと」
《スペルアブソーバー》は満を持して投入された詠唱メタスキルで、図書館の禁書庫で入手できるスキルカードだ。これまで環境に出てこない、俺も活用しなかった理由は凄い簡単だ。使う機会がなかっただけだ。だが《暴走詠唱》が超ウルトラスーパーハイパー謎の大流通を開始してしまった為、詠唱10スタックからの上位魔法ぶっぱの魔法アグロ戦術が可能となった。
結果、詠唱メタが環境に投入されるようになる。というか俺が率先して投入する。
これがGMブライアンの違法サンダーバードみたいな3回行動で3回初級魔法使って上位魔法ぶっぱするよ! みたいなインチキ違法行為だったら何も咎められないのだが、《スペルアブソーバー》を使えばこういう強すぎる魔法アグロを戒める事が出来る。
何故か超不思議にこの手のカードが流通した結果構築される魔法アグロだけを野放しにしない為のスキルだ。強いのは確かだが、アブソーバーで詠唱が吸収された場合、一気に戦線は崩壊する。アグロ戦術で動く奴をこれで牽制出来る。そして環境に物理が出やすくなる。
いやあ、メタが回って楽しいねぇ。
所で男の娘サキュバスと男の娘ハーピーって何ですか? 俺の知らないモンスターが出て来てるんですか。突然変異? あ、そうですか。男の娘なのにサキュバスって成立するんだなぁ、というちょっとした知見になった。欲しかった知見ではない。
「それじゃあリーサルだな」
「くぅぅ、悔しいっ! 悔しいけど対抗手段をちゃんと用意している鴉羽ちゃんには完敗だわ! そうよね、自分で使ってた戦術なんだからメタぐらいは把握してるわよねぇ」
詠唱が駄々余りするが2連《ブリザード》から合体魔法で全体を薙ぎ払ってチビで最後にダメ押しの追撃して勝利。《スペルアブソーバー》を取り出すのはちょいズルいかもなぁ、と思いつつあまり注目されていないスキルカードをこういう風に活用して環境に紹介するのも自分の役割だ。
「これは物凄い極秘情報なんですがなぜかWEBで物凄い数のこの手のカードが流通されてるんだけどゴミみたいなトレード価格で出てるから1枚ぐらい入手しておくのがお勧めなんだよね。何故流通しているのかは一切解らないんだけど」
「そうねぇ。凄く不思議だけど流通してるのね。凄く不思議だわ。リスト確認が甘かったし、もう1度リストを見直して来なくちゃ……!」
よし! 宣伝出来たな! 一見使い辛そうでも使ってみると馬鹿強いってスキルはあるから注意だぜ!
この手のスキルはインフルエンサーが1回流行らせないと気づかないものも多い。だから俺みたいにスキルの価値や使い方を解っている奴が実践して環境に紹介する必要がある。ほら、もう試合をチェックしてた連中がネットで在庫を確認し始めている。
大丈夫だよ、相場は完全に崩壊して関係者は全員号泣してるから。酷い奴もいたもんだぜ。
副産物としてスキルカードの違法販売や転売ヤーっぽい生物もこの相場破壊に巻き込まれて無事無職にジョブチェンジしたらしいので気分が大変よろしい。気分が良いから家に帰ったら叡智の書をひっくり返してもっと酷使させるか。
勝利したので勝ち星を刻みつつステージを降りて、次の試合に備えてモンスターの入れ替えを準備する。同じ構築で戦っているとメタられるので適度に構築を入れ替えながら戦うのが吉。ゲームではブラインドだが、リアル環境では直前までの動きが確認できる。
つまり、こういう事も出来る。
スマホを取り出して通話を繋げる。
「もしもし、久遠?」
『ミコトか。言われた通り皆の戦闘映像を録画しておいたぞ。一番欲しいであろうマサトの映像は先に送っておいた』
「お、届いた。これこれ、これが欲しかったんだよ。サンキュ」
観客席へと向かって手を振ってからスマホに送られてきた雅人の第1試合の映像を確認する。アイツ、駆間の外に出て情報を隠してたから何を握ってるのか全く把握出来てないんだよね。今一番情報が欲しい相手だ。
ともあれ。
「この調子でガンガン予選を突破すっぞ」
全勝は強者義務である。
やるぞー。