それからまた少し騒いで暴れて盛り上がって。
全てが落ち着いてから俺は悠々と起き上がった。
大母はもう少しゆっくりして行って欲しかったみたいだが、正直これ以上お世話になるのは申し訳ない部分が大きい。これ以上大母とはいえ。別の女性に膝枕されていると久遠が嫉妬しそうだし。いや、嫉妬じゃないな……嫉妬というか所有権の主張かもしれない。
ただこの数時間、膝枕されている間にちょっと調整を施されたのか、心と体が前よりもスムーズに繋がる感覚がある。これまで15年を超える生活の中で、成長と共にズレた心と体の誤差が修正されたような気分だ。
根本的な問題―――俺の精神性が心や脳を破壊しているという事実は変わらないが、ドラゴン達の施した治療や大母による調整で後数年は問題なく活動できそうだ。何も言わずにしれっとこういう事をやってくれるからほんと母ちゃんって偉大だよね。
「それで」
と、全てが終わった後、社殿の中で改めてディザストロが口を開く。
「結局、この茶番は何だったんだ? 必要な時間だったのか……?」
「必要と言えば必要ではないのですが……あぁ、もう、ほんとノリが悪いですねこのクソトカゲ! 雪山の時のノリの良さはどうしたんですか!?」
「アレは必要な試しだっただろ。今と、これからを確かめるために戦うべきだった。だがこの番がカラスバミコトを想っているのも、その為の努力を一切欠かさない事も、見れば一瞬で解るだろう。試す必要すらない。さっきの茶番は一体……?」
兄貴のマジレスパンチ。マガちゃんは説明に窮している。まあ、言いたい事は解るけど。御簾の向こう側から座布団の上、久遠の横に戻った俺がその疑問に答える。
「遊びたかったんだよ、大母様は」
ちょっとだけ笑っちゃう。
「この方はあらゆる生命の生と死を見守るお方だ。この神宮は実質、生と死の境界線になっている。これより更に下に行くとあらゆるフィルターによって濾過された、純粋な命の世界になっている。記憶、人格、性格、過去……その全てを失い、新たな生へと生まれ変わる為の命だけの世界だ。この方はその境界線を維持し、生命が無事に輪廻を迎えられるように見守っている。その影響でここから一切動く事が出来ないんだけど」
「ごめんなさいね。少し悪ふざけが過ぎました。でもね最近は皆が楽しそうだし、私も少しぐらいは皆と遊びたくて……ね?」
御簾の向こう側で謝って来る大母にディザストロは頷いた。
「成程……それなら理解出来る。同胞にも人に化身して祭りなどに混ざる奴がいたからな……その度に何か問題を起こしてくるが……」
「トカゲファミリーは自分達が上位種である自覚が妙な所で抜けてるんですよね。基本的に造形美に気合入れすぎるんですよ。いや、気持ちはわかるのですが……」
人に変化できるタイプのモンスターは基本的にビジュアル面が自由なので気合を入れまくる。その結果、性癖やら人生を歪めるタイプの事件はしばしば起きる。こっちの世界でそんな事しないでくれよ、こっちの人類の性癖は既に複雑骨折してるんだからな。
なお我らがマガツキュウビは人類のビジュアルを作るのも維持するのも面倒だから子狐モードを多用する。人間の姿だと舐められたり絡まれる事もあってめんどくさいらしい。お前実はちょくちょく街の方に出てるな? しかも駆間以外の都市に。
「では改めて……尊ちゃん、本当にごめんなさい。でも今の貴方には語る事が出来ないわ」
「……はい」
「貴方は自分の正体を、来歴を、真実を知る事で己という存在と向き合い、それを原動力に久遠ちゃんと向き合おうと思っているのね? とても勇気のいる事で、偉いと思うわ。でもね、知ってから応えるって同時に1つの逃げなの。貴方は真実に答えを委ねているの。考えたかしら? もし貴方が辿り着いた答えがとても残酷なものだったら? 救いようのないものだったら? おぞましい事実だとしたら? それで答えは変わってしまうのではないのかしら?」
「それは……」
言い淀む俺に、横から久遠が据わった目で見つめて来る。そんなもので答えを変えるのか貴様は? これは教育が必要だな……みたいな視線が突き刺さる様に向けられる。俺の恋人が覇王よりもストロングスタイルすぎる。夜月家の教育どうなってんだよ。
「母からは一途であれ、常に恋と愛には本気であれと教えられている」
「素晴らしい教育だと思います」
久遠ママ強いなあ―――!
