まあ、こういう事もあるよね。
麻薬の如きバフを得た者たちの変化は劇的だった。
初めて歌唱バフを受ける側になるとやっぱり、バフ上限を叩くだけのバフ量にダメージが跳ね飛ぶ。この快感は1度経験するとしないとではまるで違う。普段、バフを重ねるのに数ターンかかる。だが歌唱バフは3~4ターンかかる事前準備を全て吹っ飛ばして準備を終える。
本来であれば事前準備を必要とする大火力、それを一瞬で成立させる歌唱というバフはかなり強力な分類になり、当然の如くTier帯でも1から0に君臨している。無論、歌唱バフは強力故に幾つか弱点を用意されており、妨害に弱いという明確な欠点が存在する。
だが今回はフィールドギミックという形でエデを活用した。つまり歌唱バフ体験版というわけだ。これは歌唱バフの一番良いところを味わうだけのスタイルだ。そうだね、麻薬漬けにする時は最初にちょっとだけ体験させるよね。
だからね、俺もね? まずはエデの強さを感じ取って貰おうって思ったわけよ。
結局の所最初に頑張ってます! って動画を上げても見る人なんていないんだし。頑張ってるのは当然の事なのだ。それを凄いと思うこと自体が間違っている。上に行くような奴は努力していて当然なのだ。だからボイトレ動画を流した所でエデ個人への認知なんて上がらない。
そういう意味ではバトルから解りやすくファンを増やすという方法は1番合理的だと思っている。
この業界、強さは人気になるのだ。
特に最前線で戦っているマスターは、強いモンスターに憧れる。
だがバッファーという種別は凄い解りづらい。何が強いのか、何が良いのか、他の奴とはどう違うのか。そういう事が見ている側には全く伝わらないのだ。パンイチマンがバトルログのARシステムを開発したのはこの問題を解決するためという面もある。
現状、見ている側の人間はよほどの知識がない限り、バトルについていけない事が多い。それでもモンスターバトルが文化として、興行として発展したのはその奥深さと目で見て解る派手な面白さがあるからだ。これが解りやすくなるなら更に興行として発展できるのは目に見えている。ちなみに最近、試作品をあっちこっちでテストしていて本格稼働も近いとか言われてる。
さて、見た目が良いアイドル。
歌が上手なアイドル。
踊りが上手なアイドル。
演技が得意なアイドル。
個性、技能、スキル。継承が可能なモンスターがアイドルをやると、こういう事は出来て当然と思ってしまうのが世知辛いところである。視聴者の目は肥えているし、この業界に食い込むのはなかなか大変なのだ。
だから比較的にアイドルに興味を持たない層、つまりバトルばかりやっているマスターという層を通して知名度を稼ごう! というのが俺のプランだった。マスターは割と解りやすい連中が多くて、強いモンスターが大好き。
前々から歌唱モンスターは俺の影響で注目されていたし、手を出そうか考えている奴もいた。エデが本格稼働したのはBからだから、最近ようやくその強さを対戦して実感する奴が増えてきた形だ。そこでエデのバフを受ける側として体験させよう! という考えがね。
どうしてこうなっちゃったんだろ?
初めて経験した歌唱バフを受けた連中はどうなった?
当然、その素晴らしさを自分で再現しようとする。
マスターなのだ、当然経験したことを糧にしようとするだろう。だがそこで気付くのだ。歌唱の再現性は難しいのだと。歌のレシピはかなり複雑で、何よりもアマチュアランク帯ではそのスペックを発揮出来ない。
この俺でさえエデをまともに運用できたのはBからだった。それまではほぼベンチか妥協案だった。この意味はデカい。何せ、それまで産廃扱いだった上にプロでも使用している人間が少ない。
歌唱バフは現在俺とブライアンが最前線で、ゲーム内で検証と構築が漸く進められている段階のサポーターなのた。
つまり再現しよう! で再現できる話ではないのだ。
何より歌唱スキルのコアパーツとなる歌唱そのものはスキルカードによる複製が利かない。つい最近ノアPが新しい歌唱スキルを作成するとかいうインチキを行って合成屋の奴隷がグギギギってなっていたという超例外が存在するも、歌唱スキルはスキルカード経由では習得出来ないという制限がある。
困ったことにこのジャンキー共は再現という手段を失ってしまった。
じゃあもう信仰するしかないね。
なんで?
