「終わったぞい」
「マジでコイツ1分で終わらせやがった……」
電源室に入って1分、博士は本当に復旧作業を1分で終わらせた。ジャックとラムシンはほぼ博士の指示を受けながら作業していて、初見の筈の博士は2人の数倍のスピードで作業をして修復を完了させていた。俺1人だったら間違いなくここで詰んでたよなぁ。
こういう特殊技能持ちの同行者は今後もダンジョンを攻略する上では大事な要素になるかもしれない。少なくともノア以外はまだ図書館しか完全攻略は完了していないのだ、他をどう、誰と攻略するかそのうち考えておかないと。
「ふふん、どうじゃろどうじゃろ! 流石ワシじゃなーい? 滅茶苦茶凄くなーい? 仕事ちゃんとやるでしょ???」
「調子に乗るなよジジイ」
「遅参した癖にデカい顔するんじゃないわよジジイ」
「今度は途中で消えないでくださいね先輩」
「しっかりとこれは本部に連絡しておくからな」
「ジジイを虐めすぎじゃろ」
それだけノアの前半戦は辛かったんだよ!!! 破壊不能シャッターによる移動先の制限! エレベーターフリーフォール! 邪神チェイス! 暴食チェイス! 水中探索! お前がいればシャッターの時点で都市部に向かえた可能性があったんだよ!
まあ、何時までも過去の話でキレていてもしょうがない。ずっと同じ話題引っ張ってるのも面白くないしな。それよりもこのボケカス博士が復帰した事で今まで通れなかった場所が、利用できなかった場所が利用できるようになる。
これならエレベーターを再び試す価値もあるかもしれない。結局、階段を上った所で毎度シャッターに苦しめられるならエレベーター使うのとあんま大差はなさそうだし。
「良し、電力が復活したのなら都市部に向かおう。そっから艦橋側へ移動する。そこでジュニアを回収したらジュニアが卵でも孵化してても隠し部屋でコールドスリープで現代で回収、造物エンジンを再起動させてノアを復活させる」
ぱん、とノトスが拳を掌に打ち付けた。その動作に込められた感情には並々ならぬものがある。悲願だと言っても良い。このノアで起きた悲劇は覆しようがないが……僅かに数人の運命を変える事ぐらいは出来るだろう。
いよいよノアでも最大のフィールド部分、都市部へと向かう事になる。ルートはどうしたもんか、と悩んだ所で。
Tick……Tack……Tick……Tack……。
チクタク音が扉の向こう側から聞こえて来た。
『感想:戦闘お疲れさまでした、実に評価に困る戦闘でしたね。土壇場になっても身内で争い合う姿は旧世界の人類を思い出させるもので思わず郷愁に駆られました。これはアドバイスになりますがこういう状況で足を引っ張り合うのは止めた方がよろしいかと思います』
「む、なにも―――」
返答しようとした博士をラムシンが後ろからチョークスリーパーをかけて首にがっつりホールドかけた。一瞬で気道を潰された博士が酸素求めて腕をタップしているが、褐色マッチョマンの腕はそう簡単に解けない。
「……」
『おや、まだ会話して貰えないのですか? 警戒心が強いですね。先ほどの戦闘は拝見させて頂きましたが……やはり、貴方は恐ろしい。何故そうも未見の敵性体を相手にその能力や戦術を口に出来るのですか? 貴方は見えているのですか? それとも経験済みですか? 或いは理解しているのですか? 実に興味深い』
答えない。コイツにはなるべくヒントを与えてはならない。そして同時に、コイツはノア攻略における壁だ。他に出て来るボスは全部システム放棄の無法戦術を取ればまだ何とかなる範囲だ。だけどコイツだけは違う。
このノア攻略における最大の障害は間違いなくコイツだ。コイツをどうにか出来るか否かで攻略出来るかが変わって来る。
コイツを最終局面まで残した場合、こっちが詰まされる。だからなるべく早い段階で排除する必要がある。
Tick……Tack……Tick……Tack……。
忌々しいチクタク音が響いている。まだ扉の向こう側から消えない。
『ですが……』
そこで言葉が区切られる。
『通告:大体手の内は把握しました。貴方の言葉を借りるならリーサルが見えた、という所でしょう』
