「なにやってんの?」
「仕事帰りぃー」
酒を飲んでいる時の酒クズはまあまあ楽しそうにしているのだが、今回に限ってはすっごい気持ち良さそうにソファに倒れ込んでいる。正直ここまで蕩けているこいつを見るのは中々珍しい。確かに良い酒を飲むと人間、こんな風になるが……ダース単位で神酒を飲めばこうもなるか。
「仕事とは?」
「ん? あー、奥さんも一緒じゃん。やっほぉ」
久遠に気づいて酒クズが気持ち良さそうに手をぶんぶんしている。それを見て久遠がうむ、と頷いた。
「ミコト、もしやコイツ悪い奴ではないのでは?」
「奥さんって言葉で一瞬で篭絡されるな」
はあ、と溜息を吐いて肩を落としていると酒クズはよいしょ、とソファに座り直す。良く見るとソファの裏から腕が2本伸びて手を振っている。どうやらスクナはソファの裏で寝転がっているみたいだ。覗き込むと酒を片手に、もう片手で漫画を手に、他の手でポテチをつまんでる。
……中々庶民的な姿を見せてる。
「で、えーと、仕事だっけ? ドラゴンズバレーの調査よ、調査。惑星破壊兵器が登場したから安全性の調査をしてってね、何時も通り命の軽い人間に頼むわけよ」
「その節は本当に申し訳ありませんでした」
この件に関してはまあまあ俺に非があるので特に文句も言えないんだよね……。ショートカットを牧場に作るぐらいの気持ちが丸々お引越ししてくるとか誰も予想できないじゃん。俺だってお引越しは予想してねぇよ!!
ちなみにしっかりとヒマラヤ口まで存在するので駆間山からヒマラヤの大氷原まで移動できる。駆間に国境とかいう概念は存在しないらしい。まあ、この女次元城の調査にも飛び出したらしいしドラゴンズバレーの調査も任せられるか。
「あそこはもう……行きたくないかな……」
「聞いてくれよこの女、竜の谷に踏み込んだらソッコでバレてよ、あれよあれよという間に竜共に囲まれて酒で脳味噌ダメになってるのがバレてよ、治療してやる! って事でしばらくアルコール免疫にされたらわんわん泣きやがってよ!」
「あー! その話するんだ! しちゃうんだ! じゃあ私も竜王に喧嘩売って1ダメも与えられなかった話をしちゃおうかなぁ!!」
「仲良いね君ら」
まあ、スクナのスペックで竜王にダメージは通せないかな。最低で弱点化、クリティカル300%、特効、イカレ倍率ダメージ、単発攻撃じゃないと耐性抜けないからな。これだけ用意した所で1発でHPゲージを割るのは不可能なレベルで体力があるから必然的に長期戦に入るし。
赤ちゃんがベビーパンチしてるのに近い感覚で微笑ましく見守られたんだろうなあ。
「で、なんでこんな所に居るの?」
「んー? あぁ……えーと……そうそう、下山して報告書纏めるかなぁ、って思ってたら良い匂いがして釣られてうろうろしてたんだけど、そこでなんかお酒がいっぱい飲める未来が観測出来たから従ってたら……ね?」
「ほんと酒だけで釣れるなコイツ」
「相変わらず見てて不安になる女だ」
「酷い」
それでねぇ、と言葉が続く。これ、と手元の酒を指した。
「供給している間は働いてあげても良いよー、って言ったらね」
教室の裏口が開いてごとん、とダース単位で酒が補充された。あの酒屋の酒がいっぱい入るケースで、だ。それが教室の隅にスタックされ、酒クズがそれを無言で眺める。
「こんな風にね、無限に補充されるの。なんかクラスの生徒は宣伝と調整担当を除いて皆リアルタイムでレイドとダンジョン攻略で収集に走ってるみたいだよ」
「異次元の営業方法で来たなこいつら……」
その手があったかぁ、となる方法じゃなくて正気か? って言いたくなるタイプの営業方法。たぶん正気じゃないからやってるんだろうけど。正気のなさに関してはどのクラスも良い勝負してるから文句は何も無いのですが……。
