さて、親切な柊家の人が説明してくれたので柊家の大体の状態と頭のおかしさを把握できた。これで知りたい事も知れたし、リアクションも見れたからこのつまんない会場を出るか。
もう少し暴れられるかと思ったが、信者と恐怖とジジイの被害者の集まりだった。これを蹴り飛ばして虐めるような精神性はない。まあ、生きているだけでそのうち没落するか……或るいはその前に周りに大迷惑をかけるか。王兄様の一族皆殺しの判断はまあ、間違ってないかもしれない。
ねじれたものはそう簡単に元には戻らないのだ。柊剛三はこの一族に愛と期待以外の全てを与えてしまった。そのせいで完全にねじれた。
逆に愛を与えられた母はその全てを拒否してこの檻を出た。やっぱマッマが最強だってはっきりしてんだよなぁ。はー、もう用ねぇわこんな所。完全に興味を失った。引き続きアンナにブロックして貰ってガン無視決めよう。
こいつらは敵じゃない。
意識しなきゃならないのは現状格上の王兄様と同格な雅人だけだ。それ以外は有象無象だって良く解った。もはや考慮するに値しない。恐らく全員、何らかの影響力と才能を持ちえた人たちなのだろう。だけどこいつらの人生が俺と交差する事は永遠にない。
興味がない。
なのでもう無視して、雅人と王兄様の方へと向かう。
「ここつまんないし、二次会しようかと思うんだけど来ない? 最近オープンした良い店知ってるんだよね」
「お、行く行く。俺もこの集まり前々から嫌いなんだよね」
「懐かしいな……我が雅人に尊の事を教えてけしかけたのもこういう集まりの中だったな……」
「お前が犯人かよ!!!!!」
「おー、そういえばそんな事もあったな」
当時を思い出して雅人がけらけらと笑う。でも今更振り返ってみると納得だな。雅人、あまりにも駆間と相性が良すぎるけど普通は接点が生まれないから来る事もないんだよな。でも王兄様なら適性を見抜いて適切に誘導することも出来るか。黒幕みたいな事やってるなぁ、この人。結果的には大正解なんだけど。
「王様はどうする? 来る?」
「折角だし我も行こう……マイ・マイク持参でな」
情報読み取ってるからどこに向かうのか解っているらしい。うきうきした様子でマイクの確保に動いている。最後に端っこの方で商談していたアンナをディザストロに回収させたらそれじゃ、と手を振る。
「じゃあな雑魚共! 一生ブルってな!」
懐から図書館の栞を取り出し、出来立てほやほやのクロワッサンを貰ってからゲートを抜けて日本を去る。図書館に突入すると王兄様がほー、へー、はー、と面白そうにあたりを見ているが、向かう先は直ぐそこなので寄り道はしない。
アンナは抵抗するだけ無駄だと解っているので俵担ぎされたまま手足がぶらんぶらんとしている。
なのでこっちこっち、と3人を案内する。
栞ゲート口から直ぐ近くに設置されている別のゲート、俺が頼んで設置して貰ったショートカットへ。
ダンジョンゲートと同じ構造で空間に穴を開けているそれを抜ければ視界は一瞬で切り替わり、肉体は図書館を離れる。俺にとっては見慣れた景色が広がっているも、後からやってくる連中にとってはここは未知の世界だろう。
「ここはどこだ? 船?」
最初に踏み込んだ雅人が疑問を浮かべ、続いてゲートを抜けて来た王兄様が到着と同時に感嘆の声を零す。
「ここはまさか……!」
最後にディザストロに担がれたアンナが運び込まれてきた。
「で、私たちをどこに連れて来たのよアンタ」
「どこって」
巨大な窓の前に立ち、目の前の光景を見せるように手を広げる。
「月だけど?」
ブリッジ直通ゲートからコンソール前へ。正面からは月面と地球の姿が見える。それが嫌でもここが月面であるという現実を3人に伝える。ディザストロから降ろされたアンナは呆然としながら今、自分が地球を離れてノアの中にいるという事実を理解していた。雅人はめっちゃ目を輝かせ、王兄様は辺りを見渡すと痛みを堪えるように片目を押えた。それがどういう理由から来るものなのか、俺には概ね理解できた。
「それ以上は見ない方が良い。それは人の脳で理解できる範疇を超えてるから」
「みたいだな。過去の情報を読み取ろうとしたら過去から呪殺されかけたぞ」
非常用にポーション持ち歩くのは駆間人の嗜み。王兄様にポーション飲ませて治療させつつ呆けてるアンナと目を輝かせる雅人を軽く叩いて正気に戻す。
