「良い事? 良く聞きなさい。戦闘経験なんてものが必要なら金を出せば良いのよ。それにふさわしい人間を用意して、そして場も用意すれば良いの。それに見合う出費を覚悟すれば条件は整えられるの。あえてこのバカげた後継者争いを継続する必要はないわ。これが進行している間どれだけ時間と金を支払わされていると思っているの? このバカのレースに使ってる人間や金を別の所に投資できるのよ?」
「アンナ、貴様の言う事は尤もだ。確かにこの後継者争いは多くの事を犠牲にしている。柊家の才能こそが最も大きな財産だ。だが同時に、今、柊剛三の影を抜け出せない状態で人材運用をしようとしてもまともに機能する事はないだろう。相手の規模を考えれば柊家としてのリソースを全てこの戦いに持ち込めるようにするべきだ」
「だーかーら、この争いをさっさと終わらせようって話でしょ? 談合して終わらせれば運用できるでしょ」
「そこには心がこもっていない。柊家の根底にあるのは信仰心だ。まずはそれを打ち砕き新しい神を立てる必要がある」
「心なんて仕事の前では考慮するものじゃないでしょ。プロなら与えられた仕事を金額分の働きをする。これは社会人として基本的な事でしょうに」
「アンナ、貴様は能力があって向上心があり、尚且つ志も高い。だからこそそれを持たぬ者とは永遠に相いれない。努力をすれば良い、上を目指せば良い、役割を果たせば良い。それが出来ない者が多い事を理解するべきだ。悲しいかな、今の柊家は過去の威光にすがるばかりだ」
「だから、争いをとっとと終わらせて正常化するべきなんでしょ」
「解らんか? この争いこそが正常化する手段なのだ」
行くぞ雅人……えい! あ、飛んで行ったタツノコが空中で急停止した? どうしたの? 怖かったの? え、違う? まあ、尻尾を指に絡めて来ちゃって! もしかして甘えてるの? 好感度上げすぎちゃうと飛んで行ってくれないんだ! へぇ! これも失投扱いなんだ。うーん、好感度を上げすぎると飛んでくれない、好感度が低すぎるとゲーム拒否。中々奥深いゲームだ……タツノコダーツ……あ、ノアだとプロの部もあるんだ。
「アンタらダーツで遊ぶな! もうちょっと真面目に話に入りなさいよ!」
「はーい」
雅人と声をそろえて返答するも、俺たちの意見はまあ、大体固まってる。
「対戦回数多い方が良いから後継者争いをしたい」
「本気の王兄様と勝負してぇからS認定戦で雌雄を決したい」
「こいつら戦う事しか考えてない……!」
アンナが呆れ100%の声を放つ。
「良い? この争いが終われば私もあっちこっち防諜や取り込みに使ってる人間を動かせるようになるし、もっと身軽になるの。そうれば大会の開催数も増やせるし、マスターを呼び出して対戦する事だってできるわ。そうなればアンタ達だって対戦数が増やせるんじゃない?」
「それには取り返しがあるんだよ、アンナ。取り返しのつかない戦いの中で自分の生死を削るからこそ見出せる境地があるんだ。余裕のある中で戦っても、それは普通の成長でしかないんだ。限界を超えるには常に己の限界に挑まないとならない」
だから俺はこの件に関しては王兄様擁護派かな。
「ジジイの肩を持つ訳じゃないし、この争い自体バカげていると思っている。けど結局の所、今の俺も王兄様も弱すぎて連中の敵にはならないよ。なあなあの関係で戦っても成長できないとは思う。俺達人間はそもそも超越者相手に戦うようにデザインされている生命じゃないんだ。連中と戦うには自分の存在を壊してでも上の領域に手が届くように鍛え上げるしかない」
「……」
その言葉に清十郎は俺を見て黙った。もはや俺を死神と呼ばなくなった王兄様は俺がもはや死神からは程遠い所を目指している事を理解しているのだろう。だから死神ではなく名を呼ぶ。そして何も言わない。
壊れてでも目指すべきところがある。その意思を尊重してくれている。
「俺は負ける事が出来ないんだよアンナ。特に認定戦みたいな場ではな。そういう所で戦って、ギリギリを攻めて、その上でつかんだ勝利の全てが糧になる。逆に言えば余裕のある環境で戦ってもそれは普通の経験値にしかならない。ジジイの存在には腹が立つけど、このレースのおかげで俺は成長に必要な要素は全部揃えられたぜ」
育つための環境。
生きる為の理由。
磨きあうライバル。
倒すべき怨敵。
「鴉羽尊の全ての始まりはこの後継者争いになる。だからこの後継者争いはちゃんとした決着をつけるべきだ。なあなあで終わらせたら一生後悔すると思う」
