あ、死んだかな。
視界が白く染まった瞬間に終わりを確信した。
だがその瞬間には体を後ろへと向かって引きずられていた。誰かが反応して、着弾前に体を引っ張ってくれている。ミレーナ辺り間に合ったかな? と思って引っ張られながら振り返る。
「―――!」
そこには必死な形相を浮かべた、普段とはまるで違う表情の歪沢椿という女がいた。
「……」
その表情に思わず言葉が止まり、リアクションも出来なかった。ただ引っ張られるままに後ろへと引き戻され、鼻の先で魔法が着弾するのを見て、そのままもつれるように酒クズを巻き込んで後ろに転がって倒れた。
「痛ぁっ! 頭打ったぁ!」
「けけけ、良かったな。これ以上悪くならない頭で」
「私が馬鹿……って事!?」
次の瞬間には何時ものノリに戻ってる酒クズの姿にどう切り出せば解からなかったが、少しだけ酒クズの上に倒れ込んだまま、視線だけを酒クズに向けて感謝する。
「た、助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
よっこらしょ、とジャックとラムシンに助け起こされる。トラップによって怪我をした……とかはない。酒クズは頭を打ってちょっとだけ痛そうにしているが、それ以外に外傷はない。危なかった。あの瞬間、酒クズが引っ張ってくれなかったら間違いなく死んでた。ぞっとしない話だ。
今のはトラップに見えた攻撃だ。誰か、何者かが行った殺意ある罠だ。ララが通ったのに反応しなかった。つまり長距離攻撃の類が俺を狙って放たれた形になる。既にモンスター達は警戒に入っており、ミレーナは罠らしきものを確かめに行ってた。
「いや、今のはほんと危なかった……」
「私もびっくりしたわよ。危険率0%がいきなり致死率馬鹿高い状態に変わるんだから。そんな確率変動の仕方見た事ないわよ。思わず酔いが醒めたわ」
「いやあ、後ろで見ていた僕らもほんと驚いたよ」
「いきなり詰まなくて良かったな」
ほんとにね。
魔法陣を浮かべてミレーナと、サクヤヒメが現場の検証を行っている。
「ありえません」
「ですが結果としてそうとしか読み取れません」
「確かに……そうですが、荒唐無稽に過ぎます」
ミレーナとサクヤヒメは短時間だが既に魔法を割ってその元を辿ろうとしていたが、そこで軽く言い争っていた。よ、と片手を上げて近づくと話を切り上げた。
「で、なんか解った?」
「はい、いいえ。その、解ったけど解からないと言いますか……」
「簡潔に」
ミレーナとサクヤヒメ、魔術のエキスパートが2人顔を合わせてから答えて来た。
「これは過去に設置された魔法です。トラップ系の、踏んだら発動するシンプルな作りのものです」
「ダウトっす」
物凄く珍しく、ララが否の声を上げた。コイツがこういう風に否定の言葉を上げるのは物凄く珍しい……というか初めてかもしれない。なんだかんだで罠に関してはプロ意識があるのかもしれない。プロ? プロなのかあれ……?
「僕が通った時は間違いなく罠なんてなかったっすよ。流石に見過ごす事なんてないっす」
サクヤヒメは頷いた。
「あれは間違いなく過去に設置された罠です。今から数千から数百年前に設置されたものです。具体的な年代を割り出すのは意味がないので割愛します」
「ですが同時に、あれはあの瞬間設置された魔法でもあります」
なんか頓珍漢な事を言ってない?
「この魔法は踏む直前まで見えなかったのですね?」
「うん。急に生えてきてびっくりしたわ。それまでほんと何もなく平和そのものだったからね」
うん、とミレーナは頷いた。
「この魔法はマスターが踏む直前に昔設置されたのよ」
後ろの方でエストとウェルギリウスとスクナが腕を組みながら首を傾げてる。俺も一緒に首を傾げる。え、なに、どういう事? 踏む直前に設置された訳じゃなく、踏む直前に昔設置された? 何もかも破綻してないそれ?
