―――同時刻、ノア都市部。艦橋付近。
「リーダーは大丈夫かなぁ」
走りながら心配そうにぼやくジャックに博士が耳をほじりながら答える。
「まあ、大丈夫じゃろう。あの少年の畜生っぷりはそう簡単に死なないタイプの奴じゃし。メタ的に見るとアレは主人公タイプじゃ。苦しんで苦しんでたくさん苦労するけどなんかギリギリで生きてる……って感じの生き地獄がエンディングまで約束される奴」
「不吉すぎる話するの止めません!?」
喋りながらも足を止める事はない。先頭を行くノトスが手を振るえば邪魔な建造物が区間移動によって消え、代わりに道が現れる。そうやって最短、最速のルートで前へと向かって進めるのはチクタクマンが《封鎖領域》の効果によって囚われ、ここにいないからだ。
尤も。
「奴の目標はみこっちゃんだろうからこの状況自体はどうでも良いのかもしれないわねぇ」
「ありゃあ剛三Jr狙いって感じじゃったからな」
「殺意よりは興味と仕事半分って感じかしら。どちらにしろ相いれない事実には変わりはないけどー」
「何にせよ、こっちも早く目的を達してリーダーの援護に回らないと」
尊と別れた別動隊は一直線に艦橋へと向かっていた。そこに海王の子とこの船の中枢が存在する。そこを目指さないことには何も達成できない。それを理解しているからこそ全力疾走で進んでいたが、近づくにつれてその巨大さを目の当たりにし始めていた。
「なんかタワマンがあるんですけどぉ!!! 船のぉ!!! 上にぃ!!! タワマンがあ!!!」
「タワマンじゃないよ。アレがノアの艦橋だよ」
「デカすぎんじゃろ……」
近づけば近づく程艦橋の異様な高さに理解が及ぶ。椿はそれをタワーマンションと評したが、実際、それだけの高さと大きさが艦橋にはあった。最上階付近にあるブリッジに階段で上がるのは嫌だなぁ、という全員の意思が体から溢れ出していた。
「おぢさんの時はまだ電力は通ってたけど連中の巣窟になってたからなあ……突っ込むときは覚悟しておくれよ……と、あららら?」
先導するノトスが艦橋の入り口が開いたままであり、その向こう側に立つ人影を見た。それが直ぐに同僚たちの物であり、ノトスに向かって手を振っているのが見える。
「船長―――!!」
「艦長! どこいってたんすか! ほんと! 探したんですよ!? どこに行ってもいないし!」
「いやあ、ごめんごめんご。おぢさんもちょっと忙しいもんで……それで状況は?」
ノトスが近づくと背筋を伸ばして若い戦士達が敬礼を取る。
「うす! 先ほどまでは中にはあのバケモン共がうじゃうじゃといたんすけど、何かに吸い寄せられるように全部出て行っちゃいましたよ! あ、でも少しだけ残ってます! 今掃討作戦を実行中です!」
「艦長、戦闘システムがダウンして海王様の支援が行えません。技師達は犠牲になってしまって俺達ではどうしようも……」
「お、ワシらの出番かな」
博士とジャックとラムシンが3人でポーズを取る。それを若い戦士達が眺める。
「あの、彼らは……?」
「心強い援軍だよ。彼らをブリッジまで連れて行って欲しい。力を借りて何とかシステムを復旧させるんだ。手が空いて動かせる連中は直ぐに海王様の支援にはいるんだ。あっちもあっちで強力な助っ人が参戦しとるからな」
「了解しました!」
敬礼すると若い戦士達が素早く博士たちをエスコートし始める。視線だけで意思をやり取りすると博士たちは去り、残された椿達は改めてノトスを見た。腕を組んだ老船長は少しだけ覚悟を決める様に深呼吸をした。
「うし、行くか」
「具体的にはどこに?」
「まずは若の回収だな。若は艦橋からしかいけない地下の巨大水槽の中で管理してる。そこから上の方にある隠し部屋に移送する予定じゃったんだけど」
「んー……」
椿がしばし虚空を見つめ、指先でぴん、と虚空を弾く。それから残された欠片を拾い上げて未来を確認した。
「もう地下にはなさそうね。これ、アンタじゃない? この時間軸のアンタが既に卵を運んだ……みたいね? 通路が見えるわ。通路で卵を抱えてる? 感じ?」
「えぇ? じゃあもう通路までは運んでるのぉ? というか今、おぢさん2人も居るんだけどこの場合どうなるの……? この時代のおぢさん消えたの? それとも同時に存在してるの?」
「さあ?」
経験した事のないタイムパラドックスに2人揃って頭を抱えて考えるも、クラマオウが溜息を吐く。
「悩んでいる場合か。今も戦闘は続行中だぞ」
「おっと、そうだったわね。隠し部屋の行き方は?」
「見た方が早い」
ノトスが再び先導する。艦橋に入って直ぐのホールは荒れており、戦闘の痕跡が随所に残っている。犠牲となった者達……運よくまだ形が残っている物は脇に一時的に退けられていた。それらをなるべく視界に収めないようにしながらエレベーターに乗り込むと、ノトスがボタンを順番に押して行く。
