10月。
あの海王事変から半年も経過すると世間もだいぶ大人しくなってくる。喉元過ぎればなんとやら……痛みも苦しみも、それを経験しなかった側はそういうものに飽きてくる。犠牲者に、被害者にとって苦しみは永遠に続くものだ。だけど痛みを覚えなかったものからすれば段々と自粛自粛煩くない? と言いたくなってくる時期に入ってくる。
これ幸いとエンタメ業界は再び力を入れて大型企画を通すようになった。この自粛ムードをどうにかしない限り、業界が少しずつ衰退していくのが目に見えているからだ。そういう企業努力の成果を以て半年経った今、漸く世間は海王事変前の状態へと戻ろうとしていた。
実際、大型大会自粛という状況は多くのマスターにとっては苦しい状況だった。マスターにとって大会は大きな収入源になるイベントであり、スポンサーを持たない個人勢は特に大会でのスコアが重要になってくる。それが開催されないのはまあ、懐に優しい状況ではない。
ぼちぼち大会が増えてくるとノアで増えたスキルが流通し始め、環境が回りだす。
《箱舟都市ノア》の流通で防御を無視出来たOC構築が戒められ、それによって合体魔法がメインに立って、そこから《スペルアブソーバー》等の合体魔法を戒めるスキルが注目されるようになる。そしてそういうコントロールが増えると、再びOC構築によるアグロが注目される。
環境にそれぞれの構築パーツが増えたことによって環境が回りだすようになって来る。というかこれまでの無印環境がプール少なすぎたのだ。これまで止まった水の中で泳ぐしかなかったマスター達が、深みのある水の中で自由に泳ぐ事が出来る。
適性や好みで構築を変えられなかったマスター達が新しいパーツを手に構築をカスタマイズし、ちょっとした戦国モードが始まる。
世間が再び新環境の到来に盛り上がりを見せ始める頃。
「―――おう、復活したぜ」
「いやあ、長く死んでましたねぇ」
ディザストロとマガツキュウビが復活した。
「お帰り」
そんな2人を牧場で迎えた。半年ぶりの復活というのにまるで変わらない姿を見せるもんだから安心した。マガツキュウビは子狐モードで、ディザストロは普段通りのドラゴン姿で復活していた。いや、復活したのはここじゃないんだけど律義にも顔を出してくれたのだ。ありがてぇ。
「地球が残ってるって事は勝った、って事だよな? 大陸はどれぐらい残ったか?」
「沈んだ前提で話すの止めない? ちゃんと全部残ってるよ! それなりに犠牲はあったけど」
「犠牲なしで乗り越えられるほど甘い戦いではありませんでしたからねぇ。それでも犠牲で終わるだけかなり良い成果だとは思いますよ。うおっ、着信凄い事になってる……」
マガツキュウビがごそごそと尻尾の中からスマホを取り出すと、着信履歴を確認し始める。まあ、死んでいる間にもいっぱい……いや、待って、死んでる間スマホも消えてなかった? なんで着信溜まってるの? 何か物理法則おかしくない? 何時もの事か。
「アレ……グレート・マザーからなんかいっぱい着信入ってますわね。もしかして心配されました?」
「寧ろヘルプのコールじゃない? 今根の国の攻略、クライマックスに入ってるし」
「はい?」
そういや死んでるから知らなかったんだっけ?
「一般Sランクマスターと大母の戦い、最終フェーズの攻略に入ってて今激熱だよ」
「マジで言ってます?」
原作(仮)もあるし、俺が最初に根の国を見つけてから既に何年も経過してるんだ。1番奥に到達してるし攻略は前々からしてたんだからまあ、最終フェーズに入っても全然おかしくないと思うんだけど。
それでも俺抜きで、完全に独力で深淵の大母を攻略しそうなんだから凄い。この件に関して俺は完全にノータッチを貫いているので、もし倒す事に成功すれば人類から初めて隠しダンジョンの攻略者が現れる事になる。
それこそ新時代の幕開けと言えるかもしれない。根の国が完全攻略されればこれまで解禁されなかったモンスターに……攻略者本人が深淵の大母を合体で生み出す権利が与えられる。ダンジョンのトップを張ったモンスターだ、合体できれば大きな力になるだろう。
……所でこの手のダンジョンボスって合体して生み出すとどういう扱いになるんだ? 本体の分身が仲間になるんか? それとも本体そのものが合体後に新生して現れるのか? この場合合体した方が劣化にならない? 根の国いる本体の方がボス性能あって強いし。
良く考えたらルシフェリアもこのパターンだな。俺が合体させて生み出したら本体の方がどうなるんだ? それとも戦闘で倒すから本体は消えて合体可能になるって感じなのか? 良く考えると結構謎な部分だな、これ。ゲームだと普通に消えてたから倒したら消えるパターンなんだろうけど。
根の国の場合、冥府管理者だし消えるのはだいぶ困るのですが……?
