まあ。
大規模な大会は会食とか交流会があって参加者が交流するための時間とか場が用意されているのだが、小規模な大会はわずか数人の為にそんなものを開く事はコスパが悪いので、良く大会前や後に交流する時間を作っている。
今回は少人数による大会なのでそれぞれの控室へと向かう前に、ちょっと大き目な部屋に軽食を用意して、そこに4人で集まれるようになっていた。そうだね、顔見知りもいるし交流するには丁度良い感じなんじゃないかな。普通ならね。普通なら悪くないと思うんだよ。
今、4人中3人は部屋の隅に集まって避難してた。ほかの人たちは皆部屋の外に逃げた。一応主賓というかメインというか主役の自覚があるので俺達3人は部屋の外に逃げなかった。褒めて欲しい。
俺達3人は身を寄せ合いながら体を震わせながら見ていた。
その男を。
短パン。
半袖シャツ。
そして麦わら帽子。
Bランクで!? プロがそんな恰好を!? 許されるのだ! エンタメ系マスターなら! 問題はたぶん目の前のこの男は決してエンタメ系ではなくコズミックホラー系で正気のままこの格好をしているであろう事実だ。しかもこの男、顔が見えない。
いや、普段の見えない感じとは違うのだ。麦わら帽子の下の顔が全く見えないんだ。変な影が差していて、アニメとか漫画である顔の見えない男という感じで。俺の病状じゃなくて変に顔が見えないんだ、このおじさん。
虫食いおじさんは。
それが怖くて俺達3人は部屋の隅で身を寄せ合い震えていた。なんか最初はちょっと敵対的な空気を見せていた藤原プロも。何か言おうとしていた七海も。ネタを用意して盛り上げようとしていた俺も。全員黙って逃げた。部屋の中で1番逃げられそうな所に。
「俺、相貌失認で人の顔を見えないんだけどさあ……普通と見え方違うんだけど……大丈夫? 2人はアレの顔見えてる? 今俺の中で普通に見えない疑惑があるんだけど」
「安心しろ鴉羽、俺にも見えない。というかなんだこの羽音? ずっとヴヴヴヴって音がしてないか?」
「私も見えないよ。この羽音、虫の音じゃないかな? おじさんの方からしてるよぉ」
全員でおじさんを見た。麦わら帽子以外に虫を隠せそうな所何もないよね? というか体からなんで羽音がするの? おかしくない? 虫でも飼ってるの? 体に?
そう思っていると麦わら帽子下の暗黒空間から何かが飛び出そうとして、それをおじさんがキャッチして中に戻しちゃった。成程ね。
「やばさがCランクからBランク級になったのか……」
「この大会のランクってそういう括りだったか……?」
「勝手にやばい仲間に入れないでよぉ。というかヤバさB級だったらまだAとかSに進化するって事だよ? 嫌だよそんなの」
七海、お前は正しい。これがまだAとSという進化を残してるのは考えたくない。いや、でも、ほら、本当に放置してて良いのアレ? 話しかけなくてセーフなの? 大丈夫? あ、見た! こっち見た! 急に思い出したみたいに振り返った! やばい! 見てるよこっち! おい! 前に出すな! 押すな! クソ! そのデカパイ邪魔だ! この部屋から出せ! 捨てろそのアイデンティティ!
「こんにちは」
キエエエエエエ! 喋ったァ!!!! あ、クソ! 俺を盾にするなこいつら! 死ね!
「こ、こんにちは……」
コミュニケーションが成立した。凄い、ちゃんと喋れる人類だったらしい。あ、いや、待て、マスターとしているんだから当然人間に決まってるよな。そうじゃなきゃアンナが連れてこないし。そう考えるとちょっとだけ心の余裕が出来てくるな。
「えーと……何年か前に大会で対戦した人……だよね……?」
「うん、久しぶりだね」
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。羽音が煩い。ごめん、やっぱ怖いわ。お化け系は全然得意なんだけどね、隣人だし。
「そ、その……Bに上がったんだ……ね?」
「うん」
会話が途切れちゃったなあ。人間性大丈夫? 残ってる? あ、いや、待て逃げるなお前ら。俺を置いて下がるな。俺を1人にしないでぇ―――!!!
