ライブは無事に成功した。
ライブの最中、涙を流しながらサイリウムを振る顔役のおじさんが武人ブラザーズに挟まれていた時は割と笑ってしまったが、よく見たら武人ブラザーズは片目でライブに感動して泣き、もう片目はホームでライブが開催されなくなった怒りで血涙を流す気持ちの悪い姿を見せていた。ああいう風にはなりたくないよなぁ、と思いながらおじさんの名刺を強奪してライブを終了。
俺たちは裏社会と無法社会を学んで日本へと帰国した。
万国キチガイ博覧会はもういいかなぁ、って気持ちはだいぶ強かった。
中国で最後のライブを終えた俺達はそのまま留まることなく、日本に帰ることにした。なお、ブライアンはすぐ近くの屋台で担々麺を食べていた。姿を消した瞬間どうせここら辺に出現するだろうと張っていたらしい。お前は正しいよ。
という訳でエデから始まった実力でアイドルになりたい! というライブツアーはこんな形で締める事になった。世界を1周する弾丸スケジュールだったが、世界各国のキチガイを見比べる事が出来てまあ割と楽しかった。
活性域と言っても国が変わればそれなりに文化や姿も変わってくるんだなぁ、というのが良く解るツアーだった。確かな満足と美味しい担々麺を土産に、俺たちは無事無傷で日本に帰ってきた。
1週間ぶりぐらいに戻ってきた牧場はいつも通りの様子を見せており、ここまで来ると帰ってきたという感じが強い。牧場ではいつも通りモンスターたちがのびのびと過ごしており、世界を巡るのも悪くはないがここが1番落ち着くことを再認識させられる。
「うーん、やっと我が家に帰ってこられた」
「アイドル、って、思ってたよ、り、大変……だったね」
「そうだね」
歌うだけじゃない。踊るだけじゃない。ライブ1つに何十人も必要になるし、その事前準備も大変だ。アイドルという職業の大変さを今回は良く味わう事が出来た。ただエデは今回、ライブして回ってだいぶ満足したらしく、不満そうには見えない。
「今回はちょっと予想とは違う感じになっちゃったかもしれないけど……エデ的には満足だった?」
「うーん……」
口元に指を当ててエデが首を傾げる。それから少し目を瞑り……考える表情を作ってから頷いた。
「楽し、かった」
エデの表情を見れば嘘をついていない事は解る。自分の実力を証明したいという発言から始めたアイドル活動だったが、《スーパースター》用の知名度は十分に溜まった感じはするし、エデも満足出来たみたいで。概ね成功したと言えるだろう。
「んー。マスター、勘違い、して、る、かも」
「勘違い?」
うん、とエデは頷いた。
「ライブは、楽しかったし、歌うのも、すごく、楽しかった、よ。でもね、1番嬉しいのは、マスターが、こうやって、時間をとってくれる、事」
えっとね、とエデが続ける。
「こういう事でも、そうじゃなくても、マスターは、何時もちゃんと、時間をとって、話してくれるし、気にかけてくれるから。些細な事でも、時間をとって、自分の時間を削って、私たちの相手をしてくれるから」
そりゃあマスターとして当然の事じゃないかなぁ、と思う。でもエデは頭を横に振る。
「マスターは、凄く偉いと思う。私は、歌うの、いっぱい努力したけど。大変だと思ったよ? でも、マスターは、1度も疲れた、とか、いやだ、とか言わないよね? 凄い事だと思う。マスターがこうやって私の為に、いっぱい時間を、割いてくれた事」
それが。
「1番嬉しかった」
実際、ライブの方はそこまで重要ではなく、エデの中ではそっちの方が意味がデカかったらしい。だからありがとう、そう言ってエデはギュッ、と腕を回して抱きついてきて頬にちゅん、とキスして来た。それから恥ずかしそうに顔を赤くするとぴゅー、っと逃げた。
あらあらあら、可愛いねー。エデも昔と比べるとだいぶ情緒が豊かになってきたなもんだな。そう思って今のエデの行動を可愛く思っていると、視線を感じた。
「ぴゃ―――」
ジュニアが完全にフリーズしていた。
勿論お出かけ用金魚鉢の中にいる。ミニノアもいるし、ミニノアの背の上の金魚鉢からたぶん見ていた。
年上のお歌のお姉ちゃんがメスになっていた瞬間を。
「ぴゃ―――」
