まず大前提の話をすると性転換薬は一部県や国では違法薬物として扱われている。
そりゃあ性別を完全に入れ替えることが可能な薬とか何をどう見ても悪さしかしないだろう。案の定発見されてからいろんな犯罪に利用されて規制している国もある。
それでもこれが完全に規制されないのは心と体の性別がマッチングしない人が存在し、そういう人の治療や救済を目的として存在するのと……単純に、ダンジョンで比較的出る方のアイテムだから規制した所で普通に流通してしまうという点だ。
しかし、こんなお手軽性転換アイテムも実は服用する事は重大なアイデンティティクライシスを引き起こす可能性があり、服用した人間が自分を失う事がある。
例えば記憶喪失になったり、喋り方を忘れたり、声が出なくなったり、生きている実感を失ったり……酷ければ廃人もあり得る。だから夢の性転換薬は何も良い事ばかりではない。これは事実上他人になる薬なのだから。
それでも利用者は後を絶たない。だって誰だって今の自分ではない誰かになる事に憧れるから。間違いだらけの自分から別人になって人生を、何てのは良く見る小説や漫画の内容だ。現実にそれが出来るとまあ、犠牲者の多い事よ。
さて、クラスで頭のおかしい勝負が決まった事で迎える学園祭当日。
俺は簀巻きにされて教室の端に転がされていた。
「どうして……?」
俺以外の皆は既にクラスの出し物の準備に入っていた。クラスもその為に飾り付けを終えて準備は万端。午前の部を担当する女子たちは喫茶店をするようで、本格的なティーセットなどを用意していた。それを見てTS女子たちは午後のセットの準備をしていた。
その中で、俺だけ男のまま、簀巻きにされて、転がされていた。
「なんで……?」
皆俺を無視して準備に入ってたし開店時間も迫っていた。その中で俺だけ衣装も役割もなく、教室の端で放置プレイを受けていた。寂しい……とても寂しい……俺だって遊びたい、はっちゃけたい、一緒に何かやりたい。ふざけ通したい! 高校の思い出!
「うおー! 俺にもなんかさせろー!!」
ごろごろと転がっているとクラスメイトがやってきて俺を囲んだ。元男子の1人だった。ちゃんと薬を飲んだから肉体的にも既に女の子になっているし、着ている服も女子制服だし、下着まで女物らしい。気合の入り方凄いね。
「皆で相談したんだけど」
「うん」
「みこっちゃんはアウトって事で」
「なんで……?」
俺の素朴な疑問に皆は顔を見合わせると、それからまあ……と声を零した。
「何でも何もお前アウト要素しかないし……」
「精神的に不安定で社会性が崩壊している奴に飲ませちゃいけないもんだし……」
「そもそもみこっちゃんがやるとちょっとガチすぎてアウト判定出ると思うんだよね」
「うん、ちょっとみこっちゃんには触らせて良いアイテムじゃないと思うんだよね、これ」
「えー」
なんだよ皆揃いも揃って人を除け者にしやがって! 俺だってこの時の為に事前に準備と用意してきたんだぞ! ふざけんな! 俺にも飲ませろ! この祭りに乗じさせろ! なんかくだらない事がしたい! 何でも良いから暴れさせろ!!!
びたんびたんと抵抗を示しているとじゃあ、と言われた。
「みこっちゃん女の子になったら完璧に演じられる?」
「そりゃあ生まれた時から女の子だった場合の仮面を作成して切り替えるだけだから」
「だからそういう事を言ってるんだよ……!」
求められた仕事を完璧にこなす事を頑張ろうとしたらクラスメイトたち総出でストップが入ってしまった。
「だけどねぇ、君達。人間の持つ性別なんてそこまで重要な要素じゃないんだよ? 性別なんて所詮人間が区別する為に存在するものであって本質は魂の方にあるんだから。モンスター達を見なよ。アイツらは男、女、獣、機械を巡りながらもその本質を一切損なってないだろう? 無意識だけど生命循環のシステムを理解しているんだよ。だから姿形が変わっても新たな己として踏み出し続けられるんだよ」
「あ、ヤバイ、コイツ論破しに来たぞ」
「そもそも男とか女とか括る事自体が無意味じゃない? 姿形や性別にこだわる事はもう止めにしない? 思い出せよ、俺達皆肉も形もなく存在していた時の事をさ」
「レッドカード!! はいレッドカード!!」
「出せ! 対鴉羽最終兵器を出せ!」
「やっぱコイツだけ飲ませなくて正解だわ」
「行くのよ夜月さん!」
「おい、反則技を止めろ」
クラスメイトたちが海を割るモーゼの如く道を開けた先に久遠がいた。しかもロングスカートタイプのメイド服で。ベタだがメイド喫茶、ベリーキュートです。黒と白というシンプルなツートーンなのに僅かな装飾で素材の良さを引き出すメイド服は永遠に良きものだ。
それを着ている久遠は更に良きものだ。永久保存版だね。あ、ダメ、そこまで近づかないで。スカートの中見えちゃう。ほら、あっち向いてるから、ちょっと下がって……下がって!!! 近づいちゃ駄目だってば! あ、こら、何をする。
