空港には各国から集った飛行用の巨大モンスター博覧会が繰り広げられていた。
何年か前の交流戦を思い出す光景だ。そう、あの時の連中が集まっている。だが今回はより多くのマスターとモンスターを決戦の地へと運ぶために。今、必要なアイテムが積み込まれ、マスター達が家族や恋人との別れを告げ、搭乗する。
そう、これは決戦だ。
どれだけ明るく振る舞おうとも、死地に向かう事実は変わらない。最悪、一撃で全滅する可能性もある。それだけの相手をこれから止めに行く。この作戦、全員が一応の遺書を書いている。それだけの覚悟で励んで……それでどうにかなるかどうかは解らない。
それでも地球を守る為、守りたい人の明日の為に挑むしかない。
それが決戦というものだ。
無論、俺も死ぬかもしれないという事実は変わらない。家を出る前にしっかりと家族で時間を過ごし、抱きしめ合い、別れを告げて空港に見送りに来たのは灯と久遠の2人だった。空港まで来る必要はないと告げたが、それでも2人揃って見送りに来てくれた。
「貴様の事だ、そう心配はしていない……だからちゃんと帰って来い」
「安心しろ、この俺を誰だと思ってる。何があろうとも必ず君のいる場所へと帰るよ」
ゲートの前で久遠と抱きしめ合い……ちょっとだけ恥ずかしいけど頬に軽く口づける。まあ、ちょっとしたリップサービスだ。文字通り。でもずっと回避してた事だけに久遠は少しだけ驚き、後ろの方でウェルギリウスが拍手しながら頷いてた。お前そのリアクション止めろ。
「お兄ちゃん」
「俺がいない間牧場の事頼んだぞ。つっても明日までには全部終わらせるつもりだけど。絶対に水辺には近づくな、良いな?」
「お兄ちゃん」
俺の言葉を止めると、灯は続ける。
「私も、戦おうか?」
「いらない」
灯の言葉に間髪入れず答える。断言し、灯の参戦しようとする意志を止める。
「でも」
「いらない。お前は家に残って牧場の面倒を見てろ」
これ以上言うべき事はない。腕を組んでじと、と灯を睨みつける。それでも何か言いたそうな灯を、横から久遠が窘める。
「アカリ、ミコトはな、特別な力を持つものは特別である必要がないと言っているのだ」
久遠の言葉に灯は解ってるよ、と答えた。
「お兄ちゃんは優しいから。特別な力を持った所でそれを使う必要はない。普通の人として生きたいのならそうすれば良いって本気で思ってる」
「……誰かが特別になれるのなら、特別にならない事だって選べる」
ふぅ、と溜息を吐く。
「今の生活、好き?」
「好き」
即答。灯が力強く拳を握って答えた。
「偶にお兄ちゃんとチビを挟んで眠るのが好き。朝乾草の匂いを嗅ぎながら作業するのが楽しい。じゃれついてくる皆と遊びながら働くのが嬉しい。こんな日常が毎日続けばどれだけ素敵だろうなぁ……って思ってる」
「ならそれで良い。それで良いんだよ灯」
なでなでぽんぽんと灯の頭を撫でてからじゃ、と手を上げて搭乗口へと向かう。
「お前はただの女の子として生きれば良い。面倒な事、難しい事は俺が全部背負う」
「お兄ちゃんはそういうの嫌じゃないの?」
大声で聞いて来る妹に振り返りつつ、親指をぐっと持ち上げる。
「妹の面倒を見るのはお兄ちゃんの特権さ」
死ぬ気は欠片もない。絶対に生きて帰る。その覚悟と意思を込めて正面に向き直り、何度目かになるトワイライトホエールに乗り込む。今度はこれまでにない規模のマスターと一緒に。これが今生の別れになるかもしれないが、そういう結末には興味ない。
勝って帰る。そうでなければ地球は終わりだ。
「おーおーおー、気合入ってるねぇ、みこっちゃん」
決意を新たに乗り込んだ所で酒クズが欄干に寄りかかりながらお酒を飲んでた。そのままぐいーっと欄干の向こう側に消えそうな所をスクナが掴んで笑いながら手を振って来る。開始前から大事な相方が消える所だったな、今……。
「そりゃあ気合も入るだろ。お前の方こそ大丈夫かよ」
「大丈夫、大丈夫。普段通りやれば良いってだけの話だしね」
そう言う酒クズは本当に何時も通りの様子で、彼女のモンスター達も特に気負う様子が見られない。これから世界の命運をかけた戦いをするってのに緊張はないみたいだ。
「普段通り酒飲めって事じゃないんだよなあ」
これを見てると特別気合入れてる自分が馬鹿々々しくなってくる。はあ、と溜息を吐くとそれと一緒に余計な力が抜けて行く。振り返って自分のモンスター達も全員乗り込んでくるのを確認し、そのまま俺に飛びつこうとするミレーナを回し蹴りで船の外に蹴り落としながら辺りを見渡す。
「結構な数が乗ってるなあ」
「まあ、人類の総力だしねぇ。あれをみて御覧」
空港の外を指差すと、凄い数の車が並んでいるのが見える。
「あれ全部メディアだよ。極秘作戦が展開されているという話だけどそれ以上は何が起きてるのか世間に知られたくないから秘密にしているからね。それを探ろうとメディアが必死になってるんだけど―――」
車の周りにはモンスターやマスターの姿も見える。
「作戦に参加できないBやCランクはこの手のメディアが暴走しないように見張りや鎮圧に駆り出されてるよ。今回に限っては本当に邪魔だしね」
