「ふーっはっはっは! 本部でヘッドエンジニアを務めていたが権力闘争に疲れたから会議中に役員の目の前でクソして駆間に飛ばされたワシが味方じゃあああ―――!」
「飛ばされて当然の所業だろ」
「文字通りクソジジイじゃない」
「凄い人なんだ! 本当に凄い人なんだ! 本当……技術だけ見るなら……技術……技術だけなら……」
「ジャック、フォローになってないぞ」
ラムシンの手がぽん、とジャックの肩の上に置かれる。今の発言、技術は保証するけど人格とか素行はなんも保証してないんだよね。まあ、会議室でクソする様な奴をどう擁護するんだって話なんだけどね。しなくて良いよ。
さて、これでノア突入メンバーの5人が揃った。これに俺のスタメンと酒クズのスタメンが追加したのがフルメンバーになる。正直、若干戦力不足感があるがこれ以上文句を言う余裕はない。このメンバーで攻略するしかないのだ。
「と、そうじゃった。これを渡しておくぞい」
そう言ってしゅばばばっと博士がインカムを渡してくる。確認してから装着するとスマートホンの画面みたいなウィンドウが目の前に出現し、思わず仰け反る。
「うお、なにこれ」
「館長ウルトラゴッド神と最近交流しとるからな。その縁で作成したAR機能付きのインカムじゃよ。ほれ、剛三Jr、お前は見た情報をデータ処理して目視するじゃろ? それを表示する為のデバイスの初期型モデルじゃよ」
そういやあランクマが活発になってデータが増えてきたって言ってたな。システムの方はまだまだ完成からは遠いけど、最低限の型みたいな物は出来た……って事かな? 目の前のウィンドウには感触がないが、掴んで引っ張る事は出来る。
「おぉ……」
「え、すごっ。なにこれー! おもしろー!」
「既存のホログラム技術を完全に放棄して館長超ゴッド神のアイデアで魔術的アプローチを取って、向こうの世界で採用されとった表記や表示用の魔法を科学的に採用したんじゃよ。つまり空気中に含まれる魔力をスクリーン代わりにしとるという訳じゃな」
「凄いんだよ、技術に関しては本当に」
「技術面は尊敬できる所があるのが事実だ」
人格面では一切褒められていないのにえっへんと自信満々の表情を博士が見せている。館長との合作とはいえ、確かに近未来的ARガジェットの初期型を完成させたのは凄まじいの一言に尽きる。
「あ、これで1個開発するのに数百億ぐらいふっとんどるから気を付けるんじゃぞ」
「ヒュッ」
耳に装着したインカムを外してゆっくりとポーチの中にしまう。
「しまうな」
「これからそれを使うのよ。というか別に貧乏な訳じゃないんだからさあ」
「俺はまだ小市民だ……誰が何と言おうとも俺は小市民なんだ。1000円のフルーツは高いし、5万もするゲーム機は高い!」
「金銭感覚が一般人のまま!」
そりゃあBランク大会で優勝すると最低ラインが100万な上にボーナスで色々とついて来るし、総獲得賞金は1000万超える様になったけども。それでも全然金額のインフレにはついていけてないんだよ。アンナには延々と慣れろと言われてるしランク上がればもっと金が飛ぶって言われてる。
怖いよぉ。
ブルジョワの世界怖いよぉ。
こんな機械は数百億する世界とかおかしいよお。
改めて手を震えさせながら耳に装着すると結構良いフィット感がして違和感がない。やっぱ高いものは良いものなんだなぁ、という小市民的なコメントを残しながら操作感に慣れておく。タッチ操作とかほんとどうやってるんだ……?
