まずおぢさんの話をする前にノアの軽い歴史を聞いて欲しいんだ。
と言っても既に大将ちゃんなら知ってる内容かもしれないけどね。
ノアってのは元々天父が生命を安全に分けておくために用意した避難所なんだ。
……意味解からないだろ?
でも天父は生命を創造した時、正しい生命というものを理解できなかったらしい。海しかない星を生みだしてそこに生命の源泉を生みだし、それが非効率だと理解して色々と作り直したり……創造は試行錯誤の連続だったらしいねぇ。
そのせいで初期型の創造物はどこか欠陥を抱えていた。大将は暗黒樹海を見ただろ? 誤って創造した生物を失敗作として処理したくないから生み出したのがあの暗黒樹海よ。あれがある限り彼らは他人の目につく事なく、静かにあの中で生きて行ける……って考えだったらしい。
実際の所、それが真実かどうかは直接聞いた話じゃないからおぢさんにゃあ解からない。
ただ最初に生み出された陸はテスト前の生物ばかりで危険だった。だから程良く弱く、主種族として運用する為の生物……つまりおぢさんの様な種族を隔離して保護したのさ。
それがノアよ。
原初箱舟都市ノア。
おぢさん達の故郷。
ノアはおぢさんの様なか弱い生命を守る為に生み出された都市なのさ。言っちゃえば海王様もノアの一部の様なもんさ。生まれたばかりの生命を守る役割を与えられた星の王者。その役割も大陸が創造され、生命が星に満ちる様になって変わって行った……当然、ノアも変わった。
生命を守る箱舟から、原初の都市へと。
生命が星に満ち始めてからはノアは海上を揺蕩う様になり、様々な都市や国家を繋ぐ海上の中継地となった。海王様は依然としておぢさん達と共にあった。時には海域を変えて、世界を巡るノアの在り方は言ってしまえば旅をする都市になっていたのさ。
ま、それも永遠に……なんて物じゃなかったんだけどね。
実の所ね、海王様はあの時……竜王様と神龍様が決戦に向かう時、気づいてたらしいのよね。ただあの2柱なら何とか出来るだろうと、自分は地上に残る事を選んじゃったのさ。そりゃあもう悔いて悔いて悔いて……本当に悔しそうにしてたよ。
あの時自分も一緒だったら結果は違ったかもしれない。だけど敗北があれで決まってしまった。だからさ、おぢさん達もあの後覚悟したわけよ。
あの女神と戦おうって。
仮にもじゃぜ? ノアには創造神の権能が割譲されちょるんだわ。創造の権能。天地の創造を終えた後、天父はその力を分割し、自分から権能を剥がし、破棄し、隠し、託した。それが何故か、というのはおぢさん達には解からないけど……その結果、ノアには創造の力そのものが備わっている。
コイツは女神の持つ力と同質のものだ。つまり同じ位階の力。あの女神を滅ぼせる力って事なのよ。だから、まあ、おぢさん達は挑んだのさ。あの女神に。海王様が先頭に立って。今度は海の生物を全て率いて、海を象徴する生命としての全権能と権限と尊厳を以て挑んだ。
だけど、相手はおぢさん達の予測を超えて最悪だった。
「―――はあ。流石に気が滅入るねぇ」
そこまで話した所でノトスはちょっと深呼吸を入れる。思い出すたびにちょっとずつ疲れたような表情を浮かべている。俺はそれに相槌を打つ事もなく、黙って作業を続けながら聞いている。そもそもノトスは反応を求めるというよりは、覚悟を決める為に思い出しているという形に近い感じがする。
だからこっちはこっちで手元の作業を続けつつ、ノトスの言葉に耳を傾ける。
「あの女はな、こー言ったんだよね」
まあ素敵! 皆やる気満々なのね! 素晴らしい覚悟と魂の煌めき……だけど惜しむるべくは貴方達全員が戦うだけの舞台を持たないって事ね。役割分担する中でもどうしても暇で祈るしかない人達や、戦闘力を持たないから何も出来ない人がいるのよね……。
そうだわ。
だって貴方達はノアの民として一心同体なのでしょ? 一緒に戦う気持ちで乗船しているのでしょう? だったら私もその舞台を輝かせる手伝いをするわ。
今、ワールドイーターの分裂体をノアに送り込んだわ。
数はきっちり1人1匹。
ただし人を食えばその分数が増えるわ。
全員戦う覚悟で残っているのでしょう?