さて、この胡乱な採用理由はさておき、折角占いの館に来たのだから占ってもらわなければ損というものだ。酒クズも貰った報酬の分はしっかりと仕事をするのだから俺達の事も占ってもらわなきゃ困る。酒クズもちゃんと仕事はする気の様で、ソファに座り直してる。
「あ、事前に言っておくけど私のは占いってよりは未来予知だし、これはその人や土地が持つ起こりうる可能性を可視化する、ってものだから的中率100%って訳じゃないわ。大小無数にある可能性の中から私がそれっぽいのをピックアップしてるだけだから、ご希望に添えなくっても文句は受け付けないわ」
「逆に言えば未来が確定している訳じゃないから努力次第で覆す事も出来る、と」
「そゆこと」
聞いてると普通の占いと何が違うんだ? という感じはするが、努力で覆せるというポイントが酒クズのイチオシポイントらしい。まあ、運命を努力で変える事が出来る、というのは常に救いのある話だ。解らなくもない。じゃあ何を占うか、と久遠に聞いてみる。
「恋愛運?」
「それは成就するのが見えてるから聞かなくても良い」
「うお、つよつよガールね……確かにそこまで確信と強さがあるならアンタに占いなんて導きは必要なさそうね。そのまま押し倒す事を目指すと良いわ」
「任せろ、ミコトには必ず解らせるつもりだ」
きゃっ、と両手で顔を隠して逸らしてしまう。流石にここまで堂々とされると凄い恥ずかしい。でもド定番ともいえる恋愛運が占えないとなると一体何を占えば良いのだろうか? 金運は好調すぎて怖いから見たくないし……とか考えていると、久遠が俺を指差して来た。
「コイツの前に現れる災難を見て欲しい。どうせこの先も何かしらの問題に首を突っ込むか引っ張って来るのだろう? 事前に知っておきたい」
「あー、そう来るかぁ」
うーん、と酒クズは少しだけ悩む様な様子を見せてからこっちを確認し、それから腕を組んで天井を見上げ、寝転がってソファに顔を埋め、ごろごろと転がってから座り直した。
「私は別に構わないんだけど……こういう先のイベントを知る事は必ずしも良い事に繋がる訳じゃない、って事をまず最初に覚えておいてね。知るって事は対策出来る反面、どうしようもないって時もあるから」
「酒クズにしては珍しい忠告だな」
「そこの救世主の未来が滅茶苦茶だからだよ……!」
何か物凄い言いたそうな顔をしてから、酒を飲んで、とろーりと夢現な表情に戻る。
「簡単に言えば知っちゃえば知らなかった頃には戻れないって話。知った所でどうしようもない事があれば、知ってしまった結果変えられなくなってしまうケースもある。未来を知るのって何も常に対策が出来るって訳じゃないのよ。適度に見て、参考程度にするのが一番」
そのリアクションを見て一瞬で理解した。
俺に平穏なんてないんだなぁ、って。
「だから選択肢を出しておくね。完全に細部までのネタバレをするか、それともある程度イベントをボカすか。ちなみに結果にかかわらずある程度見えたものは政府の方と共有されるから心配しないで良いよ」
「人間性カスの癖にこういう所はしっかりしてるんだな」
「人間性カスだから最低限のラインは守ってるんだよ。私達みたいなのにとって居場所って大事なんだからねー。まあ、それは言わなくても解るか」
「……」
隣の久遠をちらりと見てから、握られている手を見て。それからまあ……と言葉を濁して答える。久遠は酒クズの言葉に少しだけ考える様子を見せると、そう時間をかけずにではと言葉を続ける。
「ある程度ボカして教えてくれ」
「おっけおっけ。なんでボカして貰うのを選んだのか、教えて貰っても良い?」
「全部教えて貰って歩く道に面白み等ないからな。コイツがやらかした所を叱るのもそれはそれで楽しいものだ」
久遠の言葉にうんうん、と酒クズは頷くと楽しそうに笑う。
「そう来なくっちゃ。と言ってもそこの彼の未来はとても複雑で、大小様々な未来が見える……通り道はたくさんあっても繋がる未来は1つしかない。細かく教えてって言われてもルートが多すぎて困るんだけどね。結局は一点に集約されるんだけど」
