酒壺を抱えて通路から出てくると男は俺を見てほっと息を吐いた。
「なんだ、ただの異常同業者か」
「それでいいんすか!?」
明らかに此方を見て残念そうなマスターの姿に思わずララのツッコミが入る。流石Sの胆力と脳味噌だなぁ、コイツ結構ヤバイかもと思いながらえっほえっほと酒壺を運んでいると何時の間にか接近していた炎の魔人が横に立って助けてくれていた。一緒に運んでくれるの? ありがとう。
「いや、マスターも!! そんな!! 落ち着かないで!! ボクがまた死んで……いや、もう既に何度も死んでるしこれ以上死んでも別に問題ない……?」
「錯乱してるぞララー。あ、奥の方に。あの鳥居の前までお願いします」
無言のサムズアップで応えてくれるべリアスの力を借りて酒壺を鳥居の前まで運び、漸く仕事から解放されて疲れて座り込む。流石に休憩しながらだがここまで運ぶのは疲れた。はあ、と溜息を吐きながらバッグの中から母に持たされた肉巻きおにぎりを取り出して食べる。
「お、うまそうなもん食ってるな」
「良いでしょ、マイマミーのお手製なんだぜ」
「へえ、料理上手なカーちゃんがいるのか。ウチのカーちゃんは料理が下手でなぁ、何時もお惣菜を買ってきたもんだよ。それもまあ、家庭の味って感じなんだけど。この歳になるとあの頃の味が恋しくなってくるなぁ」
「へぇ」
「その歳じゃ良く解らないだろうけど、家族とは仲良くな」
「解ってる解ってる」
「いーや、絶対に解ってないね」
「なんで仲良くなってるんすか……?」
野生の国内トップマスターと一緒にサムズアップを浮かべるとララが本格的に宇宙猫……いや、宇宙兎顔でフリーズする。コイツ、役割以上にリアクションが面白くて良いよなあ、と思いながら口の中にニンジンを突っ込んでおく。あ、食べた。
「いいか、この業界ちょくちょく異常な同業者とエンカウントする事はある。何故かダンジョン深層部にラッキーラビット連れて生きてる子供がいるなんてまだ序の口だ。俺の知り合いにはガチモンの予言者いるし、この前は試合に負けた腹いせにフィールドの中央で野クソして帰った奴もいる」
「ヤバ」
「それは異常同業者の方向性が違うっすよ! 確かに異常だけど!! いや、凄いっすね!?」
「いや、流石にクソ野郎にはビビったけど。それなりにこの業界でマスターやってれば明らかにおかしい奴とはそれなりにエンカウントするし、そのうち慣れて来るもんだ。殺気も敵意もなくダンジョン徘徊しているぐらいなら可愛いもんだろ」
「可愛い……?」
ララが首を傾げている。とても可愛いし、まだまだ眺めていたいけどやるべき事が他にもあるのでさっさと燃料補給を済ませてしまう。肉巻きおにぎりを食べ終わったら体を動かすエネルギーが戻って来る。
「燃料補給終わり、と。じゃあ……やるかあ……」
酒壺の蓋代わりをしている酒杯を手に取る。そんな俺の様子を興味深げに修羅とモンスター達が囲んでみてる。興味津々という様子を一切隠す気がない姿にちょっと面白いな……と思う。
「興味ある?」
「あるある。何それ」
「呪い酒」
「美味しい?」
「飲むと即死する」
「おもろ」
「今のどこに面白い要素あったんすか? もしかしてマスターという種の生き物は精神的にどっかおかしくないといけないんすか? イカレてないと成立しない職業なんすか?」
それはそうかも……とか後ろでモンスター達が頷いてる。
「飲むのか?」
「飲むよ」
「飲むとどうなるんだ」
男の言葉に笑顔で答える。
「死ぬ……あ、ごめんなさい、ちょっと! オタクの聖天使人のもん奪おうとしてるんですけど!! 母性と慈悲の塊なのは見れば解るから! 見れば解るからそれをこっちに発揮あ、力強い止めて止めて―――! ギミックやり直し嫌だぁ―――!」
どうどう、と男の仲介によってラファエラが落ち着きを取り戻した。飲んだら死ぬぞと言った酒を即座に奪って破壊しようとする辺り、善性がにじみ出てる。まあ、天使系モンスターってだいたいこんなもん見たいなイメージある。
