シェイナ、白紙の物語の主役の1人。
だが彼女が合体して次の世代に交代しなければ、物語は続きを描く事が出来ない。戦力的にも、物語としても、彼女の合体は必要だ。シェイナは近づいてくると目の前までやってきて、そこで動きを止めてしまうと、少し困った様な表情を浮かべてしまう。
「……どうしましょう」
「何か、あったのか?」
「いえ、このままではフラメアの後を追う様で少し悔しいなぁ、と。考えてみれば先に行くのも悪くはない選択だったかもしれません。少なくとも比べられる事はありませんから」
ナチュラルに脳内からイーリュの合体が抜け落ちてる……いや、まあ、理由は解るんですけど。だからシェイナの言葉に俺は苦笑を返すしかなくて、シェイナはそれを見て微笑んだ。
「罪な人ですね、マスター。貴方は自分がどれだけ私達の心をかき乱し、ひきつけてやまない魅力的な人物である事を自覚していないのですから」
ね、とシェイナが久遠とミレーナを見た。2人はうんうんと頷いた。そうかなぁ? 俺は自分がそこまで大した人物であるとは思わないけど。でも皆がそう言っている以上、それを否定するのもおかしな話だ。彼女達のそういう好意を、なるべくなら否定したくはない。
「そういう所です……ふふ、ごめんなさい。困らせるつもりはないんです。ですが、私も随分と遠回りをしました。恐れて、逃げて、でも失うのが怖いから見守ってて……もっと早く貴方と話し合えば良かったんです。馬鹿ですよね、そんな簡単な事も出来なかったなんて」
「それは責められないだろ。アレは怯えて逃げて当然の恐怖だ」
皆殺しの悪夢。パペッターの恐怖。傀儡の夜。鏖殺の紅月。シェイナが経験した悪夢は永遠に記憶に残る悪夢だ。それも乗り越えられるようなものではない。彼女が自分で介錯したと思った事は全て舞台として仕組まれた行い……何も自由はなく、最初から最後まで道化だった末路。
それを前に絶望しない者なんていない。そこから立ち上がれたシェイナの精神力が凄まじいのだ。偉いのだ。凄いのだ。心の底から尊敬できる強さだ。
「ですが結局、振り返ってああすれば良かったなあ……というのは変えられないんです。本当は」
だけど運命は変わった。
「だから感謝を。私は信じています。何時か貴方が必ずあの女神を倒し、全てを終わらせてくれる事を……そしてその全てを終えて、最後のエンディングに到達した時に」
シェイナは、これまでで一番の笑みを浮かべた。
「きっと、元通りになった世界で私達は皆、再会する日がやって来ると」
―――どうなんだろう、それは可能なんだろうか?
全てが終わった後の世界は本当に存在するのだろうか? そもそも世界は残っているのだろうか? いや、未来からのメッセージがあったのだから、その後はあるのだろう。だがそこに希望は本当にあるのか? それは正しい未来なのか? 俺にはそれが未だに解らない。
解るのはあの女を殺さない限り、その先は一切ないという事実だけで。
それが出来るのは俺だけ。
シェイナは俺の手を取ると跪いて、手の甲にキスをした。
「さようならは言いません。私は奇跡を見ましたから。だから何時か、遠い未来で再び再会しましょう、マスター。貴方ならきっと、また希望に溢れた奇跡を起こせると信じていますから」
「ありがとう、シェイナ。……また会おう」
別れは告げずに見送る。シリンダーの中へとシェイナが入り込んで行く。2つのモンスターが揃い、素材やパラメーターの設定も終わった……ついに合体が始まる。分解される最後の瞬間までシェイナの瞳はずっと俺を見ていた。見ていて―――最後に目を閉じた瞬間、その瞳はもう二度と
その代わりに彼女の魂は今、漸くその故郷に帰る事が出来る。
亡びの運命を覆した、奇跡の地へ。
民達と家族が待っている場所へ。
己の役割を果たした王女は漸く、家へと帰る事が出来たのだ。
「……こうやって合体を見送る度にもう少し面倒を見れば良かった。もう少し話せば良かった。もっと知りたい事がいっぱいあったよなぁ、って思えるんだよな」
贅沢な悩みだ。結局のところ、注げるリソースは決まっているのだ。全てのモンスターに平等に接する事なんて不可能で、どうしても時間やリソースの都合で優先順位が付いてしまう。それ自体はしょうがない事なのだが、それを言い訳にして疎かにしてしまうのは違う。
だから見送る度に、もっとなんかあったんじゃないかなー、と思う事はある。
これでもちゃんと、皆の面倒は見てるんだけどね。
