―――新年。
今年も無事に年を越す事が出来た。巫女さんがアッパーでディザストロを殴り飛ばすのを見届けながら賽銭箱の前で何時もの神様へのご挨拶。今年もよろしくねー、という声が向こう側の世界から聞こえて来る。返事しないでください。世の理が乱れるから。
でもこの世界の理既に乱れまくってるからこの程度誤差では?
まあ、そんな感じで今年も駆間神社への参拝で1年が始まった。
「お兄ちゃんは何を願った?」
「無事に事件が終わりますように」
「事件が起きる事自体はもう諦めてるんだね……お義姉ちゃんは?」
「無事に帰って来る事だけを祈った」
「お義姉ちゃんもお兄ちゃんが事件に中心にいる事に疑いはないんだね」
俺達はある意味で完全な意思疎通の取れているカップルだった。参拝を終えて甘酒でも飲みに行こうかなぁ、と思っていると巫女さんとレベル120のドラゴンが人界面白ぇ……! みたいな顔をしながらラッシュ比べしているが、アレが人類の中央値だと勘違いされると困るので後で訂正しておこう。
ディザストロ兄貴、谷を抜けてこっちに来てから人生楽しそうで俺は嬉しいよ。やっぱ上位種であっても長い事閉鎖された環境に居ると暇なんだろうなあ。
毎年恒例の巫女さん撃破チャレンジに失敗して屍が詰みあがって行く中で、近くで甘酒を調達するとバイオレンスを肴代わりに眺めつつ、ベンチに座って新年の朝日を浴びる。こうやって3人でゆっくりとした時間を過ごすのも悪くはない。
牧場に居ると大体モンスターが傍にいたり、何か作業をしなくちゃいけないから忙しかったりでこんな風にゆっくり出来る時間が意外と少ない。考えれば考えるほど、灯とは日常的に顔を合わせるし、久遠とは良くデートもする。だが3人でゆっくりとするのはあんまりないな。
牧場経営が軌道に乗ってだいぶ忙しくなってきているのも原因の1つかもしれない。
そろそろ人員増やすかなぁ、とは思うものの。
「ずずず……牧場の増員どうしようかなぁ」
「新しい人を雇うつもりなの?」
「ちょっと最近負担増えてるかなぁ、って。俺がBになって知名度も上がった影響で預かるモンスターも増えただろう? 育成コースの申し込みも増えたせいで俺が他の仕事出来なくなる時も増えたし、灯もだいぶ負担が増えただろ?」
「私は結構楽しんでるから気にしないけど……まあ、お父さんとお母さんにはキツイかもしれないね」
「大変だな、貴様らの所は。守秘義務守ってくれる人間を選別しなくてはならんだろうに」
「そうなんだよね」
駆間で変な技能を育てている変なのを集めるか、アンナの伝手を通してプロフェッショナルを雇うか、それとも国木田仮面のコネを使ってみるか……選択肢はそこそこあるのだが、結局の所信頼できる人間を雇えるかどうかって所なんだよね。
「後ウチの牧場かなりカジュアルにアリア=ディスり=ラップとか炸裂するし場合によっては死人が出かねないからさ」
今の単語で耳から血を流しつつもまるで何事もないかのように参拝している駆間の参拝客たち、あまりにも訓練され過ぎている。死ななければ安いの精神が完全に染みついた結果でもある。
「そうじゃなくても唐突にダンジョン湧いて来るのを回避するスペックも欲しいし……」
「冷静に考えると牧場で働けるスキルを持つ人間を求めているのになぜか人間側に戦闘力を求めてるのおかしくない?」
「良く気づいたな灯。間違いなく狂ってるぞ」
やったあ、と喜ぶ灯の頭を久遠が撫でる。楽しそうにしているのを見ていると俺も心が温かくなってくる。
殴り飛ばされたディザストロが近くに着弾し、ごろりと起き上がった。流石に人間相手にドラゴンの姿に戻ったりしないが、人の姿とはいえスペックは上位種のそれだ。それがぼこぼこにされてるのだからこの神社、三が日限定とはいえやはり理が狂ってる。
「お蔭で中々人を増やせないんだよなぁ」
「牧場で働ける人。戦闘能力の高い人。これって完全に別ジャンルの人間だからね。普通は両方備わってないんだよ」
