「はあ、はあ、はあ……なんで……?」
「なんで……?」
俺の質問に不思議そうな表情をサリーンは浮かべた。
「このゲームはとても素晴らしい出来です。忠実に合体、育成を再現しており、その上で戦闘内容も真に迫ったものがあります。これで戦闘経験を積む事は出来ませんが、モンスターの育て方を勉強する上で最高の教材になります。導入しない理由がありません」
「だってよ、尊」
ぽんぽんと東吾に肩を叩かれた。良く見るとコイツメッチャにやついてる。舐めやがって……!
でも教材として最高って話をされるとまあ、確かにそうなんだよね……とはなる。実際、これは現代のマスターに教材として利用される為に生み出したゲームなのだから。これを遊んだプレイヤーが合体などの予習を行ってリアルでの戦いに役立ててくれれば俺と館長も嬉しい。
後はここから得たデータをバトルログシステムに転用する。その為には大量のプレイヤーが必要だ。というか元々はその為に始めたプロジェクトだったのに。
でも、実際にこうやって教材として教育機関に採用されているのを見ると滅茶苦茶むず痒い感じがする。ここまで採用されるとは欠片も思っていなかった。個人利用が精々だと思ってたよ!!! ここら辺の権利握ってるのはアンナだから、売り込んでるのもアイツなんだよね。やってくれたな、アンナめ。
「他の教室も見て回りましょう」
歩き出す理事長に合わせて俺達も歩き出す。ここではモンスターバトルに関する教育だけではなく、普通の教養等も授けている。この学園の目的は優秀なマスターを生み出す事だけではなく、上流層向けのトップマスターを育成する事になる。
だから上流社会で生きて行く為の品性や教養等もカリキュラムに盛り込まれている。駆間の野蛮人共とは全然違うぜ。アイツらは社会性とかあんま気にしてないからな。どうして社会が維持出来てるか不思議だけどたぶん市長が都市のトップにいるからだな……。
さて、他の教室も見て回ると普通の授業をしている所もあった。授業内容のレベルはそこそこ高く、進学校レベルの勉強をしていた。校舎はかなり広く、教室も多い。だがそれに比べて生徒数は少し少なく感じる部分もある。
「生徒は少ないんですか?」
「そうですね、そこまで多くはありません。基本的に通うのは所謂上流階級が多いですから。安全にモンスターと共存を可能にし、子供を受け入れて生活をする為にはやはり数を増やし過ぎるのは少々危険ですので」
「この学園は都市規模だが多くの人間はここでこの学園を維持する為に派遣、就職しているスタッフだ。学生よりもそっちの方が遥かに多い。だがそれだけの人材と資金を投入してSランカーが生み出せるなら安い投資だ」
「成程、ブライアンみたいなのが生まれたのを見れば都市モデルとして間違っていない事は証明されているのか」
「えぇ、そうです。そうでなくてもここから数名のSランカーが誕生しています。アメリカでは毎年3枠のSランク昇格戦が用意されているのですが、去年は3名のうち2名が我が校の卒業生です」
システムとしての正しさがそれで証明されている、という事か。
まあ、たった数百名の為に数千数万人を使う事に対して俺がどうこう文句を言う事は出来ないだろう。ジジイの継承レースだって柊家全体を使ってたった1つの後継者を生みだす様なもんだし。ただ、まあ、ここで受けられるマスター関連の教育は俺には無用だ。
ここで学べる内容は俺個人でどうにかなる内容だし。俺に必要なのは知識よりも実戦経験だろう。知恵や知識に関しては館長や知り合いから学ぶ事が出来る。やはり、俺がここで学べることは道徳以外何もなさそうだ。
一部教室には生徒だけではなくモンスターの姿もある。日本では制服を着たスタイルが主流だったが、ここでは服装は自由……というのはちょっと羨ましい。
「制服を強要するのはかなり文句が出ますからね。アメリカでは服装は自由になっています」
日本とアメリカだと教育に対する方向性も違うんだなぁ。
一通り教室や施設を回ってみる。教室の後はバトル用のアリーナへ、都市内にある巨大ファームや訓練施設、合体施設もちゃんと完備している。休みの日は街に出て遊んだりショッピングする事も出来るし、食堂には一流のシェフが用意されている。
最高の教育と最高の環境を与えて最高の人材を育てるというスローガンには何の間違いもなかった。ただ、既に駆間という環境に順応した俺にはこれらの環境がそこまで魅力的に思えなかった。
一通り学園の見学を終えると応接室まで案内され、漸くソファに座る事が出来た。秘書らしき人物が持って来た紅茶を口にしつつサリーンは俺の反応を見てやはり、という声を零す。
「あまり興味を持たれないようですね」
「別にここが悪いって訳じゃないんですけど、駆間に満足してるので」
久遠がここにはいないし。こっちに俺だけ来たら一緒に青春を送れる事が出来ないじゃないか。それって滅茶苦茶ロスなのでは? もうこの時点でこっちに通うつもりはない。まあ、それでも最前線の教育現場を見れたのはかなり悪くなかったけど。
今の教育現場では何を優先し、想定し、教育しているのか。未来に向けてどういう教育を施しているのか。それを知るのは悪くない。この先、強いマスターはもっと生まれて来るべきだ。少なくとも俺がAやSに上がるまではまだ数年かかる……高校でAに上がるつもりはある。
だがSが高校の間に可能かどうかはちょっと微妙なラインだと最近は思えて来た。
今現在のレーティングシステムと社会の構造が絶妙にミスマッチを起こしている。今の形式だと大会を増やさないといけないのにその大会の数を増やすのが難しいからどうしても数年かかってしまう。BからAに上がるのでもそこそこ大変なのに、AからSはどれだけ大変になるんだ?
