実際の所。
対海王チームにそこまでの余裕はなかった。
人類による総攻撃を受けた所で海王のHPは4%しか減ってないと、新しく開発されたバトルログシステムには表記されていた。20%を消し飛ばしたディザストロの奮闘がどれだけ偉大なものだったのかを、あらゆるマスターに知らしめた。
だがそれでさえ地球に帰還した直後、完全再生を果たしていた。もはや月と引き換えにしたダメージは海王には残っていなかった。
その上で全ての攻撃がデタラメに尽きた。これまで誰も見た事がない、感じた事のないスケールで攻撃が飛んで来る。
《タイダルウェイブ》全体除外大津波攻撃。
《ブラックタイド》デバフ付き超広範囲攻撃。
《プリズミックヘイル》耐性破壊後広範囲攻撃。
《メイルシュトローム》AOE設置範囲攻撃。
《リップカレント》単体全貫通OC確定強攻撃。
《バレットレイン》継続広範囲攻撃。
あらゆる攻撃が軍団を想定したものであり、全ての攻撃がまともに通せば人類連合を滅ぼすだけの威力を持っていた。まだ使っていない攻撃がある事は既にミコトから報告され、警戒されながらも、ギリギリのラインでの戦闘は続いていた。
それでも戦線が崩壊しない理由はある。
「レ」
それは1人のレイド廃人の手腕によるものだった。
基本的にマスターには軍団戦のノウハウが存在しない。これは基本的なバトル形式の問題であり、ほとんどのマスターは4体を超えるモンスターでの戦闘を行わない。人間の脳が1度に指揮できるモンスターの数には容量的には限度があり、それを超えるモンスターを動かそうとすると処理能力が落ちる。
例えば尊は上級戦闘では前衛4体、後衛2体にモンスターを置いて4体だけ動かし、2体は簡易的な指示を出して、戦闘中入れ替える事で脳処理のコストを抑える。これは詳細な指示を送り出せるのが4体までが上限であるのと、脳への負荷を抑える為の方策でもある。
一般的なSランクマスターは人としての壁を1段階超えている為、脳の処理が普通の人よりも優れ、なおかつ長時間のダンジョン探索や魔力を浴びている事からアンチエイジング効果も受け、人よりも優れたスペックを持つ。
それでも1度に指揮できるモンスターには限度があるし、基本的に4体を超えるモンスターを動かすシチュエーション自体が少ない。Sランクマスターは競技者であり、軍人ではないのだ。純粋な力を見れば確かに人類最上位の力を手にしているが、競技場とダンジョンが戦いの場であり、10体のモンスターが同時に戦うシチュエーションでさえ稀だ。
その中で、レイド環境をメインにしているレイド廃人と、軍属のマスターだけが話を別とする。
対国想定で集団戦向けの演習と訓練を正式に受けているのはこの世界においては軍人だけだ。だがこれも根本にあるのは対人想定であり、集団を目標とした集団対集団の戦いになる。だがレイド廃人は違う。圧倒的な脅威たる個人に対してどうやって集団で立ち回るのか、そのノウハウがレイド廃人たちには圧倒的に蓄積されていた。
誰だってランクマが好きだという訳じゃない。
PvPがメインのゲームで“あーあ、協力要素のPvEがあればいいのになぁ”と言う奴は絶対に出て来る。
他のプレイヤーとの対戦が苦手な層は存在する。そして対戦する事よりも協力する事の方が楽しいという層は少なくないのだ。モンスターが好き、戦うのは好き、勝つのも好き、だけど対戦するのはそんな好きじゃない。
レイド廃人は基本的に、そういう人間の集まりだ。
自分よりも圧倒的に強い相手を数と連携と戦術で詰めて覆し、勝利する。そのカタルシスが彼らの求めるものだ。最近はレベル100や110のモンスターが牧場レイドに出現するようになり、彼らは増々手の届かない領域のモンスターと戦う経験を蓄積していた。
海王レベル180。
まだ本気ではない。
まだ全力ではない。
だが相手が格上で、手の届かないレベルをしていて、複数人で囲んで戦っているというシチュエーションに関してはもはや慣れたものだった。そう、レイド廃人からすればこの戦いは普段やっている戦闘と全く違わない。1ミスすれば全滅ワイプする事は普段のレイドと同じだ。
ただ今回は逃げ場がないだけ。恐らく純粋な実力は下から数えた方が早い。ブライアンやマスター仮面の様な世界のトップ層と比べれば圧倒的に実力は劣っているだろう。
それでも、この中で、Sランクマスターの中で唯一無二のレイド経験者であるのは確かだった。
この戦場で、戦線を維持しているのはこの男だった。
「レ」
ロバの騎士は《決闘》を挑んだ!
ドン・キホーテラ・マンチャの名に誓って正々堂々と勝負を挑んだ!
海王はロバの騎士と決闘状態に入った!
海王の《リップカレント》!
ロバの騎士のHPは0になった! 《明日に死す》で死なない!
海王の《リップカレント》!
ロバの騎士のHPは0になった! 《明日に死す》で死なない!
海王の《リップカレント》!
ロバの騎士のHPは0になった! 《明日に死す》で死なない!
海王の《リップカレント》!
ロバの騎士のHPは0になった! 《明日に死す》で死なない!
ロバの騎士の《ドレインエッジ》!
ロバの騎士のHPが僅かに回復した!
決闘状態が解かれた!