チビやイーリュは毛並みや翼のブラッシングを欠かした事はない。普段から世話になっているし、良く頼る事もあるからせめて俺に出来る事としてこの手のケアは忘れない。エデは楽器を大事にしていたから何時も楽器のチェックやメンテナンスは一緒にしてたし、ウェルギリウスはまあ……アイツは特殊なので色々と話が違ってくる。
フラメアやシェイナとも、良く話す時間を作ったり、一緒に買い物に出かける事もしてた。それでだいぶ喜んでくれるしこれで良いのかなぁ、って思う事も多々あるけど。チビドラゴン達は角磨きや鱗掃除だって俺の仕事だ。しっかりと自分のモンスターなのだから面倒を見てる。
そういう積み重ねをした所で、まだ何かあったんじゃないかなぁー、って思う事はこうやって別れる度に思う。思うけど……結局、そこまで頭が良い訳じゃないから、今出来る事を優先してやろうって話に落ち着いてしまう。
「今回は滞りなく合体が進んでいるようじゃが……なんか反応が妙だのう」
「なんか余り見た事のない反応が見えるね? 研修くーん、ちょっと珍しいデータ取れそうだから人類側にまで戻ってきてー」
「■■■■■……はい! 戻ってきました! 今チェックします!」
あ、自力で戻って来れるんだ。そう思っている間に元ノア勤務さん含めて皆が忙しく動き出す。普段よりもなんか仕事量多くない? と思っていると白紙の物語がぽん、と出現する。急に現れてどうしたんだろうと首を傾げていると、館長が観察するように声を零した。
「その本……どうやら合体に干渉しているみたいだね」
「えっ」
「何か、もっと可能性を引き出している様に見えるね」
興味深いなぁ、とか言ってる場合じゃないっすよ館長!! ちょっと!! 合体ルートから外れるの困るんですけど!!!
「俺のプランが! プランが崩壊するから止めろ! この! クソボケ本!! 止めろ! さっきまでのしんみりした空気を返せ!」
ぴょんぴょん跳ねて白紙の物語を回収しようとするが、スーパーパワー発揮されて普通に干渉出来ない。ヤバイ、俺のプラン崩壊して泣きそう。流れる涙のせいで足元がちゃぷちゃぷしてきた。
「ん? 浸水してないかここ?」
「え?」
視線を下に向けると何時の間にか水が張っていた。待て、ここ地下だぞ。ここ浸水してるとか洒落にならねぇぞ。
「博士!」
「いや、それはありえん! ここは精密機器が多いからそういう事だけは絶対にありえない様に作りがなっとる! これは構造の問題ではなくうわ―――!」
珍しくどころか初めて見る真面目な反応の博士にこの手の問題って博士が真面目になるレベルなんだな、と思った瞬間水をぶっかけられた。いや、ぶっかけられたというよりは洗い流されそうになった。凄まじい水量が一瞬で襲いかかり、思わず足が浮かび上がる。
反射的に久遠の手を握って何かに掴まろうとするが、それよりも早く反応したモンスター達が周りに集まって守ってくれる。その間にもまるで波の様に―――そう、波が襲い掛かるように海水が襲い掛かって来る。口の中に溢れるこのしょっぱさはまさしく海水の物だ。
「わぷっ、何が一体起きているんだいこれ!? もしかして合体の余波で空間を捻じ曲げられたかなっ!? わははは!! 前代未聞だよ! 演出は偶に見るけど此処まで強い反応は初めてだよ!」
「わ、わしの職場ァ、ア―――!!」
浮かび上がる暗雲。弾丸のように降り注ぐ豪雨。体を攫う様な暴風。優に背丈を超える津波が襲い掛かって来る。飲み込まれそうな程の衝撃を砕いたのは1つの姿だった。
「間に合ったようですね」
「マリアゲルダさーん!!」
片手を振るって50メートル級の津波を消し飛ばし、ついでに雨と暴風を遮断する。一瞬で荒れ狂う環境を安定化させる。それに合わせて従僕が光を生み出して辺りを照らせば、漸く周辺の景色が見えて来る。
それは崩れ落ちた街並みだった。崩壊した瓦礫があちらこちらに存在し、その中には一切の命を感じさせない。ただ暴風と豪雨が怒りの様に荒れ狂い、全てを飲み込もうとしていた。この大地を、土地を、都市を滅ぼすほどの自然の驚異がここにあった。
「お、お、おおお、お、揺れる! メッチャ揺れてる! 地震!?」
「いや、違う……」
久遠が辺りを見渡し、それから続ける。
「ここは大地の上ではないぞ……?」
「正解です。彼方を見てください」
