負けた。マスタースキルが使えないというのは言い訳にはならない。Bランクにまで来ると使える奴と使えない奴で明確に差が出てくる。マスタースキルで負けるようならそれは実力不足だ。今回は完敗だ。
……セットアップで《魔法少女参上っ!》さえ間に合っていればなぁ。また話は違ったんだろうけど。《復唱・極》君はなんで50%でも60%でも発動してくれないん?
「グッドゲーム……見た目も言動もトンチキなのに強いんだな」
「グッドゲーム。強者だけが生き残れる時代だからね」
勝利を喜ぶように両手の鎌を持ち上げるハンターマンティスの腕を虫食いおじさんがもぎ取り、その鎌を嚙み千切った。ハンターマンティスは急に自分の片腕が神隠しにあった事に気づき、首を傾げてからそれが主のおやつになった事に気づいた。やがてそれが片腕の辿るべき運命だと気づいた時、マンティスは片腕に別れを告げて控室へと逃げた。
そっちは密室だという事を忘れて。スウォームフライとミアズマバタフライ? もうすでにフィールドにはいない。その姿が消えた先は特に描写する必要性を感じない。
……それにしても専用マスタースキル。あまりにも無法だ。
ブライアンもそうだが、こいつの専用マスタースキルも全く可愛げがない。通常のマスタースキルはほかのモンスターで使うことも想定して汎用性の高いものしか存在しないが、専用はそのモンスターのみで運用するものとして生み出される特別なものだ。単純にマスターとしての高い技量も求められる……この化け物にどうやってそれが可能なのか、気になる所ではある。
「マスター、今治療します」
「ありがとう」
そういえば血を流してたな。やはり無理にシンクロするのはダメか。自分の事情で調子を落としてるから、調子が悪いから負けたってのを言い訳にするのは間違っていると思うんだよなあ。
ミレーナに治療して貰いつつ血を拭う。これぐらいの流血なら駆間ではそう珍しいものでもない。とはいえ、あまり血を流すとアンナに絵が悪いって怒られそうだ。流石に今日はもうマスタースキルチャレンジは止めておこう。
「君」
虫食いおじさんと感想戦に入るのもなぁ、と思って去ろうかと考えていたところを呼び止められた。応じて視線を向ける。
「君は……何になりたいんだい?」
「何……って自分になりたい」
「それは大事な事なのかな?」
「そりゃあ……」
大事な事だろ、己を見出すって事は。天と地の間にある唯一無二の存在である事の証明をするという事でもある。そんなまっとうな人間でなければ久遠の横に立つ資格はないんじゃないだろうか?
そう思っていると虫食いおじさんは頭を横に振った。
「それは君の思い込みだよ」
「勝手に人の考え読まないでくれませんか?」
「君は解りやすい」
む。
「君は思っているんだろうね。まっとうじゃないと存在する価値がないって。まっとうな人じゃないと誰かと居られないって。でも、それって誰が決めた事なの? 生まれ持った性ってそんなに悪い事なのかい? 君や私たちはそんなに邪悪なものなのかい?」
「そりゃあ……」
どうなんだろう? 結局、俺の独りよがりな考えなのかもしれない。それでも生きる以上、中途半端な事は許されないんじゃないだろうか?
「そうかな? ……悪くないと思うよ。あるがままでいるのも。結局、誰にも迷惑かけてないし。君も……窮屈ではなくなると思うよ」
そう言うと虫食いおじさんはこれからランチタイムがあるのだと告げて控室へと戻っていった。勿論控室がランチボックスであり、ランチとは彼の手持ちのモンスターである。食ってしまって本当に大丈夫なのだろうか? モンスターとの信頼関係はどう成立しているのか? 非常に気になる事実ばかり残して虫食いおじさんは去ってしまった。
願わくはこのままこの世からも去って二度と顔を出さない事だ。お前の存在は世間様に対して毒が過ぎる。
無論、俺に対しても。
胸に戦う前よりも大きなもやもやを抱えて、俺も控室に去る事となった。こうやって負けてもやもやを抱えるのは久しぶりだが、それでも通り過ぎるスタッフ達は変わらない敬意を見せてくる。
寧ろ勝った時よりも親身になろうとしている。
「鴉羽さん! 担架いりますか!?」
「血は止まってるから大丈夫」
「休憩必要ですか?」
「いや、インターバルで治るから平気」
「アンナ様に連絡しました」
「よ、余計な事を」
負けた方が人間味があるのかもしれない。皮肉にも負けたからこそ人が近づいてきた部分があった。鋭すぎる刃は他者を寄せ付けないのかもしれない。
控室に戻ると当然のようにアンナの姿があった。
相変わらずこの年齢になっても一切成長してないロリのままだ。ゴスロリ姿だから区別しやすくて助かる。挨拶なし、いきなり近づいてくると顔を寄せ、見上げてくる。
「……もう流血してないわね?」
「これぐらいノアでぶった切られた時に比べればなんてことはないとも。もう治したしな」
「あんま傷自慢しないで頂戴。アンタもいい歳なんだからそれを聞いて楽しく思えるヤツがいないって事ぐらい解るでしょ?」
「はい」
おっしゃるとおりです……。
す……と正座する。1番社会に出て活躍しているだけあって、周りで1番発言がまともなのがこいつ、アンナである。俺は基本的に恩しかないのでこいつが真面目に何か言い出したらはい……としか答えられない。
なのでしばらくはアンナの説教を正座して受け流し、終わった辺りでソファに移動する。はー、やっと休める。
「それじゃ、私はもう行くわ」
「ん、お疲れ様」
「はいはい」
特にエールを送るわけでもなく、文句を言うのでもなく、勝つも負けるも好きにするが良いというスタンスを見せて去るアンナがありがたかった。俺は久々に負けてちょっとショックと安心している。
前の戦いは……負けられない戦いだった。あの時は負けられなかったし、今になって負ける事が出来て少しホッとしてるかも。ただ、あの虫食いおじさんの事は好きになれそうにない。
もし、あのまま……怪物のまま強くなれるのなら。
怪物のまま受け入れられるのなら。
俺の努力は一体何なんだ?