というかそうか、今の地球って大気に魔力が混じってるからそれを活用できるんだ。
その答えに飛べる館長も凄いけどついていける博士もだいぶヤバイな……。
バトルログそのものは自分の脳内で出力できるが、このシステムが自分以外の人間にも活用できるのが最大の利点だ。ちょっとチビとウェルギリウスにスキルを使わせて確認するが表示までのタイムラグは1秒から2秒ぐらい? 高速戦の中では致命傷になりかねない遅延かな。
でも後から確認して判断するには結構便利かも。リアルタイムで把握するのは諦めた方が良いかも。
でもこれはまだ開発の始まったばかりの技術だ。更に研究が進めば俺の脳と同等の性能を発揮するかもしれない……そう考えると夢のある技術だ。誰もがバトルを完全に理解しながら観戦する日がやって来るだろう。
そうすれば人類の底上げにもなる。やるしかないね。
周りを見れば他の人たちもインカムを付けている。ピピ、と音がすると通信が繋がり、作戦本部のオペレーターからの通信が繋がる。今回の作戦は総力戦だからか、バックアップも凄いしっかりしている……凄いなぁ、この規模で攻略とか経験した事がないわ。
無論、人類にとっても初の試みだけど。
『ノア突入班のオペレーターを担当するナインです。ノアに突入している間は私が皆さんのサポートに回り海上での状況や情報の整理を行う事になります。また、バックアップチームを待機させておりますので、何でも申してください』
「おぉ、凄い。大ごとだ」
「ボス、地球が沈むか否かの状況は大ごとだ」
それはそう。でもこういう環境で作戦行動するって……男の子的にはロマンがあるじゃない? 滅茶苦茶興奮するじゃん。
とりあえず周りに居る人たちを集めて自撮り棒を……いや、ウェルギリウスに頼むか。スマホをウェルギリウスに渡して、甲板に集まってる人たちをなるべくフレームに集めて……はい、チーズ! 記念写真を1発。早速SNSに投げようと思ったけどSNSに投げたら死ぬほど怒られる奴だなこれ。
また総理に説教される前に気づいて良かった。
うん、綺麗に撮れてる。もうちょっと多めに皆の写真を残しておくか。
この作戦で何人帰る事が出来るのか、解ったもんじゃないしな。
最悪、ノアを再起動したら海上は全滅してたなんてパターンも十分あり得る。残せる記録はちゃんと残しておいた方が良い。だからもう少し周りを見て写真を撮り、皆の記録を残して……俺の最期の準備は終わり。後はもう、作戦開始を待つだけだ。
『―――作戦開始10分前。それぞれ配置に就き、戦闘準備を開始してください。バフ等の適用を忘れずに』
アナウンスが通り、待機していたマスター達がバフの事前の積み込みを開始する。対海王は文字通りの決戦だ。よーいどん! で開始する試合形跡とは違い、ルール無用の殺し合いだ。事前に上限解除が使えるモンスターは当然、バフを最大の状態まで持ち込む必要がある。
さっきからエデが詠唱を上限までスタックさせるように歌い、ミレーナもUフォームに変身して魔法攻撃を+99まで強化している。
船首の方へと視線を向ければ子狐になっているマガツキュウビと人の姿をしているディザストロが相変わらずやかましく言い争っている。オールドテイルズは……空間を走るノイズの痕跡がモールの方へと消えてゆくのが見えた。船の探検に出ている様だ。まあ、作戦開始までには戻るだろう。
エストは膝を抱えて翼で自分をくるんで団子状態になって体を震わせている。海王と戦うのが怖いらしい。
チビはウェルギリウスのパンチを回避して《クイックレイド》を上限まで蓄積中。
ノトスは……ちょっと不安そうな表情を浮かべている。声をかけるべきかどうか悩んだが、言葉でどうにかなるようなものでもないのは理解している。後はノトスがどう向き合うか、なので黙っておく。一番の不安要素はこの酒クズの存在なのだが……。
「ん-?」
視線を向けると酒クズが何本目かになる酒の瓶を揺らす。
「心配しなくても大丈夫よ。私、仕事だけはきっちりやるタイプだから。ほら、交流戦の時もサボらなかったでしょ?」
「まあ、そりゃあそうだけど……」
なんて言えば良いのだろう。コイツを見てると妙に不安を覚えるんだよなぁ。その感情と言葉が良く理解出来ない。言語化出来ないからこそ困っている。なんだろうなぁ、と思っているうちに再びアナウンスが響いた。
『―――まもなく、作戦開始です。総員決戦準備を』