久遠に続くように声を放ったのは合体の手伝いをしてくれた従僕だった。指を差した方角に視線を向ければ、暗雲の中に巨大なシルエットが浮かび上がっていた。その大きさは自分が知る最大級のモンスターよりも大きく、その大きさがここからでは理解できない程巨大な姿をしていた。
それほどの巨体を持つ生物を、俺はこの世界基準で2体しか……いや、2柱しか知らない。
「―――――――――――――――」
言葉にならない咆哮が轟く。巨大なシルエットが放った音だと気づくには少しだけ時間を必要とした。咆哮、その衝撃だけで周辺が消し飛ぶだけの破壊力を有するそれが、たった1つの存在へと向けられていた。
「覚えています。かつて、ここで生活し、働いておりましたから」
「まさか―――」
従僕の言葉に、漸く正解に辿り着く。巨大なシルエットは大陸を消し飛ばす程の破壊力をその口内に溜め込むと―――躊躇う事無く吐き出した。日本を、アメリカを、アジアを滅ぼすほどの破壊力を持った一撃。それは一直線に闇の向こう側のシルエットへと叩き込まれ……無効化される。
その向こう側から、無傷であろう女のシルエットと、異形の巨体が浮かび上がってくる。
「ノア……箱舟都市ノアです。かつて創生の際に生命を隔離する為に生み出され、それ以降は海上をさすらい続けた
攻撃の余波だけで100メートルを超える津波が大量に発生し、此方へと飛んで来る。荒波という言葉では到底表現しきれない程の殺人的脅威が断続的に襲い掛かって来る。
その中で、その場にいる者達が全員同時に、その存在を見た。
「ぐっ……若だけでも……逃げ……」
それは1人のトカゲ男だった。青い鱗のトカゲ……肩からコートを羽織り、船長帽を被った1人のリザードマンだった。全身傷だらけ、あっちこっちに食いちぎられたような痕でぼろぼろになり、力なく床に倒れる姿は必死に這いながら前へと進もうとし、しかし、その視界の先に見た。
小さな水蛇が大量の口によって貪られる姿を。
「っ、ぉ―――」
か細い悲鳴がリザードマンの喉から零れ、やがて力尽きる。大量の涙と血を吸った希望の箱舟はやがて絶望だけを抱き、限界を迎えて水底へと向かって沈んで行く。
かつて、最初の生命を育む為に生み出された水上都市はそうやって亡びた。証人を1人として残す事無く、原初の時から稼働し続けた船が沈み、海王でさえも滅亡の神に勝てなかったのだ……という結末だけを人々に知らせて。
「いやぁ、実に申し訳ない」
ぺち、と叩く音に全員の意識が引き戻された。
気づけばびしょ濡れの状態で合体施設の中に戻っていた。足元には海水がそのまま残されていて、部屋は荒れていた。中央シリンダーは既に開いており、その中から先ほど目撃したリザードマンの姿だった。パイプを口に咥え、申し訳なさそうに自分の頭をぺち、と叩いていた。
「どうやらおぢちゃんの悪い記憶が漏れちゃったみたいで! なんか周りぐちゃぐちゃにしちゃってごめんねぇー……」
両手をぱしーん、て気持ちの良い音を響かせるように手を合わせながらぺこぺこと頭を下げて来る。その姿に威厳らしさはまるで感じず、どことない気安さ、そしてくたびれた中年感が見えるリザードマンの姿だった。
「って、おお、館長さんじゃないの。いやぁ、お久しぶりだねぇ。そっちの方は図書館に行った娘じゃないの」
「やあ、君こそ久しぶりだね。こんな風に再会するとは思わなかったよ」
「ご無沙汰しております、船長様」
船長、という名前が出て来た。それは即ち1つの身分を示す。リザードマンはシリンダーの前から降りてくるとこっちの前までやって来る。そこでビシ、っとリザードマンが敬礼を取った。
「箱舟都市ノア所属、船団指揮担当……早い話、艦長……あ、いや、それじゃあ艦長と館長でWかんかん長になっちゃうね。船長、船長のノトスって言うんだ。よろしくね、大将ちゃん」
よろしくノトス、と挨拶しながら握手を交わす。おぉ、リザードマンなのに手の間に水かきみたいなのがある。やっぱ船の上で生活してたからそっち方面に体が進化してるのかな? こういう文化や成長の方向性が異なって来るのはちょっと面白いな。
でも困ったなぁ。
何時かやらかすとは思ってたけど白紙の物語くん、俺の知らんキャラと展開用意してしっかりと姿消しやがった……。あ、データ見る限りスキルの名称は違うけど効果周りは求めてたものと一緒だ。中身が一緒ならそれで良いや。何事も重要なのは見た目ではなく、その中身だし。
