『さあ、ついに来ました本日3戦目! 対戦カードは此方! 鴉羽尊vs虫食いおじさん! しかしこの虫食いおじさん、過去の試合を全て洗っているのに存在するはずの本名が何故か全て欠落しているんですよね。過去の試合に出てきた名前を憶えている人、いますか……?』
いきなり怖い話を登場シーンで決めるのやめてくれませんか? こっちは試合前なんですよ?
歓声が一気に困惑の声に変っていく中、俺たちはスタジアムからダンジョンの中へと突入し、ドローンに見守られる中で相対する。反対側には虫食いおじさん(本名欠落)が存在している。その周囲には既にモンスターの姿が見えた。
良かったぁ、体の中からモンスターを呼び出すシーンは見なくて済むんだ!
という訳でエデエストミレーナ3人娘を連れてきた俺に対して、相手が連れてきたのはハンターマンティスという巨大な3メートル級カマキリ、ミアズマバタフライという状態異常を撒くのに特化した1メートルぐらいの蝶々のモンスター、そしてスウォームフライという生贄に特化した群体型の蠅だ。
カマキリ系統は捕食タイプのムシキングキャラで、味方のトークンを食べさせるか味方そのものを食う事で大幅に強化されるモンスターだ。そして生贄特化型のスウォームフライはトークンそのものに効果はあまりないが、大量生産する能力が強いのでこれでマンティスをサポートできる。
ミアズマバタフライ? カスのモンスター。トークン増えると状態異常を勝手に設置してくるし、吸血系スキルで攻撃回復まで出来る厄介な奴。ステータス低いのが弱点なんだけど攻撃回復と身代わり能力あるから場持ちは良いんだよね。
相手の構築を見て合体魔法プランを採用。ムシキングはトークン使った身代わり戦法が強いので、それを貫通するなら合体魔法の連打が1番効果的だ。エデで供給してミレーナエストで合体魔法を3連射すればブライアンごっこでかなり良いダメージが出せる筈だ。ステータスが低いので合体魔法のアグロ寄せの動きで対応できる範囲だ。
ワルプルで5付与、ステージ展開で合計10を毎ターン供給できる。
《ダブルマジック》に中級2連で合計消費コストは9でかなりコスパが良い。
つまりミレーナエストはエデがライブで2倍供給が入る間は毎ターン中級2連コンボが個人で成立する。こうなると毎ターン中級が4連射出来て中級+中級で上級、上級+上級が成立して最上級魔法発動まで入る。
デスペリア出すまでもねぇんだよなあ!
デスペリアの強みは脳死でカット耐性無敵を貫通できる事にあるインチキ性能なので、異様に固い相手以外には使う必要がない。え、前の試合なんでデスペリア投入しなかったの? バリアは貫通出来ないからバリア盛り盛り系とはちょっと相性悪いんですよね。
エストの火力の低さは魔法攻撃バフで補う。あとはこっちがバステで動けなくなる前に殺す事を目標にすれば良い。大体リーサルまでのプランは決まったので改めて虫食いおじさんを見た。やっぱ直視するのをやめる。見てると精神が不安になるものがあるよこれ。
「やあ」
挨拶されちゃった……。返事をしないのはマナー違反なのでちゃんと挨拶を返せる良い子を頑張る。
「こ、こんにちわ。対戦よろしくお願いします」
「君は」
虫食いおじさんは指先をこちらに向ける。相変わらず体の中から羽音がしている。
「苦しそうだね」
「苦しそう?」
「うん。自分を否定していて苦しくないのかな? もっと素直になれば良いのに」
「……む」
もしかして人間から外れているから見えているのか? それとも本能的に理解しているのか? 人間で俺に対する理解を示したのはこれで3人目……王兄様と久遠以外ではこいつだけか。久遠は俺の理解者だから、王兄様はその才能で。そしてこの虫食いおじさんはどちらかと言うと自分の在り方を肯定しちゃった側だから……かもしれない。
「壊れちゃうよ」
「ご心配無用……壊れていることは理解しているよ」
何時ぞやの話だ。
モンスターには根幹となるアイデンティティが存在する。そしてそれは人も変わらない。自分がなんであるのか、それを肯定する事が出来ない奴は壊れて行く。俺や王兄様のような化け物に足を突っ込んだ人間はそういうあり方を肯定しなければ壊れるしかない。
壊れるしかないんだ。
死神が生ある人になりたいって願う事自体が存在として間違っているのだ。
そりゃあ壊れていくさ。
逆に肯定すればそれだけ生命のスケールから外れて行く。果たしてそうやって得られた特別という称号に、価値はあるのだろうか? 与えられた価値の中だけで生きる事に意味はあるのか? 自分がそう生まれたからとそうである事を守り続ける必要はあるのだろうか?