細腕だが実は結構力のある久遠がその両手で俺を掴むと持ち上げ、教室内にセットされた椅子まで俺を運ぶとそこに座らせ、縄を解くと膝の上に座り、そのまま首に片腕を回し密着してきた。強張る俺の体を無視して久遠は身を寄せて来る。
「貴様は給仕よりも重要な役割がある。それが何なのか解るか?」
「わ、解りません」
「そうか、そうか。貴様は自分の可愛らしく健気で、優しく、そして人の出来た恋人がこの格好で他人に給仕する姿を見たいというのだな?」
「……見たくないです」
久遠が開いている手で指をスナップすると、素早く女子の1人がケーキの乗った皿を持って来た。軽くケーキをフォークで切って刺すと、それを俺の手に握らせてきた。
「ほら、私の口は開いているぞ。すべき事をこれ以上説明させるつもりか?」
俺は泣いた。泣きながら久遠にあーんをした。敗北を認めるしかなかった。久遠に勝てる気なんてしなかった。絶対に勝てるとは思えなかった。何口かあーんすると今度は逆に久遠があーんして来た。とんだ羞恥プレイを強要されているのに一切悪い気分がしなかった自分が一番憎い。
「尊、先ほど男も女も重要ではないという話をしたな」
「はい」
「だが貴様が男として生まれなかったら私と出会う事はなかっただろう―――さて、何か言う事はあるか?」
久遠の言葉に天井を見上げ、そして自分が男として生まれた事実を天に感謝し、後ついでに久遠を紹介してくれたジジイにも一応感謝する。早く死んで成仏しろよ。
「俺は……男だ! 男以外の何物でもない!!」
ぱちぱちぱちと拍手の音が回りから響く。
「よっしゃ良う言うた!」
「それでこそ男だ!」
「この産業廃棄物は夜月さんが預かってね」
「ちゃんと管理するのよ、そのカルト宗教家」
「目を放してる隙に新しい宗教始めてそうな奴だからね。夜月さんが止めるのよ」
「お前ら俺を虐めて楽しいのか?」
「寧ろ心配してるからぼろくそ言ってやってんだよ」
「鴉羽くんは自分が結構心配されてる自覚した方が良いよ」
「ふざけるのも暴れるのも良し! ただし、命のマージン確保してからな! 見えてる危険は回避しろ! 後お前が女になるとサークラ力高すぎるからな、仕事させられない。お前をクラスから追放する」
最後が本音じゃない?
そんなわけでクラスの仕事から追放されてしまった。メイド服久遠共々クラスの外に追い出されると、手に宣伝用の看板を握らせられる。看板には女子vsTS女子、どっちのが好みと胡乱すぎるキャッチコピーが書かれている。
「お前、一応最年少Bランクマスターだからな。それ持って歩けば良い宣伝になるだろ。行ってこい」
実はうちの出し物、午前が女子で午後が元男子担当なのだが、どっちが女子で元男子なのかは明記しない事にしているのだ。つまり女子の部に入ったつもりで実は全員元男子だった事が利用した後に判明し、利用者の性癖を破壊するシステムがクラスで構築されている、とても邪悪なシステムなのだ。
俺は今、人の性癖を破壊する為に存在している……!
俺は許されなかったが、きっとクラスの皆は必ず利用者の性癖を破壊してくれる……!
演技指導もちゃんとしたし、間違いなく阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出してくれる事を願って久遠と2人で学園祭デートに乗り出す事になった。教室を出て数分もすると校内に放送が走り、いよいよ学園祭の開始を告げる。
校舎の窓から外を見ると今年も命知らずな連中がキルゾーンに踏み込んでくる。何故校庭と書いてキルゾーンと読まなくちゃならないんだろう? 冷静に考えて何もかもおかしくないか? なんで安全地帯じゃなくて死地になるんだよ。でもまあ、普段からモンスターがうろついてるしまあまあ死地か……。
開始と同時に校庭に生徒の父母がやって来る。流石駆間住みなだけあってちゃんと銃を手に入って来る辺り実に良く出来てる人たちだ。銃やモンスターを連れていない人達はたぶん都市外からの見物かな?
一瞬で入口近くの出店の生徒がスタンガンで意識を落とすとそのまま店まで連行してる。駆間学園祭の名物であり、毎年警戒していない都市外の見物人がこうやって連行されて行く。
最近は色々とあってダンジョンも増えたし、都市外からの犠牲者も増えてきた。今年は学園祭のゲストも増えそうだなぁ。渡された看板を肩に担ぎつつ、久遠を見る。
「じゃあ……行くか」
「あぁ」
ぎゅっと手を握られる。困ったなぁ、皆に仲の良さを見せつける事になっちゃうぞ? と思ったけどこれ違うな。これ、独占欲を見せているというよりはどっちかというと暴走阻止用に手を繋いでるよね……?
その事実に思い至りつつ、始まった学園祭を歩き出す。
響く悲鳴。
轟く発砲音。
どこかで起きる爆発。
駆間学園祭、今年も始まりました。