デパートでのミニライブは成功だったかどうか、という話をするとエデ単体のビジュアルとしては人気だが、歌に関しては良いスキル覚えているとやっぱ歌唱力も違うんだなぁ、とかいうコメントが結構多かったのであまり成功とは言えない結果だった。
ミニライブを開催した結果エデは少し落ち込んでしまった。彼女の歌はスキルとして付与されたものだ。本来のエデが磨き上げた技術ではなく、元となったモンスターが習得していた技術でもない。歌唱バッファーとして有名になるにつれ、エデの中にこれは自分の力ではないのではないか? という疑問と恐れが生まれていた。
上手く使えるならそれで良いんじゃないか? という意見は確かに多い。だが歌唱は戦術的な意味合い以上に、エデのモチベーションとアイデンティティー的な部分を大きく占める。エデがこれを否定し始めると、場合によっては歌唱できなくなってしまう事さえ起きかねない。
無論、そこまで考え込んで悩んで壊れてしまう事はまれだが、そういう可能性が見えるのなら先に対処するのがマスターの務めというものだ。
という訳で、アイデアが生まれた。
根本的な話、AとかS帯に行かない限りはモンスターは単体で覚えられる事はない。
当然の話だが大量のマスターが世の中には存在し、そしてそれを超える数のモンスターが存在している。マスターは対戦相手の名前と構築を覚えてはいるが、モンスターをタグや能力で把握し、個人としての経歴や趣味等のプロフィールは気にしない。
つまりエデはエデとしてではなく、上位ラミアとして認知されているのが対戦相手や他の人の認識という訳だ。ライブをした所でバフを撒くラミアとしてしか認知されない。個人の歌唱力なんてスキル由来としかそりゃあ認知されないだろう。
だから重要なのはエデという名前を憶えて貰う事だ。
エデという存在そのものをまずは認知してもらう事。
大半の人間は歌唱力の違いなんてものは理解していない。解るのは歌が上手か下手なぐらいで、そこにある歌唱力の違いはほとんど意識しない。上手か下手か、それが本物かどうかだなんてほとんどの人間は意識しないし、理解しない。
だから最初はエデの名前を憶えて貰う事。そして次に歌を覚えて貰う事。ステップアップするのだ。プロデューサー活動を開始したらアンナの方から連絡が来て広報でも打とうか? みたいな打診もあった。間違いなくエデ単体を覚えて貰う上で宣伝が出せるのは大きな強みになるだろう。
だけどエデがやりたいのは自分が本物であるという証明だ。
―――モンスターは複製体である。
概念体であるモンスター達は本物ではない。本物は既に肉体を失い、概念となった存在が集合概念体……つまり旧世界という概念そのものからダウンロードされて、プリントされているようなものになる。だから今、存在しているモンスターは本物ではない。汎用モンスターは勿論、固有種でさえ本当は存在した奴の完全再現されたコピーとも言えるだろう。
だからあらゆるモンスターはアイデンティティーの危機を抱えている。
我は我……という人間にとって最も簡単な自己肯定が難しいのだ。これを拗らせた結果存在が崩壊する、というケースは本当に稀だが存在する。大半のモンスターはそういう事を気にしないが、ごくまれにエデのように自分の存在意義を疑うモンスターが出現する。
真面目過ぎるのだ。
だから悩んでしまう。
だけどエデはそれを、自己証明をする事で乗り越える事にした。それにマスターである俺は、協力をするだけだ。
という訳で第2の作戦を決行する。これはミニライブで周りの反応を見ながらひらめいた事だった。そもそも一般人に対してアピールするという考えそのものが悪かったのだ。一般人のボケカス共にエデの良さが解る筈がない。今、世界最強のバッファーなのはこのエデなのだ。《ワルプルギス・ナハト》を含めた無法バフを撒けるのは世界を見てもこのエデのみ。
その強みと恩恵を理解するのはマスターだけ。
だったらファンは一般人ではない―――マスターから集めれば良いのだ。
前回はエデのお姉さん属性をアテにして駆間デパートという崩壊率70%超えの毎年新築しているデパートをデビュー地点に売り出したが、ここを選んだのは間違いだった。これは完全に俺の判断ミスだった。カルマレンジャーとかいうイロモノ集団と同じジャンルで見られる所だった。
それはそれとしてカルマレンジャーの活躍は応援してます。
第2のライブ場所として選んだのはこの駆間でも良く知っている場所……そう、モンスター協会である。やりたい事に関しては事前に支部長に交渉すればあっさりと承諾を貰えた。最初はちょっと困った様子を見せたが、根本的に権力に弱い小物なのでバックにいる存在を見せると黙るしかない。
というか本部を含めたモンスター協会の上層部は、根本的に永世GMという存在を恐れているらしい。
かつて永世GMになった柊剛三はその強権を以ってモンスター協会を支配するにまで至った。彼らが昔俺に妨害工作を仕掛けたのは俺が最も柊剛三に近い性格と行動をとる人間で、本人の死後、似たような事が再発する事を恐れたからである。
だが俺の性格が把握された今、俺が柊剛三のようになるわけないじゃん! という安心感と完全にケツを久遠に握られているのを把握し、安心して暗躍ごっこに精を出しているのだ。
そして楽しく権力闘争している最中、誕生してしまったのが永世GMブライアン。
彼らの恐怖の対象はブライアンへと移り変わってしまった……しかしその恐怖の根源は9割方、剛三時代に作り上げられたトラウマが原因らしい。ジジイはマジで何やってたの?