「……」
『親切心:移動に苦労していませんか? エレベーターはもう問題なく使えるでしょうからご利用をどうぞ。それでは……都市部の方でお会いしましょう』
Tick……Tack……Tick……Tack……。
チクタク音が遠ざかって行く。やがて忌々しいチクタク音が消え去り、時計男が去った事を告げる。それから漸く息を吐き出し、深呼吸をする。酒クズに視線を向けると扉の向こう側に視線を向け、それから頷かれた。未来視によるクリアリングにもチクタクマンが引っ掛からない。本当に去った様だ。
「ぷはぁ! 死ぬかと思ったわ!!」
「悪いな。なるべく情報を与えたくない相手だったからな」
「それにしてもアレはもしかして誘われてるのかな?」
都市部で会おう、エレベーターは大丈夫だよ。どう聞いても罠にしか思えない。間違いなくキリングフィールドに誘い込まれている様にしか思えないだろう。
「都市部ってどうなってるの?」
酒クズの疑問にノトスが答える。
「都市部ってのはノアで言う甲板部分になってる。東京とかニューヨークとかそういう都市が丸々甲板の上に生えているのを想像しちょくれ」
全員で天井を見上げながらイメージ図を思い浮かべる。俺は実物をゲーム内で確認してるから大体どういう感じなのかは知ってるけど……ドラゴンの背中とか宇宙船の中の都市とか、でっかい船の上に都市を建築するってSt〇am辺り探れば実際に存在してそうな感じの題材だよね。
竜王様の背中は国1つ作れそうなデカさだしなあ……異世界ファンタジーはスケールがデカいよな。
「こっちの世界と違って巨人族とかもいるから道路の幅はもっと広く、水棲種族向けに移動用の水路も張られてる。ただ高速移動手段みたいなのはない。なにせ、基本スペックが高いからね、おぢさん達は。人間みたいな車とかバイクとか、そういう乗り物が不要なんだよねー」
「まあ、そこは世界と文化の違いだな」
「積み荷を運んだりするときはどうするんだい? 街中でお届け物とかあるんじゃないか?」
「転送魔法や転移魔法を使ってたなぁ。今は稼働してないけど転送装置もあるからそれで移動する事も出来たし」
「おぉ」
異世界の生活に合わせた文化の築き方はちょっと感動を覚えるよね。なお転送装置によるファストトラベルは造物エンジン再起動後に解禁される要素なので、今の俺達には全く関係のないシステムだ。これが最初から使えれば楽だったんだけどね。
「建物もいっぱいあるし隠れる所もいっぱいあるけど……広さも十分あるから、派手に暴れるには良い場所だとおぢさんは思うよ」
「戦いやすい地形、か」
腕を組んで少し考える……どうやってチクタクマンを詰みに持っていくか。あの邪神をどうにかして無力化するか倒すかしないと間違いなく詰むだろう。都市部で迎撃した上でジュニアを確保しないとどこで暗躍されるか解らない。
特にこうやって慎重に動き、罠を仕掛け、疑心暗鬼を誘ってくるタイプは厄介だ。勿論、俺も非常事態に備えて幾つか奥の手を仕込んできている。だが奥の手が通じる相手と通じない相手がいる。今回の場合、通じるかどうかちょっと怪しい相手だ。
だから現地で調達した手札と、持ち込んだ手札でどうにかできないか判断するしかない。
「……少しだけ、待ってくれ。今手だてを考える」
「ブレインストーミングは必要かい?」
「いや、メタ視点から攻略法を考えるからノイズがない方が良い。10分休憩取りながら考えさせてほしい。この間に博士にこれまでの状況と情報の共有を頼む」
「オッケー、リーダー。大先輩の事は任せてほしい」
「俺達が責任をもって首輪をかけておく」
ずるずると博士が引きずられて少し離れた所でこれまでの状況説明が行われる。俺はその間に壁に背を預けて座り込むと、そのまま瞑想するように座禅を組む。ぴょんぴょんぴょことララが腿の上に乗り、チビが逆側の腿に頭を乗せる。
もふもふが揃ってちょっと癒される。
目を瞑る前にちらっと酒クズの方を見るが、酒を手にする気配はなく、上の方に視線を向けて遠くを見つめている……未来を観測し続けているようだ。こうやってマジの探索するのは初めてだが……酒クズというキャラは或いは、作り上げたものなのかもしれない。
