たん、たん、たん、と歩く。
月の海からノアへ。
あの時は侵入する形だったが、今は堂々とメインゲートからノアに乗り込む事が出来る。深海にあった頃のダメージは全て修復され、今では美しい都市艦の姿を見せている。正面ゲートからは艦内各所へと移動する為のワープポイントが用意されており、ここから自由にノア内部を転移して移動する事が出来る。
人類に必要すぎる技術。
死ぬほど走り回ったノア内部も、この力があれば一瞬で中枢まで飛ぶ事が出来る。
という訳で今回はブライアンとそのモンスターを引き連れて向かうのはノア内部、新たに増設されたモンスター合体用の超巨大スペース。それも駆間の奴よりも遥かに広く、デカい奴だ。駆間だと協会を粉砕しながら合体するしかなかった奴も、ノアであれば余裕をもって合体させる事も出来る。
これが地上の設備ならごちゃごちゃした大量の機械が必要になる。
だがここはノアだ。
部屋の奥にはノアの一番奥、その中心に設置されている造物エンジン―――即ち創造主の権能そのものが揺らめく光として存在するのが見える。部屋は広く、足元には合体を行う為の文様が描かれており、機械らしい機械は何もなく、存在するのは三つの台座だけ。
そしてそれがモンスターを乗せる為のものと、合体したモンスターが出現する為の台座だと解る。
モンスターを引き連れて来たブライアンが辺りを見渡し、普段見る設備との違いに驚かされる。そうやってブライアンが辺りを見ている間にも外とは別個体のミニノアがやって来る。このミニノアは本日のアシスタント担当。
「で」
ブライアンがこっちを見る。
「担当者は? モンスター博士か? それともジャックか? 或いはラムシンか? アイツらだろう? ここの突入組で合体が出来そうなのは」
「あぁ、うん。残念ながら博士は今再合体システムを汎用化させて人類で扱えるレベルまでダウングレードする為に本部に引きこもってる。ジャックとラムシンは2人とも本部に拘束されてて中々自由に出来ない。だから正式な合体担当は今ちょっと選出中なんだよね―――」
だから、と、白衣をミニノアから受け取って、それに袖を通す。
という訳でね。
「この世で一番モンスターの事を理解し、網羅している俺が今日の担当だ」
「なんと」
ブライアンが今度こそ本当に驚いた表情を作った。まさか俺がモンスター博士のまねごとをするなんて思ってもいなかったのだろう。だけどね、この世界で最もモンスターを把握し、データを知り、そして効率的なレシピを理解しているのはこの俺なんだ。
技術云々を抜きにしたらこれが俺の天職だと思うよ。
『現状、当艦は運用の為の前準備段階に入っており、信用の出来る人員の整理と配置をこれから行う所です。ジャック、ラムシン、及びモンスター博士は立場として不自由な所があり、正式な人員を配備できるまではドライバー:鴉羽尊が当該施設を運営するのが最も信頼できると判断しました』
「まあ、俺も忙しくなるから何時も居られる訳じゃないけどね。昔、ノア勤務だった魔本の従僕さんがいるから、この業務もそっちに引き継ぐ予定だ。俺が今回ここを担当してるのは……まあ、ちょっとしたサプライズ?」
ダメ? って聞くと、いいや、と返される。
「お前が担当だったら安心できる。ここなら情報も洩れないだろうしな」
そう言ってからブライアンは溜息を吐いた。まあ、大変そうだね、永世GMの合体事情って。
「合体しようとすれば止められるし、常に誰かが確認すると言ってくるわ、勝手にプランナーを付けて管理しようとするわで大変だぞ? しかも合体した後に元のモンスターを保護する為、とか言ってレシピを聞き出そうとしてくるまであって大変だぞ」
うへぇ、という声が漏れる。
永世GMを生みだしたモンスターというのはブランドとして、象徴としても別格の意味がある。俺の視点から見るとブライアンの手持ちというのは別にそこまで特別なものではなく、サンダーバードの専用マスタースキルが突出して強力な事で機能していると見ている。
そう、ブライアンの軸はどう足掻いてもサンダーバードなのだ。サンダーバードを中心にブライアンの構築は回っている。これを切り替えるという事は戦術の中核を失うという事でもある。
俺は視線をブライアンから、その背後にいるサンダーバードへと向けた。リラックスしている時は電気を纏わない雷鳥は一切の雷光を発しておらず、大人しい様子を見せている。その目を見ればサンダーバード自身、今日は覚悟してこの場にいるという事が解る。
サンダーバード自身が納得しているのであれば、俺が言う事は何もない。覚悟や出会いと別れはマスターに付き物だ。だから俺は別の視点でブライアンに疑問を投げかける。
「ブライアン、解っていると思うけど専用マスタースキルは俺からしても未知の部分がデカい。この技術はマスターとモンスター、双方の協力が必要なだけじゃない、モンスターのマスターに対する理解も必要になってくる。マスターがモンスターを理解し、モンスターもマスターを理解する。これは単純に性格とか趣味とかそういうもんだけじゃない、生物として、人物としての本質な部分の話だ」
俺が専用マスタースキルを使えないところは、この一点にある。
俺が俺自身を理解できない事、そしてそんな存在を他の奴が理解できる筈もない。
だから俺には専用マスタースキルが使用できない。これは我は我、と俺が自分の存在を言いきれるようになるまでは永遠にできない事だろう。もし、俺の事を底から理解できる存在があるとすれば……それは灯か、久遠の事ぐらいだろう。
