1撃。
たった1撃だった。
それだけで戦線は崩壊した。それほどまでに力の差が存在した。前座は終わったと言わんばかりの1撃は一瞬で形成を逆転した。全能者の1撃は宇宙規模の力だ。それをどうこうしようとする発想自体が間違っている。だからこれは当然の結末であり、見えていた結果だった。
それでも俺は―――その結果を確認せずに、視線を宙へと向けていた。
「逝ったか―――!?」
女神が止められない事は既に承知の上だった。重要なのはワールドイーターとチクタクマンの方だった。あの2体は殺せたかどうか。そこが一番重要だ。だから崩壊する戦場、崩れるノア、倒れる海王、その全てを無視して宙を見上げる。
星の外側で主砲を受けて消し飛んだ二つの影。
それが二つとも再生を始めていた。片方は恐らく遡行して。もう片方は次のフェーズへと移行して。ワールドイーターはある程度予想出来たが、チクタクマンがアレで殺しきれなかった事は意外だった。脳内でダメージ計算している範囲では殺せる筈だったが……何故殺しきれていない? 火力が足りてない? いや、オーバーキル気味に叩き込んでるから足りてる筈だ。
「ッ」
痛みが腕を走る。右腕を見ると指先から屑鉄に変わって行く。恐らく今の遡行、対象を俺に絞って呪いを移して来やがった。しかも相手は宇宙に居る。ここからは干渉出来ない距離に居る。詰みだ、普通に考えればもう手立てはないだろう。
だが。
「リーサルの時間だって言っただろ」
無から肉体を再生するワールドイーターは青いオーラを帯び始めていた。竜王に殺されて以来のピンチに、そして極限の飢えを前にワールドイーターはかつて食らい、消化した筈の天父の力をオーラとして纏い始めていた。
そしてそのままばくり。
横で遡行途中だったチクタクマンを食った。直後、俺の右腕の変化が消え、元の普通の人の腕に戻った。呪いの張本人が消えたから呪いそのものが消えた。これで確実にチクタクマンが死んだことは確認できた。
「ゴミはゴミ箱に、と―――だけどアレはどうするかな」
黄龍も無傷で済まなかった。体がちぎれて落下し始めている。アリア=マリスを見れば楽しそうな笑みを浮かべて此方へと向かって手を伸ばしてきている。殺す為か、攻撃する為か、或いは手に入れる為か。どちらにしろロクな理由じゃねぇだろ。
コイツさえ参戦しなければワールドイーターはこのまま最終形態まで全部処理出来そうなんだよなぁ。海王とノアの戦力、思ってたよりもかなりやれる。ハメ前提だけどワールドイーターはいけそうな気がする。問題はこのゲロカス女がそろそろ見てるだけじゃ限界って所に来てる事か。
「貴方の可能性を……見せて?」
「……引き上げる隙あるかなぁ」
チクタクマンを首尾よく始末出来た……というか現状これが唯一の解だったと思うんだけど。それはそれとしてこっちの女まで吊り上げるのはマジいらねぇんだよなぁ。
「そんな事言わないで」
「口にしてないから言ってないよ」
「つまり……私が必要……って事なのね?」
「無敵かコイツ?」
『そもそもまともに会話が通じる相手であれば世界はこのような事になっていませんよ』
流石ですね、海王様。罵倒の仕方がとても優雅ですね。一瞬でこの女のボケカスっぷりを説明してくれてありがとうございます。
『それと……もうここまでで結構です』
海王を見上げる。
「良いの?」
『えぇ……貴方がいなければここまで戦う事も出来なかったでしょう。感謝します、遠き空より来た友よ。貴方は私達に僅かな救いと希望を残す時間をくれました』
視線をノアへと戻せば、ノアから小舟が出て戦えない住民たちを逃がしているのが見えた。全滅する本来の歴史と比べれば、多少は救いのある結末にはなるのかもしれない。女神とワールドイーターによって蹂躙される結果に変わりはないが……それでも僅かに残るものがある。
『だから、貴方は貴方の時代に帰りなさい。後は任せなさい』
たった1撃でズタボロになった海王の肉体は再生が始まらない。本来であれば海にいる限りほぼ無敵に近い生物だったが、それがまともに機能しなくなっている。それほどまでに先ほどの1撃で根幹とも呼べる部分が破壊されてしまったのだろう。
それでも、海王の姿は何よりも美しく、そして格好良く見えた。無言でその姿に敬意を表し敬礼を取る。それから白紙の物語を手に取り、それを握りしめた。
「そ―――ら―――よ!」
それを迷わず、女神の顔面へと向かって全力投擲!
