俺と七海の試合が終了し、結果が出た。
これにより最後の試合が始まる。
即ち、藤原プロvs虫食いおじさんという異色のマッチだ。
勿論最後の試合といえども俺と七海はこれを見る権利を持たない為、大人しく控室に戻ってこの結果を待つ事になった。試合が始まり10分が経過し、漸く結果が出た。
勝ったのは虫食いおじさんだった。この試合がどういう風に進んだのか、それが実際に確認できるのは大会が終わった後、打ち上げの時になるだろう。ただ気になる結果ではあった。さて、これにより全ての結果が出た。
2勝1敗、俺と七海に虫食いおじさん。
3敗、藤原プロ。
藤原プロにとっては残念な結果となってしまった。こういう時、同率1位が2人だった場合は再試合を行うのだが……こういう場合は1試合当たりのスコアを競い合う。
一般的に大会の優劣は勝ち数で競い合うが、判断が付きづらい場合は審判団によるスコア計算が入る。何年か前、交流戦のタイムオーバーでアーサーが東吾に勝利した時と同じようなものだ。今回は俺、七海、おじさんの試合をチェックしてスコア数の大きかった人物が優勝となる。
そしてスコアを比べた結果、なんと勝利は七海に渡った。単純にモンスターのスペックや質を見るだけなら俺が上だし、マスターとしての才能はおじさんが専用マスタースキルというものを持っているのが強い。
だが七海はこれらの力に対して一般人として、そして勝利した試合は全て完全に状況と環境をコントロールした上で勝利した。この試合運びの上手さが評価されてスコアが伸び、この大会は七海の優勝という運びになった。
という訳で、公式戦で初めて大会を落とす事となってしまった。それもあの七海を相手に。試合に勝ったから感想戦は七海に奢らせようかと思ったが、公式戦における俺への初勝利を祝って七海には此方から奢る事にした。
ちょっとした勝利祝いだ。
という訳で、解散して感想戦の会場へと移動する前に、授賞式を終えた所で藤原プロに近づいた。
「藤原プロ」
「鴉羽プロ……情けない試合を見せたな」
「いや……あのデカパイもだいぶインチキしてるから。相性の悪さもあるし、どうしても上手く行かない時はあるよ」
そう言って藤原プロを慰めるも、あまり言葉は響いていないように感じた。この後感想戦に誘おうと思ったが、藤原プロはそれじゃ、とだけ告げるとそそくさと控室へと戻っていった。流石に全敗した後では顔を出しづらいというのもあるのだろう。構築の話をしたい気持ちはあったが……さすがに見送るしかなかった。
虫食いおじさん? 授賞式終わったら背中からミアズマバタフライの羽を生やして飛んで帰ったよ。食った相手を吸収するタイプの怪異かアレ? 藤原プロと羽化したおじさんを見送り、アンナと合流して感想戦の会場へ移動した。
「クソっ!」
他のマスターが全員去った後で、控室に残った藤原は拳で壁を叩いた。手の痛みが感じないほどに口惜しさが藤原の中にはあった。そんな彼の姿を彼のモンスター達が無言で、心配そうに見つめている。
チクタクチクタク。静けさの中に時計の音が響く。
「チャンスだった……! 注目されているマスターとのマッチング、勝てばまた仕事や勝負の場も増えた。だけど勝てなかった……!」
チャンスはあった。だけど負けた。それを相手のせいにする事は出来なかった。だからこそやり場のない怒りを自分へと向けていた。モンスターたちは自分の指示を守って最高のパフォーマンスを見せてくれた。じゃあ何が劣っていた? 当然自分だ。自分が無力だったから負けた。
七海程柔軟ではなく。
尊程構築力と知識がなく。
そして虫食いおじさんほど異形の才があるという訳ではない。
平凡な男が偶々環境とマッチした……そしてその環境も過ぎ去って行く。それに追いつけない。それを理解してしまった。これからのバトル、これにもうついていけないだろうという確信を抱いてしまった。
3敗。この重みはデカい。藤原の中ではもう、Aに上がるイメージがなくなっていた。
「はは、俺ももう38か。マスターを志したのはいつだったっけ……」
「マスター……」
「くぅん……」
「……」
藤原の姿をモンスターたちが心配そうに見つめるが、口出しする事は出来なかった。打ちのめされていたのは解るし、勝てなかったのは自分たちのせいでもあると思っていた。悲しいことに、マスターとモンスター、その両方が悪いのは事実であり、間違いでもあった。尊の言う通り、負ける時は負ける。ならいっそ環境が切り替わるまで離れるのも1つの手だ。