ウェルギリウスは……意図してこういう理解を放棄している感じあるんだよね。あいつは半身だから一番俺に近い場所にあるけど、もう半分は死神としての本質だ。だから俺に近づこうとしない部分がある。俺がそれに引っ張られるからだ。
「続けて言うぜ? 今のブライアンの戦術はすべてサンダーバードの3回行動を軸にしてる。インチキの極みって言えるし、事実上ボスモンスターと同じような事が出来るってのはだいぶ酷い話だ。そんなサンダーバードを合体させるって事は戦術のコアの部分を失うって事だ」
解っているだろうが言う。
「合体したモンスターは厳密には元のモンスターとは違う。記憶や経験、意識を引き継いでも本質的にはよく似た別人に近い。だからサンダーバードと一緒に編み出した専用マスタースキルは使えなくなる可能性がデカい……というか使えなくなるだろう。そうなると今まで構築した戦術は崩壊するし、パワーだって一気に落ちる」
それでも良いんだな、とブライアンに聞く。それにブライアンは迷う事なく答えた。
「これは……ずっと考えていた事だ」
サンダーバードの首を撫でると目を細め、気持ちよさそうにブライアンに寄り添った。
「俺のマスターとしての戦術は言ってしまえばパワースキルによって大幅にブーストされているものだ。3回行動、S帯で見てこれは単純にモンスターを2体増やすのに近いパワーがある。厳密には違うだろうが、結果としては同じだ。そして俺が明確に感じているものがある」
それは。
「このままでは俺の成長が出来ない」
3回行動という究極のパワープレイ。
戦術としてみるなら採用しない手はないだろう。
だが、強い力に依存するのはどのようなゲームであっても危険が潜む。
「俺はこの力に依存しすぎている。3回行動からの合体魔法……これが恒常的に出来るのは戦術的にあまりにも強すぎる。このパワープレイに俺は慣れすぎた。これを切り離し、喪失して脱却しなくてはならない。そうしなければ俺自身の成長は望めないだろうな」
成長。
ブライアンはまだ満足していないし、この先がまだある事を良く理解していた。
そう、海王事変で理解した事でもある。まだまだ上の領域はあるし、現行の人類は最上位帯の存在と戦うには力が不足している。ブライアンは今、世界のトップとして立つ最強のマスターである事に疑問はないだろう。だがそのブライアンでさえ海王相手にはまるで相手にならなかった。
「サンダーバードでは力不足だ。もっと強いモンスターが必要だ」
これに尽きる。
3回行動とインフレ前の環境での無双にブライアンは慣れ過ぎている。後期のインフレを視野に捉え、自分とモンスターのさらなる強化が必要である事をこの男は見越していた。その為にブライアンはサンダーバードという唯一無二性を失う事を決めた。
……その覚悟は並大抵のものじゃないだろう。
「サンダーバードは肌に合う良いモンスターだった……長年の俺の相棒でもある。だけどお前が知る通り、サンダーバードのステータスは決して優秀なものではない。両刀と言ってもステータスはどっちつかずと言えるし、もっと優秀で強力なモンスターが存在する。合体魔法だって3回行動という特性を利用して成立しているだけで、サンダーバードの戦術コアは元々オーバークリティカルとも、合体魔法とも合致しない。これからの環境で戦う上ではこの二種類をコアに据えられるモンスターが必要だ」
その為には、と続く。
「クイーンバンシーの再合体でスキルだけを更新し、歌唱技能のアップグレードを果たす。オーバークリティカルと合体魔法を見据えたサポーターやヒーラー、タンクを作成する。そしてメインアタッカーを明確に新環境に適合した固有スキルを持つモンスターにする事が必須だ」
クイーンバンシーの種族を変更しないのは《アイドル》等のスキルを更新する意味合いがある。
《アイドル》系統のスキルは一定以上の知名度を保有した状態で合体する事によって合体時に出現習得するスキルだ。この知名度という部分が非常に厄介で、合体して異なるモンスターに変化した場合、この知名度部分が大きく損なわれ、失われるのだ。
その為、再合体でクイーンバンシーは変更する事が出来ず、クイーンバンシーで知名度を稼ぎつつ数回合体させる事で《アイドル》から《スーパースター》へ、更には《コズミックアイドル》等の最上位歌唱スキルへと進化させる必要がある。
クイーンバンシーのもっと歌唱に適したモンスターへの変更はそうやってスキル更新を終えた後になるだろう。永世GMという名声は凄まじく、知名度も高い。だが殿堂入りした結果公式戦の数は減っている為、ある意味知名度をモンスター単位で稼ぐのはちょっと面倒になっているとの事。
そういう意味ではノアで出来る再合体はブライアンにとって非常に助けになる機能だった。
「現状、歌唱とのシナジーを組んだ構築が他にはないS帯での俺だけの強みだ。これをメインにして歌唱バフを絡めた構築へと切り替える。何せこのままではこの先の戦いに俺はついて行けなくなる。それだけは断じて許せん」
「おう」
覚悟を決めてきた男に俺はこれ以上告げる言葉を持っていなかった。その代わりにミニノアが投影したパネルをタッチし、合体システムを起動させる。ブライアンとの合体談義に関しては日常的に、それこそ100回じゃ足りないぐらい話し合っている。用意されているモンスターを見れば何をどうするのかが良く解る。
「さて、それじゃ……」
「ああ」
モンスターを、台座へと導く。
「合体を始めようか」