結局、この女の事を俺は良く理解してないんだよなぁ……というのを一緒に探索してて思わされる。
はあ、出来たら今一緒にいるモンスター達を労ったりチェックしておきたいが、それだけの余裕や時間もない。余計な事を考えず、真面目になろう。
ここからやらなくてはならないことは明白だ。
ノアの再起動、それからノアを海上へと運び、海王と決戦する事だ。これによりノア攻略と海王攻略は終了する。その為にしなくちゃならないのは海王ジュニアの確保とチクタクマンの排除だ。そしてチクタクマンの排除を完了しない限り安心して他の作業には移れない。
どうやって時間を巻き戻す化け物を排除するのか。
奴は時間を巻き戻し、2周目に入れば間違いなく此方の行動にメタを取って来る。
逆に言えば奴の行動原理と能力は明確だ。だからここまで情報を与えようとはせず、出会ったらまず逃げる事だけを考えて来た。奴の時間遡行には制限がある。そのトリガーを引かない限りは奴もそう簡単に巻き戻る事が出来ない。
これは絶対のルールであり、呪いだ。そう簡単に捻じ曲げ、改変する事は出来ないだろう。
無論、鉄くず化の呪いをもっと簡易的に繰り出せるように改変しているパターンもあり得る。それを想定して戦略を組み立てないといけない。2度目はない。1度で倒せないと間違いなく2度と勝てなくなる。
逆に言えば奴が都市部で此方を迎え撃つと宣言したのは正面から戦闘し、情報を抜き出す為だ。それを加味して奴は現在1周目だと判断できる。つまり此方の奥の手も、何が出来るかという情報も存在しない。
今晒されてる札はミレーナとスクナの火力とバフ、後はチビによる無限ハメだろう。ここら辺は間違いなく対策されている。つまり奴を殺す上ではこれ以外のリーサル手段を確保しなくてはならない。
考えろ、鴉羽尊。
相手は人を弄ぶ事に特化した邪神だ。
頭を回せ、鴉羽尊。
奴がこれまで情報収集に専念したのは此方を警戒しているからだ。そう簡単にチェックメイトまで詰めて来るような事はしないだろう。持てる手札を全て確認し、これまで道中で取得した情報を精査する。
10分という時間をたっぷり使って、思考を高速で巡らせる。
たった10分、されど10分。貴重な人類の時間を借りて戦術を組み上げる。ゲームフォーマットだけではなく、リアルからの視線で出来る事は何があるのか。かつての鴉羽尊には出来ず、今の鴉羽尊なら何が出来るのかというのを考える。
そして10分後、戦術を組み上げる。
その内容をチクタクマンに把握されないように声を出さず、スマホの画面を使って文字を入力し、内容を共有する。情報の共有を終えたら可能かどうかの意見を聞き、それから細かい所を更に5分開けてブラッシュアップする。
合計15分の短い休息を終える。これ以上無駄に出来る時間はなかった。満足できる時間ではないし、作戦ももっとよく出来るかもしれない。だけど結局の所、それを考えるには時間が足りない。チクタクマンを殺す為の戦術を組み上げ終わった所で各々が必要な役割を理解し、電源室を出る。
作戦の為に必要な準備を進めながら移動する。
電源室を出て入る貨物区にはノアズ・シャークの姿は既にないが、その気配はまだ感じられる。だがもう襲い掛かって来る気配はない。冷静になったのか、或いはさっきの茶番で気が削がれたのか。どちらにしろ助かる展開だった。天運に感謝しながら必要な仕込みを行う。
貨物区を来た方から反対側に抜ければエレベーターホールに辿り着く。貨物区からの電力が供給された事によって稼働するエレベーターは俺達を表層にある都市部まで運んでくれる。これに乗り込めばもう後戻りは出来ず、そのまま待ち構えるチクタクマンと回避出来ない戦いが始まる。
十分な準備が出来ているとは言えないが……それでも人類の未来の為……いや、愛しい人たちと過ごせる未来の為に戦わなくてはならない。
「良し、行こう」
エレベーターに乗り込んで、問題なく稼働するのを確認する。
ノア及び海王攻略、中盤戦開始だ。