「ディザストロ、マガツキュウビ、オールドテイルズ」
声に応える様に3体のモンスターが飛び出す。完全に行動の隙、絶対に動けない瞬間を狙う様にそのモンスター達の動きが解き放たれた。
1体目、黒い九尾の狐。事前にライフストックを全て破壊しつくして登場する黒い九尾はその肉体そのものが地獄と化している。怨、それで肉体を練り上げた怪物は踏みしめる空間が概念的に凍結して行く。揺らめく尾はもはや実態を失い、肉体そのものが怨と呪の化身へと変貌する。
2体目、針金のように鋭い肉体を持ったドラゴンはライフストックを全て投げ捨てその全身を赤と金色に染め上げていた。体を流れる竜王の血、それを己の肉体を超えるほどに引き出し、限界を超えて力を発揮する。翼の合間を迸るエネルギーが翼膜を形成し、肉体を突き破って力が溢れだす。存在しているだけでも苦痛が溢れる中、そのスペックは10倍にまで膨れ上がっていた。
3体目、それは虚空に立つ少女だった。全身に砂嵐の様なノイズが走り、モノクロに空間が歪んで見える。直視しようとしてもその姿が見える事はない。だが全てのライフストックを消費して真なる力を解放し、その身を覆うノイズが薄れ……消え……ぼろぼろのアリスエプロンドレス姿の少女なのが見えて来る。片耳の千切れたウサギの人形を抱え、その顔は真っ黒な底の見えない闇に染まっていた。
マガツキュウビは全てのライフストックを消費して真なる力を解放した!
マガツキュウビは《無間大紅蓮地獄》を発動した!
ディザストロは全てのライフストックを消費して真なる力を解放した!
ディザストロは《モード:ラグナロク》を発動した!
オールドテイルズは全てのライフストックを消費して真なる力を解放した!
オールドテイルズは《オールドテイルズ》を発動した!
三者三様、発動した時点でリーサルへと持ち込めるパワーのある最強クラスのスキルが発動した瞬間、時空を、運命を、摂理を超越して硬直という概念を踏破して海王が動いた。それは戦闘本能に任せての超反応行動。スキルで言えば即時行動や再行動、それを戦闘本能だけで動かす。
1撃。
それで人類の作戦を叩き潰す為に。
「ではここで心無い妙手を一つまみ」
打ち消しは使えない。《王鱗》を誘発させたくはない。だが止める手段はほぼ皆無と言っても良い。ならどうやってこの暴力を止める? その課題を尊は最も悪辣な方法で達成する事を最初から計画していた。
「海王様ぁ―――!!」
大海原にノトスの声が響いた。
その声に海王が反応する。
スピーカーを通して広げられる声を、理性を失った怪物が拾った。
「あの時の約束を果たしに来ました! 必ず! 必ず若を助けます! だから―――だから、待っていてください……!」
絞り出すような民の声に、海王が応えない筈もなかった。起きる筈の割り込み、時空、運命、摂理、常識、法則。その全てを無視した再行動はその瞬間、海王自身の自制心が戦闘本能を上回る事で消え去った。その動きは今、この瞬間、一瞬で停止して不動のものとなった。
「チェック、フェイズ1を詰める」
計算通り、フェイズ1の詰めに入る。
「では私から―――!」
《無間大紅蓮地獄》が展開された!
海王ネプチューンの耐性を蝕む……!
海王は抵抗を放棄した!
無間地獄の冷気が《王鱗》を凍り付かせた!
無間地獄の冷気が《神域》を凍り付かせた!
無間地獄、肉が裂け散る血によって赤く染まる絶対零度の世界が海王を支えるスキルを凍り付かせて封印した。本来であれば不可能なそれはこの瞬間、海王自身が抵抗する事を放棄した事で成立した。海王側が協力してくれたからこそギリギリ成立した。
継続して封印し、対象を増やせる筈……の能力が今、先手を切って海王との領域の鬩ぎ合いで停止した。
玉の様な汗を浮かべながらマガツキュウビは自分の必殺がギリギリ通った事実を自覚していた。自分のリソースを全て注ぎ込み防波堤とサポートに回る。
「なんともまあ、規格外な事で……次手、任せましたよ」
「う、■、ふ」
ノイズ。少女が口を開く度にノイズが走る。忘れられた物語、忌むべき物語。古臭い童話。手に取られない小話。少女の姿をした物語はきゅっとぬいぐるみの首を絞め、楽しそうに腕を広げて己の物語に海王を招き入れた。
ぐるぐる背景が回り落ちる様なステージの上へ。
「貴方■は■贄のヤギの役割■与えて■げるっ!」
オールドテイルズは《オールドテイルズ》を発動させた!
海王にロールが割り振られた!
海王は生贄のヤギ役が与えられた!
めぇえ! めぇ! ヤギらしく振舞ってね!
《こうずい》! 文明を浸蝕する!
だーめ! それはヤギらしくないわ!
《こうずい》が没収された!
自動発動する《こうずい》の効果が発動と同時に役割放棄のペナルティとして没収される。続いて《ひょうが》、《アクエリアスエイジ》が示し合わされた様に発動し、その全てが没収される。文明を終わらせるコアとなるスキル全てが発動拒否され、最後のペナルティが課される。
もう怒ったわ! 役者はちゃんと物語を守って!
物語を守れない役者なんて……こうよ!
BONK!
海王はヤギになっちゃった!