「え、あの、その、虫食いおじさん……って芸名?」
「うん。皆そう呼ぶから。個体名なんていらないかなぁ、って」
逃げた。ほかの2人と同じ所へダッシュで逃げた。もうこれ以上会話するのは無理無理。半泣きで頭を横に振りながら2人にしがみつく。
「無理、もう会話したくない。出来ない。やだやだやだ」
「ワンチャン改名してそうな辺りが本気で怖い」
「戸籍に虫食いおじさんで登録されるの怖すぎるだろ」
芸名じゃなくて改名なのは流石に無理だろ? 無理だよね?そうだと言って。いや、流石にそこまでおかしくはないだろ。そうだろ。たぶん国木田と同じ芸人タイプなんだ。そう思おう。虫食いおじさんというキャラなんだ……。
そう思わないとキツイ。
俺達が隅の方でこそこそとどう逃げるか算段をつけていると、ぐるんと首が横に向いて、こちらを見た。普通の動作のはずなのにホラー感が拭えなくて皆で必死になるべく遠くの角に身を寄せ合う。気分はペンギンの群れ。
何?なになになになに? なに? 何か用っすか?
静かに懐に隠してる銃を精神安定剤に握っていると、虫食いおじさんが口……ぽいものを開いた。アレ、口だよね? ヴヴヴ煩いんだけど。
「君は違うのかい?」
お前みたいな純正ホラーと一緒にしないでくれ。そう答えようとして。
「だって君の所でも生まれたがってるのが聞こえるでしょ?」
何が!? と一瞬だけ言葉が飛び出そうになり、数秒してからその真意を悟った。身を寄せ合っていた角から出て、改めて虫食いおじさんを見ながら返答した。
「……ゴキブリか蝗……か?」
にごっ! と笑った気がする。
「やっぱり君もそうなんだね。解るよね。ずっと声がするんだ。早く見つけて欲しい、早く生まれたいってずっと囁いているんだ」
それから虚空を見つめ、頷いた。
「綺麗な白い本だね。美味しそう」
そう言った後黙った虫食いおじさんはその場で黙って立ち尽くしてから数秒後、部屋の外へと出て行った。俺達はそうやってバケモンが部屋の中から消えるまで体を震わせる事しか出来なかった。
そして部屋からアレが消えて数分後、なんとかデカい息を吐く事が出来た。
「なんでモンスターがマスターやってるんだよ……!」
見事な意見ですね、藤原プロ。問題があるとすればアレはモンスターじゃなくてマスターって事かな。
「こ、怖かったぁ。目の前で銃撃戦されるよりも怖かったよぉー」
「それはそれでどうなんだ……?」
なんとか無事に交流を終えた俺達3人は奇妙な友情を感じつつあった。しかしなー、ああいうパターンもあるんだな。末恐ろしいもんだわ。
「鴉羽、結局アレはなんだったんだ? 最後、なんかの理解を示しただろ」
「あー」
藤原プロの言葉に頭を掻く。どう説明したもんかな。
「なんというか逆なんだよね」
「逆?」
そう、と藤原プロの言葉に答える。
「マスターがモンスターを生むんじゃない。アレはモンスターが相応しいマスターを生もうとしてるパターンかな……たぶん元はゴキブリか蝗。普通にやってたら生まれる事のないモンスターだから生まれる前からマスター候補に干渉してるのかも」
「アリかよんなの…」
七海は虫食いおじさんが最後見つめてた所を見ていた。ぽん、とそこに白紙の物語が出現し、俺の手の中に出現した。あのおじさんさっきはこれが見えてたんだよな? おかしくない?
ぶんぶんと軽く白紙を振るう。
「モンスターの中には神の如き力を振るう奴もいる。でもその大半は概念体となって眠り続けている。合体して呼び出されない限り永遠に出番がない。だからモンスター側から…干渉してるんじゃないのかな」
「アリなの?」
「ウチのも未来か、或いは因果の向こう側からガンガン干渉して来てるからねー」
それに加えて過去改変する事で誕生の余地を作ってる。逆に言えば同じような事をしてるモンスターもありえなくはない……って話だ。それがゴキか蝗のどちらかというのも恐ろしい話だけど。
そりゃあ人格も歪むか。それとも元々こうだから? いや、考える必要はないな。考えてもしょうがない事だし。
なによりも。
本質的にアレは味方である、というのが恐ろしい話なのだ。邪神とか悪神とかじゃなくて、味方側なんだよ。なんでだよ。しかも完成されたら味方側の最強候補。なんでだよ。
嫌だよ俺。勇者とかの集合シーンに羽音ヴヴヴさせてゴキと蝗纏った化け物がいるの。ダークヒーローで許される範囲超えてるだろ。
しばし、その場で無言になった俺達の端末に通知が入る。1回戦が七海対虫食いおじさんで決定したとの通知だった。絶望の表情を浮かべる七海がトボトボと出口へと向かう。
「じゃあ……また……試合でね……」
そう言って七海は部屋から去った。
残された俺達は互いを見やり、握手を交わした。
真っ先に戦うのが俺たちじゃなくて良かった……!
匿名希望G「いや……知らん……」
匿名希望I「そんな事してない……」