しかも困ったことにこいつら、行動力と団結力がある。自分では出来ないと魂の底から理解したことに対しては普通にリスペクトする。変態と狂人はちゃんと相手を評価出来るのだ。ただし、社会性はない。なんでそれだけないんだ?
なので彼らは純粋にエデちゃんすげぇバフだな! からみこっちゃんのパーティーで過労死しててすげぇ! に変化し、そこから更に勝手に諸々を調べて、え、何時も牧場でボイトレしてるの!? レの連中はこの美声とバフを無料で何時も聞いてるのか……!? 生かしてはおけねぇ……!
に変化してしまった。
第1次歌唱の乱である。
勝手に信者になったアホ共と勝手にボイトレを聞いていた精神異常者達がする必要もない衝突を開始してしまったのである。馬鹿か? しかし、周りに配慮する理性はあるのでちゃんと牧場に迷惑をかけないように敷地の外で殺し合ってくれる。馬鹿か?
こうしてエデ信者は絶滅したように思えた。
しかし本気で殺し合っても徒歩で根の国から帰還するのが駆間男児。殺し終わったら根の国からウサギ跳びで帰還し、体の中に戻ると友情を再確認してから手を取り合ってエデを布教する事を誓いあった。
そう、PvPでもPvEでも歌唱バフは人権バフなのだ。彼らはそこで団結してしまった。もうおしまいだ。
基本的に常識を投げ捨ててるが常識を理解する為、エデが私の価値はバフだけなのかな……とか悩みだした瞬間、エデの声質解析や解説、必死に練習してる姿を褒めたり分析しだしたり、資格を取得してボイストレーナーに昇格する個体まで出現してきた。とても怖い。
御神体を怖がらせてはならない、マスターとの仲を邪魔してはならない、バフは神だがそれだけではない……というルールを徹底した信者達の巣は怖すぎて俺は干渉する事を放棄し始めていた。手綱は勝手に千切れていた。
バフ以外の部分もちゃんと見てくれてる信者達の様子にあまり良くわかってないエデは御満悦の様子だったが、ボケカス共がこれで止まるはずもない。
俺が連中のアクションを止められる前に一部のボケカスが逆田に直行して、エデを布教してきてしまった。そう、麻薬を隣のお友達にも分けてあげよう! の精神だ。困ったね。
結果、逆田からの熱いラブコールによって逆田モンスター協会でもバフ盛りライブが決定し、俺の初の逆田訪問がエデのライブとなってしまった。
もうここまで来ると俺の意志でどうこう出来る範囲をボケカス共の行動力が飛び越えてしまい、みこPは廃業したくても出来ない状態になりつつあった。アンナに助けを求めようとも、アンナは企画が始まったあたりで俺を着信拒否に入れて連絡が取れなくなっていた。助けろや。嫌よ。
こんなことで初の逆田訪問になっちまうとはなぁ。もうちょっと普通のバトル遠征で訪れる方が美味しいんじゃないの? こんな形で消費して良いイベントなのこれ?
そんな疑問は逆田の崩壊っぷりと民度と団結力がまんま駆間でまあ、地元となんも変わらんか……と悟った時点で捨て去った。そして始まる逆田バフ盛りライブ。
基本的に連中も駆間と同じバトルジャンキーと変態と狂人なので生身でバフを受け止めて中毒になる。もうおしまいだよこの国。逆田でも無事に新規信者の獲得に成功し、エデの知名度はこんな事で伸びてしまった。
もうどうしようもないね。
だけど日本のダンジョン活性域はこれで終わりだ。もうこれ以上馬鹿の増えようはないだろ。
そう思ってたことが俺にもありました。
「じ、自分! ブラックバス放流期に海外の活性域回ってました! 知り合い沢山いるから布教しますね!!」
やめろバカ。
そう言う前にソイツは海外に飛んだ。
密入国常連者であった。
この時点で着信拒否にされていたはずのアンナがいつの間にか横にいて、チケット販売とグッズ展開を開始していた。この野郎……!
そう思っている間にブライアンも合流して、クイーンバンシーとユニットを組むことになっていた。
バフ盛りシスターズ結成!!
もうどうにもなれ!!