作戦地帯が割れてモンスターに乗って現場についてこられても命を守ってあげられないしね。ちなみにAランクマスターはほとんど全員出動し、沿岸部に移動している。その役割は戦闘による二次被害への対処だ。
海王との戦闘で恐らく起きるであろう大津波への対処の為の人員だ。というか戦闘の余波だけで日本とかイギリスとかの島国は真面目に沈みかねないし、大陸の沿岸部は全滅する可能性が高い。その為、作戦に参加できないマスターはこういう所に回されている。
一大事だよ。
まあまあ誰も想像できなかった事態だよね。
俺はちょっと望んでたのは事実だけど改めてこう見るとかなり大ごとだなこれ……。
「言っちゃいけないかもしれないけど引き金引くのが俺じゃなくて良かったぁ」
「本当に言っちゃいけない発言だよそれ。気持ちは解らなくもないけど」
わっはっはとクズとカスの2人で笑って周りのマスター達からドン引きされる。俺コイツの事嫌いだけど相性だけは良いんだよね、相性だけは。
どんどんマスター達が乗り込み、出発の準備が進められて行く。館長の完全なバックアップを得られている為、空港に新しく無数のダンジョンゲートが出現する。メディアはその神秘的な光景を必死にカメラに収めているが、それが地球の命運を決する決戦場へと通じているとは思わないだろう。
トワイライトホエール等を飲み込むほどの巨大なゲート、あれを潜り抜ければ直接海王の居る場所へと飛び込む事になる。その瞬間が戦いの始まりだ。まだ準備段階で、開始までには1時間程度時間がある。それまでに皆、後悔を残さないように行動している。
さて、俺もちょっと瞑想ぐらいはしておくかなぁ、と思っていると。
「やあ、君がMr.カラスバかな?」
「お……アンタがエンジニアさん?」
片手を上げて挨拶してくるのは無精ひげを生やして眼鏡をかけた、どことなく疲れた、不健康そうな気配を感じさせる中年男性の姿だった。アーマーの様なスーツ姿の男は腰から工具らしきものをぶら下げており、なんかのゲームにでも出て来そうな姿をしていた。
「初めましてリーダー、エイジャックス……ジャックって呼んでくれ。協会本部勤め、合体施設のメンテナンスや新型の開発、研究等を主に業務として担当してるよ。今回は僕と―――」
「俺が本部からの出向だ」
そう言って挨拶してくるのは髪に軽く白髪が見える褐色初老の男だった。此方はジャックとは違って筋肉ムキムキ、サングラス姿で煙草を口に咥えている。
「ラムシンだ、よろしくボス」
「ラムシンさんは僕の上司に当たる人で僕に仕事を教えてくれた人もであるんだ。腕前は保証するよ」
なんかどっちも偽名ぽさを感じるな。まあ、合体施設の設備を弄れるって事は身元含めて色々と機密性が高いのかも。
「俺達は今回、ダンジョン関連の技術者を求めているという事で出向してきた。あぁ、当然戦いなんて出来ないから守ってくれると助かる」
そう言ってから手を差し出し、握手を交わす。力強い手の感触に期待を感じる……が、リーダー? ボス? あっちじゃなくて? 酒クズの方を指差し、視線があっちに向けられる。
「いやあ、現場でのリーダーはMr.カラスバって聞いてるよ」
「Ms.酒クズは瞬間的な判断力には優れるが方針を任せてはならないと上から聞いていてな」
「ミス酒クズ……」
ごくごく飲んでいる酒クズを見る。会話なんかそっちのけで自分の世界に入ってる奴にほんとこの後の攻略任せても大丈夫なのかって気持ち他には湧かなかったのか? まあ湧いただろうな……俺もちょっと判断間違えたかなぁ、と思っている。おい、聞いてるのかMs.酒クズ。
「名前に酒が入ってるからこっちのが良いかも……!」
流石酒と結婚した女は格が違った。コイツは本当にもうさあー……と呟こうとした所で気づいた。
「あれ……合流予定のエンジニアって3人じゃなかった?」
「……」
「……」
俺の言葉にジャックとラムシンが黙ってしまった。え、なに、そのリアクション。問題児? やっぱ問題児なの? もしかして問題児チーム結成しようとしてない? いや、待って、やっぱこの話題止めよう。もう嫌な予感して来た。ほら、あっち、本邦初公開! オールドテイルズちゃんだよー! マガちゃんとディザストロと合わせて爆速で死ぬと思うから今のうちにちやほやしようぜ!
はい! 止め! この話題終わり!
「―――ふ、ワシを求めたな……!?」
「あぁ、聞き覚えがあるけど聞きたくなかった声……!」
ぷっしゅー。
白いスモークを噴射しながら近くの足場がせりあがって来る。この飛行船パートってそんな機能あったの? 初耳なんだけど。ジャック君なんか知らない? え、当然ない? 今さっき登場の為だけに改造した? マジで? 腕前は確かなキチガイじゃん。
「でーでーっでっでー」
「当然の様に入場曲を口で歌い出したわよ」
「こんな仕掛けを即興で作るなら音楽ぐらい普通に流せよ」
ジャックもラムシンももう見たくないって顔で他所を向いてる。可愛そうに。
そしてスモークの中登場する白衣の老人の姿。キメッキメにポーズを取り、その片手にはエナドリ。そしてキラっとアイドルポーズを決める。
「ワシじゃよ」
―――モンスター博士参戦ッッ!!!
酒クズ! モンスター博士! 国際法違反!
世界の命運は主にこの3人に託されてしまった!!!