こんこん、と閉じたシャッターを叩く。硬質な感触しか感じられない。
「オラ! ……クソッ、手が痛ぇなぁ」
「学習しないなぁ」
スクナックル! 手が痛くなる!
スクナがシャッターをフルバフ状態で殴るも、ダメージが出ない。創造主お手製の最強ハウスの強度はそれこそ同格相手でなければ傷つかないレベルで頑強に出来ている。
スクナが殴った程度では傷1つつかない。
「クソ、通らねぇ……芯に的中しねぇのもめんどくせぇ」
「《方舟都市ノア》の効果は展開中クリティカルが発生しなくなる事だからね。ノア内部は深層扱いで上書き不可だし」
クリ無効は単純に強いし止め性能高いから採用率高いんだよね。問題はそのせいで壁の耐久力無視した攻撃が出来ない事なんだけど。OC入ればぶっ壊せそうな気もするんだけど張り替え不可能だからどうにもならん。
「うーん、本部から持ち出して来たカッターでもダメかぁ」
「架空金属に対してこれまで全勝だったんだがな……」
技術屋組も何やらガジェットを取り出してシャッターをどうにかできないか試しているものの、成果はない。ミレーナに《ディスインテグレーション》を習得させて使わせてみる。原子分解を行うレーザーを放つ上級魔法だ。これで分解突破出来ないかなぁ、と思ったけどしっかり無効化された。
この中でデスペリアしても壊れないぞ! って保証を貰ったもんだけど今はちょっといらない情報だったかなぁ。
「うーん、やっぱ通電してないから動かせないな……」
「近くにパネルがあればそこに手持ちのバッテリーで電気を通すって手もあるよ」
ジャックの提案にノトスは頭を横に振る。今いる場所は丁度シャッター操作用のパネルが存在しない通路らしい。或いは、ここに来るようにチクタクマンに誘い込まれたか。シャッターが破壊出来ない以上、ここで立往生する以外の選択肢がない。
困った。
マジで困った。
どうにかして突破する方法がないかを考える。奥の手を幾つか用意してきているものの、ここで使えるものでもない。転移阻害をまずどうにかしないと図書館とも繋がらないし……さて、どうしてもんか。頭を悩ませていると酒クズが静かに辺りを見渡しているのが見えた。
「ん-、こっちでもない……これでもない……これは除外して……」
虚空を指でぱちん、と弾いている。俺には見えないが、あれは酒クズが見えている可能性を除外している……らしい。酒クズには常に大小さまざまな可能性が見えていて、それを除外してフィルタリングする事で漸く見たい可能性が見えて来るらしい。
「……うん、まだ未来が残ってる。という事は脱出手段があるって事よね」
「希望溢れた言葉だあ」
マジで希望に溢れた言葉だな。脱出手段あるって事じゃねぇか。つまり相手もまだ詰みの一手を通してないって事だ。この状況、相手ばかりにイニシアチブがあるからどうにかして回避できる状態に持ち込みたい……でも過去に居るんだよなぁ。
過去。
過去ぉ?
「……」
腕を組みながら横に視線を向けると白紙の物語が浮かんでいた。お前、やれるのか? その意思を込めて視線を向けるとぷかぷかしている。本当か? ぷかぷか。やれるんだな? ぷか。良し、なら信じてやろう……というかお前以外に解決できる手段ないもんな。
はい、それじゃ。
「集―――合―――!」
「なんだなんだ」
「何か突破口でもあったかい?」
皆が集まって来たのでででーん、と白紙の物語を掲げる。
「白紙の物語くんがぁ、今からぁ、奇跡を起こすそうです!」
「あ、みこっちゃんやるなら早い方が良いかも。急にデッドエンド増えたわよ」
反応早いなぁチクタクマン!! マジで白紙の物語が逆鱗に触れてる感じあるな! そんなにキレるなら先に女神の方を殺せよ! あっちだろあっち! いや、遊んでる場合じゃねぇな。全員集まって来た所を見計らって白紙の物語を掴み、開く。
「さあ、新たな可能性を示せ白紙の物語よ!」
「せめて説明してくれボ―――」
ラムシンが喋り終える前に白紙の物語から光が放たれ、それが一瞬で船内を走った。その端から景色が変わった。
ウィーン、ウィーン、警報が鳴り響く。
赤いランプが点灯し、辺りを赤く染める。
『今すぐ逃げ……ぐっ、ここまで来たか! 怪物どもめ……! やらせは―――』
スピーカーを通して聞こえる苦悶の声と咀嚼音。静かだったノア内部の様子は一瞬で地獄の真っただ中へと変わっていた。時代も、世界も違う。感じられる空気や密度が違う。ノアの中、同じ廊下なのに何もかもが違う別世界に来ていた。
「あの日だ」
ノトスが声を震わせながら確かめる。
「全てが滅びたあの日だ……!」
震える声が過去を肯定する。白紙の物語は当然の様に俺達を過去へと誘った。これが現実かどうかは重要ではなく、今の俺達にとって重要なのは過去へと移動した事によって目の前にあった筈のシャッターが全て開かれている事だ。
「これなら通れそうだな」
「ですが問題が増えた様です」
ミレーナが俺の横を抜けて背後に立ち、杖を構えた。それに合わせて全員後ろを振り返る。
赤いハザードランプが照らす通路の奥は黒く染まっていた。光が届いていないのかと思った。だがよく見ればそれは違う。通路の奥の闇は一定ではなく、蠢いている。何かが密集して黒く染まっているのだと解る。
「ジャックとラムシンは走るの得意?」
「僕のこのエンジニアスーツは身体アシスト機能付きだよ」
「俺のことは気にするな。こういう事も想定して良く鍛えてある」
「あ、私は運動苦手」
「俺が担ぐから気にするな」
スクナが酒クズを俵担ぎする。酒クズ自身は担がれながら常に指先で可能性を弾いて生存ルートを探し続けている。ノトスは浮かんできた涙を拭うと先導し始める。この時代ならララは不要かもしれないが、投げてノトスの頭の上にのっけておく。
エデ、ウェルギリウス大丈夫か? 大丈夫そうだな。エストは万が一のカバーを頼む。
「ミレーナ!」
「試します―――《デスペリアハザード》ッ!」
漆黒の暴風が通路を埋め尽くすように駆け抜けていった。それは一瞬で通路内の黒を全て破壊しつくし排除するが、まるで滲み出る様に再び通路の奥を埋め尽くし、此方へと向かってくる。現代の大型都市の人口が確か数千人だったか。
その半分でも良い―――それが怪物の苗床となったらどれだけの数になる?