流石に対策してあるか。
「し、死んでる場合じゃありませんわ!! 今すぐ実家に帰らせていただきますっっ!!!」
そう言うと凄い勢いでマガツキュウビは彼岸エリアへと向かい、そのまま鳥居を爆速で抜けて根の国へと帰って行った。流石に参戦はしないだろうが、この世紀の瞬間を黙って見過ごすというのはちょっと出来ないよね。根の国にいる連中に動画配信だけでも頼んでおくか……。
マガツキュウビが爆速であの世へ帰還を果たした所で残った俺とディザストロは視線を合わせ、なんとも慌ただしい奴だと嘆息してからそれじゃ、と声をかける。
「どうする?」
「山に一旦帰る。またな」
「お疲れ様……そしてありがとう」
「気にするな。人類とお前に賭けただけだからな」
そう言ってディザストロは翼を広げ、ドラゴンズバレーへと向かって飛び立った。功労者2人が蘇り、牧場を去った所で漸く日常が戻って来た。これで海王事変にかかわるすべての登場人物の帰還が果たされた。
戻らない命もあるけど、生き残った人たちは漸く日常へと戻る事が出来た。少しずつだが世界はあのショックから抜け出そうともしている。完全に普段通りの生活に戻るのは、そう遠くない出来事だろう。
結局の所、人間は忘れる生き物だ。そう長く、悲劇を抱えたまま生きていけるほど器用じゃないのだから。
「ん―――」
背筋を伸ばして空を見上げる。10月に入ってもまだ日差しが強く、温かく感じる。
夏の熱気は徐々に遠ざかり、月末になる頃には涼しく感じられるだろう。これまで半袖だった時期が長かったが、それも長袖に変わり始めるだろう。背丈も伸びて来たし、そろそろ新しい普段着の類を買った方が良いのかもしれない。
「ふんむ」
チビが近寄ってきて暇なら遊んでー、とじゃれついてくる。その姿を地面に転がして、腰を下ろすと腹を撫でろと見せてくる。チビの横に座り込んで腹を撫でてやると嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り回してくる。本当にどんだけ成長しても中身は子犬のままだな、こいつは。
牧場を見渡せば増えて来た新しいモンスターも随分と馴染んでいるように見える。
ちまちまと合体を繰り返す事で漸く作成に成功した生産関連モンスター達も年単位で牧場に居座っていると流石にこの混沌や環境に慣れて落ち着いた様子を見せてくれる。マスターとしての収入だけで今は大きな黒字を稼げてるが、牧場の方の運営もそれなりに頑張っている。
凝り性というかなんというか、いつの間にか牧場でモンスターの世話をするのも楽しく思えている。特産品とか企画したりするのも割と面白い。実はウチ、高級レストランと契約が出来て野菜をおろしてたりする。
館長があっちの世界の野菜の種とかを渡してくるもんだから結構珍しいもの見たさに頼むところもあるが、ウチは常にランクに合わせたモンスターのアップデートを行っているので、ブランド品に負けない味の野菜とかを提供できるのだ。
Sランクに上がればここら辺の品質も最大級になるんだけど……正直現時点でももうスーパーの野菜食えないなぁ、ってレベルになりつつあるのでちょっと怖いんだよね。舌、肥えると損する部分大きいし。
「卒業したら就職とかせずにこのまま牧場経営を続けるのでも全然良いな……」
早起きするのにも慣れたし、牧場での仕事も楽しいし。最近では人を雇って作業も多少は楽になって来たところもあるし。
何よりも牧場生活なら久遠と一緒に居る時間が取れる。
これ以上魅力的なものはないと思う。
「国から将来の就職先に特殊部隊とか軍とかのお誘い結構多いんだよねぇ。チビはどう思う?」
「わぅ?」
なにそれ? みたいな顔をして首を傾げる魔狼がまあ、なんと可愛らしい事か。お前は一生遊んで居られればそれで満足って感じだな……最終世代に合体させた時、お前はどうなるんだろうね。その子供っぽさが多少は抜ければ良いんだが。
……最終世代で1番不安を覚えてるのは超越血統なんだけどね。
俺も別に鈍感じゃないから好意には気づいてるんだけど……なんか、好感度世代別にどんどんストックされてない? 感は凄く強い。
「今、私の事想いましたね……?」
ミレーナの事を考えたらご本人が空から登場。屋根の上で魔力訓練の為に瞑想中だった筈だ。近づいてきた所で額にデコピンを叩きこんで訓練に戻りなさい、と示す。モンスター達は訓練値がカンストしても、サボると少しずつこの数字が下がって行く。
だから1度戦闘用に訓練をしたら、引退するまで日常的にずっと訓練させておかないといけないのだ。特にミレーナはウチのエースなんだからサボりは許されない。エストだってちゃんと除夜の鐘になってるんだから頑張ってくれ。
「ふぅ……来年4月か」
Aランク認定戦、そして高校3年生。
もう半年しかねぇんだなぁ。
卒業したら俺と久遠がどうなるのかも、ぼちぼち考えておかないとならない。何時までもこのまま、返事を引き延ばし続ける事も出来ない。
子供でいる事が許される時間が少しずつ……海王事変の爪痕が癒えて行くのに合わせて過ぎ去って行く。
もうそろそろ大人だ。