『ステータス、脳破壊を検出しました。いけません。このままでは将来への重大な悪影響を及ぼします。脳破壊海王ルートはいけません。オーナー、いけません。思考を停止してくたさい。思考は停止しています。脳の破壊を検知しました。エラー、確認。あああああああ』
「ノアが壊れちゃった……」
どうしよう……と思ったけど壊れたままでいいか。エデのあれこれはこれで一応は解決。アイドルルートに進む事として、歌姫ルート用にもぅ1体作成するかどうか……という判断が残ってる。
とはいえ、正直キャパに限界を感じつつあるんだよねー。
ドラゴンズの育成は未だに進行中だ。公式大会にはまだ出せる状態ではないが、英才教育の為にドラゴンズバレーへ遊びに行かせてたりもする。そこでドラゴンとして必要な知識や戦闘経験を将来の為に積ませている。
だけどこれに加えてさらに新しくスタメン枠を増やそうと考えるとちょっと時間が足りないのと、俺の手が回りきらない部分が増えて来る気がするんだよなぁ。
つんつんとフリーズしているジュニアを突きながら考える。やわらかジュニアだ。
正直現状のメンバーの育成、関係維持、連携、トレーニングだけでもだいぶ限界を迎えている。
金と土地のあるマスターは多くのモンスターを育てる事が出来るが、平均で4体を超える事は少ない。何故なら管理の手間があるからだ。信頼や連携とかを考えると数が増えれば増えるほど1人辺りの時間の密度は減ってゆく。
ノトスとチビが将来統合予定だが、それでも減るのは1枠だしこの先の話だ。今はまだスタメンやそれに合わせた合体パートナーの育成まである。
Sまで上がって牧場のメンバーがスッキリしてから増やすのはありかもしれないが……今やるのはちょっと手が回らないかな。
やっぱ駄目だな、増やすのは。もう既にミレーナとか問題児なのにこれ以上モンスターを増やしている余裕はないかも。歌姫の方も本人の希望で芸能活動が必要なら余計に時間が取られるし。この手の固有種って本人の希望で割りと芸能デビューしがちって前聞いたしなあ。
今回の件も然り。
エデの希望で彼女のアイドル活動を始めたが、これで後似たような案件のモンスターを増やしていたらとてもじゃないが関わるだけの時間とかキャパが足りない気がする。
全てのマスターにはそれぞれ、面倒見切れるモンスターのキャパというものがある。
ここまで色々と面倒を見てきたが、集中的に面倒を見れるのはここら辺が上限の様な気もする。歌姫とアイドル二刀流は中々魅力的な活用だが、俺も体のある人間だ。これ以上はこれからの事も考えて無理かもしれない。
ここら辺が鴉羽尊としてのキャパのキャップと考えておこう。これ以上無闇矢鱈にモンスターを増やすのはなしで。専用マスタースキルや連携の観点から見て、なるべくモンスターとは1対1のコミュニケーションの時間を取れるのが大事だと思う。
まあ、そのせいで大分個人の時間がない……というかいま、スケジュール的に俺個人の時間なんてものはほぼ存在しない感じなのだが。
幸い、俺はこういう事に楽しさを覚えてるから苦には感じない。ただ育成に関して、モンスターとの交流は育成の一環だと思っている。だから楽しくはあるんだよねー。
つんつん。
「び……」
ジュニアがフリーズしたまま、再起動しない。完全に脳味噌が破壊されている。じゃなんですか? エデがジュニアの初恋の可能性があったんですか? それはそれでちょっと合体の時が罪深いな……。今のうちに脳破壊して正解かも。
ま、どんまいジュニア。世の中BSSとかいうジャンルもあるしたぶん需要あるよ。
「んんー、いい休暇になったな!」
背筋を伸ばしてちょっと体操。
この夏はバトルを忘れて完全に遊んで回ってしまった。そのおかげでバトルでパフォーマンスを落とさない程度には体調も回復した。未だにシンクロは使えないし、視界も最悪だが徐々に復帰しなくてはならない。
そろそろアンナに頼んで大会に出して貰うか。
そうと決まれば指示出し訓練だな。シンクロ抜きで戦うのは久しぶりだから感覚を戻さないと。それに今の流行と環境もチェックしなくては。
いやあ、忙しくなるぞー!
脳破壊されているジュニアを放置し、大会目指して準備開始!