バイトを増やすだけでも大変だけど、最近はちょこっと遠くからやって来る高位マスターとかも訪ねてくるようになったからまあ大変だ。需要があるのは商売的に助かる事なのだが、こればかりに時間を取られて自分のマスター業がおろそかになるのは回避した所だ。
ずずず、と甘酒を啜りつつ、これからの牧場生活をどうしたもんか。
そんな事を考えながら1年が始まり―――大会に出場する。
20時間耐久逆転で得た名声やオファーの類はこれぐらいから漸く機能し始める。というのも大会だって企画して翌月には直ぐに開催! という訳にもいかない。
場所、人員、賞金、スポンサー、宣伝……そういう都合も入って開催は数か月先の出来事になってくる。インビテーションを出しても必ず応じられる訳ではないから、欠員が出た時に備えてサブプランも用意しなきゃならない。
そういうトラブルや問題を全て解決して、初めて大会は開催される。そして当然。断る理由もないので俺も参戦する。
レートは必要なものだ。
勝負の世界では強さが全て。そしてそれを証明するには勝ち続ける以外方法は存在しない。新年を迎えて1月、この時期はそこそこ大会が多く、特殊ルールの大会も出て来る。例えばマスタースキル禁止、或いはタッグ大会、またはAvsBの特殊バトル等。この手の大会での優勝は普段よりも少しだけレートへの変動幅がデカい。
こういうのを経由して1月が過ぎる頃。
2月、鴉羽尊の名前はBランクマスター第12位まで上がっていた。B以上はプロの世界になって来る。こうなるとレートシステム以上に、ランク中何位か、という表記の方が世間的には重要になって来る。100位以下は誰も気にしないし、80位以下になってもそんなに知名度はない。
30位以下でも余り印象は強くないが……10位前後ともなると扱いはトップ層扱いになって来る。
システム上、レートは大会でしか稼ぐ事が出来ない。その為、大きく数字を伸ばす手段は限られている。とはいえ、これにはちょっとした裏技があってそれを積極的にこなせばとんとん拍子でレートを稼ぐ事が出来る。
―――つまり、1番強い奴をボコせば良いのだ。
アンナという伝手を使ってBランクで一番ポイントの高い奴と同じ大会でマッチングする事を優先する。大会で勝負し、勝利する。これで飛躍的にレートを伸ばす事が出来る。無論、やり過ぎると相手に嫌われるやり方でもある。
だが結局の所、この業界はトップ層に食い込めば食い込むほど、トップ層での食い合いになって来る。必然的に見る顔には似たような連中になって来る。
そしてここまでスコアが上がってくると自然と大会へのインビテーションも増えてくるようになる。結局、活躍すればそれだけ大会も、仕事も回って来るようになる。
2月を抜けて3月中頃になる頃には既にBランク5位にまで食い込んでいた。
ここまでレートを伸ばす事はかなり難しい。そもそもモンスターバトルというシステムそのものが連勝に対してかなりキツイ事実がある。
モンスターを新しく用意してメタ対策するのが難しい環境では相手に対応する為にメタスキルを搭載するのが基本になってくる。
だがスキルカード化が出来ない固有系のスキルはメタ対策にしても上書きすることが出来ない。そうなると汎用で固有等の戦術コアスキルをメタる動きが強くなる。
だから連勝は難しい。戦えば戦う程データが割れてメタの精度が上がるからだ。その中で無敗、連勝を維持できるなら飛躍的にレートが伸ばせられる。
この伸びなら年内にはA認定を目指せる。
その期待と興奮に胸を躍らせながら新学期が迫ってくる。
……。
「おい」
……。
「おい!」
「……」
「おい!! 聞いてんのか!!」
「……ん? 聞いてるよ」
サングラスをかけた金髪の男が船の欄干に寄り掛かりながらスマホを見ていた。男のスマホには連戦を重ねる天才少年の映像が流れていたが……やがて、電波が届かなくなり、映像が途切れる。