「レレ」
ロバの騎士はCランクモンスターである。アタッカーであり、無敵を習得せず、耐久力は並、攻撃力も並、速度も大して高くなく、技幅もそう多くはない。尊が一切見向きもせず、合体候補の考慮にすら入らないモンスターだろう。
だが《決闘》は《アローン・イン・ヘヴン》と互換するスキルだ。エストの様にシナジーを組めるスキルは欠片も覚えられないが、《決闘》を展開すれば相手とロバの騎士、2人だけの世界でターンを消費する事が出来る。
エスト程強度のある世界ではない。攻撃が決闘場の外にある程度は漏れ出すだろう。だが展開した時は周りへの被害を抑え、立て直す時間や戦場をコントロールする隙を作れる。ロバの騎士が決闘場で海王を制限している間、レイド廃人は素早く指示を出す。
「レッレ」
軍団規模でモンスターを動かし、配置させ、漏れる攻撃の余波を分散して受けさせる。どうすれば攻撃のダメージを分散させられるか、どうすれば効率的に受けられるのか、集団でモンスターを攻撃にぶつけて衝撃を散らす方法……データにはない、対レイドテクニックのノウハウがその脳味噌には詰められたいた。
ブライアンとマスター仮面がマスター達を統率し、その下で軍師として全体を動かす。
対海王戦、海上決戦はこの男が、レイド廃人がギリギリのラインで戦況を保たせていた。
運用するモンスターは様々な世代混合型。最終世代以外のモンスターを連れて来る姿は周りからすれば異様にしか映らない。だがレイド廃人は知っていた。レイドを効率的に攻略する上で大事なのはモンスターの総合的なスペックだけではなく、固有なのだと。
たとえランクが低くても、刺さる固有はある。
Cランク帯、ロバの騎士はどんなマスターも見向きもしないモンスターだ。だが食いしばりや0耐えと組み合わせる事でハメループを構築できる事を、この男とレイド組だけが知っていた。
「レレレレレ」
大陸破壊規模の攻撃をロバの騎士で受け、その余波を他のモンスター達で相殺させる。Cランク帯はそもそも力不足なので他のSランク帯の様に連続で動いたり受けに回ったりは出来ないが、間違いなく戦況の膠着と延命に貢献していた。
そして、そうやって時間を稼いでたからこそ間に合った。
「―――遅参申し訳ありません。連れて来るのに時間がかかってしまい遅れました……!」
受けに回るだけでもストレスと疲労が溜まっていき隠せない疲れが浮き上がって来る中で、新たなゲートを通して女の声が聞こえて来る。飛び出すように上空に現れたのは民族衣装に身を包んだ巫女の姿―――そしてそれに付き従い護衛する樹海の戦士達。
暗黒樹海の守人達の参戦だった。
「これより我々も参戦いたします。戦力として私共々お使いください」
ラトゥーリア達暗黒樹海の住人達がゲートから戦場に着地するのと同時に、巨大な気配がゲートの向こう側から出現する。
先陣を切るのは全長、800メートルを超える巨体だった。骨格は人を模したもの―――というより人種のプロトタイプとして設計された生物だった。前に作成したのが竜王や海王だった為、それに引きずられて作成されたサイズ感が狂っていた。
樹海の大木を削って作られた巨大な斧は並の架空金属を超えるほどの強度を持ち、津波を起こしながら海に足を突き刺すように着地した。
「■■■■■■■■―――!!!」
咆哮。赤く黒い肌の巨人が咆哮し、懐かしさを覚える気配に向かって木斧を振るい、顔面を殴り飛ばした。それは樹海を彷徨うワンダリングボスの1体。樹海を縄張りとして侵入者を蹂躙する破壊者。凶暴性故に失敗作の烙印を押された人類のプロトタイプ。次はもうちょっと破壊的じゃないのとサイズこれはダメだから小さくするか……という教訓を与えたモンスター。
アンチマタータイタン。
天父への怒りと不満を斧に込めて、天父の代わりに海王を殴りに参戦。
「
殴られた海王が大きく仰け反るのを見て中指を突き立て、吠えながら挑発する。続くように樹海からラトゥーリアが交渉し連れて来たモンスター達が参戦する。参戦する横で、ラトゥーリアが祈祷を始める。
ラトゥーリアの《聖戦の誓い》!
ラトゥーリアは天父に聖戦へと挑む加護を求めた!
参戦している全ての味方に加護が与えられた!
レベルが上限を超えて10レベル上がった!
HPが3倍になった!
基礎ステータスが50%上がった!
永続50%ダメージカットを得た!
HP満タン時食いしばりが付与された!
戦闘から一定時間が経過した!
海王は戦場に居る者への脅威度を上昇させた!
汝 ら を 敵 と 認 め よ う 。
海王のロックされていた能力が解禁された!
《海王の呼び声》が響いた!
デビルクラーケンレベル120が呼び声に応じた!
メガロドンレベル120が呼び声に応じた!
ゴーストシップレベル120が呼び声に応じた!
「……ギリギリ間に合いましたか」
海王の呼び声に応じ、新たなモンスターが生成される。そのレベルは全て120に到達する。格で言えば1つのダンジョンの長とも呼べるレベルのボスモンスターが、随伴する雑魚として複数同時に出現した。
苛烈化する戦場、戦力も敵も増えて更に喜ぶレイド廃人、更なる力を引き出し始める海王。
海上戦闘が更に激しくなる中。
尊たちは。
「……判断間違えちゃったぁ。てへっ」
エレベーター内に閉じ込められていた。