女神の死。それだけはどんな道筋を辿っても固定された結末って事なのかもしれない。ワンチャン、あの女神が因果を操作して自分の死を確定するように未来を誘導している可能性もある。そう考えるとアイツもだいぶアレだな……。
酒クズは水晶玉を取り出すとそれをほあー、と言いながら手をかざす。
「それは何か意味があるのか?」
「いや、雰囲気作り。実は欠片も必要としない」
ぽい、と窓の外に水晶玉を投げ捨てて酒を飲むとまじまじと此方を見つめ、それからふーむ、と呟く。
「来年、大事件に巻き込まれるわね」
「大事件」
「見えてる事件は2つ……どうやら確率的にこれらのどっちかが先に発生するって形になるみたいね。経験しなかった方は後回しになるっぽいかなぁ、これ」
「大事件どっちか、ではなく大事件がどっちもで片方後回しなのか」
救いがねぇなこの世界。
「片方は……空が見えるわね。なんか空が落ちて来てるわねコレ。塩になる人々。焼ける都市。人類に課される試練。世界全土が終末に包まれるわね。この事件の中心にアンタの姿が見えるわね。でも引き金を引くのはアンタじゃないわ。別の誰かね」
これは……ロストエデンかな? 空を舞台にした事件と言ったらまず間違いなくロストエデン関連なんだろうが、アレモチーフが聖書とか天使とか堕天使とか魔王とかそういうのごっちゃな奴だったから事件、となるとやっぱ終末が始まるんだなぁ。やだなぁ。
「もう片方は海が見えるわねぇ」
「あ、もう良いです。その続きは止めよう!」
「ナニコレデッカっ! 海上都市? え、これ都市規模の船なの!? デッカ!! うわぁ、すっご、地球を海の膜で覆ってる……えぇ……それアリなのぉ……?」
「止めよう、その未来を見るのは! 精神衛生上良くない!」
《天空海》見えちゃったかぁ。という事は最終フェーズまで戦いが進む未来が見えたって事か。そこまで進んだという事は概ね何とかなる未来なんだろうか? いや、でもこれを聞いて安心していると失敗するって話をしたばかりだしな。
いや、でもマジでノア攻略する可能性あるんだな、来年。どうやって攻略に持ち込んだんだ? まず間違いなくノアに行こうとしたら世界の敵認定される案件だと思うんだけどこれ。
「良し、来年の分を見るのは止めよっか! サービスで再来年を見ておくわね」
「貴様と居ると飽きないなミコト」
「刺激的すぎないか俺は心配だよ」
来年はノアかロストエデンで事件が分岐か……一体どういう基準で分岐するんだろ? そこはちょっとだけ気になるなぁ。でも結局事件というのなら誰かが起こすって意味なのだろう。となると……やっぱ教団の連中か? いや、ワンチャンテコ入れに女神が引き起こす可能性もあるな。
うーん、敵が世界を滅ぼす事に躊躇がなさすぎる。困った。
「お、再来年は認定戦に出場してるみこっちゃんが見えるわよー。どうやら無事出場するだけの徳を積めた様ね」
「おぉ、それに勝てれば貴様は父と並ぶ事になるな!」
「Aランクかあ……」
Aになったらついに修三さんとランクで並ぶ事になるのか。あの人、Aになったら久遠を渡さんぞごっこで勝負してみたいなぁ、みたいなお茶目な事を言ってたんだよね。俺も本気の修三さんとは1度戦ってみたかったしA認定戦に出場してる未来が見えてるのは良い事だな。
「うーん、そこまでは見えたけど……それ以上はちょっと可能性が複雑化してて見えないかなぁ。もっと大局的に見れば見えてくるんだけど個人を詳細に見るのはこんなもんかな」
「いや、十分だよ十分。酒クズな部分さえなければ凄いんだなって思えたよ」
「うむ。来年はとりあえずミコトをジト目で睨む準備をしておけば良いと解った」
「俺が悪いのか?」
事件だとしたら俺に責任はないだろ!!