「……はあ。雅人、アンタは?」
「概ね同じ意見。ただし俺は尊みたいな運命とか使命みたいなものはないからもっと気楽だけどな。それでも談合か何かで終わらせる戦いに特に価値はないと思う。そしてそうやって終わらせても誰も付いてこないとは思う」
「貴様は賢しすぎるのだ、賢妹よ。柊らしからぬ過ぎる。貴様は確かに柊の人間だが、考え方やあり方が外に近い。だからそういう合理的な判断が取れる。だが世の中は決して合理性だけで動く訳ではない。その合理性は常に予想外の蛮性や力によって揺れ動き、崩される。柊家は変わるべきなのだ」
「皆殺しによって?」
「ああ!」
やっぱ王兄様も論外だよな……。極端が過ぎるんだよこの長兄は。もうちょっと軟着陸させる気があるなら話になるんだけど……その気が一切ないんだよね。
「清十郎……アンタ柊は世界を率いる為に必要って言ってなかった?」
「それはそれで、これはこれだ。我では恐らく女神には勝てん。人類全体で見るなら我の素質資質は最上位クラスであろうが……この戦いで求められる素質とはそういうものではない」
清十郎が俺を見た。
「全ては贄だ。神殺しの剣を鍛え上げる為の。柊家も、邪神も、駆間という環境も、恋人も。全ては鴉羽尊という唯一無二の神殺しの素質を限界まで引き出し、鍛え上げる為の贄だ。柊剛三はこの度の策略をそういう風に設計し、計画している。そして悔しいが、それが最適解だ」
その事に関して俺はまだ半信半疑だ。
ジジイが俺と初めて会った日……あの時見たジジイの困惑と裏切られたような表情、俺はまだ覚えている。アレは今知っているジジイとはまるで違う表情だった。だけど考えてみればこれまで、灯しか生まれてこなかった。その中で急に俺が生まれて、必要なパーツが揃った。
おそらく母と灯だけは毎度、このゲームから除外していた。
あの2人はジジイの聖域なんだろうな、たぶん。非効率や不合理であろうとタッチしてはならない領域だった。だけどそこに俺が生まれてしまったから巻き込むことになった……か。
そりゃあ憎いか。しかも俺には才能があった。因と果があった。女神殺しの。
とはいえ、それでジジイの行いが何1つ肯定される訳じゃない。殺しの罪は殺しの罪で、アレが世を乱した事実は何も変わらない。救世の為に何をしても良いという訳ではない……と言えるのは今はまだ勝っているからなのかもしれない。
ジジイが最愛の妻を亡くしているように。
俺も久遠を失えば、同じ所に堕ちるかもな。
「はあ」
アンナが大きくため息を吐き出した。疲れた、という解りやすいサインなのだろう。
「解った。この件に関しては平行線になるのね」
「あぁ、我はこのまま主流派を率いて貴様らを迎撃する。裏の事情が分かった故、このままAランクで他の一族を阻む門番として立ち続ける―――元々容赦するつもりはなかったが、これからは片手間ではなく己の才気を注いで鍛え上げる事にしよう」
柊清十郎の声と肉体に覇気が満ちる。
「挑むのは宇宙規模の全能者なのだ。本気になった我を超えられぬ様であればそも未来等ない。老爺には悪いが次週に夢見て貰うとしよう。この我が……全力を持って未来への道を阻む障害となろう」
今、この瞬間、本人がただの後継者争いとしての勝負ではなく。世界を導く為の救世主を育てる為の試練として己があるべき事を定めた。これまでは多方面に向けられていた才能を、明確にマスターとしての技能や才能に注ぐことを決めた。
ディザストロが語った眠れる素質、その開花と覚醒がこの瞬間決まった。
或いはSランク認定戦までに構築分の専用マスタースキルの開花ぐらいは終わらせて来るかもしれない。残念ながら交渉は決裂だ。やはり決着は将来的にSランク認定戦でつける事になるだろう。
ま、そういう事もあるよね。
「つまり……俺にはさらに強くなった清十郎と戦う機会も、それを超える為に強くなった尊とも戦う機会がある……って事だな……!?」
「お前ほんとどうしたんだよ」
「どうしてこうなったのよ」
「ふふ……駆間に送りだしたら適性に合わせた成長をするだろうな、とは思ったがここまではっちゃけるとはな。貴様こそ本当の意味での柊剛三の後継者かもしれないな」
名誉でも富でも権力でも使命でもなく。ただその伝説を超える為だけにバトルへと全てを捧げる雅人。確かにお前が本当の意味で柊家を率いるべき器って感じはするよな。お前、あの頃からほんと成長したな……。