口には知性がない。
口には知能がない。
口には人格がない。
ただただ食欲を満たす為に存在する。無限の食欲と味覚しか持たない怪物は生命の敵としてデザインされた。だからそれ以外の機能を削ぎ落されて生みだされた。その方が抵抗なく戦えるでしょ? という女神のご配慮である。別方面で配慮して欲しかったなー。
無限の食欲に任せてただひたすら貪る。そういう風に口という怪物は出来ている。だからアリア=マリスも別段この小口を命令して操っているのではない。そもそも彼女自身気持ち悪いからあーだこーだ言いたくないとか主張してる。ボケカスが。
アリア=マリスは生命に密接に絡む魂や存在としての色や形を味として表現し、それをインプット、小口にその味を追わせる事で狙った存在を襲わせている。そんな事しなくても勝手に生命を貪るのだが、対象を絞る時はそうする―――そう、ゲーム内の図鑑に書いてあった。懐かしいね。
だから俺もそれを利用した。
邪神チクタクマンに味のイメージを絡みつけ、それを小口に見せる。
後は勝手に味のイメージが小口の間で共有され、勝手にチクタクマンを追跡する。全自動式邪悪ミサイルの完成である。
無論、これは女神の生み出した倫理に欠ける創造物であり、また兵器でもある。まともな精神性をしていない心を通わすなんて事は不可能だ。少しシンクロするだけで脳が破壊される。衝動に押しつぶされる。食欲に脳が支配される。
無論、俺の様に無我で受け流すだけの悟性を持つのなら話は別だ。あらゆる精神的な苦痛、干渉、変調を受け流す透明な精神性を持つ事が出来るなら、脳を埋め尽くし、本能を上書きする程の飢餓を無視できる。
「うっひゃー、派手ー!」
「アレ死んだ? 真っ黒じゃね?」
「あの程度で死ぬわけがないだろ。それより次手の用意するから……ッ」
ずきっ、と頭に痛みが走る。図書館の頃と比べてだいぶ人間的にまともになってしまった影響で、昔ほどの干渉力が出ない。多少なりともダメージはやはり、残る。完全に受け流したつもりで軽い飢餓感を喉の奥に覚える。
だが耐えられる範囲だ。
「酒クズ」
「うん、そろそろ未来が途切れる」
轟音、響く。
既に嵐の向こう側で怪獣大決戦が繰り広げられているが、それに続いてノア表層都市部でも新たな轟音が鳴り出す。視線を黒い津波に飲まれた邪神へと向ければ、空間が内側から折りたたまれるように砕けるのが見える。
『《次元圧壊》』
静かな音の響きと裏腹に、空間は限界まで折り畳まれて圧壊した。この1撃で数千を超える小口が一瞬で消滅した。空間そのものに作用する力はあらゆる存在の中でも上位の者にのみ許される絶対の領域だ。当然、時の神だった経験からチクタクマンにはこれぐらい出来る。
『出力:《次元断》』
空間を真っ二つに引き裂き亀裂を残す次元の刃が放たれた。文字通り必殺の破壊力を持つ攻撃は防御力無視、無敵貫通、耐性貫通、カット貫通と屈指の化け物性能を誇った最強クラスの単体攻撃だ。それが一直線に此方へと目掛けて放たれた。
それを建造物が遮った。
『成程』
「区間整理モード! おぢさんの権限を以て区間を入れ替えさせて貰う!」
ずごごごごご、と都市が動く。区間整理や拡張の為に機能として組み込まれた区間整備機能はこの時代であればまだノアが稼働している事もあり、ノトスの指示に従って動く。高速でノアの都市部を構築するプレートが入れ替わりズレ、それがチクタクマンと俺達の間の遮蔽物となって直線攻撃を防ぐ。
同時に、小口が殺到し続ける。
爆撃の様に小口がチクタクマンへと向かって飛びついて行く。それもチクタクマンが指のスナップで巻き起こす次元の破壊攻撃により処理されて行く。
残念ながら小口は単体だとそこまで強くはない。そしてチクタクマンは単体として非常に強い存在になる。小口がたとえ万集まろうとも、たとえそれが融合して大口に変貌しようとも、チクタクマンに勝利する事はない。
だからこれは、足止めでしかない。チクタクマンの動きを鈍らせて制限する為のもの。
問題があるとすれば。
『―――足止めにはなりませんね』
声は直ぐ傍まで来ていた。
チクタクチクタク耳障りな音が響く。幾重にも張り巡らされたビルの合間を抜ける様にチクタクマンは一瞬で距離を詰めて来た。ここまでやった所で足止めにならない。相手はそもそも裏ボス隠しボスエンドコンテンツの登場人物。
神話の虐殺者であり、恐るべき怪物。
『その動き方、極限まで私への攻撃を忌避しているのは遡行のトリガーが負傷度によるものだと理解しているからだと判断します』
視線だけをチクタクマンへと向ける。高速で巡る思考、次々と追加する布石。それを前に悠長に喋っている暇なんてものはない。チクタクマンもそれは理解しているだろう。だから此方を直視する。俺も喋らずに準備を整える。
『ですが貴方の未来は―――!?』
言葉が凍り付く。チクタクマンの視線が此方へと向けられてから続かない。理解したのだろう、未来が見えなくなっている事実に。女神の強烈すぎる視線が、一瞬でも此方へと向けられてしまった影響で未来の観測が死んでしまっている事実に。