尊の攻撃!
アリア=マリスは回避を放棄した!
アリア=マリスに1のダメージ!
ぽっこーん、と顔面に物語の角が突き刺さり、史上初めて女神にダメージが通る。予想外の衝撃に女神が仰け反り、きゃー、と声を上げて楽しそうにダメージを受ける。衝撃で戻って来る物語をキャッチしつつ、ノアへと向かって飛び出す。
都市上層部へと向かって落下を開始する。戦士団が、避難民が、再生を開始するノアが目に入る。だがこの景色も見納めだ。チクタクマンのカスは殺しきったし、ノトス側も目的は果たしている。この時代にはもう用はない。
それは解っているのだが……それでも後悔は残る。
もっとなんか出来たんじゃないか? もうちょっと良い結末を選べたんじゃないか? そんな想いがある。だが結局の所、女神がこの時代、この場に居た時点でこれ以上の結末は存在しないという事を一番良く理解しているのは俺なのだ。
『貴方は貴方の戦場に。私は私の使命を……未来を繫ぐことを果たしましょう。未来に祝福を……我が子を頼みましたよ』
海王から優しい力が放たれた。身を包む暖かな感触。それを振り払うように白紙の物語を掲げた。
「タイムリミットだ……白紙の物語よ、俺達を未来に戻してくれ」
時の幕が降りる。
高速で景色が移り変わってゆく。その中でノアの運命、結末が流れ、見える。
『悪くない物語だったわ。期待のできる結末だった。何よりも私は何も間違ってないと確信した。これで心置きなく世界を滅ぼせるわ』
女神はそう言って力を振るった。再生したワールドイーターは時の権能すらも身の内に取り込み、それを使って来る。その前に海王とノアは長続きしなかった。
力無き者が逃げられるように、最後の最後まで抵抗し……海王は何度も何度も捕食され、ズタボロになって海に打ち捨てられた。その大部分は飽きるまでワールドイーターに食い荒らされ、残された残骸は未来へと厄災として残された。
ノアもまた砕かれ、一見修復不可能になるレベルまで破壊し尽くされた。造物エンジンは己の役割がまだ、遠い未来に存在する事を理解し止まるその瞬間まで船体とまだ生まれてない王子の眠る部屋を必死に守り、海底に沈み漸く沈黙した。
高速で過ぎ去ってゆく歴史の中、アリア=マリスの視線が時の幕を超えて突き刺さる。
『会いに行くわ。例えどれだけ遠い空、遠い未来だろうと必ず貴方が居る未来に―――』
伸ばされた手を、時空を超えた斬撃が弾いた。強烈な神威を感じるそれは間違いなく同一存在による全能の1撃。
掌から血を流した女神は楽しそうに笑うと手を引っ込めて己の時へ帰った。
そして世界は再び現代へ戻る。
深海、保護システムの残骸により都市部は水圧等から守られていた。所々水没するも、未だに形を保つ都市は先程の決戦を思わせる姿をしていた。
チクタクマンのいない状態ならもはやこそこそしている必要はない。俺の自由落下をミレーナが受け止め、都市部に居た酒クズと合流する。
「みこっちゃん、無事!? 生きてる!? 錆びてない!?」
「おわっ」
ミレーナの手で都市部に着地すると凄い勢いで酒クズにベタベタ触られる。それから俺を観察してふぅー、と息を吐いた。良く見ると頭から血を流している。
「あー、良かった。少しボロいけど無事そう」
「海蛇がずっと側に居たんだから心配する必要なんざねぇだろ」
「だってあの女マジで視線が強すぎて周りの運命全部視線の圧力だけで潰してるんだもん!! マジで怖いんだよアレ!?」
スクナに猛反発する酒クズとか中々珍しいもんが見れた。だけど視線の圧力だけで運命を捻じ伏せる……か。やはり全能の神は生命として立っているステージが違う。根本的に勝ち負けの決まる領域にいない。
じゃんけんで核兵器を持ち出すようなもんだ。話にならない。
「そこまでです。私のマスターにそれ以上必要なく触らないように。私のですから」
「お前は俺のだけど俺はお前の所有物じゃないぞ」
そう言うとミレーナがくねくねしだした。そっちパターンでもいいんだ。
チビがララの死体を口に咥えて持ってきたのをぺっ、と吐き出した。それを蘇生させる。落ちてきた黄龍も蘇生して、これで全員無事かな? 後は技術トリオとノトスだけか。
「託されているものが沢山ある……皆が待ってる、この冒険を終わらせに行こう」
ノアでの戦いと冒険も、いよいよ終わりが近い。