しかもノアもロストエデンも本質的に国家に所属しない、接触不可な領域だから事前にどうこうするって対策も出来ないし。いや、でも、酒クズみたいな人材が世の中はいるんだし、酒クズから報告してワンチャン事前にどうにかできる可能性もあるのかもしれない。
頑張れ人類! 俺と久遠の未来の為に! 頑張れ! 外れろ未来予知!!
たぶん無駄だろうけど!
「ま、こんな所ね。設定金額は500円だから500円だけ置いて行ってね」
「破格すぎる」
このレベルの人材を500円で利用できるのを知ったら暴動が起きるだろ普通は。とはいえ、酒クズは先ほどから無限補充される最高級酒アイテムに魅了されてるので自分の待遇に対しては不満を覚えるどころか天職を見付けたと言わんばかりに寛いでいる。
それが堪能できるのも本日だけだろうが。
「じゃ、俺達はこれで」
「世話になったな」
「じゃあねー。適度に堕落して青春しなさいよー」
ソファに沈み込んだ酒クズが手をひらひらと振って別れを告げて来るのでこっちも手を振って別れを告げ、教室を出る。思ってたよりも面白かったな。
―――尊と久遠の姿が教室を出て、外にいる友人と語らっている姿を見てから歪沢椿という女は漸く溜息を吐く事が出来た。その姿にスクナは笑い声を零す。
「おいおい、酷ぇじゃねぇか。見えたのはそれだけじゃねぇだろ」
「別に子供に教えるほどの事でもないでしょ」
ソファに沈み込んだ椿はなんて事もないようにその事実を告げる。
「私の寿命が来年いっぱいなんて話」
「冷てぇじゃねぇか。必死になって助けてくれるかもしれないだろ?」
「だからでしょ。彼らの青春を私みたいなろくでなしの為に消費させるのは勿体ないでしょ」
「おーおーおー、善人ぶっちゃって」
笑いながらスクナは起き上がるとソファ越しに主を見た。
「予知だなんて言葉で騙しやがって。
「現状ノアで起こす方が優勢だけどね。そっちの方が人類の団結を促せるし」
結局の所、事件という言葉には常に人の意思か神の意志が介在する。椿は十分にヒントを与えた。十分に尻尾を見せた。それでも尊は彼女を疑う事をしなかった。怪しいと思っても、それでも信じてしまうのは人として持つ当然の善性だ。
彼は交流戦以来、シンクロを安易に使う事を封じられた。
彼は人を信じる心を恋人に育まれた。
言葉にすればどれも正しい道を進んでいる様に見えるだろう―――だが結局の所、まだ子供だ。そして子供は何時だって大人には勝てない。それも悪い大人には。
酒浸り、クズ、カス、そして裏切者。
歪沢椿は長年直視して来た自分の命がノアかロストエデン、そのどちらかで尽きる事を凡そ予測していた。選ばれた事件の現場が自分の終わりを迎える最後の地なのは理解していた。だから彼女は最後の選択を、仲間から与えられていた。
海か空、どちらで最期を迎えたいか。
だから。
「頑張れー、みこっちゃん。私はそのぴゅあっぴゅあな青春応援してるわよ」
少年が迎える運命の過酷さを理解する者の1人として、心の底から少年を応援していた。