「だからね、尊ちゃん。貴方が久遠ちゃんに応える為にも焦るのは解るわ。それでもあなたが真実を手にするのは貴方自身が何にも左右されず答えを出して、自らの意思で世界に立つ事が出来てから……であるべきなの。そうすれば何を知り、聞いても、揺るがぬ心と愛を手にするわ」
「おっしゃる通りです。肝に銘じます」
言っている事に何も間違いはない。己の心と信じる力をもっと鍛え上げろとのお言葉だ。これに関しては早く久遠に応えたいという焦りが出た結果でもあるので言い返せる事は何もない。失敗したなぁ、という気持ちがちょっとはある。
「ただ私が真実を知っている……共犯者であるという考えそのものは正しいわ。貴方がこの世界に生まれてくるように手配したのは私よ。立案、計画したのは別だけど。今はこれだけで許してね?」
「いえ、寛大な配慮ありがとうございます」
そういう意味でもこの方はもう1人の母親と言える。あらゆる生命、その誕生と終焉を見守って来た神として、彼女は全ての命を愛している。だからこそ敬意を払わないとならない。ただ、これで答えを得られるのはもっと後の話になってしまった。
「ただね、尊ちゃん。貴方が本当の意味で覚悟した時……貴方はこれまで見て来た世界を失うかもしれないわ。もう二度と同じ自分に戻れなくなるかもしれないわ。それでもね、蛹が蝶になるように……貴方もきっと、失うばかりではなく何かを得るわ。その時、私もまた本気で貴方と相対するわ」
本気で相対する。
それはつまり。
「黄泉の世界を本来の形に戻すわ」
深淵の大母の言葉にマガツキュウビや神使達、ディザストロでさえ息を呑む。何故か後ろの方で一緒に正座している花火師、雅人、そして横の久遠だけが首を傾げて理解していなかった。すすす、と後ろから寄って来た花火師が耳元に囁く。
「……どういう意味だ?」
「今、根の国を含めた冥府・黄泉系のダンジョンは全て宗教、信仰、価値観に合わせたフィルターという形で姿を変えているんだ。日本の根の国、欧州のヴァルハラ、アメリカのスピリットバレー……こんな風にそれぞれの人の望む形に姿を変えて展開しているんだ」
黄泉の国は人が最後に訪れる場所だ。そこであらゆる人間性の禊を行い、それまでの人としての全てを洗い流してから最も純粋な命となって生命のプールへと回帰する。そこから次の人生へと向かう……のだがその処理が不十分だと俺みたいなバグが生まれて来る。
「人が死んだとき、安らかに次の生へと移行する為に存在するのが冥府という場所だ。そこで全てを禊いだんだが……だけど本来はそんなものは存在しない。原初の人には死後の形なんて存在しなかった。もっと純粋で暴力的なほどに美しい死、そのものの形に回帰するって事だ」
「私達は冥府という形でフィルターし、統括する神というアバターを使って生と死を管理しているわ。これは今の時代に最も適した姿だと言えるわ。だけど余計な解釈や思想が混じっているとも言えるの。だからその全てを解いて、本来の死という純粋なフォルムへと回帰するわ」
そこで御簾の向こう側の大母は一度言葉を止め、それから続ける。
「
それは俺の正体を知る、或いはその根源を理解しての言動だった。
「根の国もその姿を失い、もっと純粋な死の領域としての姿を取るでしょう。だけど貴方が己を得た時……その時、貴方はこれ以上なく強くなるわ。その時、私もまた貴方と本気で相対するわ。本来の、純粋な死の概念として。それを試練として乗り越えて。その先で貴方に真実を教えてあげる」
勿論、と言葉が続く。
