いよいよ4月になる。
最近は環境もだいぶ安定してきた。
根の国、図書館、暗黒樹海、ノア等で流通するようになってスキルやモンスターが根付いた結果これまで見向きされなかったフォーマットやコンボが見直され、多様性がゲームに持ち込まれた。
勿論、誰もがそれに適応出来るわけではない。環境の変化によって追いやられる人も当然出てくる。
だが最終目標に女神との決戦が待ち構える以上、インフレとそれに対する適応は必要な犠牲でもある。
海王事変から1年が経過した。地球は漸く事件の爪痕から復帰しつつ日常へと戻っていた。犠牲を忘れた訳ではないが、それでも進むしかない日常を歩んでいた。
その中で、遂に待ち望んだ日がやって来た。
『さあ! ついにこの日がやって来た!』
日本最大規模のドームには5万を超える観客が来ていた。
『Bランクはプロの世界! 他でもない、この競技で食うことを決めた修羅の世界だ! 戦わなければ生きていけないこの世界で戦うと決めた戦士達! その中の最強が今日、頂点への歩みを一歩先へ進める! さあ、本日の主役達のご登場だ!』
興奮を煽るMCと共に入場の指示が出された。入場ゲート横のスタッフが手でゴーサインを出す。それに合わせてドーム中央へ向かって歩き出す。
『集う8人のマスター達! どいつもこいつも今日の為に限界まで仕上がっているぞ!』
鼓膜を震わす歓声に応えるように手を振りながらながら中央へと向かって歩く。日本の大会は海外と比べてエンタメ色が薄く、どことないプロフェッショナル感が漂うもこういうMCで煽りはキッチリと入れてくる。
まあ、戦う側もこうやってテンションを上げてくれると気分が良いのは確かだ。
周りを見れば本日戦うことになる自分を除いた7人のマスターの姿が見える。軍服コスプレおじさん、牧場に住み着くレイドの妖精、ピエロメイクの男、イケオジ……見ているだけで変な奴の打率多いなぁ、と思わされる。
それでもここに立つ以上、全員が一定以上のレートによって保証される実力を持つ。ここに居る者達で今日は競い合い、唯一の勝者のみが次のランクへと上がる事が出来る。
これまで経験してきた認定戦はそこそこ人数が多かったが、今回は絞られていて8人しかいない。合計8人から成るトーナメント戦による決着……AとSがどれだけ狭き門なのかを示している。
『さあ、本日の出場者を改めて紹介しよう! 大艦巨砲に賭ける思いは誰にも負けない! 兵頭啓介! 今日も毒舌と呪いが吹き荒れるぞ! 地獄の道化師サミー!』
軍服姿の男とピエロメイクの男が観客に応えて手を振って礼をする。事前に写真を使って今回は皆の顔と衣装を覚えて来たから顔が見えなくても判別は付く。ピエロメイクがちゃんと見れないのは少しだけ残念に思える。
『レイド狂いのレイド廃人! 駆間からやって来た刺客! レ! 駆間から来るなら逆田からも当然やってくる! エンターテインメントは任せろ! マイケル・ゴールドマン!! 所で此方の方は名前もプロフィールもレとしか記載されてないんですけどこれで良いんですか?』
よみがえる とらうま。
「久しぶりだなぁ、駆間の魔人! お前とのリターンマッチはずっと楽しみにしてたんだ! このステージでどっちが上なのか改めて決めるとしようぜ?」
「こちらこそまた戦えて光栄だ」
久しぶりに会うな! 2度と戦いたくない気持ちもあるけど、やっぱり強敵と戦うのは楽しいもんだ。Cランク以来のマイケルと握手を交わし、普段牧場で良く見てるレの民と拳を叩き合わせる。
「レ」
「そうだね」
「レ」
「あぁ、容赦しないぜ」
「会話成立するんだ……」
「良く解るね……」
まあ、こいつらがこのレしか言えない状態に変異する所含めて初期からずっと見守ってたので。こいつらジャンルとしては虫食いおじさんと同じ一般異常者枠に入ってくるんだよなあ……。
『続いて最近は上がり調子! いよいよAへと上がるか!? 個人的に応援してるぜ! 藤原寛! バトルとは相手の嫌がる事をする事だ……徹底して相手のしたい事をさせない森岡ユウキ! Bランクドラゴン構築最大手! 圧倒的能力で今度も蹂躙できるか!? 海馬拓海!!』
やはりこのランクになるとどうしてもマスターに対してファンがついてくる。紹介される度に観客が沸き上がり、あっちこっちから見てくれー、お前に賭けたぞって声が聞こえてくる。それに応えるように手を振る姿はどこか慣れを感じる。