「えーとこれとこれとこれで、こう!」
順番にボタンを押し込むと、エレベーターが動き出す。最初は表示されていた数字が消え去り、通常では辿り着く事のない階層に止まる。ゆっくりと開く扉の向こう側、通路がノトス達の視界に入る。そしてその中央、半ば。
そこには石像があった。
「おいおいおい、面白れぇもんがあるじゃねぇか」
一切遠慮する事無くエレベーターから降りたスクナが石像に近づき、軽く拳でこんこん、と叩いた。それに続くようにノトスや椿も近づいて行く。
「これって……」
「あぁ、おぢさんだねぇ」
そこにあったのはノトスの石像だった。まるで本物のノトスが石化したかのような精巧さの石像がそこにあった。一歩前に、必死な表情で踏み出しながらその手には藍色の卵が大事そうに抱えられている。
「若は無事かぁ……ふぅ……」
石像ノトスが抱える卵を見て安堵の息が零れた。だが同時に新たな疑問がノトスの中で生まれる。
「……で、これどういう事?」
首を傾げるノトス、石像をこんこんと叩いて想像よりもずっと硬い事を面白がるスクナ、そしてそれを眺めながら椿が回答を出す。
「うーん……パラドックス対策かなぁ」
「パラドックス対策?」
うん、と椿が手を震わせながら答えた。ここに来てちょっと周囲が安全だから椿はアルコール依存症を発症していた。ちょっとだけ飲んで良くない? 十分我慢したよね? そろそろ飲まないとヤバイ。飲みたい。
手を震わせながら酒を取り出すと横から伸びたサクヤヒメの手がそれを掴んだ。駄目だった。
「同一時空に2人の同一人物を登場させない為の対策じゃないかしら?」
「手震えてるぞ」
幻覚じゃないよ。
「多分だけど……ノアでの事件は後世への影響がデカすぎるからタイムパラドックスが起きないようにしてるんじゃないかしら? これって時空への負担めちゃ重いらしいし」
「時空への負担かぁ……おぢさんには良く解らないなぁ」
椿自身も深く理解している訳ではなかった。だが深く時の流れに関連する力を持つ者として、その大まかな概要は直感的に理解している。
言語化出来ない所でタイムループとリープによって時空の接合性がズタズタのボロボロになりつつあるのは本能的に察せていた。過去ノトスの石化は状況の複雑化を回避する為の時空側からの干渉だった。
「まあ」
ノトスは己の石像に視線を向ける。
「何時までもこうしてはいられないか……良し」
そう言ってから、覚悟を決めて石像に触れる。
するとノトスの姿が光り、石像に吸い込まれたかと思うと1つになって本来の姿を取り戻した。元々は走っていたのだろう、残された慣性が急にノトスを襲い前につんのめるが、堪えると大事そうに卵を抱きしめて、一息吐いた。
「しかし前は生まれてた筈なんだけどなぁ」
「そりゃあこっちに干渉する時間がなかったからだろ」
スクナが肩を揺らす。
「あのおんぼろ時計、ずっと追いかけっこに夢中だったからな。こっちに手を出す余裕は案外なかったんじゃねぇか?」
その答えを知る方法はないが、結果として最重要目標の確保には成功した。白紙の物語によるタイムリープが行えるのは尊のみ、彼なら卵をそのまま現代に持ち帰ることも可能だが、この状況で大事な卵を抱えて走り回ることに安全性は保証できない。
ノトス達は素直に通路の奥を目指し、隠し部屋に到達する。
封印装置を迷わず起動させると、そこに海王の卵をセットし、封印処理を行う。元々やる予定だった処理があっさりと完了し、正史通り海王の卵は未来まで孵化する事なく眠り続ける事になった。
こうやって、ノア最後の希望は未来へと送られた。
全てが壊滅し、滅ぼされ、唯一自分だけが残される未来へ漂流する事になった。
果たしてそれは孤独か、或いは救いか。
その結末を変えられるかは今、ここに奮闘する者達に託されていた。
「……良し、ついでに孵化機の準備もしとくか。こっちはちょい準備に時間かかるから」
「うん!! お酒飲んで待ってる!!!」
お酒を椿が取り出すとそっとそれをサクヤヒメが回収する。泣きそうなチワワの目でサクヤヒメを見つめるが、サクヤヒメは静かに頭を横に振り、代わりにミネラルウォーターを手渡した。
「アル……アルコール……アル……アルルル……」
禁断症状を発症する者が出る中、尊のいない班は恐ろしいほどあっさりとその役割を終わらせていた。まるで誰が、何が嵐の、困難の中心であるのかを示すかのように。
「はあ、ブリッジに向かった方が無事だと良いのですが……」
サクヤヒメは椿がやや普段通りを取り戻しつつあることに頭を抱えている時、モンスター博士達はブリッジに到着していた。