ならほら、活躍するチャンスよ。
もっと見せて、貴方達に出来る事を。その覚悟を。場所も、敵も用意して上げたから。定められた命を持つ生命はその短い一生を閃光の様に彩るのであれば……ここが最も輝ける場所よ。
さあ、戦って。見せて。
「地獄だったわ。戦闘員、非戦闘員関係なく小口の怪物は食いついた。1人食うとその体積分小口の怪物が増えやがるんだわ。ノアの中に残った子供や家畜、老人たちがまず最初にやられた。成す術もなく食われた非戦闘員は一瞬で養分になって小口になった。そうなるともう洪水の様にノアの中に小口が溢れかえり始めた」
それに海王は気づいていた。だけど大きすぎる力と体ではノアの内部に入り込んだ敵を排除する事は出来ない。その強大な力は小さなものを守る事には不向きだった。
「まさか、あれほどの力を持って、天父の後を継ぐほどの存在がまさか、こんな、こんなただ虐殺を起こすような事をするなんて、まるで、誰も思いもしなかった……」
初戦が天界虐殺、次が竜王と神龍。これまで世界を統べる存在との戦いだけだったから誰も気づけなかった。竜も、神も、人も、家畜も。
全て等価。
あの女神にとって命は命でしかない。そこに上下なんてものはなかった。だから当然、竜王を相手するかのようにノアに乗船していた非戦闘員を虐殺してしまった。それが決定的な隙となって海王は致命傷を受けた。
「おぢさん達は敗北したんだよね、こうやって」
深い溜息が漏れた。
「あの時、舵を握ってたのはおぢさんで……ノアが小口に食いつかれた時、負けるのが見えた。ノアは結局船でしかないから、動かす奴がいなければその力を使う事さえできない。だから小口がそういう技術者を食いつくした所で負けは決まったんだ」
だから、と言葉は続く。
「若だけは逃がそうとしたんだよね」
「海王Jr」
「お、やっぱ大将ちゃんも知ってたか」
「うん、でもおかしいな」
「うん?」
ノトスの言う事が正しければ、海王の子……ノアの王子は死亡している筈だ。だけど俺の記憶とは食い違う。
「俺の記憶が正しければ海王の子は卵のまま隠し部屋のシリンダーに厳重封印されていた筈だけど」
「確かにおぢさんが若を連れて行こうとしていたのは隠し部屋で正解だけど、ノアが戦い始める時に若が生まれちゃったんだよねぇ」
「んー?」
なんかおかしいな。竜王とアリア=マリスの会話が正しければ俺が生まれる因縁が生まれるのは2重ループの中で、白紙の物語による干渉はプラス方向で限定された過去改変だ。悲劇を助長する様な流れはない筈だ。そもそもJr.がちょっとだけ早く生まれているという意味が解らない。
十中八九なんかの変数が混じってるけどこの微妙な変化が何なのかが解らないんだよね。もし女神や白紙由来の改変だったらもっと解りやすい変化してるだろうし。
まあ、情報が足りない所で悩んだり考えてもしょうがない。
それに意図は理解出切る。
ノアの攻略は最終的にJr.の回収が必要だ。海王が発狂した所で全権限を継承したのは子の方だ。だからJr.を確保しないといけないのだが……既に死んでいる場合、この作戦そのものが詰みになる。
横に浮かび上がる白紙の物語が何を伝えようとしているのかは理解できる。ノトス最大の後悔はここだ。そして、同時に正さないとならない間違いでもある。
過去改変を通してノトスの過去の失敗をなんとか帳消しにし、Jr.の生存ルートを確保し、それを現代で回収、ノアを再起動させる。
これが基本的なプランになるだろう。
しかしこれ、白紙の物語がなければ詰みだったな。というか明らかに状況を詰みに持ち込もうとする奴が存在してるな……?
「はぁ、やだねぇ、歳を取ると喋り辛くなって」
「安心しなよ、ノトスはまだ喋れる方だから。シェイナなんて拗らせた結果ストーキング始めてたからな」
「その節は本当に申し訳ありませ……っておぢさんが言うのもおかしいか」
白紙の物語を手にとって表紙を撫でる。詰みに近い状況をなんとか出来るアイテムは本当にこいつだけなんだ。頼むぞ。まだまだ見えない敵もいるし。
「ま、やれる事をしよう」
「世界の為?」
ノトスの言葉にピースを浮かべて答える。
「愛すべき人達の為に」
世界の大半の人間の事は正直どーでも良いのだが、世界を守る事が久遠や家族を守る事に繋がるならやる意味はある。負けられない戦いなのだ。
やるなら派手に、徹底的に、容赦なく。
見えない敵に見せつけてやるのだ。
こっちの倫理観も相応に死滅してるぜ! って所を。
「はぁー……帰郷ねぇ……」
どんよりした空を見上げながらノトスが呟く。
「今更……どの面って奴かもなぁ」
声に聞こえる後悔と自虐は俺に応えを求めるものじゃない。だから今度は黙って、ただしばらく、横に座って同じ時間を過ごした。
結局の所、悔いは個人の心の問題なのだから。