その間に俺以外にも強いマスターをもっと増やす必要がある。
最悪、Aに上がったらアンブロシアを使って皆のレベルを100にし、根の国、暗黒樹海の本格攻略を開始しても良い。これまでは戦力の都合上スルーしていたが、100レベもあればギリギリ戦術次第ではどうにかなるかもしれない。
……その功績を協会に突きつける事で評価点を稼いで、それで昇格を早めるのは全然アリだと思っている。なにせ、A段階でロストエデンは攻略必須だし、ドラゴンズバレーも交渉して竜王の鱗を入手しなくてはならないのだ。結局アンブロシア使って100レベにする必要性が出て来る。
エデ、エスト、ミレーナのキャラパワーなら1世代上のモンスターとして扱えるし。
そう考えるとやはり、こういうデカい学園に拘束されてしまうのはデメリットになる。
「申し訳ありませんが協会の方には“俺を制御できると思うなよ雑魚が”とお返しください」
「解りました。それでは本題に入りましょうか」
「本題」
あっさりと入学させる事を諦めたサリーンは笑顔で秘書から書類を受け取ると、そこにIDカードと一緒にテーブルの上に乗せて、此方へとずずい……と押し出して来た。なんだろうこれ……と見たら特別教員免許と書かれているカードだった。
「貴方の教員免許と当学園で働く為の書類です」
「何も了承してないが」
「ご安心を、免許の方は大統領が手を貸してくださいました。貴方はアメリカで教員免許を取得した事になっています」
「ねえ! 東吾!! このお婆ちゃん急に怖くなったんだけど!! ねえ! 笑ってるんじゃねぇぞボケが!!!」
「ぷ、く、ふふふ。大統領が偽造に手を貸してるんじゃ誰も文句言えないな……く、ふふふ……」
この写真どこから手に入れたんだよ? マジで怖いんですけど。うお、本当にここで働けるようになってる! わあ、就職先かな? とか言ってる場合じゃねぇぞボケクソが。目の前に置かれたものをずずい、と押し返す。
「いや、俺マスター業で忙しいから」
「えぇ、ですので非常勤か特別講師という立場でどうでしょうか」
「話を聞いてんのかババア」
「聞いています。ですがその知恵と知識、テクニック。貴方はまるで老年の賢者が子供の皮を被り直したように感じます。その知恵は間違いなく教育の現場でこそ輝きます」
す……と書類が押し出された。
「あのゲームは素晴らしい教材です。まるでこの世界の精巧なシミュレーションを見ている様です。アレを作れる人間は間違いなく今、この世界を誰よりも理解している賢人です。貴方にはこれを取る資格があるのです」
「残念だけど俺は自分の事で忙しい。他人の面倒を見ているほどの余裕も時間もない」
Bからは大会に積極的に出ないとならない。その為には協会の仕事もしなくちゃならない。必然的に、これまでよりも時間が貴重になる。
俺の言葉にサリーンは頷いた。
「懸念する事は解ります。ならばどうでしょう? ここでの講師の仕事を協会を通した依頼、という形で処理するのは? それにここには多くの企業や良家の子供達があります……ここで好印象を残せればインビテーションが貰いやすくなりますよ」
「う゛っ」
1番欲しい物をあっさりと持ち出してきた。日本国内だと数と参加数が限られているから積極的に参加しようとしても枠の問題で弾かれる可能性もそこそこ高いんだよな……。
ランカーが増えれば増えるだけ抽選と枠の争いになる。
俺のコネは強いが、万能でも無敵でもない。例えばブライアンは今表舞台から去っているから話を繋ぎづらいし、俺のコネは国内に集中してて海外では使い辛い。
イギリスはアーサーと首相だけで大会に捩じ込む力は薄い。
1番欲しい繋がりは企業とかなんだよね。そこもアンナ頼りだけどアイツは既にオーバーワーク気味だし。
進学先としては論外だが、講師として暇な時に顔を出すぐらいならまあ……という気持ちはこうなると出てくる。そんな俺の変化を見てか、サリーンはこう続けた。
「勿論、今すぐ返事をする必要はありません。どうぞ、持ち帰って考えてください。ここを進学先として捉えるのも良いですが、ハイスクール卒業後の就職先として捉えてもらっても結構です」
悩ましい所を突いてくるな。横にいる東吾に助けを求めて視線を送るも、東吾は携帯ゲーム機を取り出すとランクマに潜り始めた。
こいつ……!
完全に俺を見放した東吾を頭の中から除外しつつ割と悪くない提案なんだよなぁ、とはなりつつある。そもそも俺、卒業してSになったら奴を殺す事以外は特に何も考えてなかったし。
まあ……進学先としてはともかく、就職先としては悪くないのか……?
「それでは帰られる前に、当校に所属するBランカーと対戦しますか? ハイスクールの3年に数名いますよ」
「やるー!」
やるやるやる! 対戦する! 戦うのだったら幾らでも殺る! 少しでも傷跡を残させろ! 学生共に恐怖と暴力を持って教えてそれを乗り越える勇気を与えるんだ!
対戦と聞いてやる気を出した瞬間。
「面白いぐらい転がされるなこいつ……やっぱ保護者抜きはまだ駄目だな……」
東吾が何か、小さい声で何かを呟いた。まあ、聞こえなかったし大した事じゃないだろう。
そんな事よりも対戦だ対戦。
皆殺しにしてくれるわ!