「そんな事しなくても良いわ。貴方が己を知った時、真実なんて些細な事実になる事だってありえるわ。真実なんてどうでも良いから久遠ちゃんとイチャイチャする! 真実よりも久遠ちゃんとイチャイチャする時間の方が大切! イチャイチャしてからアリア=マリスを倒します! そういう考え方、お母さんは悪くないと思います」
「そうだそうだ! もっと私とイチャイチャしろ!」
「こんな良い嫁他にはいないぞ尊!」
「腹をくくって甘やかせボケカス!」
「後ろから援護射撃してくるの止めませんか? 背中にザクザク突き刺さってるんだよ」
でも、ほら、日本人的に奥ゆかしさは大事というかなんというか……あまり堂々とイチャイチャするのって恥ずかしいというかあまり良くないというか……俺は久遠が傍に居てくれるだけでやっぱり満たされるし、手を繋いでいるだけでも幸せになれるから……それ以上は貰いすぎだと言いますか……!
「この場で解らせてやる!」
「あー! あーあーあー! あ―――!!」
一瞬で飛び掛かって来た久遠を両手で抑え込むがマウントポジションを取られると一気に抑え込みに来る。必死に両手で久遠の手を握って押し返そうとするが、馬鹿共が後ろから、いけー! そこだー! 解らせろー! とか叫んでる。叫んでないで止めろよ!!
そこからワクワクする目に見守られながら格闘する事数分、何とか久遠を押し出して勝利する。露骨にがっかりするの止めろよ。
「いやあ、良い家庭が築けそうで私は見ていて胸いっぱいだよ」
そう言って部屋の隅の方で観察してた堕神ヘスティアは満足げに頷いていた。やっぱインディーズゲーだからちょっとパロってる部分あるよなぁ……とビジュアルを眺めながら想いつつ、具体的な描写は世界の理の為に回避しておく。
堕神ヘスティア。神話のベースは説明する必要はないだろう。元はヘスティアという神がモデルになっていたが、ロストエデンに出現し、プレイヤーを試す残された神々の内の1柱だ。こういう堕落、堕天した神々が多くロストエデンには残されており、試練を通してプレイヤーに襲い掛かって来る。
そう、この女神はロストエデン出身の神だ。
……と言っても純粋に地球産の神ではない。
元々は異世界の神だった存在だ。だがワールドイーターとの戦いを通して、多くの神々はその肉体を概念毎食われて喪失している。その結果、単純に己の名と格だけでは此方の世界にモンスターとして転生出来ない程に弱ってしまった。
だから此方の世界にある、自分と通ずる概念と融合する事でその名と神性を得て、モンスターとしての転生を果たしている。つまり此方の神話との融合を果たした異世界の神だと言っても良い。ヘスティアはそういう異世界の神々の存在だ。
本来であればロストエデンに居る筈なのだが―――。
「暇つぶし?」
「うん」
だって、とヘスティアの言葉が続く。
「数百数千年もあそこに引きこもってるのは無理!!」
ヘスティアの言葉に大母がうんうんと頷いて納得している。
「君達人類は解らないだろうけどね! 君達が来るまでの私達はだーいーぶ暇なの! 時間の感覚は確かに凄く長いけど、時差込みでも数百や数千年余裕で過ごしているからね? 時々こっそり下界に出て来たりしないとほんと暇で無理!」
「レベル100超えてるモンスターが気軽に出歩かないで欲しいんだよなァ」
館長が図書館未発見時代、普通に英国のカフェ読書巡りしてた事を知っているので俺は何も言えない。まあ、でもダンジョンの中ってあんまり娯楽もないからね。ロストエデンはWIFIも繋がってなさそうだし。