ピコピコハンマーが海王の頭に落ちた。それが頭を叩くのと同時に視界を埋め尽くすほどの巨体が消え、その代わりに青い毛のヤギへとその姿を変じていた。海面に座していた海王ヤギは一瞬だけ浮遊した状態から落下を始め―――海面に触れる前に横から吹き飛ばされた。
相対するのは先鋒、最後の一手。
「行くぜ、海王様―――」
赤金色に変色したディザストロだった。潜在能力、カラスバファームへと移動してから磨き上げた技術、更新されたスキル、そして向き合う事で覚醒させた才能。それは血を沸騰させるように竜王の直系としての力を引き出していた。
ディザストロの《モード:ラグナロク》!
このターン終了時にディザストロは死亡する!
基礎ステータスが10倍となった!
対強者特攻を獲得した!
《ドラゴンズバレー》が展開される!
《グレーテストパワー》!
力が限界まで強化される! 攻撃力が99段階上昇した!
《無限覚醒》! ディザストロは追加行動を得た!
バトルログシステムの試作品に限界を超越したディザストロの強化とステータスが表示される。マガツキュウビによって耐性が割られ、オールドテイルズによって行動が封じられた。ディザストロが担当するのは詰めの部分。
最強の一撃―――繰り出せる火力上限を叩き込む事。
それがディザストロに与えられた役割であり、覚悟だった。
故に全身を灼金に輝かせるディザストロは吠え笑いながら殴り飛ばした海王ヤギに追いつき、その姿を掴んだ。
「カラスバミコトに聞いてからよぉ……俺も1度はやってみたかったんだ。遠慮なくやらせて貰うぜ海王様よぉぉオオオ!!」
そのまま、ヤギ化した海王を連れ去り、空へと飛びあがった。
加速する。
ブースターの様に翼から光を放ち、命を削りながら飛翔する。空へと、大気圏へ、成層圏、そのもっと先へ……星の重力を振り切って宇宙へと飛び出し音を星の束縛に任せて置き去りにして、1度だけ尊から聞いてこれは絶対にやりたいな! と憧れた事を。
熱量を一切逃す事無く。
ヤギ化海王を月面に叩きつけた。
月面に巨大なクレーターを穿ち、そこで一切力を緩める事無く《無限覚醒》で得た行動力を全てつぎ込んで月面へと埋め込む様に食い込んで行く。その姿が月面を割りながら掘り進んで行く中で漸く解放し、エネルギーの全てを最後の一撃に込める。
命を、持てるリソースの全てを破壊へと変換させながらディザストロの視界が海王を捉えた。
ヤギ化していた筈の肉体が既に元に戻ろうとしている―――ギミックに対する耐性を獲得しつつある。時間稼ぎの為に星の外まで連れ出したが、そこまで大きなダメージになっていない。稼げて数分。
「ま、俺の気にする事じゃねぇか……後は任せたぜ兄弟」
一拍、ヤギの肉体が割れ、本来の姿を取り戻して行く中で、フルチャージされた全てをディザストロが吐き出した。己の命を全て燃焼させて吐き出す究極の咆哮が吐き出され、一瞬で全てを破壊で塗りつぶした。
ディザストロの《ヴァニシングバスター》!
究極のブレスがあらゆる存在を無に還す!
海王にダメージ!
ディザストロは反動で死亡した!
ディザストロ蘇生可能まで……後半年。
「おー、たーまやー」
地上から見上げる月を光が貫通し、ひび割れると中央から爆散するのが見えた。今、人類史で誰かの目で見られるように、月という地球と長らく時を過ごしてきた相棒は壮絶な死を迎えた。中央から爆散するように消し飛ぶ月の破片を辺りに弾き―――そしてその中心から巨大な海蛇が姿を見せる。
『……信じられません。海王はあれを受けてもなお健在です……どうやらスタンしているようですが……体力は恐らく2割程度しか削れていません……本当に生物なのですかアレは? 理不尽という概念が姿形を得ているとしか思えません』
月の跡地に僅かな湿り気が生みだされる。スタンしている海王がゆっくりと復帰しながら海を宇宙に浮かべ始めていた。それは少しずつだが地球へと帰還する為のコースを形成していた。星から放逐した所で帰って来る。持ってない耐性を攻めた所で学習し、耐性を獲得してくる。
究極生命の名は伊達じゃない。
「作戦続行。井戸作成班、ゴーゴーゴー」
海王は数分もあれば復帰し、地球まで帰って来る。それまでにノアに到達しなければ負けだ。月を見上げながら呆けている場合ではない。
即座にスタンバイしてた班が動き出す。先ほどまで海王が陣取っていたエリアへとモンスターを動かすと、真下へと向けて高威力の攻撃を放つ。1つ1つが都市を消し飛ばすほどの破壊力を持った攻撃が一斉にはなたれ、海に穴を開ける。それはそのまま遮られる事もなく真下へ、更に下へ。
闇に閉ざされて見えない深海まで、そこに至る全てを薙ぎ払って道を作る。
時間の余裕はない。見上げれば既に月から発進した海王が宇宙を泳ぎながら地球へと向かっている。ネタを1つ挟む余裕もなく尊達は互いを確認し合う。
そしてそのまま、飛び降りた。
深海へと向かって。
大海に穿たれた大穴の底を目指して。
宙から迫る脅威から逃げる様に。
底で待つ悪意へと向かって……落ちる。
落ちて行く。