努力する意味とはなんだ?
俺のやってる事は独りよがりのことなのか? まるで自分の努力が否定されている気分だ。あんな怪物がなんで専用マスタースキルを使えるんだ。おかしいだろ。俺は全部捨てでも人に成ろうとしているのに、アイツはそういうのを全部無視してあの地平に立ったのは。
ノイズなのにも程がある。
俺の覚悟は……無意味なのか?
「……ま、正しい答えなんてないんだから悩んで苦しむ以外の答えはないんだろうけど」
「そうだそうだ。人生、何が正しかったなんて全て走り終わってからしか出てこないんだ」
呟きを拾ったノトスが腕を組みながら続ける。
「結局、走り抜けるしかないんだ。1番悪いのは中途半端な事! 何事も全力でやらないとな!」
「私は見えてる地雷や苦しみは避けるべきだと思いますけどね」
蘇生されたエストは羽を広げ、浮かびながら体を横たえて空中で休んでいる。
「選んだ結果、永劫に続く苦しみだってありますわ。選んだ結果が間違っていてそれで死んだ後も後悔し続ける……そういう事だってありますから」
「私は愛しい人の判断と決断は全肯定で」
ノトスとエストの真っ向から対峙する話に横から魔法少女参戦。2人を同時に呆れさせる。視線を受けたミレーナが肩を揺らす。
「だって何事も責任を負うのは当事者です。遂行するのも当事者。私達は好き勝手言葉を口にする権利は持ちますが、本質的には影法師……私達は終わっている側の存在なんです。それが一々口を開いて今を生きる者に干渉するなんて烏滸がましいにも程があると思いませんか?」
だから、とミレーナは続ける。
「私は愛しいマスターを肯定するだけです。判断を左右するなんてとんでもない……貴方が負う苦痛と試練、それを分け合って進む事だけが終わった生命である私達の出来る事だと思っています」
1番甘い事を口にしているようで、実は1番厳しい事を口にしてるのがミレーナだった。苦痛は分け合って助けるけど、判断も覚悟も全部自分で決めろと言っている。
普段の様子からは考えられない主張だ。
「仲良、く?」
エデがちょっとだけ右往左往する。この子は口争いとかそういう雰囲気が苦手だ。だからそれを理解した連中が合わせて肩を組む。
「してますわ」
「してるよー」
「してますよ」
「わん!」
なおチビはこの会話の間、次は出番? って前足を膝の上に乗っけて俺を潤んだ瞳で見てた。がんばったで賞のおやつが欲しいだけだろお前。
うーん、チビを見てるとなんか細かい事を考えるのが面倒になってくるな。そういうのはあんま良くないんだけど。
ま、取り敢えず悩むのは後にしよう。こういうのは余裕がある時にやるのが良い。
それよりも今は端末に入ってきた3-0という七海vs藤原プロの試合結果を見て、七海対策をどうするかを考えるべきだ。
アイツ、もしかして今絶好調じゃない? というか良くあのバケモンに勝てたな……?
嫌だー!
2敗したくねぇ!!
負けられねぇ!!
クッソぉ……2敗だけは避けたい。判断と思考のキレが落ちてるのは実際に感じてる所なんだよなぁ。ぶっつけ本番で認定戦に行かなくて良かった。まだ療養期間とリハビリ期間がある。
その間に自分のコンディションを仕上げないと。
目下の悩みは七海対策だが……どうせアイツの事だから詠唱軸もクリ軸も対策してるだろ。
となると第3の選択肢が要る。
天井を見上げて悩み、しゃーないと結論を出す。
出すか。
秘密兵器を……!