「最新状況を知りたかったんだけどなぁ……やっぱ無理かぁ……はぁ……ランクマ配信してくれないかなぁ」
「本当にここでいいんだよなぁ!? おい!!」
「煩いなぁ……あぁ、ここで問題ないよ。間違いない。うんうん」
周辺には何もない。正確には海しかなかった。水平線の向こう側まで海しか見えず、全てはこの水の下に隠れている。男は面倒とばかりに操縦士の言葉に答える。
「勿論、未確認のダンジョンがこの下にはある。見つけて報告すればそれだけで凄い金になるぞ。鴉羽尊を知っているか? 彼は見つけた多数のダンジョンによって今飛躍の時を迎えている。君達も隠されたダンジョンを見つければ同じように……ね?」
「言っておくが俺はまだ半信半疑だからな」
「はいはい」
その態度だから信用できねぇんだよと操縦士は呟き、しかし彼の仲間は既にモンスターを連れて魔海に潜ってしまった。船の留守を預かる身としてここから動くことはできなかった。
だからついつい男を睨んでしまう。が、男はそんなことを気にすることもなく海を見つめ、それから空を見上げた。釣られるように操縦士も空を見上げてげぇ、と声を零した。
「荒れてきやがった。早めに対策しないとヤバいな」
「お、どうやら君のお仲間が底に辿り着いたみたいだね」
「あぁ?」
天候の変化がダンジョン発見の証だと理解した操縦士の気分が良くなる。が、操縦士が何かを言う前に一気に天候が悪化する。風1つない魔海に風が吹き、波が船に打ち付け始める。
暗雲が一瞬で空を覆い、雷鳴が聞こえ始める。
「あ、なんだこりゃあ……!? 天候が……!」
「ヘブンズゲート」
男の呼びかけに応えてモンスターが出現した。それは巨大な門の形をしたモンスターだった。白と金に飾られた、翼を生やした巨大な門のモンスター、ヘブンズゲートはゆっくりとその扉を開いた。
「お、おい、何してんだ? というかそのモンスターは一体」
言い終える前に海面が大きく荒れる。何かが海の下で暴れている。操縦士の視線が海へと向けられ、海中のモンスター達が全て、一斉に逃げ出しているのが見えてしまった。
中にはもう間に合わないと絶望している姿もあった。
どこに逃げようが変わらないと諦めるものもいた。
視界範囲、全てを埋め尽くすほどの巨大な質量が海の底から浮上してきていた。
それは究極。生命として極限に至った神の傑作。
それは至高。生命を守れと祈りを与えられた産まれた守護者。
それは絶望。産まれた役割を果たせなくて全てを失った敗北者。
星の王として生み出された究極生命の一体が自らを封じ込める為に落としていた夢の中から目覚めてしまった。魔海に嘆きと苦しみの咆哮が轟く。
それは終末の呼び声でもあった。
「おはようございます、海王ネプチューン……長い眠りから目覚めさせて申し訳ありません」
それまでの適当な態度とは違い、明確な敬意を持ってその生命に礼を見せ、それからヘブンズゲートの中へと飛び込む。
「人類への試練にご協力いただきありがとうございます。それではそれでは」
「はあ?」
困惑している間に男が、ヘブンズゲートが消える。海に残されたのは船と操縦士だけ。既にその仲間は深海で跡形もなく消え去っている。
残された操縦士に出来ることはもはや何もなく、ただあり得ない程の質量の水が盛り上がって行くのを眺め、終わりを待つ以外に出来る事はなかった。
「畜生、やっぱ来るんじゃなかった……」
裏でAを名乗ろうが、究極を冠する生命の前では無意味でしかない。
海王は攻撃すらしていない。海面へ浮上する。たったそれだけで船を巻き込み、哀れな命を終わらせた。だがそんな命でその苦しみが、憤怒が、哀しみが、絶望が晴れることはない。
声なき声が魔海を満たす。
嵐がやって来る。
自らを起こした最後の一人を求め、嵐が広がる。
魔海を覆い尽くすのに1分。
それが陸に届くまで5分。
星を嵐が覆うまでに1時間。
そして、星に終末が訪れた。