某天使イメ損ゲームに出て来るぺ天使共とは違うのだ。
酒を奪おうとする聖天使から必死に酒を抱き着くように守り通し、冷や汗をかきながら説明する。
「これを飲むと死ぬけど、本当に死ぬというよりは仮死状態になるっていうのが正しい。ほぼ死んでるけど死んでないって状態。このダンジョンには隠しエリア……というか隠しダンジョンへの入り口があって、それを通るにはこれを飲んで死なないといけないんだよ!」
はあはあ、と荒げる息を何とか落ち着かせる。俺の話を聞いた男は面白そうな表情を浮かべる。
「へえ、そんなもんがここにあるのか。あのスキル厳選の為にここ通ってたけどそんなもんは見た事も聞いた事もなかったな」
「当たり前だろ。知ってたら隠しダンジョンにならないだろ」
そもそもこのダンジョンの情報は図書館―――幻想図書館に行かないと解らない。あそこの読み物の中にしれっと隠しダンジョンの情報が混じってるのだからまあ、普通に考えて無理だろ。ゲームだからこそ見つけられるという感じだ。
「オーケイ? 今から飲んでほぼ死んだ状態になるけど焦らなくて良いから。生命力がほぼ0の状態にまで落ちるけど、普通に体を動かせるから」
「……」
頬をぷくー、と膨らませて聖天使がジト目で睨んできている。可愛いなあ、と思う反面圧がすごいのでちょっと勘弁してほしい。べリアスさんもまあまあとか宥めてくれてるの助かる。
「隠しダンジョンには何があるんだ?」
「野生の7世代モンスター、大量のアイテム、種族解禁アイテム、隠しボス」
「おぉ、面白そうじゃん。野生の7世代が出て来るのと隠しボスは良いな」
アイテムとかに一切食いつかない辺り、金とか戦力には困ってないけど手ごたえのある敵とはひたすら戦いたいという極まったプレイヤーみたいな思考が透けて見える。でも気持ちは良く解る。最強のパーティーを構築したら次はランクマで他人虐めるか強いボスを虐めたくなるよね。
この男のパーティーはだいぶ性格が悪い。事前情報抜きだと死ぬほど耐性チェックに引っかかって地獄を見るが、情報アリだったら割と良い線行くんじゃねえかなぁ……。戦術の全てを見た訳じゃないが、従えているモンスターから概ね何が出来るかは察せる。
「来る?」
「お、いいのか? 独占したいんじゃないか?」
「いや、正直アイテムを爆速回収するだけして脱出するつもりだったから。隠しエリアに入れば地上までの直通脱出ルートがあるから、それ使えば今度は地上からも入れるようになるし。ぶっちゃけ、独占する気はないんだよね」
隠しダンジョン、正直難易度的には攻略できるもんなら攻略してみろ! ってレベルなのだ。まともに戦おうとすると死ぬほど辛い目を見るからガチメタ編成で攻略するか、トップメタで攻略するかの二択に絞られる。
俺は配置アイテムがどこにあるのか全部解ってるし、敵の耐性や行動パターンも把握しているからそのうち勝てるだろうなー、とかは思ってるけど。それはそれとして独占するつもりはない。
というか、これを公開して勝手に周りが強くなるならそれはそれで良い。
倒す相手は、強ければ強い程楽しいのだから。
「成程な……良し、俺も行くか」
「……主?」
にこり、と微笑んだ聖天使がずい、っと男に顔を寄せる。それから逃げるように顔を逸らすが、浮かびながら回り込んだラファエラがその頬を掴んで視線を合わせる。どうやら判断が気に食わないらしい。
あんな清楚系の聖天使が前世ではエロ同人にされてたなんて。
男が配下の説得に入っている間にスマホを取り出して自撮りをパシャ、今から根の国に潜るから……とメッセージを入力して久遠にメッセージを送信する。これ、どこからどう見ても心中の予告だよね? と思いながら爆速で凄い数の通知が送られてくるスマホの電源を切る。
「良し! 進捗の報告もしたし久遠も満足だろ!」
「マスター、満足の前に“自己”ってつけ忘れてるっすよ。怒りの鬼電取りましょうよ」
