やる事があるうちは時間は早く過ぎて行く。
次のスタメン枠を確保しに行くのはCランクに上がってから、それまではDランクに集中するとなるとやる事はバトルのみ。そうやって毎日勝負と育成を繰り返して時間を過ごしていれば、時間は瞬く間に過ぎていた。
「―――えー、明日からいよいよ夏休みとなります。中学1年生の夏休みは何かとハメを外しがちですが、なるべく当校の名を背負っているという事を忘れず、正しい姿を心がけて行動してください」
「先生!!! 駆間中に守る様な品位とかは聞いた事がありませぇん!!!」
「そこ、酷い事を言わない。先生は君たちの若いリビドーが一時の過ちを犯さないかを心配しているだけなんだ。良いか? 人間はまだ良い。だけどモンスターは止めろ。此方側の世界に戻って来れなくなるぞ」
夏休みがいよいよ始まるという所で最悪な話題が上がってきている。でも正直、話の続きは気になる。
「先生の友達も初体験は美少女系モンスターで済ませちゃってなあ……その結果、人間って実は不要なのでは? という事実に至ってしまって、そのままダンジョンの奥へとモンスターを連れて消えて行って……」
「これ、もしかして夏の怪談ですか?」
「そういう訳じゃないがハマると人生が終わるからな、気を付けろよ。先生は止めろ、としか言えないから。……余計な話をしてしまったな。それじゃあ夏休み! 羽目を外さない程度にアルバイト、バトル、青春を楽しむと良いそれでは解―――」
と、先生が言葉を終わらせようとした瞬間、クラスの中に割れ目が生まれる。空間の揺らぎ、それはダンジョンゲートの出現だった。間違いなく大事故や事件に繋がる学校内での出現、悲鳴が上がってもおかしくない瞬間。
俺達は冷静に机を退けて空間を作っていた。
「最終日にまでダンジョンが出て来るのかよ」
「最近は頻度が高いなあ」
皆がそう言っている間に教卓の下から先生が手りゅう弾を何個か取り出し、それをダンジョンゲートの中へと投げ込み、二挺拳銃を装備、そのままゲートの中へ向かう。
「それじゃあ先生は夏休み前に最後の残業をするぞぉ! 暇な奴は今日のモンスター当番の先生に援軍要請をしておいてくれよな。それじゃあ改めて解散!」
直後、パァンパァンと銃声を響かせながら先生の姿がダンジョンの中へと消えて行った。それに続くように窓の外から学校が護衛用に置いているモンスター達が入り込み、次々にダンジョンへと突入して行く。
その光景を無視して、クラスメイト達で集まる。
「いよいよ夏休みだな! やーっと学校のない自由な時間が取れる! 今年こそ作るぞ、彼女!」
「学外の彼女を作るのか? 難しそうだなぁ」
「海に行けばイケるイケるって! 声を掛けられるのを待ってる女の子がいっぱいいるって!」
「どうだろ……鴉羽、お前は? 夏休みなんか予定あるの?」
学校の時間が終わった解放感に少し浸っていると、見慣れたクラスメイト達が勝手に席の周りに集まって来る。何時の間にかだべる時は自分の席の周りに集まるようになってしまった。夏休みの予定かあ、と零す。
「久遠が海に連れて行くってずっとテンション高めにプッシュしてるんだよね。それ以外は特に予定はないかな? 何時も通りランクマ流して、週末大会出て、無差別級で暴れられるだけ暴れる感じかな」
「頭駆間、って感じだな……お前……ほんと良くそんな毎日バトルしてて体持つな」
「そういう所素直に尊敬するよ。バトルは好きだけど流石に毎日は持たないかなあ」
「うんうん」
この世界の競技人口、そしてランク残存率を考えると後発組……というよりはまだランクが上がって日の浅い俺ではそこまでポイントを稼げてないという認識なのだ。C認定が出来るかどうかは結局のところ抽選次第。9月を逃したら次は12月。どんどん上のランクが遠のいて行く。
「早くBまで上げたいんだよね」
「Bに?」
「あぁ、Bからは3対3のバトルになるからな。ここからが面白い」
Cはまだアマチュア、Bからはプロフェッショナルの世界。3体のモンスターを同時に指揮する他、戦闘フィールドがダンジョン構造になる結果、マスターにとっての安置もなくなる。今までは指揮所から指示を飛ばしている形になっていたが、Bからは広いフィールドが戦場になる。
殴ったり投げ飛ばしたりで離れたモンスターへと指示を出すには自分から近づく必要があるし、攻撃が飛んでくる可能性もある。危険度は一気に上がるが、3体の役割分担によって戦略性も跳ね上がる。
例えば死神のウェルギリウスはどっちかというと3体目か4体目に配置するタイプのモンスターだ。2対2のF~C環境だとフルスペックで活躍するのが難しい。だからさっさとBまで上げたい。そこからが楽しいから。
「鴉羽はすげぇよな、先の事を考えてて。俺とか将来の事とか何も考えてねーもん」
「それが普通だと思うよ。ウチは……ちょっと普通じゃないからな」
「美人の婚約者がいるしな」
「牧場持ちだし」
「成績だって良い」
「だけど驕らないし、奢ってくれる」
「完璧超人か? ちょっとはその……なんというか……アレをこっちに寄こせ!!」
「ははは、アレってなんだよ」
