最初にそれに気づいたのは老練の勇士達だった。
竜族の中にも勇士は存在し、神龍亡きあとに外界へと飛び出し人類と共に戦った者達もいた。そういう者は戦闘経験を積み上げ、その戦闘機能を大いに振るって敗北した。ウズゥ等のボスモンスターは亡き後、試練としてダンジョンで立ちはだかる事や、自身の亡骸を素材として人類に提供した勇士たちだ。
だからこそ激戦の経験もあり、尊の取った戦術に最初の5分で気づけた。
「―――ん?」
誰かがそう漏らした。まさか。いや、まさか。その気なのか? ありえない。それは人間の戦い方ではない。だが状況はそれを示唆していた。差し向けられる竜王の視線に勇士たちは既に気づいていた。だが声を上げぬのであれば知らないふりをするほかない。
ヒトの子はそれを覚悟と謳った。なら本当にやる気なのだろう。恐れ入った。本当に恐れ入った。戦闘経験のある勇士達はそれがどれだけ人にとっては苦しく辛い道なのかを理解し、それを完走できるなら敬意以外の物はないだろうと感想を抱いた。
明確にアレ? と戦闘に疎い者達が首を傾げたのは10分が経過した頃だった。
彼らはそれまで尊が必死に戦闘に食らいつき、ギリギリ停滞と状況のリセットに追い込んでいるのだと思っていた。だが尊が浮いた手番を攻撃ではなくバフとデバフに費やし、ひたすら保守を補強している事実に気づくと、ひたすら戦闘の処理がループしている事実に気づいた。
そう、戦況がループしている。
それをディザストロのみ、戦闘開始から1分の時点で気づいていた。
―――突破出来ねぇ……!
魔法→《スペルアブソーバー》で防がれる。
ブレス→《逆風》で削がれる。
物理攻撃→《スポットライト》チビで完全無効化される。
魔法属性全体攻撃→モンスターの耐性系と魔ダメ低下で停止する。
ディザストロは4回行動を持つボスモンスターだ。自ら試練として立ちはだかる事を選んだ気高い若いドラゴンだ。故に竜王の一瞥が向けられ、ボスモンスターとしての格を得た。決して弱くはない。寧ろレベル120という数値がその強さを証明している。
それでも鴉羽尊というマスターが異常だった、という言葉に尽きる。
ディザストロを見た時点で攻撃属性を理解していた。使ってくるのは無、闇、そして光属性。つまりパッシブで足りない属性に対する補強を入れれば後は持続と維持が出来る軽減系スキルの運用で被害は最小限に抑えられる。
《ドラゴンズバレー:深層》には破壊耐性が存在する。その為他の有用なフィールドへと切り替える事が出来ない。それに当然、ディザストロもボスの一角として《ゼロリセット》を備えている。つまり展開するのであれば可能な限り別枠フィールド、展開系スキルが好ましい。
まともに殴り合う選択肢はドラゴンズバレーに来た時点で除外されていた。50レベル差もあればHPを戻すだけでも一苦労する事になる。専業ヒーラーを持たない尊の構築は火力枠であるミレーナをヒーラーに回さないとならなくなる。それでも習得できるヒールの幅は広くない。
なのでバフデバフで被害を軽減し、後手で回復し、そして手番を使わずに削れるダメージソースが必要だった。
即ち《怨讐》。エストの攻撃力100%のカウンターダメージ。エストがダメージを受けるだけで起動するお手軽ダメージソース。無論、これにはクリティカルもオーバークリティカルも発生させられないダメージソースなので、まるでダメージが発生しない。通したとしても微細なダメージでしかない。
だがループ処理が完成されていれば、ターン中のダメージは全て差し引き0になる。残されるのは《怨讐》によるカウンターダメージの蓄積だけだ。過去に何度か尊はループ処理を実践してきた。だがパーツが足りず、完成されたループ処理ではなかった。
かつて、ゲーム内であらゆるボスを封殺できる最強戦術は《怨讐》というカウンターパーツが入った事で漸く完成された。カス削りとしか表現できないレベルのダメージでしかない。
だがディザストロの体力は確実に、着実に盤面をロックされた上で削られていた。
―――俺の勝ち筋は《スペルアブソーバー》が来ないターンに魔法を撃つ事だけだ……なのに……どうして、こうも噛み合わせて来る……!?