「Welcome to moon」
月にようこそ。ノアにようこそ。合体に来た一部のマスターとここで戦った英雄を除けば今、人類でこの場に立った人類は君たちが初だ。多くの国々や要人が羨んでやまない体験を、経験を手に入れたのだ。
「あんなしみったれたホテルで陰気臭いパーティーやってるよりはこっちで二次会やってる方が100倍楽しいぜ」
どうよ? とドヤ顔を浮かべると呆れてものも言えないというアンナがしばらく言葉を探すのに苦労し、それから何とか言葉を捻りだした。
「……良いの?」
『ドライバー・尊の招待であれば当艦はゲストを迎える事に異論はありません。ようこそ、地球の友達。ノアは新たな友人を歓迎いたします』
突然の艦内放送にアンナがびくりと体を強張らせるも、雅人は真っ先にブリッジ横の扉から外へと飛び出し、そこから一望できる月面世界を眺めていた。王兄様もそれに続いて外の世界を眺め、それからアンナは数秒かけて頭の中を整理すると俺の方を向いた。
「話には聞いていたけど……これが噂のノアって奴なのよね? アンタが世界を救っているって話は何度も聞いてたし、牧場がどんどん変な感じになってるのもこの目で見てた筈だけど……はあ、こうやって体験しない限りは実感できないものね」
「どう? 今お前は人類でも有数の経験をしてるんだぜ?」
「そうね。100億出してもこんな体験は出来ないでしょうね。まさしく金にならない経験よ」
そう言うとアンナも兄弟を追ってブリッジの外に出た。
ブリッジの外からは月面の広がる月の海が見えてくる。甲板の上は整備されて都市が活性化し始めており、月の海の周りにはわずかながら緑も見え始めている。まだ月面そのものを大規模に改変して良いのかどうか、ノアと地球の間では結論が出てないため、これ以降の開拓は行われていない。
それでも今、ノアによって塗り替えられる月の姿がここからは良く見える。
「最近のノアは内部をダンジョン構造化し、生前の乗員や住民のモンスター化に成功したんだ。それによって漸くノアが都市としての機能を取り戻して今、戻って来た住人たちがノア内部で経済活動を再開してるんだ。だから甲板に行けばお店とか住居とか滅茶苦茶あるぞ」
『まだまだ準備段階ではありますが、現在住民アンケートで地球のお客様を迎えたい、地球と交易したい、地球の海で商売したいという声は非常に多いです。現在航海できる海や文明レベルを破壊しない交易品の選出を行っています』
「実は私こういうものでして」
アンナがそっと名刺を取り出した。ロボットアームが壁から伸びてアンナの名刺を回収した。まあ、俺に特別止める理由もないし商売したいのならしても良いんじゃないかな……? 後そこの2人はここ、重力半分しかないからジャンプしすぎには注意してね。
「あ」
「あ」
「お」
口にして注意する前に雅人と王兄様がジャンプしすぎてそのまま柵を飛び越えて甲板へのダイブを果たした。貴重な人類戦力が消えてしまったなあ、と思っているとトラクタービームでノアが2人を拾い、そのまま元の場所へと戻してくれる。ぐう有能。お前らはきゃっきゃするな。
同じ立場だったら俺もするけど。
「じゃ、甲板の方に行こうぜ。最近オープンしたお店があるからそっちで二次会に入ろうぜ」
「良いの……それ……?」
「いいのいいの、俺はここら辺顔パスだから」
『勿論、ドライバー・尊は当艦の恩人であり、前オーナーの盟友でもあります。自由な時間をどうぞ』
「という訳なので」
甲板を指さす。
「あっちでちょっと遊んだり食べたりしようぜ。地球とは全然文化が違うから歩いて回るだけでも楽しいぜ」
ノア攻略の時はまともに見て回ることも出来なかったし。それに今、ここには柊家を代表する人間が4人集まっている。
主流派筆頭柊清十郎。
対抗派筆頭柊アンナ。
狂犬柊雅人。
そして救世主鴉羽尊。
今、俺たち4人がこのめんどくさい柊大戦の中心人物であり、ジジイが滅茶苦茶にしたこの人間関係を唯一何とか軟着陸させられる4人でもある。正確に言えばアンナと清十郎だけがこの話をまともに着陸させる事が出来る。
「お前ら、ジジイが報酬に凄いもんを出してる事を理解してるけど、その背景にあるもんは大雑把にしか理解してないだろ? それ含めて話をしておこうぜ」
折角集まって良い機会なんだ。
ちょっとこれからと柊のお話しようぜ。