だがそれがこの世界では出来ない。モンスターの、牧場の維持には金がかかる。もし、表舞台から去るなら早い段階で別の仕事や道を探さないとならない。そうなるともう、モンスターを戦う為に運用することも出来なくなるだろう。
ある程度なら貯金もあるだろう。だが何時までも夢を見る事は出来ない。その挫折がリアルとなって藤原を追い詰める。
Tick Tack Tick Tack……時計の音が響く。沈黙が耳に痛い。ここには藤原を、モンスターたちを慰める者が1人としていなかった。
「はあ、すまない皆。そろそろ夢に折り合いをつける頃なのかもな」
「マスター……私達はマスターが望むならまだ……」
「いや、良いんだ。今日1回も勝てなかった。それが結果だ。良い区切りだったんだ。この年でまだBなんだ。そもそも才能がなかったんだ。ここからは努力だけじゃない……それぐらい出来て当たり前、才能を持った上で努力が必要な世界だったんだ」
それが抜けていたのならもうしょうがない。そう言って藤原は諦めの笑みを浮かべた。
「疑問:どうして諦めるのですか?」
そして引退という覚悟を、台無しにする存在がやってきた。
それは音もなく室内にいた。あらゆる善良な魂を冒涜する気配をしていた。生命の尊さを蹂躙する臭いがした。それはこの世に存在してはならない色を持っていた。
「挨拶:こんにちわ、私はチクタクマンと申します」
「迎ーーー」
見えた、感じた瞬間に藤原は迎撃を選択した。そこに迷いなんてものはなかった。歴戦の勘が思考するよりも早くその邪悪さを理解していた。コイツは地上に存在してはならないものだ。それが邪神であると認知する前からモンスターへの指示は始まり、終わった。
「あぁ、このままでは会話すらできなさそうなので先に処理しました」
瞬きをした瞬間にはモンスター達は床に沈んでいた。全て床に、瀕死で動けない状態での無力化。その姿を見てから相手が注意喚起が回っていた邪神チクタクマンであると認知し、藤原が銃を構えた。
発砲。
寸分の狂いもなく脳天を狙った弾丸はチクタクマンに届く前に停止した。
まるで静止した時そのものを身に纏うようであった。
「称賛:素晴らしい。貴方がた地球人は本当に凄い。判断が早く、モラルに高く、そして戦いに迷いがない。貴方は嗅覚だけで私の邪悪さを嗅ぎ分けた。とても素晴らしい才能をお持ちの様ですね」
「皮肉か? この野郎……!」
打つ手なし。
藤原が片手でスマホを確認するが、電波が不自然にバグっている。最新性のダンジョン対応フォンが機能していない以上、増援を呼ぶことは出来ない。銃を構えつつ隙を伺う。
「で、アンタ何なんだ?」
「おっと、失礼。私はしがない邪神、チクタクマンと申します。えぇ、仲間内でも中途半端な方でして。いやはや、実に恥ずかしい」
舐めやがって、という言葉を藤原が飲み込む。目の前の異常存在が何が目的で現れたのが解らない。生きている間に情報を抜けるだけ抜く事に目的は変わっていた。もし自分が死んでも、最悪スマホだけでも安全圏に出せれば情報は残せる。
無論、それを許すほどチクタクマンは甘くない。
慎重にして臆病。
チクタクマンは表に出る時、決して油断せず、完璧な準備を整えてから己の仕事を遂行する。藤原はこの時点で詰んでいる。
「貴方は悔しくありませんか? 若き才能に追い抜かれ、忘れられ、時と共に風化する己が」
「……」
「感じますよ、貴方の怒りと絶望が。まだ戦いたい。まだ活躍したい。栄光が欲しい、その魂の叫びが」
どうでしょうか?
チクタクマンが手を伸ばす。
「私であれば貴方の力になれますよ。貴方に足りていない才能……手に入れるつもりはありませんか? 私は貴方にーーー」
発砲。
チクタクマンの眼の前で弾丸が止まる。
「成程、読めたぜ。目的は俺を傀儡にでもする事か。何でそんな回りくどい事をする必要があるかは解らないが……良いこと教えてやるぜ」
銃を突きつけた藤原が宣告する。
「与えられた力で勝ってもな、それは結局自分の力じゃねぇんだよ。神様に与えられた力ではい、勝利! 俺凄い! そのどこに中身がある? ないんだよ、中身なんて。バカが他人の褌でイキってるだけなんだよ」
解るか?