自分の外から見るとこんな感じなんだな、とちょっとだけど感心する。確かに外面だけ見るならだいぶ良い感じになってる。だが結局は仮面でしかないのだ。それを仮面だと俺が思っている限りは、どことなく遠く……別人の話の様に感じる。
「待たせたなミコト、帰りに商店街に行こう。少しだけ下見をしたい」
「はいよ。んじゃ、またなお前ら」
「じゃなー」
「またなー」
「一緒に海行こうぜ、海! 鴉羽はツラが良いから絶対にナンパに使えるって」
久遠の前でそれを良く言えるなお前。
クラスメイトの無謀さに感心しつつ、鞄を手に取って教室を出る。
久遠と並んで教室を出るのも、帰り道を歩くのも、それをちょっと離れた所で隠れて見守っているミストドラゴンの姿も、すっかり慣れてしまった。学校の皆も既にこの光景に慣れているからか最初はからかっていても、今では完全に日常風景として受け入れられている。
それでも久遠は偶に他の男子から告白されるらしいが。
「いよいよ夏休みだな。ミコトは海は好きか?」
「どうだろ、人並って感じかな。そこまで好きって訳じゃないけど嫌いでもないよ」
「そうか……まあ、駆間の夏は特別だ。去年貴様が来たのはもう夏の終わりごろだったな。あれでは駆間の夏なんてものは楽しめなかっただろう? 今年は安心すると良い、私がお前を楽しませてやろう」
「もう十分持て成されている気もするけどね」
「まだまだ、まだだ。お前はまだこの駆間の楽しい所も良い所を全然理解していない。真の駆間リストを名乗るにはまだ早い!」
「何その特殊な称号」
「貴様にもわかるさ、そのうちな……」
こういう時は大抵中身がなんもないんだよなー。
学校を出て少し歩けば駆間市の商店街にやって来る。近くに大きなデパートがある為、さびれている―――という事はなく、付近の人はこっちの商店街の方が馴染みが深いため、コッチを利用する方が多くその影響で結構賑わっている。
デパートでは絶対に見つからない様な商品や店、イベントも良く開催されていてそれが駆間商店街の魅力でもある。
そして今日も駆間商店街はイベントで炎上していた。
盛大に。
というより物理的に。
「……燃えてるな」
「ああ、燃えてるな」
物理的に商店街が大炎上していた。あちらこちらに炎が撒き散らされ、商店街の奥では巨大な魔獣が暴れ回っているのが見える。3つ首の魔獣―――ケルベロスはその3つの頭から炎を吐き出し、商店街を火の海に沈めていた。
その景色を前に、俺達は冷静に鞄の中から個人用の小型酸素マスクを取り出し装着し、酸素が薄くなり始めている商店街に入って行く。熱の方はこっそりと見守っているミストがヴェールを送ってくれるため、特に感じる事がない。
そもそもこの商店街はレイド多発地帯だ。普段からよくレイド級モンスターが出没する為、商店街の建物は結界やバリアなどで保護され、商店街の店主たちは全員戦闘手段を備えており、通りすがりのマスターたちもレイドを期待して良く買い物に来ている。
そりゃあデパートに売り上げで負けない訳だ。
命が惜しくないのかこいつら?
「お、久遠ちゃん尊くん放課後デートかい? どうだい、揚げたてのメンチあるよ!」
「お、いいな。丁度小腹が空いて来たんだよな」
「では1個買って2人で分けるか」
肉屋おじさんにお金を渡している間に後ろから叫び声が聞こえてくる。
「定数デバフ効果なし!! 通常デバフ効果なし! ステータスデバフ通じないぞこいつ!!!」
「カスみてぇな耐性しやがって!!」
メンチカツを半分に切って貰ってから塩を軽く振って食べる。あまりでかいのを食べると晩御飯の邪魔になるが、これぐらいだったら特に問題はないだろう。肉屋のおじさんに手を振って別れを告げながら今度はレジャーグッズを見に行く。
「睡眠ダメ! 麻痺ダメ! 石化ダメ! カス&カス! なんか通れ―――!」
レジャー関係の店の前は燃え盛る炎でちょっと通りづらかったが、通りすがりのイケメンが消火器で炎を消してくれたおかげで店の中に入れた。流石に需要を理解しているのか店内には海で遊ぶための道具がたくさん置いてあった。
フロートやビーチボール、シュノーケルにダイビンググッズまである。いや、これは探索用と書いてある。水中系のダンジョンの為の道具も売ってる……これは割と気になる。
「ディレイ通るじゃん!! 雑魚が!!! ディレイ通す雑魚が!!! なんで遅延耐性持ってないんですかぁ!? 今からお前をハメます!! 死ぬまで永遠にハメます!! お前は今から30人以上のマスターに囲まれて死ぬまでハメられるのだ!!!」
「ハーメ! ハーメ! ハーメ!」
「オラ! 死ね! 通行の邪魔だ! タイムセールに間に合わなくなるだろうがッッ!!」
「あ、水着も置いてあるぞミコト」
「水着の種類は流石にデパートの方が多いんじゃないかなぁ」
店主が裏から結構きわどいタイプの水着を取り出し始めた所でミストママからNOが出て霧が徐々に店主の首を締めあげ始めてた。それを俺達は無視して他のレジャーグッズも見てみる。このバナナボートとかいうのは個人所有するタイプのものだろうか?
「しゃあ! ハメ殺し! 完! あ、3体に別れた」
「うわぁー! 耐性が切り替わっててハメ殺せねぇー! 死ね―――!」
罵声と怒号が永遠に鳴り響く中、放課後デートを楽しむ俺達は窓の外から見える地獄絵図を見て微笑む。
駆間の夏がやって来た。