まあ、そういう事もあり、支部長の前で唐突にブライアンと電話し始めると体を震わせながら何でも言う事を聞いてくれる支部長が出来上がってしまう。どうしたんだいそんなに体を震わせて? 寒いのかな? 冷房の利きが強すぎるのかな? ん? というお決まりのネタを通してモンスター協会内で自由にライブする権利を得た。
そして俺は宣告する。
エデよ、お前はマスター達の女神となるのだ、と。
俺が計画したのはマスターの間でエデという個人の認知を広める事だった。そもそも歌唱スキルに対してある程度の知識があるマスター側はエデに対して好意的だ。性能面でモンスターを判断できる連中の好感度は高い。だから歌唱モンスターとしてのエデの認知度を更に上げて、好感度を上げて、それを歌唱モンスターからエデ単体へとシフトさせるという手段を取るのだ。
1度好感度を稼ぐ事が出来れば、歌唱スキル以外の部分にも目を向けるようになるだろう。
そうすれば事前に用意しておいたボイトレショート動画等をSNSに流して、エデが単純にスキルで歌っているのではなく、本人自身の努力があるという事を知らせる事が出来る。
その為に選んだ手段は―――歌唱体験だ。
歌唱スキル。
構築に組み込むのにはそれなりの苦労が必要となる。まずバフ枠を多く使用する為、他にバフを撒くモンスターが居るとバフ枠が被ってアンチシナジーになってしまう場合がある。自衛力がない為、守る為のモンスターを必要とする。攻撃力を持たない為、アタッカーを必要とする。
専業サポーターは実の所低ランク程組み込むのが難しく、その強さを実感する事が出来ない。
ならフィールドギミックとしてエデの歌唱スキルを堪能し、その強さを自分のモンスターで感じ取って、それでエデすげぇ! ってなればそれがそのままエデへの認知に繋がるのではないか? という俺の作戦であった。
何時も通り、バトルの聖地とされる駆間モンスター協会支部地下、バトルアリーナにちょっとしたライブ会場を設営し、そこにエデに習得している3種の歌唱スキルを時間帯を分けて歌わせる。
物理サポートの歌唱スキル。
魔法サポートの歌唱スキル。
貫通力サポートの歌唱スキル。
それぞれジャンルの違うサポート能力のある歌唱スキルをエデに歌わせる。歌唱スキルは範囲が広く、声が届く範囲であれば全員をスキル対象に取れる事は把握している。その為、地下のアリーナで歌えば戦っている全ての存在に歌唱スキルの恩寵を与える事が出来る。
未だ、多くのマスターが未体験の歌唱特化の世界。
エデが歌い出し、無差別にばら撒かれるバフ。
彼らはこれまで、通常のバフしか用意できず、経験の出来ないマスター達だった。例えばステーキをプレーンでしか食べた事のない世界の住人だった。だがここに醤油ソースが、塩と胡椒が、柚子胡椒が……素材を引き立たせる調味料が投入されたら?
歌唱スキルを使って戦闘した事のないマスター達。
そんな彼らがフィールドギミックとして歌唱スキルを体験する事が出来てしまった。
その強さ、利便性は一瞬で彼らの脳を焼いた。
エデ教、誕生の瞬間であった。
そしてこの瞬間、エデのアイドルプロデュースは俺の制御から離れ始めた……!