走る走る走る。
ジャンルがホラーに変更されてしまったので走るしかない。足を止めて戦えばそのうちスワームに飲まれる。追いつかれる前に逃げるしかない。
東西横断マラソンをするには人の体力はあまりにも貧弱だ。走っていて段々と息が上がってくる。そこからはモンスター達に担がれてスピードアップする。
ここはもう既に地獄だ。
「た、助け」
「嫌だ! 食べられたくない! 止めて!!」
「き、消え、俺消え、消えっ」
まだ無事な誰かが居たらしい。だがそれも長くは続かない、小口は肉だけではなく、概念を食らってそこに巣食う。食われた者は中身のないがらんどうの型になってしまう。
群がられた時点で手遅れだ。助ける方法はない。ノトスが悲痛な表情を浮かべながら走っている。これは全て彼のトラウマであり、同時に救えないものでもある。
パペッターの時とは違う。これにはハッピーエンディングなんてものは存在しない。救える存在は1つしかない。その為にはまずは都市部まで上がらないとならない。
それでもただ貪られるだけじゃない。
「かかってこい……俺はここだぞ! 1人でも多く道連れにしてやる!!」
「こっちだ! 無事なやつはこっちへ!!」
抗うものは居る。結末は定まっていてもそれでも輝きを見せるものはいるのだ。女神の愛する輝きを見せつけ、消えてゆく。届く距離にいるはずなのに届かない。
助けられない。
何故なら。
Tick……Tack……Tick……Tack…。
「追いかけてきた!」
「このクソ忙しい時に限って!!!」
「だからじゃないかなぁ」
チクタク音が聞こえてきた。この喧騒の中でも響くように聞こえてくるチクタク音は恐怖を煽るかのようだった。今の俺たちが生きているのは奴が遊んでいるからだ。本気を出せば追いついて何時でもやれる筈だ。
なぜ追いつかない? 何を待っている?
答えは出ず、それでも走る。
俺達に出来ることは逃げる事だけ。ララを頭に乗せて走ればガンガン罠が起動される。この時代には本来存在しない罠だ、間違いなくチクタクマンによって事前に設置されたものだ。
これがゲームなら罠の位置を把握して避ける必要もあっただろう。
だがここにはララ大明神かいる。
頭の上のララが連続で死に続けるたびに蘇生と再蘇生を投げて罠を踏み越えて行く。出せる最高速度を出す。それでもチクタク音が消えない。
まるで煽るかのように常に一定の距離を保って追いかけている。今更だがコイツ、2周目に備えてこっちの観察に入っているのか。1周目を捨てている、というよりは余裕をもってこっちを追い詰めている。流石時間操作が使えるだけあって次周を見据えた行動を選ぶな。
「前からも凄い数が……!」
「みこっちゃん、ここからは無理」
酒クズの言葉が早い。判断も早い。常に目を凝らして未来を見ていると考えて良いだろう。あらゆる通路から小口が流れ込んでくる。逃げ場がない。強行突破する策もあるだろうが、あまり安全ではない。じゃあ逃げ場を変えよう。
「はーい、皆大きく息を吸い込んで―――」
「マジで!?」
「本気かい!? あ、本気の顔だこれ!!」
ラムシンは静かにサングラスの横のボタンを押した―――するとサングラスはゴーグルに変形した。すげぇ、そんな機能あったんだなそれ。俺もゴーグル装着しておこう。ミレーナが皆に素早く魔法をかけて、その間をクラマオウがカバーする。
準備は10秒もかからない。
白紙の物語が現代へと俺達を帰還させる。
とたん、俺達は水底に沈んでいた。冷たい水に満たされた通路の中、息が……出来る。ミレーナのかけた魔法で水中でも呼吸できるようになっている。通路の反対側へと移動する為に動き出そうとした瞬間、凄まじい水流が通路内を走った。
「ぼごごごっ」
泡が言葉の代わりに口から溢れだし、水流に体が浮かびあがる。素早く手を掴んだのは酒クズで、酒クズの逆の手をスクナが握っている。
ずんっ。
何かが来た方角に居る。
視線を凝らせば、水中、光の消えた通路の闇の中に異形の姿が見えた。
その瞬間、水流に乗って移動を始める。
「―――!!!」
水流に乗って加速する。逃げる様に水の中を流れる。恐らくこの水流はノアの外へと通じている。このまま流されるだけだと外へと追い出されてしまう。流石にそれは水圧で死ぬんじゃないかなぁ……という恐れがある。というか死ぬでしょ。もう現時点で水がヤバイ冷たくて辛い。あ、ちょっと楽になった。
頭を必死に回転させていると先行しているノトスが曲がり角でこっち、と指差す。逆方向を封鎖するように氷の壁をミレーナが生みだした。本日の探索MVPを俺はこの子にあげたいと思う。文句のあるやつ居ねぇよな? あ、ララ先輩は別枠っすよ。あ、ララ先輩大人しいと思ったら何時の間にか下半身だけになってる。
氷の障壁で水の流れが変わり、止まる。クラマオウが水流を活性化させて一気に移動を加速させる。後ろからやって来る陰に追いつかれないように素早く通路を、最下層を反対側まで抜けて、扉を抜ける。
全員がそれを抜けた瞬間、再び白紙の物語で時代を切り替える。
水没していた空間から再びドライな空間へ。塩水でべちゃっとした体が床に叩きつけられ、気持ち悪い。いや、本当にもう気持ちが悪い。べちゃべちゃになった体を引きずって立ち上がり、ゴーグルを外しながら振り返る。良し、全員揃ってるな? ララは片足しか残ってない……蘇生したら全部戻って来た! 良し!