「怖いからやだ」
「じゃあなんでやったんすか……?」
酒杯を手に取って酒壺から酒を注ぎ込む。入れたのはビールだった筈なのに、いつの間にか壺の中身は透明だけどどこか甘い匂いのする酒へと変わっていた。どことなく死を感じさせる甘い香り……彼岸を歩んだ時を思い出させる。
心が、落ち着く。
「何ともまあ、魅力的な香りだな……これはそそられるぞ」
「まあ、飲んだら9割9分殺しって感じになるけどね」
「何時の時代も美しいものほど実は危険だったりするものか」
納得いってませんよという表情でラファエラがぷかぷかと男の背後に浮かんでいる。どうやら強引に話を打ち切ったらしい。俺の握っている酒杯を見る。
「それで飲まなきゃ駄目なのか?」
「これじゃなきゃたぶんダメ。別の用意しても良いけどギミック……というより儀式が失敗してマジで死ぬ時が怖い」
「そうだな、それは怖いな。じゃあ飲み終わったら俺にもくれ。その隠しダンジョンとやらを見てみたい」
「ういうい」
恐ろしいなー、と思う。
この男、マジで俺を疑わないし、信じてるし、しかも情報源を聞き出そうともしない。
Sランクは確かに出て来るモンスターが化け物なのだろう。クソゲーの殴り合いと呼ばれるレベルで打ち消し合い、無効化の切り合い、そして必殺を叩き込み合って先にクソゲーを成立させた方が勝ちと呼べる戦いになっている。
それをテレビや画面を通してみるのは本当に見栄えがあって面白い。
だが忘れてはならない。
その化け物を率いているのは人間なのだと。
「じゃ、ぐぐい……っと」
「お、一気に行くな」
酒杯の中身を一気に飲み込む……が、味が良く解らない。子供舌だし、本当にこれが酒なのかさえも怪しい。元ビールだった謎の液体ぐらいの認知が良いのかもしれない。味はちょっと評価に困る。だから酒杯の中の液体を飲み干し、酒杯を渡す。
それを男は掴んだ。
「
「鴉羽尊」
握手の代わりに酒杯を渡し、男―――東吾もそれに呪い酒を注いで、一気に飲み干した。
空になった酒杯を大地の上に置き数秒間、お互いに何か変化があるのかどうかを確認して、何も起きないな……そう思った直後胸に苦しみを覚える。
「お、こほっ―――」
「口からがっ」
咳。苦しみ。痛み。頭痛。震える体。
膝を突きながら倒れそうになる体を即座にララが支えてくれる。何かを言っているようだが、音が上手く耳に入らない。代わりに視界が赤く染まって行き、咳と共に口から何かが溢れだす。
花びらだ。
真っ赤な色の花びら。
彼岸花の花びらだ。
まばたき。
世界が大量の白骨で埋められていた。足元が、壁が、世界の全てが骨によって組み上げられているのが見えた。朽ちた頭蓋骨の目から彼岸花が咲いている。運命の暗示? それとも啓示? それが何かは解らないうちにどんどん呼吸が浅くなり、体を襲っていた苦しみも過ぎ去って行く。
赤く明滅していた視界がもとに戻って行き……息が止まり……心臓が、まるで止まったかの様に緩やかになる。
それにあわせて奥の鳥居、何もなかった筈の空間に通路が見えた。
何時の間にか体の中に力が戻っていた。立ち上がるだけの力を取り戻し、再び両足で立つと東吾も立ち上がっていた。その視線は俺と同じように奥に生まれた道へと向けられていた……物凄い、わくわくとした少年の様な表情を浮かべて。
「行こう、尊。この先何があるのか滅茶苦茶楽しみでしょうがない」
「退屈だけはしないぜ東吾」
「なんでもう長年の親友みたいなノリなんすか……? あ、ちょっと待っててくださいっす」
隠しダンジョンの入り口へと入ろうとした俺らの前にララは出ると、真っすぐ飛び出し、そのまま入口付近に設置されていた罠へと自分から飛び込み、起動し、他の誰をも巻き込まないように自分一人の命で罠を無力化した。
そのあまりの迷いのない社畜根性に俺達は自然と敬礼していた。
ありがとう、ララ。
さようなら、ララ。
はよ起きろララ。
罠はこの先もあるぞ。