「そ、底が見えない……」
ジャックの震える声が聞こえて来た。
深海へと続く大穴に落ちながら空を見上げれば砕けた月から地球へと海を繋げようとする究極生命の影が見える。月を犠牲にして2割削る……少ないように見えてあの海王のHPを1撃で2割もふっ飛ばす事が出来るなら大健闘だ。ディザストロは本当にお疲れ様。マガツキュウビとオールドテイルズはここからが本番だ。ひたすら遅延戦闘に努めて欲しい。
その意思だけを海上に残してどんどん深海へと向かって落下して行く。最初は日の光が差し込んでいたが、落ちて行くにつれて段々と光が遠のいて行く。それに合わせて飛行するミレーナが光源を生みだした。凄まじい風が吹き上げて来る中、目を保護する為にゴーグルを着けて下を見た。
まだまだ、底は見えない。
「かれこれもう1分は落下してるのだが」
「ん? なんか見えてきた……サンゴ?」
「迷路の残骸だな。これを抜ければ底が見えて来る筈」
連続砲撃によって粉砕されたサンゴの迷路、その残骸とモンスター達の残骸がバラバラに散って吹き上がったり横の海の壁に叩きつけられて消えたりしている。まあ、容赦なく消し飛ばしたから元あった迷路は跡形もないだろう。ついでに潜んでたボスも。相手してる暇がない仕方がないね。
「ふーむ」
段々と闇が天井を覆い始め、ミレーナの浮かべる光が唯一の光源となりつつある中、博士が急に腕をばさばさし始めた。
「……!」
急に何かを思いついた! みたいな表情をすると靴を脱いで白衣の裾を足の指で掴み、白衣を広げ始めた。
「みてみてムササヴィイイイイイイ―――!!!」
「あっ」
「えっ?」
それが遺言になった。
腕を広げた博士は翼膜の様に広がった白衣で上へと噴き上げる風を受け止めてしまい、下へと落ちて行く力を全て横方向へと変換、止める暇もなく一瞬で弾丸の様に横に向かって射出され、海の壁に衝突して消え去ってしまった。
「……」
「……」
「……」
「……」
残された4人全員であまりにも唐突過ぎる博士の離脱に無言になる。モンスター達も唐突過ぎる男の離脱に何も言えず、チビに至っては何も理解できずに首を傾げてる。数秒経過してからえ、マジで? みたいな感じで皆で通り過ぎてしまった壁へと視線を向ける。
やがてそれも闇の中へと消えて行き、見送るほかなかった。
「ははは……今、大先輩が消えた様に見えたんだけど目の錯覚だよね?」
「悲しいが……ジャック、これは現実だ」
わあ。
何もしてないのに1人自爆しちゃった!
とんとん、とインカムを叩く。
「あの」
『はい』
「今1人消えたんですけど」
『……はい。存じています』
物凄い溜息と罵倒がオペ子の背後から聞こえて来る。あっちの空気地獄だろうなぁ。とりあえず博士の事だしエナドリ片手にそのうち復帰してくるだろ……そういえばギャグ補正ここでは通じないんだっけ? マジで死んだかもしれないなあの爺さん。
心の中で十字架を切って冥福を祈っていると段々と闇の中に浮かぶシルエットが見えて来る。
底だ。
近づくにつれてミレーナが浮かべる光球がその姿を浮かび上がらせる。
「あれが……ノアか」
「信じていなかったわけじゃないけどこうやって見ると言葉を失うね……まるで深海に街があるみたいだ」
光球が照らす深海の底には都市があった―――そう、都市だ。光は消え、命の気配を感じないが、高層建築が深海の底に建っている。更に近づき、光源を広げればそれが伸びていき、そしてそこには巨大な基盤として船の様な部分があるのが見える。
「懐かしいねぇ……ここに戻って来ちゃったかあ」
ノトスがしみじみと呟き、通信が入る。
『箱舟都市ノアの確認出来ました……外観から文明レベルは相当高く見られます』
「これは人の手によって建造された都市じゃないからな。神の奇跡と権能によって生み出された都市なんだ。そりゃあ最初から文明レベルの高い、快適な都市設計をベースにするに決まってるだろ? 古い時代の建築を参考にする訳ないじゃん」
『それは……そうなのですが……』
「リーダー、箱舟って言うから木製みたいなものを想定してたんだよ」
「だが此方の方が馴染みがあるな。腕が鳴る」
「おぉ、やる気ねぇ、皆……そろそろ着地に入るわよー」
ミレーナが杖を振るって魔法を発動させる。風の魔法による減速が始まり、光源が1つ、深海を照らすように残され、新たな光源が追従するように生成される。皆が魔法によって減速し始める中、俺だけミレーナが背後へと回り込むと腕を腰に回して抱き着いて来た。
「マスターは私が責任をもって下ろしますから安心してくださいね」
「それは別に良いんだけどモンスター達に魔法―――」
かかってないよ、とか言っている間に底に到着した。やんわりと着地を始める人間。減速する事なく地面に衝突するモンスター達。クラマオウやサクヤヒメ等酒クズのモンスター達は自力で飛行したり着地出来たが、ウチのメンバーはそうも行かなかった。