WIFI繋がってる図書館や根の国が異常? それはそう。というかWIFI繋がってるからこいつら地上に出て来なかった可能性ワンチャンあるな。
「まあ、そういう訳でゼウスは定期的に下界に降りて女を引っかけてるし、カルキは〝あの娘からは才能を感じる……! ちょっと化身に変化して仕えて来るよ!”とかいって飛び出してから帰ってこないし。オーディンはトールと帰省してるよ」
「フリーダムか?」
「自由にもほどがあんだろ」
でもアイツら普通にTier2とか1に食い込んでくる性能してるんですよ。ぶっ殺すと合体解禁するからロストエデン攻略はお得ですよ。ヘスティアも支援性能はかなり高いし、ここでぶっ殺して解禁したいなぁ! ダメ? 流石にダメか。
「ま、忙しいのは解るけどこっちの事も気にかけてね……今はまだ皆我慢出来てるけど、そのうち痺れを切らして人類に対して試練と称した宣戦布告を始めかねない所もあるから。今は人類静観派が抑えに回ってるから大人しいけど、それも限界があるからね」
そうだねぇ、とヘスティアが首を傾げる。
「後50年から100年ぐらいが限度じゃないかなぁ……?」
「想像の数十倍持つな」
「馬鹿、良く考えろ、時差があるんだろうが」
「いや、それロストエデンのがゆっくりになってないか?」
「……ん? あ。じゃあ余裕があるのか。なんだ、余裕だな」
「いや、それであってるよ。私達の領域はちょっと特殊だからね。時間の流れを弄ってちょいちょい……とね。関係性を逆行させてるんだよ。やる事もあるし……それでも暇なんだけどね!」
当然のように時間弄るの止めません?
そう考えると実際の所は5年ぐらいが限度って所かなぁ。それまでにロストエデンを攻略出来るぐらい俺と人類の戦力を増強しなきゃならないのか。中々ハードだな。でもゲームの方は調子が良いし、最近は館長もデータが集まってきて漸くバトルログシステムの試作品に着手できると言ってたし、割と強化も順調かも?
何にせよ、ヘスティアは事実上のロストエデンからの警告に近い。人類のレベルが上がりつつある今、今まで静観していた裏世界の実力者たちも黙ったままではいられない。世界そのものが終末へと向けて少しずつだが動き出している。
俺も、自分の事ばかり考えてはいられないか。
「……」
少しだけ考える仕草を取るとヘスティアが少しだけ意地悪な表情を浮かべた。
「解った、ルシフェリアの事を考えているんだろう?」
「まあ……」
ロストエデンの大ボス枠のモンスターにして、俺が合体解禁を目指しているモンスター……通称楽園だ。ロストエデンの攻略は理想の構築を完成させる為にも必要な事なので無視できる事ではない。今、ボスモンスターとして待ち構えている奴がそのうち手持ちになる予定というのはちょっと面白い感じがするけど。
「待ってるよ、君を。天の頂で」
「そっか。あまり待たせない方が良いかな」
「ああ! 私への対応もな!」
シリアスしている最中に急に横から久遠に刺された。流石に今のはかなりダメージがデカく、横に倒れると素早く回収されて久遠に膝枕される。さっき見ててちょっとやって見たくなった? 成程。おい、雅人、そのスマホで写真撮るの止めろ。花火師も身内に写真送りまくるの止めろ。微妙に御簾に隠れた姿写ってるじゃん。それ軽い死の力が宿った死の写真だぞ。
一斉送信されちゃった……。
3回見たら死ぬ呪いの写真、実在バージョン―――開始!
駆間に新たな殺人手段がばら撒かれる中、ぐだぐだの中のぐだぐだを極めながら俺達の根の国探索は一旦の終わりを告げた。
いやね、これ本当にどうしようか。