「逃げろ……逃げるぞ!!! ノトス! 先導を頼んだぞマジで!!」
「電源室はこっちだ!」
「観測範囲における罠、なし!」
「ゴーゴーゴーゴー!!!! 相手にしてられないぞこんなの!!」
全員一斉に走り出す。モンスター達はフルバフ状態だから速度も底上げされていて走りに余裕がある。寧ろ余裕がないのは体力にも上限がある俺達人間の方で、俺達の走りをカバーするようにモンスター達が立ちまわる。
後ろから追いかけて来る黒……密集する小口の群れは一時退散させることは出来ても、直ぐにまた補充されて追いかけて来る恐怖の光景でしかない。確かに、こんなもんを解き放ったら滅ぶしかないだろう。あの女神、マジで何を考えてこんな邪悪なもん生みだしてるんだよ!!!
「バカ=マリス!! アホ=マリス! フザケルナ=マリスゥ!! どうしてこんな忌み子を生んだァ!! あ、やっぱレス不必要です。本当に答えそうなので……」
どこからともなくそう……と落胆する気配を感じた。本当にお答えするつもりだったんですか? そんな暇あるなら早めに死んでくれ。いや、脳味噌をネタに飛ばしてる場合じゃない。現実逃避したいのは事実だけどそんな余裕はない。
走る。走って。走る。
後ろから怪物が迫って来る。
後ろから闇が迫って来る。
闇に浮かぶ口、口、口。その全てが貪れる全てを貪ろうと迫って来る。
数百、数千、数万という命を貪った食欲が尽きる事はなく、次の獲物を求めてただただ増殖し、ノアを満たす。それに抗う手段なんてものは存在しない。もっと広い場所なら黄龍やミレーナで何とか出来たかもしれない。だがここは無理だ。1度に全てを殲滅出来ない。
倒した先から補充される。ミレーナは後ろを向き浮遊しながらついて来る合間に弾幕を張る。それにクラマオウとサクヤヒメが追加し、通路を弾幕で満たし続ける。だがそれでも滲み出る様にあらゆる通路から小口が現れる。1度に100体滅ぼせば次は300体出現する。
その数に際限等ない。
「こっちだ! ここで右に―――」
「右は詰み!」
「ッ! 真っすぐ進んでから曲がるぞ!」
ノトスと酒クズのタッグが直ぐに安全な逃亡ルートを構築してくれる。ちらっと横に視線を逸らせば曲がろうとした通路の奥から誰かが現れ……直ぐに、闇に飲み込まれて貪られていた。あのまま進んでいればアレを前にUターンする必要があったか。逃げきれなかったかも。
必死にノトスの背に食らいつくように走り進めば、通路の奥に扉が見えて来る。
そこにノトスが飛び込み、呼び込む。
「こっちだ! 早く!」
「急げ急げ! もう直ぐそこまで来てるぞ!」
全力で扉の向こう側へと飛び込み、全員が通過した所でノトスが扉を全力で締め、ロックをかけた。直後、扉の向こう側に何かがぶつかる音がした。
2度。
3度。
ぶつかり、蠢くような音がして……やがて静かになった。肩で息を切らしながらその場に座り込み、無言で水筒を取り出してから中身を口にする。喉が水で潤ってから漸く言葉を口にする事が出来た。
「はあ……ノアが壊れないように出来ていて助かった……」
「あは、あははは……いやあ……刺激的な体験だったよ。2度目は遠慮したいかなぁ」
「あー……飲んでる暇もないわ……。この感じ、ドリームランドの時に凄い似てるわ」
「はあ、はあ、もうダイエットは勘弁願いたい」
余裕の見えるモンスター達に比べ、俺達人間側はだいぶ息が上がっていた。とはいえ、奴らがこの扉を抜けて来れないのを見て少しだけ心の平静さを取り戻し、辺りを見渡す。見た事のないような機械がたくさん配置されている部屋だった。部屋の構図には見覚えがあるな。
「ノトス?」
「あぁ、ここが電源室だよ。ここでこの下層区の電力を復旧させれるんだけど……それどころじゃなさそうだね?」
そうだね! ちょっと休憩したいね! 5分だけ、5分だけ時間をくれ。
息を整えたら元の時間軸に戻って電力を復旧させよう。あの連中が徘徊している中でエレベーター使って上の層に向かえる気はしない。
……うん?
今回もしかして過去と現代往復しながら攻略する奴? マジで?