見たいものしか見えない女が視線を向けてるんだから。
それ以外の物が見える筈がない。
小口の誘導と殺到はそういう副次効果を狙ったものでもあった。物量でチクタクマンを止める事は出来なかったが、未来観測を止める事が出来た。これで漸く目が潰れた。酒クズの未来視も機能しなくなるが、この際それは大きな問題ではない。
重要なのはこのカスの目が潰れて漸く奇襲が刺さる様になったという事だ。
「第2の矢」
『……!』
チクタクマンの足元が歪んだ。巨影が出現し、牙がチクタクマンに噛みついた。一瞬で拘束されたチクタクマンの姿は空へと引っ張り上げられた。噛みついたままそれを空へと引っ張り上げる姿は装甲に覆われたサメ―――。
『ノアズ・シャーク……この時代に連れて来たのですね……!?』
「―――」
答えない。だがこの時代にこのモンスターが存在していること自体が答えでもある。ノア攻略後、サンゴ迷路を造物エンジンで修復する事を条件にその命を懸けて貰う事にした。結果この時代に潜伏してついて来たノアズ・シャークは女神の視線によって未来観測が潰れたチクタクマンの意識の死角を突いてチクタクマンをノアの表層から引き剥がした。
ぎりぎりと鋭い歯が体に食い込み、チクタクマンの肉体を傷つける。それほどの力を込めなければ拘束から逃れられるという事でもある。そしてそれは同時にチクタクマンの遡行能力の条件が満たされるという事でもある。
Tack……Tack……Tack……Tack……。
カチカチカチ、と歯車が巻き戻る様なカチカチ音がする。チクタクマンの両手がノアズ・シャークに触れる。
「アレが……朽ちるって事かあ」
ノアズ・シャークの姿が末端から鉄へと変わり、錆びて行く。ノアズ・シャークの歯が食い込めば食い込むほど、更にチクタクマンの傷口が巻き戻って修復されて行く。そして回復すればするほどノアズ・シャークの肉体が朽ちて行く。
止める方法はチクタクマンを解放する事以外存在しない。だがノアズ・シャークは食らいついたまま、己の肉体を顧みる事無くチクタクマンをノアから引き剥がす。やがてその肉体が半分以上錆び鉄に変わり始めた所でその拘束力が解けて行く。
「SHA……A……AA……RK……!」
が、解放しない。己の肉体が不可逆の破壊を受けている事を理解しても解放しない。ハッチを開き、格納されていたニュークリアハリセンボン達が臨界状態で解放される。あのトンチキ生物たちがこんな風に利用される等露にすら思わなかったチクタクマンの表情が歪む。
『―――興味深い』
嵐の異空に核の花が咲く。
核兵器という概念が存在しない空と海にこれはギルティでは? いいえ、規制する法が此方の世界にはないからセーフです。全部持ち込みを許可した白紙の物語が悪い。そう言い訳しつつ見届ける空―――漸く、全ての準備が整った。
口を開く。
「ウェル」
「……!」
ウェルギリウスの《輪廻転生》!
海王はまた遠い未来で皆と会えることを約束された!
歪沢は《封鎖領域》のスキルカードを使った!
海王は《封鎖領域》を習得した!
ウェルギリウスの《サクリファイス》!
海王は死を迎え、新生した!
海王のステータスはリセットされた!
海王は《封鎖領域》を発動させた!
この戦場からは誰も逃げ出せない!
空を覆う爆炎が消え、漸くチクタクマンの姿が露わになる。バラバラに崩れた錆び鉄屑鉄がばら撒かれ、落ちて行く。チクタクマンが雨粒を足場に着地し、その視線を持ち上げる。
『成程』
この海域で繰り広げられているもう1つの決戦、その中心に運び出された事を悟った。あまりにも馬鹿げていて、スケールの違う発想。
「あら、羽虫が迷い込んで来たわね。でも良いわ。今の私凄く気分が良いの。貴方も試してあげる」
アリア=マリス。
『来ましたか、邪神。あの子供とノトスには感謝しなくてはなりませんね……ここで目障りな塵芥を未来の為に消す機会を得られるとは』
海王。
『……』
異形の食欲。暴食の怪物。不定形の味覚。生命の敵。存在するべきではない者。最も大きな一口。ワールドイーター。
そこに投入された邪神、チクタクマン。作戦が完全に決まって状況が構築されたのをノアの上から確認する。そう、俺達にチクタクマンと戦って勝つ為の手段がない。だから勝てる奴にぶつける事にしたのだ。
例えば直ぐ近くで発生してるこの世の終わりみたいな戦いをしてる連中にとか。
「そういう訳で、ここからは3つ巴の戦いだ」
アリア=マリス&ワールドイーターvsチクタクマンvs海王With俺。
「やり合おうか、チクタクマン、アリア=マリス」
「喜んで」
『感想:これは実に愉快な時間になりそうですね』
酒クズの首に巻き付いてた黄龍が飛び、元のサイズを取り戻す。ミレーナにその上まで運んでもらい、決戦地での足場代わりにする。その間に作戦通り酒クズ達は俺を残して艦橋へと向かって走り出す。
ここで、チクタクマンは逃がさず、遡行させず、確実に殺す。
「ここがお前の墓場だ」