ディザストロも戦闘開始前のスキル更新が耐性系の更新に行われた事を把握していた。そうでなければ2ターン目を乗り切る事は出来なかった筈だ。だから耐性に引っ掛からない上位魔法、大魔法の類を使う事でリーサルに一気に持ち込める事を理解していた。
だが魔法を使おうとすれば確実に尊は《スペルアブソーバー》を合わせて来た。
怪物的としか評価出来ない読みだった。
魔法を使えばアブソーバーが飛び、攻撃回数が1回減らされる。魔法を使わなければウェルギリウスの行動が浮いてバフかデバフが差し込まれる。一番プレッシャーが当てられるのは《ダストルイン》かブレスを4連発する事だが、これは絶対に相手を倒しきれない。
勝つ為には絶対に魔法による攻撃が必要だった。だからブラフを入れつつ魔法を急に差し込む事でアブソーバーを回避しようとした。
だがこの読み合いにおける尊の的中率は100%に達していた。戦闘開始から1時間が経過し、ディザストロのHPは3%しか削れていなかった。だが尊はディザストロの行動を完璧に読み取り、その上でループ処理を完成されていた。
尊が読みを完璧に仕上げる限り、ディザストロに勝機は無かった。
「面白れぇ……!」
それをディザストロは面白いと評価した。これはサポート、使役に特化した人類の力が限界まで極まった型の1つだ。鴉羽尊という人間は読み合いがコアにあるゲームにおいてエンドスペックのキャラクターだ。ディザストロはこの読み合いこそが人類最大の力であり、そして尊の見せる最強の力だと正しく理解した。
故に、この読みで勝ち続ける事こそが彼の力の証明に他ならない。カス削りである事なんて気にはならない。寧ろもっと気になっていた。果たしてこの人間は一体どこまで、この生命力とスペックの暴力たる生物に知恵の力のみで対抗できるのだろうか?
生配信を見ていた視聴者は30分が経過した辺りで退屈に感じ始めていた。だがこのループ処理の完成度と美しさを理解する本物のマスター達は舌を巻いた。このループ処理は余りにも美しく、そして完璧だった。
2時間経過する頃には観戦に回っていたドラゴン達の中から、尊に無駄な体力を使わせない為に結界を多重に張り、攻撃の余波から尊を守るようになった。それでもディザストロのHPは10%も削れていなかった。それでも尊の指揮はノーミスで完封を続けていた。
4時間が経過し、この戦闘の異常性はバトルを深く理解しないマスターにも理解出来るグロ映像になっていた。立ったまま、1歩も動かずに戦場だけを見て常に数手先まで予測しながらディザストロを封殺し、完成された処理でループを続ける尊の姿に不気味さと恐怖を覚え始めていた。
8時間が経過し、戦闘はまだ続く。ここに至ってディザストロのHPは漸く4分の1ほど削れていた。合間に挟まる浮き手で攻撃バフを受けたエストと重なった定数デバフによってディザストロへの《怨讐》ダメージが僅かに上昇していた。8時間が経過してもなお尊の動きに陰りはない。
そしてモンスター達も、普段の態度はどうあれ、その目と行動にはマスターに対する絶対の信頼と忠誠が存在した。疑う事なく、乱れる事なく、一切の迷いなくその動きは忠実に尊の指揮を再現し、実行していた。
―――16時間が経過。生放送は未だに続いていた。ここまで来て尊の見せる勝利への執念と覚悟を疑うドラゴンはもはやいなかった。アレ程弱く、脆い生命がたった1つの勝機を掴む為に延々と同じ行動を一切間違える事なく続けている。
狂気だった。一部のドラゴンにはその狂気に対する怯えが見られた。ヒトは、ここまで勝利に対して貪欲で恐ろしくもなれるものなのだろうか? たった1度の勝利にここまで己を投げうつ事が出来るのだろうか? 己よりはるかに劣る生命が上位種を封殺し続けている。その事実は認知を塗り替えるのに十分すぎる恐怖だった。
そしてまた、人間の世界でもこの生放送は史上最大のグロ映像と化していた。ループ処理24時! 一般視聴者にもマスターにもこんなの人間の所業じゃねぇ! と泣きの入るグロ映像だった。