ぶおー、とミレーナが風と炎の魔法の組み合わせたドライヤー魔法で皆を乾かして行く中、ちょっと静かだなぁ、と思ってた博士たち変態トリオは凄い勢いで電子機器のチェックと水の排出に本気になってた。
鬼のような形相になってる辺り、海水はNGらしい。そらそうだろ。
「ノトスはノア所属だったんだ」
「そうだよーん。まあ、さっき見られちゃった通り散々な終わり方を迎えちゃったんだけどねぇ」
コートのポケットからサングラスを取り出すと、目を隠すように被ってしまった。そこにはちょっとした拒絶の様な……いや、目を逸らしたい過去を感じさせた。シェイナとはまた違って、コミュニケーションに難を感じさせる。
シェイナの拒絶とは違い、此方はもっと大人で、そしてしなやかだ。無理に押しても受け流すような強さを感じる。
「まあ……大将ちゃんの言いたい事は解るさ。お嬢ちゃんから引き継いだ諸々もあるしね。信じたい気持ちや信じられない気持ちも色々と混ざっちゃってねぇ、おぢちゃんにも気持ちを整理する時間が欲しいかなぁ、って」
「今すぐに、って風にはしないよ。そういう心の整理はノトスに任せるし、俺は何時でも話せるように構えておくだけだよ。そもそも何かを解決するにしたってノアの攻略はちょっと今は難易度高すぎて無理かな……」
まだロストエデン直行して堕天使たちの王を攻略する方が現実的だ。あっちは世界を消し飛ばさないし。アイツ倒して合体解禁しなくちゃならないし。楽園の作成には楽園の攻略が必要ってちょっと洒落が効いてない?
まあ、Aに上がれば6世代目に交代して、全員アンブロシア食わせてレベル100になる。そうすれば最低限の勝負の土台に乗せる事は出来る……と良いなぁ。またどっかのプロ誘って行くか。行く頃にはブライアンが再育成完了してるだろ……アイツ永世GMになってから仕事全部捨て去って引きこもって再育成に集中してるし。
バトル限界オタクにも程があんだろ。
しかしまた課題増えちまったな……。もしノアに行く事になるとしたら、海王を相手にしなきゃいけなくなる。アレは現状の生命で竜王の次に単純なスペックの怪物だ。パペッター追想戦の時と同じ戦力で挑んでも1ターン1ゲージ破壊なんて不可能なレベルで硬く、体力がヤバイ。
ノアに乗り込む前の前半戦だけでも110レベにアルティティシア等の最高クラスのモンスターが必要な強さのボスだぞ。後半戦はほぼイベント戦とはいえ、今のSランカー集めた所でアレに勝てるのか……?
ノア乗り込む前に全滅するんちゃうか? データだけならまだしも、リアル化した今、海王の攻撃範囲は地球全土になってるだろう。ちょっと……アレをどうにかするイメージが湧かない。
白紙くん、ちょっと無理ゲー過ぎへんかこれ?
「いやぁ、悪いね悪いねぇ。ちょっと心と頭の整理する時間が欲しくてね。そんじゃ、おぢさんの事もよろしく頼むね、って事で」
「うん、よろしく」
これでスタメン6体の合体が終わった。Bランク戦線ではこの6体がメインとなるだろう。偶にイレギュラーな選出もあるだろうけど、それはメタ読みだったりの影響なので概ねこのメンツで完結するだろう。
合体が終わったと思い海水を吸い上げて飲み込んでいる博士がふぅ、と額の汗を拭った。
「これで合体は終わりか、今回も刺激的なデータを得られたが中々大変だったのう」
「君は何時も新鮮な新しいデータを提供してくれるから何時だってウェルカムだよ!! また変な合体をしに―――」
「―――何を勘違いしている? 俺の合体フェイズはまだ終了してないぜ」
「ひょ?」
ぱちん、と指をスナップする。す、と館長が入口から退くと、のそのそと牧場から大量のモンスター達がやって来る。
「まだチビドラ達を合体ループでランク上げ下げを繰り返して血統内のドラゴンの数を増やすぜ! その後は牧場の生産用モンスターの合体を行って生産モンスターをランクアップさせるぜ! 更にBに上がって作成可能施設の種類が増えたから管理用のモンスターも合体させるぜ! トレーニング施設の強化も許可されたからそれ用の教練モンスターの強化も行うぜ!」
ずびしっ! と博士を指差し、それから親指で自分の喉を掻っ切るジェスチャーを取る。
「合体がそう直ぐに終わると思うなよ」
「……」
「……」
「……」
博士とQちゃんと研修くんが無言で横一列に並ぶと、真顔のまま白衣の中からエナドリを取り出し、それを一気にがぶ飲みし始める。
さあ、やるぞ合体!
いっぱい進めるぞ合体!
今日はずっと合体するぞ合体!
休み時間があると思うなよ!!!