本来であればここからノトスが指揮を執り、雄大な大海原を眺めながら航路を決めていたであろう場所は大量の血に染まり、残された僅かな人員が必死に復旧作業に励んでいた。
「クソ! ノアが反応しない!」
「簡単な指示には従うがマニュアルじゃないとほぼ反応しない! どういう事だ!?」
「おっと、修羅場みたいじゃの。しっつれーい」
軽い足取りで修羅場に飛び込むとるんたったっ、と歌いながら指をうごめかせ、近くのコンソールに触れる。
最初は反応を確かめるように。
次は言語を解析して。
3度目にはもはや言語を把握し、ブリッジの中で誰よりも早くシステムを把握し始めていた。凄まじい勢いでウィンドウが幾つも出現しては消え、それらに数秒間目を通した博士が問題を把握した。
「データが飛んでるのぉ」
「あぁ!? データ!?」
「正確には最適解データかの。何百何千回と繰り返して学習されるべき数字や傾向といったデータが空っぽじゃよ」
「んなわけ……!」
ブリッジのクルーが必死にコンソールを叩いて確認すれば、システムに異常なんてないことが直ぐに判明する。足りないのは創成期より運行されてきたノアの経験だ。
それがごっそり消えていた。
「ばかな……! 消せるようなもんじゃないぞ!」
「やあ、すまない。こっちでも確認してるけど確かに消された痕跡はないね」
「つまり消さずに消した、という事か? んなアホな」
いやいやいや、と博士が否定する。
「恐らく時計男の仕業じゃろ。遡行も加速も停止も出来るなら学習前の状態までデータを巻き戻すことぐらい出来るじゃろ。いわゆる経験逆行とでも呼ぶべきかの」
「ざけんなっっ!!」
拳がコンソールに叩きつけられる。この世で最も堅牢な船、ノアのシステムのバックアップを取れる媒体なんてものは物理的に存在しない。取ろうとして取れるもんじゃない。
ノアを無力化するには最善とも言える1手。積み重ねられた歴史を無に返す悪辣さ。それはノアの戦闘運用が出来なくなる事を意味する。
「不味いぞ博士。システムがこのままだと現代に戻った時ノアを使えないぞ」
ラムシンの指摘に現代トリオが頭を抱える。
当然、ノアの細かい操縦なんてものは出来ない。ノトスでさえそれは不可能だ。だから細かい航行はノアのシステムに補助させる前提となっている。
人員が全滅している未来で、ノアのシステムが死んでるならどう動かせば良い?
沈黙がブリッジを満たす。
それから数秒経過し、じゃ、と博士が口にする。す、と白衣の内側に手を突っ込み、記憶媒体を取り出す。
「サメ映画とかどう……?」
「イカレてるんですか? 僕はこれを提案しますよ」
そう言ってジャックは携帯ゲーム機を取り出した。
「なんと宇宙で漂流する宇宙船の中でクリーチャーと戦うゲームです。これならシチュもばっちり!」
「若いな……」
ラムシンも新たな記憶媒体を取り出す。
「日本のスーパーロボットは何時でも勇気をくれた……! 大戦もいいぞ! 勇者ロボもいいぞ! これなら正義の心を学んでくれるだろう!」
「じゃあ僕も秘蔵のアーマードロボを出すよ!」
「はああ!? じゃあワシも来る前にDLしてきたメイドご奉仕ASMRで仕える喜びを学習させるわ!!」
「待て待て待て!! アンタら何をしてるんだ!? 何をしようとしてるんだ!?」
ブリッジクルーが声を上げて3人の奇行を止めようとする。この時点で、3人は既に共通の解決策を見出していた。だからそれを代表として博士が口にする。
「何、って……学習じゃよ」
「学習!?」
そうじゃよ、と言葉が続く。
「データが消えたのなら埋めれば良い! 参考になりそうなデータを与えてな! これほどの高性能システムだ、教材を与えればそれをベースに学習させられる! そしてこういうのは娯楽が吸収効率が良い! だって面白いもんね」
実際、今からまともな教材を調達するだけの余裕なんてものはなかった。だったら手持ちで良い教材になりそうなものを与えるしかない。それで経験を埋め、学習させる。後はノアのシステムが勝手に進化と修正を行う。その発端を与えれば良い。神の生み出した箱舟だ。
なんか……こう……イイ感じにしてくれるだろう! そんな希望的観測が3人にはあった。というか通らなければお手上げであった。神の造物を根本から弄るのは人類にはちょっと無理です。
「だとしてもお前だけはねぇよ!!」
チョップで博士の握ってた記憶媒体が叩き落され、しょんぼりする。残されたジャックとラムシンが頷きあい、祈った。なんかいい感じに学習してくださいね。
祈ってから止める声を無視し、いざ、インストール。
技術者は成せることを全て成した後に往々にして祈り、こう口にする。
な、なんとかなってくれ―――!