20時間経過。
尊は雪の中に座り込んだまま指示を出していた。体力を限界まで使わないように注意し、目を閉じ、声を発する事を止め、シンクロ能力だけを通してモンスター達に指示を出し続けていた。もはやディザストロに尊を責める意思等なかった。
最初の宣告通り皆殺しにするつもりはなかった。この面白い人間を友と呼びたい気持ちさえあった。だがここで戦いを止める事はもはやこの覚悟を示した少年に対する侮辱に等しい。ここまで何もかもなげうってか細い勝利を手繰り寄せようとする少年に応えられないのであれば、一生自分を許す事は出来ないだろう。
手も足も出ない。勝機は己が追い込まれ、生命力を解放して使えなかったスキルが解禁されてからだとディザストロは判断した。故に耐える。耐え抜く。削れる現在を妥協し、魔法のタイミングをズラす事でなるべく尊の判断力と精神力を削る事に集中する。
だがその変化は唐突に来た。
「―――!」
唐突に、ディザストロの体がバランスを崩した。
ブラフではない。ディザストロ自身、一切感知していない唐突なタイミングでの事だった。それを理解出来たのは長年戦場に立つ経験を持っていたドラゴンであり、それが蓄積された疲労とダメージによるものだと見抜いた。
英雄による重い一撃は耐えられる。
勇者による逆転の攻勢にも耐えられる。
だがこんな……砂の山から砂粒を一粒一粒取り除くような戦いは未知でしかなかった。積み重なった疲労は予想外の瞬間、角度からディザストロに襲い掛かった。それはデータにも、経験にも存在しない突発的な事象。ディザストロの体は一瞬だけバランスを崩した。
「殺った」
長らく閉じていた目はその瞬間、開いた。
それを見逃すほど尊は甘くなかった。
「《デスペリアハザード》ッッッ!!!」
魔法が来ない手番にウェルギリウスが行ったのは下限までのデバフ、そしてそれ以降はエストの火力を上げる為の攻撃バフと、ミレーナの火力を上げる為の魔攻バフ。ちまちま積み重ねたバフをミレーナは活用するタイミングを持たなかったが、ディザストロの姿勢が崩れ、攻撃を放棄せざるを得ないタイミングがあるなら話は別だ。
20時間近い忍耐を経て漸く必殺の魔法がディザストロに叩き込まれた。
残されたライフを上限を超えて強化された魔法が全て消し飛ばし、ディザストロの姿を吹き飛ばした。だが吹き飛びながらもディザストロは笑うのを止められない。
「待っていたぜ、この瞬間をよ……!」
吹き飛ばされたディザストロの生命力が爆発し、失われた体力が一瞬で補充される。ライフの1段階目が消費され、2ゲージ目に突入した事でディザストロがこれまで使用できなかったスキルが解禁される。これまでずっと座って体力の消耗を抑え込んでいた尊は立ち上がっていた。
瞬間、尊が勝負に入る事をディザストロは理解した。
「ミレーナ、ノトスと交代。リーサルに持ち込む」
戦いが、加速する。
ミレーナとノトスが交代した!
ノトスは前に出ながらディザストロの弱点を見抜いた!
ディザストロは物理弱点になった!
ディザストロの《ゼロリセット》!
全てのバフとデバフが解除された!
ディザストロの《真竜形態》! 秘されていた力が解放される!
基礎ステータスが1.5倍に上昇した!
ディザストロの―――。
尊は《クリティカルコンバット》を命じた!
チビのクリティカル率が100%上がった。
行動。
ステータスを解放し、バフデバフをリセットさせたディザストロの攻撃力は既に一瞬で壊滅に追い込むレベルにまで上昇している。ステータスが1.5倍になればもはや受けに回る事は出来ない。ライフ消費から即時復帰のコンボから逆転に入るディザストロの動きは、止まった。
それに割り込んで即時介入する動きで。
その一瞬、ディザストロが感じたのはダメージだった。自分の認知を超える速度で何かが自分を裂いた。ディザストロの視線が何かを神速で駆け巡る影を視認し、その正体を見抜いた。
チビの《クイックレイド》!
Over Critical! Weak! ディザストロに小ダメージ!