「勝ちも負けもある。だけどそれは全部俺の人生、俺の選択、俺の力だ。だからこそ勝ちにも負けにも意味と価値がある。お前の助けなんていらねぇよ、勝手に人の人生を穢すなクソ野郎」
言い切った。
藤原は一切チクタクマンが見せる邪神のオーラに参ることなく、己を貫き通して敵対を選択した。その先に悲劇しかなくても、それは自由意志による反抗だ。尊いものを見てチクタクマンは溜息を零した。
「認知:貴方を多少侮っていた事を謝罪します。この世界の人間は中々やるようですね」
「第一、お前が目的なのは俺じゃねぇな。こっち見てるけど頭の中は宝石の事を考えてるって目だ。恐らく本命はお前と戦った鴉羽プロだな?」
チクタクマンが笑みを浮かべた。
「成程、やはり私の目に狂いはない。アレを殺す為の刺客は貴方が良い」
丁度良いとチクタクマンは藤原を両手で作ったフレームの中に収める。
「名声があり、強くなる下地があり、彼と対決できるだけの縁がある。貴方ぐらいが丁度良い」
藤原はそこで相手の目的が己を利用する事だと悟った。その瞬間、チクタクマンへと向けた銃口を己の頭へと向けた。
そこに迷いはなかった。
藤原は、己の頭を撃ち抜いた。
即死だった。
利用されないように、これ以上状況が悪化することを防ぐ為に、この世界において不可逆の変化を与えた。それは間違いなく妙手だった。モンスターとは違い、人の蘇生は出来無い。頭を撃ち抜いた時点でもう藤原は利用出来ない。
負けても、惨めでも、それでも誇りが彼にはあった。
マスターとしてここまで戦い抜いて来た誇りが。それを穢すことだけは絶対に許せなかった。だからこれから来る新時代と新世代に未来を残し、期待を向け、一瞬の迷いもなく藤原は自殺した。
無論、妙手ではある。
これがチクタクマンでなければ。
逆再生が始まる。
ぶち撒けられた脳髄が、貫通した弾丸が、全て逆行して元の位置へと戻ってゆく。死んだ命が元の位置へと戻され、再生する。そして藤原は己の死を覆された。
「……!?」
当然、死の感触が残る藤原の動きは止まる。それをチクタクマンがあざ笑う。
「説明:驚愕の必要はありません。時を戻して死をなかったことにしただけです。尤も今、そのせいで近くの誰かが代わりに錆鉄に変わりましたが」
「ぐ、こいつ……!」
「あぁ、人間の尊厳とか矜持とか、そういうのは結構です。何故か貴方達はピンチになると何時も人の尊厳、矜持、強さを強調します。人間讃歌でも謳いたいのでしょうか? 私からすると実に無意味な主張でしかありません。どうしてそんなちっぽけなものを主張しただけで勝った気になれるのでしょうか?」
徹底して尊厳を、尊いものを踏みつぶす邪悪さ。
そこに悪意等というものはない。
そもそも悪意を向けるレベルにさえない。
これこそが自然体。だからこその邪神。この世に存在してはならない者達。
「本当なら協力して貰えれば良かったのですが……まだ心に隙間が無いのを見るとどうやら強行手段を使う必要があるようですね」
そう告げた瞬間、床に倒れていたモンスター達が苦しみ始めた。
「マスター……助けてマスター!! 嫌だ!! 入って来ないで!! いや!! 止めて!!!!」
「お前、俺の仲間に何をしやがる!!」
使い物にならない銃を捨ててチクタクマンに掴みかかる。それを涼しい表情で受け入れる。チクタクマンは間違えのないように、丁寧に己の悪行を説明する。
「安心してください。少し過去を変えているだけですから」
「過去を……?」
「えぇ。このままだと鴉羽尊には勝てませんから。だから根本からの改善と強化を行っているんですよ。ちょっと貴方達が合体した時に干渉して、私の一部を混ぜているんです。そうすればほら、私の力と意志を分け合えますからね?」
「お前……がっ!」
モンスター達が過去改変により存在を書き換えられる中、藤原も首を掴まれ、持ち上げられる。チクタクマンの空いた片手には無数の歯車が絡み合う、青白いオブジェが浮かんでいる。
「彼は許される環境であれば一切手段を選びません。それこそ女神や貪食王さえも利用する選ばなさを持っています。流石にもう1度貪食王に食われるのもごめんですからね、彼の事はルールに乗った競技の場で殺す事にしました」
何を言っているのか、それを理解するのに数秒かかった。
「……認定戦か!」
「彼は執拗にルールを守る事を選びます。それは彼が本質的に人としてのラインを守る為、自らを律するものとしてルールを求めている事を示しています。恐らく認定戦という環境で殺す事に動いた場合、その便利な誇りと矜持に賭けてルール内で勝とうとするでしょう。彼はそういう誇りある人間になりたい様ですから」
コイツは生かしてはいけない。
ここまで邪悪で、悪辣で、純粋な冒涜を許してはならない。何らかの方法で本人に事実を伝えなければならない。なのに手段は何もない。完全な詰みだ。ここから挽回する手段は何もない。
この男に全てを覆すだけの運命力はない。
だからこそ、尊に対するヒットマンに選ばれた。
「鴉羽プロ……気をつけろ……コイツは……!」
「労い:無駄な忠告お疲れさまです。では貴方の番です」
「お、おおおおおおおおぐおおおおおおおああああああーーー!!!」
控室に咆哮が轟く。チクタクマン、その力の精髄が藤原の中に埋め込まれてゆく。ゆっくり、内側から侵食するように。書き換えるように。全てを台無しにするように。
誰にも止められない悲劇は進む。
やがて時間が僅かに経過し、室内に新たなチクタク音が4つ、増えた。