アナウンスが終わった直後、全てのマスター達の、搭乗員たちの空気が変わる。一瞬で緩んだ空気が消え失せ、さっきに近い覇気を見せ始める。これから生きて帰れるかどうか怪しい領域へと踏み込む。そしてそれは己のミスが地球の滅びへと繋がる危険性を持っている。
故に慢心はなく、己の意思を研ぎ澄ませたものを刃として握りしめて。
星を救う為の戦いに赴く。
―――無論。
その行動の全てを海王は把握していた。
降り注ぐ雨、嵐は全て海王の触覚に等しい。
降り注いだ悲嘆の雨が大地に沁み込めばそれは海王の目や耳となり、怒りの風は海王の息吹でもある。地球を覆う嵐そのものが海王の感情、なればこそそれに触れたものを海王が把握しているのは当然の事でしかない。
それでも海王は動いていない。己を起こし、ノアに接近した存在以外をスルーしている。嵐が止まらないのは未だにノアに接近した最後の存在が見つからないからに過ぎず、そして海王が自分を打ち倒そうとするものに反応しないのはその必要がないからだ。
人類と海王の関係はアリと巨象の様なものだ。既にアリを踏みつぶす直前まで象の足が来ている。力を込める必要もない。足を下ろすだけで良い。それだけで潰れる。それでもまだ、下手人は見つからない。
或いは、この星には居ないのかもしれない。
海王の反応はほぼ本能的かつ反射的なものになっている。かつて、ノアと海王が女神に決戦を挑んだ時、海王は致命的な隙を見せてしまった。その時ワールドイーターは海王の理性、知性、正気を喰らった。故に今の海王は深く考える事が出来なくなっている。
ただ僅かに残った理性と自制心。それが海王の暴走を防いでいた。
1週間という期間は地球が沈むまでにかかる時間ではない。
海王の自制心がその本能と暴力を抑え込む時間だ。
故に海王はほぼ、能動的な行動を起こさず、嵐を通して世界全てを見通しながらアリの反撃を無視していた。反応する必要がない。脆弱で、今にも潰える哀れな種―――守らなくてはならない。その思考が本能にまで届かない。
ノアを守るだけの暴力装置になった海王の知覚に、転移反応が引っ掛かる。
来る。
人類の先鋒が、守る為に戦場に現れる。
巨大なゲートがいくつも出現する。ノア直上、魔海の海面に浮かび上がる巨大な海蛇の様な姿が地平線までうねるように覆いつくす。戦闘の気配に防衛本能が刺激され、海王の力が目覚める。生物を、星を滅ぼすのに本気を出す必要はない。
ただ少し、触れるだけで良い。
それだけであらゆる物質は崩壊する。
究極の領域に立った生命にとって、他の生命は全て脆く儚い。どれだけ力を抑え、理性で留めようとも死という結果を与える事に変わりはない。海王が出現する全てを滅ぼす為に知覚をゲートへと向ける。
出現する。
人類の急先鋒。
最速の槍。
先手。
被害担当。
―――エスト・単騎。
ぽーん、と自分を翼で包んで団子状になったエストがゲートからソロで放り出された。
「全部終わったら翼のブラッシング、死ぬほどやって貰いますからね……!?」
標的、確定。
エストの《アローン・イン・ヘブン》!
エストは世界に独りとなった!
エストは《インビンシブル》を発動した!
エストは無敵になった!
海王ネプチューンの《リップカレント》!
惑星破壊級のダメージを無敵でやり過ごした!
海王ネプチューンの《ブラックタイド》!
大陸沈没を孤独の世界と無敵でやり過ごした!
海王ネプチューンの《赤き海》!
大陸沈没を孤独の世界と無敵でやり過ごした!
海王ネプチューンの《ひょうが》!
氷河期を孤独の世界と無敵でやり過ごした!
エストは泣いた。こんなのブラッシングだけじゃ割に合わないって。スイーツもたくさん請求しよう。エステにも行かせて貰おう。滅茶苦茶甘やかして貰おう。怖すぎる。個人に対する攻撃で星への二次被害が大きすぎる。皆もっと《アローン・イン・ヘブン》覚えて。
だけど。
「―――行動処理……終わりましたわね……?」
エストが無敵で全てをやり過ごした。海王の攻撃に無敵貫通が装填されるのを知覚しつつも、連続行動によって海王の動きに僅かな溜め、隙が生まれる。それを尊は行動処理の完了と呼んだ。あらゆるモンスターが持つ技後硬直。
そのタイミングを、回数を、尊だけが知っている。
だから全てを吐き出しきった直後。
大量のゲートから人類が戦場に現れる。戦艦、移動用モンスター、自分のモンスターに乗って。様々な手段で国境を、海域を越えて総力が決戦場へと到達する。ほんの僅かな隙間に行動をねじ込む様に、確定されている隙の合間を縫う様に。
最先端に立つ尊が号令を放つ。
「海王攻略戦フェイズ1、開始」
号令と共に、作戦が開始した。