「ぶっちゃけた話、細かい必要回数までは計算する程脳のリソースが残っていなかったからな。厳密な計算は放棄して、なるべく1番ラクな1フェーズ目にオーバーキルするだけの《クイックレイド》を蓄積する事だけを考えた」
「最初から……!」
「あぁ、最初からこれが目的だったよ。この20時間ちょっと、これを叩き込む為の準備だったのさ。2ゲージ目からは耐えきれないって解ってたからな。だから2ゲージ目以降を全部《クイックレイド》で潰す為の下準備としてループ処理を組み込んだわけさ」
時間がゆっくりと流れる間、口で喋っているのか、シンクロを通して声が届いているのか、長時間の戦いを通して意識がもうろうとする尊ではその判別がつかなかった。疲労、空腹、眠気、その全てが体に襲い掛かる。
それでも尊は一切のミスを許さなかった。
逆境で、自分よりも強い相手を前に、ミスをするという選択肢が尊にはなかった。これが花火師や七海が相手であれば気心知れた仲だからこそ起きるミスや読み違えもあっただろう。だがディザストロのデータは決まっている。そして相手は己よりも明確な格上だった。
だからこそ、尊の心には万が一なんて概念が口出しする余裕さえもなかった。
戦いは最初から最後まで全て、計算された通りだった。
「詰みです」
「良いぜ、キメろよ」
チビが残像すら残さぬ速度で加速した。
チビの《クイックレイド》!
Over Critical! Weak! ディザストロに小ダメージ!
チビの《クイックレイド》!
Over Critical! Weak! ディザストロに小ダメージ!
チビの《クイックレイド》!
Over Critical! Weak! ディザストロに小ダメージ!
チビの《クイックレイド》!
Over Critical! Weak! ディザストロに小ダメージ!
ひゅんひゅんひゅん、チビが行動する。一瞬で消えて無数の攻撃がディザストロの体に叩き込まれた。そこそこ火力は乗っているが、ディザストロの生命力が膨大すぎる。だがその仕様上、《クイックレイド》は行動前に割り込んで攻撃を放つ事が出来る。
通常であれば超加速による連続攻撃だっただろう。だがこの領域に至って、加速はほぼ時間への介入に近い形に進化する。ほぼ静止する時の世界の中、チビだけが加速し続け、ディザストロの体を切り裂き続ける。
後は祈るだけ。
チビが削り切れる事を。
「来いよ!! やれる事を見せて見ろおおお―――!」
「リーサルだ」
1秒目に30を超える《クイックレイド》が放たれた。
5秒後にはそれは200を超えていた。
20時間の忍耐の結晶、それがあらゆる生命の想定を超えて全てディザストロに叩き込まれた。尽きる体力、放たれる《ゼロリセット》、チビにかかるバフは剥がされるも、固有スタックは対象外故にレイド回数は消せない。消え去るマスタースキルによる補助は、しかしあっさりと補充される。
ノトスの《エクストラオーダー》!
マスタースキルの回数が増えた!
《クリティカルコンバット》が命じられた!
チビの《クイックレイド》!
数百のクイックレイドが放たれる。体力が尽きる。ゲージが割れる。《ゼロリセット》が放たれる。
ミレーナの《エクストラオーダー》!
マスタースキルの回数が増えた!
《クリティカルコンバット》が命じられた!
チビの《クイックレイド》!
チビの《クイックレイド》! 「はは」 チビの《クイックレイド》! 「マジかよ」 チビの《クイックレイド》! 「ヒトって」 チビの《クイックレイド》! 「なんだよ」 チビの《クイックレイド》! 「こんなにも」 チビの《クイックレイド》! 「やるんじゃねぇか」 チビの《クイックレイド》! 「は、ははは」 チビの《クイックレイド》! 「はははははは―――!」 チビの《クイックレイド》! チビの《クイックレイド》! チビの《クイックレイド》! チビの《クイックレイド》! チビの《クイックレイド》!
四方八方、残された《クイックレイド》が全てディザストロに叩き込まれた。人を試す為の試練として立ちはだかったドラゴンは全ての攻撃を受けきると、腕と翼を広げ、その力の多くを発揮する事もなく、しかし満足げに後ろに倒れた。
「やる……じゃ……ねぇか……」
その言葉だけを残して力尽きた。山脈にドラゴン達が勝敗を祝す咆哮を轟かせ、尊も同時に力尽きて膝を折る。
20時間を超える激戦、ここに決着―――。