「さ、最悪ですわ……塩水だけは嫌だったのに……しくしくしく……」
塩水にどっぷり浸かった翼をばさばさしながらエストは泣いてた。
「塩水で翼がべとつきますし、乾かすのは大変ですし、これ放っておくと凄い臭くなるんですよ? 水浴びしただけでも大変なのに塩水はほんとダメなのに……」
「ごめんね。でも気遣う余裕はないんだ」
「船長! こんな所に居たのですか!」
「や」
べちゃべちゃの状態から復帰しつつあると此方側で警備に回っていたサハギンの警備兵がノトスに走り寄って来た。
「こんな忙しい時に一体どこに居たんですか! 皆不安で不安でしょうがないんですよ!? こんな時こそ船長が音頭を取らないでどうするんですか!」
「いやあ、本当に申し訳ない。だけどおぢさんは今ちょっと海王様に頼まれごとをしていてねぇ―――」
そこから先の言葉がノトスには出せなかった。このまま職務に返せば目の前のサハギンは確実に死ぬだろう。ノアの結末はもう既に定まっている。襲撃者がチクタクマン1人だけならまだ何とかなっただろうが、相手はあの女神とワールドイーターだ。
ノアには敗北以外の未来がない。
気にするな、このまま仕事に戻れ。絶対に海王が勝つ。
そう言って安心させた所で未来はない。だけどここで、足を止めてる暇もない。時間が過ぎれば過ぎるだけ不利になるのは確かだ。一瞬、ノトスがそれを悩むのは本当に一瞬だった。ノトスはサハギンの肩に手を乗せ、それから叩いた。
「後のことは頼んだぜ。おぢさんはすべき事を果たしてくるからな……」
「船長……?」
サハギンは一瞬だけノトスを気遣う様な視線を向けてからキリっとした表情を浮かべた。
「いえ……船長、頑張ってください! 私達も果たすべき事を果たします……最後の瞬間まで」
「おう、またな……そういう訳だ大将ちゃん。行こう」
痛みを隠すように微笑むノトスの表情におう、と答えて走り出す。救えるかもしれないという可能性をノトスは飲み込んだ。結局の所、救える存在は少ないという事をノトスが誰よりも理解しているのだ。それこそ俺なんかよりもずっと。
後悔をやり直したい。
それは誰もが抱く願いだ。
だが全てを救えるというのは都合の良い妄想でしかない。何を救い、何を切り捨てるのか。それを選ぶのが人生のほとんどだ。ノトスは、俺なんかよりもそれがずっと上手だ。だから苦痛を見せずにそれを飲み込んだのなら、俺が言える事は何もない。ただ出来る事は1つだけだ。
「行こう。ジュニアを助けるんだ」
「おう」
エストの翼がエデによって乾かされた所で再び走り出す。上の階へと向かって、今度は階段を使って。エレベーターはまた止められた場合どうしようもなくなるので階段を使って駆け上がる以外の選択肢が無くなってしまった。
頭の上にララを乗せる。
ミレーナにお姫様抱っこされる。
ポジション逆では? そう思いながらも非物理型であっても筋力も脚力も体力もマスターである俺を上回っているミレーナが運ぶ方が早い。せめてノトスの方が良いんだけどなぁ、と思っている間に人では出せない速度で一気に加速する。
とん、とん、とん、人がモンスターに運ばれて全力疾走で再び走り出す。ノトスを先頭に、酒クズはついに酒を飲む暇もなく、常に未来を見ながら先を進む。良く見れば既に目が酷使から赤く充血している。それでもなお見る事を止めないのは彼女のその視線が今、俺達の生命線の1つである事を示している。
「階段で都市部まで上がりたい所だけど―――あぁ、やっぱり!」
階段を一気に駆け上がると、シャッターが小口の侵入を阻止する為に落とされている。再び迂回しようにもここから上への道は通れなくなっている。ならばと再び現代へと時間軸を変更させる。
階段の1階したまで水没しているのが見える。正面にあるシャッターには電力が通っておらず、開かなくなっている。横からは貨物室へと通る為の通路があり、そこからこのシャッターを動かす為の電源室に向かえる。
「RPG的仕組みめんどくせぇえええええええ―――!!」
魂で理解した。
魔王城に突入したのにクソみたいなギミック解除させられている勇者、絶対にキレてるだろ。