「……つまりこれはリアルタイムで未来を観測しながら過去に設置された罠だ、という事か」
「正解です。これは過去からの攻撃です」
ラムシンの出した答えが正しかったらしい。リアルタイムで過去からの攻撃。それが今のトラップの正体。直前まで存在しなかったのは、物理的に存在しなかったから。だけど俺が踏む直前になって過去に居る謎の存在が罠を設置したのだ。
本来であれば回避不可能な時間跳躍攻撃とも言えるだろう。
だが可能性を観測する事の出来る酒クズのおかげでギリギリ回避する事が出来た。設置された瞬間がこの女なら見る事が出来る。危なかった。マジで酒クズ以外をここに連れて来てたら今ので終わってたかもしれない。
「……ちなみにだけど私は百年とか千年とか見る事は出来ないわよ? こんな荒唐無稽な過去からの攻撃、出来るとしたら間違いなくモンスターの中でも最上位クラスの怪物になるわよ」
「おっと、なんだか話が変わって来たね?」
ジャックの顔が少し青い。敵が増えている事実を理解したのだろう。これは俺個人への暗殺であり、攻撃だ。誰かが過去から俺を殺そうとして狙っている。普通なら今ので殺せているだろう。だがリアルタイムで未来を観測して設置した罠だ。
成功しなかったのも多分、把握しているだろう。
追撃が来ないという事は次のプランに備えて潜んでいるという事だ。それも今の時間軸ではなく、過去という時間軸に姿を隠している。賢い奴だ。それでいて悪辣だ。此方を一方的に攻撃しながら自分は反撃されないように警戒している。
このやり口、出来そうなのは限られてる……未来を観測する、つまりは時間系能力でも最上位に位置する存在の仕業か。
「みこっちゃーん、覚えがあるって顔をしてるねぇ」
「あんまり当たって欲しくない想像だけど……」
「教えてくれボス。このクソ忙しい時期に事態をややこしくしているのは誰だ?」
確証がある訳じゃないが、俺を狙って殺そうとする奴は少ない。少なくとも人類側ではない。教団連中もこんな所で暗殺仕掛けて来るほど暇じゃないだろうし、それは連中の主義から外れる。そうなると俺と敵対している連中からやりそうなのをピックアップする事になる。
女神が仕掛けて来るならもっと派手に、堂々とやって来るだろう。
だからこれは邪神の仕業だろう。パペッターを始末してるしな。それで恐らく俺が奴らを殺す手段を知っている、理解しているという情報が伝わっている筈だ。その上でこの手口を見る限り、やりそうな手合いは1人にまで絞り込める。
「チクタクマンかな」
「チクタクマン?」
聞き返してくるジャックに対してモンスター側が一斉に全員嫌そうな顔を浮かべる。まあ、モンスター達は知っていて当然か。邪神だしな。
「あぁ、うん。皆のその顔でまともじゃない奴だってのは伝わったよ、ありがとう」
「別に確証があるって訳じゃないけどね。それでも現状1番それっぽいのはアイツかなぁ……まあ、狙われてるのは俺みたいだからそこまで気にする必要は―――」
手をひらひらと振るとずい、っとラムシンに迫られた。
「面白い冗談だな、ボス。自分が死んだら人類が詰むって事を忘れている様だな?」
中々威圧感のある40代おっさんの睨みが結構怖い。仕方ないので軽く反省の態度を見せておく。まあ、確かに死んでいる場合ではないな。こうやって足を止めている間にも海上では決死の足止め作業が始まっている筈だ。
「詰みの可能性があるのはここに居る人間は誰もそうなんだけど」
「ムササヴィイイイイ」
酒クズが腕を広げてその場でぐるんぐるん回った。消えてしまった男の事を思い出させる。
「ムササヴィイイ」
「あれはそのうち戻って来るでしょ。消えたぐらいで死ぬとは思えないし」
まあ……みたいな空気が流れる。消えたけど本気で死んだとは誰も思っていない。あれで死ぬ様なら駆間では生きていけないしね。
それよりも問題は明確な敵がノアに隠れている事だ。こんなイベント、当然原作にはなかった。ノアの攻略そのものがハードなのに、そこに余計な要素まで加えて来やがって……という怒りが湧き上がって来る。
「……まあ、敵が増えようがやる事に変わりはないか」
結局の所、ノアを攻略するという事に変わりはない。問題は過去から時間跳躍攻撃を行ってくるという事実が増えただけだ。そしてこれも、ギリギリのラインを酒クズが見極める事が出来る。後はそこに上手くララをぶつけるだけだ。
これだけならまだ対応可能な範囲だ。
良し、整理完了。
「ノトス、引き続き先導頼む。ララは罠を探知してある程度クリアリングしたらなるべく俺の傍に、酒クズは過去からの攻撃を探知するのをメインに。ジャックとラムシンは引き続き守られてて。仕事はこの先あるから」
「お、みこっちゃん頼もしいー」
「茶化すな……マジで頼むからな?」
一気に生命線に食い込んで来た酒クズの顔を見る。何時も通り、軽薄な笑みを浮かべた酒クズは任せなさい、と軽く胸を叩いてから再び酒を呷った。
やっぱダメかも……。
溜息を吐いて再びノアに乗り込む……今度は先程とは違いトラップの設置はない。振り返って酒クズを確認する。数歩後ろから、遅れてこっちの様子を確認しつつ付いてくるみたいだ。
全員がノアに乗り込んだ所で俺達は漸くこの方舟都市の探索に入れる。
「帰ってきたぞ皆……ただいま」
ノトスの呟きが近未来的な船内に響く。非常用口の近くにはマップが置いてある。そのコピーを記録し、保存する。一応ゲーム版マップを持ち込んでるが、本物のコピーを持っておく事に意味はある。違う所があるかもしれないし。
「良し……方舟都市ノア、これより攻略開始する。仮想敵は邪神チクタクマン……時間はもう無駄にできないし歩きながら説明する」
振り返ると先程まで堰き止められていた海の壁は少しずつ崩れ、海水が流れ込んできていた。いずれ、ノアは再び深海に沈むだろう。
徐々に閉まるハッチから視線を外し、正面を向いた。
それじゃあ行こう、世界を救いに。