チビ、墜落死。
ノトス、墜落死。
ララ、墜落死。
エデ、墜落死。
ウェルギリウス、ふわふわと降りて着地してから《サクリファイス》でミレーナを殺す。
エスト、上を見上げながら着地。まだ海王が怖いみたい。
「俺のパーティー壊滅しちゃった……!」
行方不明者まで出てるし本当に大丈夫かこのメンバーで? ぽいぽいぽいと蘇生アイテムを投げてモンスターを蘇生するとミレーナがモンスター達からリンチされ始める。身内のじゃれ合いが始まるのを見てるとメンタル面はまあ大丈夫そうだ。
「わぁ、でっかぁ……」
「ニューヨークを前にしている気分だね……」
「この中に今から潜るのか……1時間2時間でどうにかできそうには見えないな」
底から見上げるノアは本当にデカい……これで数千万収容可能な大都市クラスの構造してるのだから現代都市がそのまま深海にあるのと変わりがない。
「さて、非常用口に向かうよ」
ちょっと歩き辛いけど、と口にしつつ記憶を辿るようにノアの非常用口へと向かう。その先頭をノトスが担う。
「へへ、ここはおぢさんに任せて貰おうかな! なんつったって地元だからね」
「おー、頼もしい。痴呆症発症して間違えないことを期待してるぜおっさん」
けらけらと笑うスクナの声が深海に反響する。そういや黄龍がいねぇ……と思ったら小型化して酒クズの首に巻き付いてた。アレで酒クズの奴、割と手持ちに好かれてるよな……。
ちょっと不思議。
そう思いながらノアへと近づく。深海の大地は思ってたよりもデコボコしていて歩き辛い。偶にデカいクレーターがあり、その中に深海の水が残っている。中には被害を免れたモンスターや不気味に変異した深海魚が必死に生き残ってる。
それらを越えればノアに辿り着く。
見上げようとすると首が痛くなるほど高く伸び、1つの文明が築かれたのかと錯覚するほどにしっかりとした都市があった。その威容の前では誰もが言葉を失う。
「こっちだ。非常時はこっちから入れるようになっちょる」
ノトスがメインゲートを迂回するように案内する。ノア下部、影になっている箇所へ案内すると直径5メートル程の閉じたハッチまで案内される。
「ここから中に入れる筈だ……何も変わってなければね!」
「上から入るのは駄目なの?」
「防衛システムとやり合いたいならどうぞ」
ちょっと下がって都市の上の方へと向かってノトスがそこら辺の石ころを投げた。次の瞬間都市内部から無数のレーザーが照射されて石ころが原子分解された。ぱらぱら……というカスさえ降ってこない圧倒的な殺意の防衛システムに一同沈黙。
「オーバーテクノロジーだろ」
「もう1度言うけどこれ、創造能力で未来の技術を活用してそのまま作成されてるから、現代地球から見てもオーパーツの塊になるからね」
「技術者として見ると宝の塊だよ」
「中に毒さえ詰まっていなければな」
技術者コンビはやる気満々の様子だ。何時でも対応できるように仕事道具は使える状態にしてあり、酒クズに視線を向けると酒瓶を握っているけど座り込んでいる様子もなければへべれけになっている様子もない。飲酒量控えめになってる? そんなフォルムがあるのか。
「大将ちゃん、良いか?」
「うん、任せた」
「うっし」
ノトスに許可を出すとノトスがハッチへと向かう。横のパネルを開き……そこにレバーがある。それを握り引っ張れば閉ざされていたハッチが開き、長年深海の底で来訪者を待ち続けていた絶望の箱舟への道が開ける。
深海の底で絶望を抱いて眠り続けたゆりかごが今、世界の危機を前に開かれた。
「良し、行こう」
「へへ、おぢさんの実家だからね。案内は任せておきなって」
「……あ、僕の番っすか」
ノトスとララが先にハッチを抜けて中に乗り込む。2人が無事だという事は罠は何もないという事だろう。続いてノアに乗り込もうとしてハッチに向かって踏み込む。
―――瞬間、足元に魔法陣が展開された。
「……は?」
罠。ノトスとララが通る時は存在しなかった。何故今。
思考が追い付く前に罠が起動し、視界が白く染まった。
博士はムササヴィイイ! を遺言にこの世を去りましたが、本日はなんと最強以外ありえない1巻の発売日になります! めでたいこの日をムササヴィイイ! で迎えて良いのかは物凄い疑問が残りますが、今朝書店を確認したらちゃんと店頭に並んでました。感動ですね。
電子版には特典として初期みこっちゃんが久遠のバースデーを把握しておらずすっぽかしかけたカスエピソードが付いてきます。予約特典ってもっとハートウォーミングな内容を書くもんじゃないの? 主人公の罪状増やしてええのか? 特典でこんな無法が許されるのか?
想定されてた文字数倍ぐらい超えてほぼ1話分の量になったけどHJ様からはOKが出たのでこういう特典になりました。良いんだ……。
という訳で電子版も、書籍版もどちらもよろしくお願いします。