「俺はそう思わない」
「そうなんだ」
「ああ」
だってこのままじゃ久遠と居られないから。あの子と一緒に居る為にはこのままじゃ駄目だから。死神では、人の世では生きていられないから。だから俺は人に成る必要がある。だけど当然、それは俺を壊していく。
だけどそうやって壊れ切った果てに活路があるのなら、とことん壊れるしかない。
それが鴉羽尊という少年の選んだ可能性なのだから。
我は我。
その言葉を成すにはまず我が何なのか、そこに辿り着かないとならない。だけど俺は思うのだ。それは俺の、1番底にあるのではないかと。壊して壊れて崩れ切って、それで残された最後の欠片こそが俺という存在そのものではないのかと。
「だから良いんだ。これで良い。じゃ、やろうか」
相手はまともじゃないけど、まともじゃない感じに関してはこっちも十分負けていない。人差し指でかもーん、と示すとそっか、と答えた虫食いおじさんの闇から複眼が見えた。見なかった事にしよう。本人か本人じゃないとかはあんま関係なく見たくない。
「いいよ、やろうか」
あんまり麦わら帽子の中を直視しないようにして……せーのっ。
「対戦よろしくお願いします」
「対戦よろしくお願いします」
マナーは大事!
虫食いおじさんが勝負を挑んできた!
ハンターマンティスが現れた!
スウォームフライが現れた!
ミアズマバタフライが現れた!
「じゃ、増えて」
戦闘開始と同時に、虫食いおじさんが片手を持ち上げた。精神力の高まりから初手からマスタースキルをぶち込んでくるのが見える。このタイミングで? マスタースキルを? このタイミングで使えるマスタースキルなんてなんかあったか? 《ワープスター》か? いや、先手とってセットアップする意味が今は見えない。
困惑しながら虫食いおじさんのリアクションを観察すると、信じられない事を口にした。
「―――第5世代昆虫モンスター・スウォームフライ専用マスタースキル」
「は?」
待て。
え、いや。
待ってくれ。
今、こいつなんて言った!? 専用マスタースキルって言ったのか? え、いや、待ってくれ、マジで言ってる!? 本気か!?
困惑している間にそのマスタースキルを虫食いおじさんが発動させた。
「《大繁殖界》」
マスタースキルとして放たれるマスターの力を完全に群体型モンスター、スウォームフライは受け取った。精神力、それを飲み干したスウォームフライはミアズマバタフライへと向かうと殺到するように覆いつくした。
スウォームフライに覆いつくされたミアズマバタフライは苦しむように藻掻くが、大量の卵を植え付けられた姿がすぐに見え、グロテスクにも蛆が孵った。やがてそれはすさまじい速さでミアズマバタフライを食らいつくしながら成長し、ありえない量のスウォームフライへと成長する。
その様子を3人娘が俺に抱き着きながら見てた。
俺も怖すぎて抱き着いていた。
4人で一緒にガクブル震えていたし、ドローンカメラも映像を映さないようにこっちだけにフォーカスしてた。直視してるとどう足掻いても正気を削ってくるタイプの光景だった。専用マスタースキルに関する考えや言葉が全部吹っ飛ぶレベルの大惨事だった。え、ゴキと蝗ってこれを超えるグロ画像メーカーなんですか!?
虫食いおじさん以外の全てがドン引きする中で、苗床にされたミアズマバタフライは瀕死の状態で地面の上に倒れこみ、トークン数が最大に達したスウォームフライがその総軍を最大値に上昇させて君臨させた。
能力そのものはこれでも低い。
だがその本質は生贄の供給にある。
3人娘は恐怖で動きが遅れてる!
ミアズマバタフライは苗床にされた反動で動けない!
ハンターマンティスは《空腹》だ!
増えた同胞に問答無用で食らいついた!
ハンターマンティスの《貪る》!
ハンターマンティスはスウォームフライの同胞を全て貪った!
スウォームフライの昆虫トークンがゼロになった!
ハンターマンティスの全基礎ステータスが上がった!
ハンターマンティスは追撃を得た!
ハンターマンティスは無敵貫通を得た!
ハンターマンティスは常に神速を得た!
ハンターマンティスの基礎クリティカル率が100%になった!
ハンターマンティスの食欲が満たされた!
あまりのグロい光景に思わず思考停止してしまった。だがその間に相手のセットアップが完成されてしまった。本来であれば何ターンもかけて成立するランプ型、その完成された姿が1ターン目に完成する。
呆けている場合じゃない。
これ凄いピンチだよ!!!!