藤原プロも去年ぶりに姿を見たが、ちょっと痩せた様に感じる。しかしデータ見てる限りかなり強くなった……というより前回の大会で何かを掴んだっぽいな。試合中の覚醒はかなり非現実的で、早々あるもんじゃない。
だけど負けて、勉強して、その結果花開くというのは何時だってあり得るものだ。あの3連敗で遅咲きの何かを得たのなら嬉しいな。耐久パ、ちゃんと読み勝てると完封試合になるしな……。
『そして最後にこの男! 巷の噂は果たして真実なのだろうか? 破壊者か? それとも救世主か? 今わかるのはこの男が今! Bランクで最も注目を浴びているという事実だ! 最年少Bランカー! その記録をAにまで伸ばすか!? 鴉羽尊ぉ―――!』
一際大きな声援に手を振って応える。周りのマスター達も油断なく此方を見ている。このランクになるとやっぱり、弱いって言えるマスターは存在しない。相性差で完封しても結局それは相性による問題であって、純粋な弱さではない。
やっぱ強い奴と戦えるのは楽しみだなぁ。バトルには義務的な部分があるのは事実なのだが、それでも強い奴と戦うのは何時だって俺を興奮させてくれる。今日揃ってる連中はどいつももこいつも強敵ばかりだ。バトルが出来ると思うとだいぶ楽しみになる。
ただしマイケル、テメーはダメだ。
そのギャンカス構築は仕舞ってこい。
本来なら打率低いくせにお前とマッチングすると開幕成立しそうで怖いんだよ。俺の運がないのが悪い? それはそう。
『それでは本日Aランクの座を競い合うマスター達に盛大な拍手を! それでは第1試合は……此方!』
会場の大型スクリーンにトーナメント表が表示され、第1試合が兵頭プロvs藤原プロになると確認できる。今回は前回とレギュレーションが違う為、控室からも試合を観戦する事が出来る様になっている。やったね! 暇じゃないよ!
『戦車道兵助プロ対超耐久藤原プロ! 第1試合は15分後だ! 現在は各種販売店ではグッズの―――』
スタッフから退場の合図が出たので手を振りながら出口を目指す。いやぁ、俺もすっかりこういうファンサに慣れちまったな。アンナがそのうち慣れるとか言ってたけど本当に慣れるとは思いもしなかった。まあ、AとかSになれば国内だけじゃなくて国外でもこういう事をするらしいけど。
というかB時点でイギリスとアメリカからのラブコール凄いんだよな。ただ残念ながら救世主は忙しい。他国で営業してる余裕はないんだよなぁ、地球の危機的に。コンテンツ的にもAやSからが本番だから、俺がAになったらさらに激戦が始まるのが目に見えてるんだよね。
たぶんだけどA辺りから女神の干渉が増えるんじゃないかとは思うんだよね。そろそろ焦れ焦れしてる頃だろうし。あの女神のガス抜きには丁度良いんちゃうか? 他人じゃなくて俺にだけ迷惑かける分ならまあ……そこまで文句はない。
なんだかんだで高難易度コンテンツって考えると女神とのバトルも割と面白くはあるんだよね。
シチュエーションが一切笑えないだけで。
スタッフの誘導に従ってドーム中央を後にして通路に入ると、集まった俺達8人のマスターがそれぞれの控室へと向かおうとする。一部とは既に挨拶を交わしているが、その中でまだ挨拶出来てなかった地獄の道化師が近づいてきた。
「クヒヒヒ、鴉羽尊クゥン」
「おお」
笑い方が独特だ。地獄の道化師は近づいてくると懐に手を入れて―――名刺を取り出してきた。
「こんにちわ、地獄の道化師サミー(芸名)で活動している新田裕也です。地獄の道化師サミーというヒール系マスターで活躍している以上、色々とヘイトを買う様な言動が多いでしょうが、そういうパフォーマンスなのでご容赦いただけると助かります」
「あ、いえ、こちらこそご丁寧にどうも……こちらも経営してる牧場の名刺ですが」
「あ、ありがとうございます」
お互いに名刺を交換する。こういう事してると社会人になった感が強いよね。一応俺、3月末に卒業式を迎えたばかりの高校2年生なんだけどね……。まあ、アンナとか学生身分のままほとんど仕事ばかりだしな。今の時代そういう感じがメジャーなのかも。
「鴉羽さんが根の国を発見してくれたおかげで編成幅に広がりが出来て、本当に助かってます。死神、良いモンスターですよね」
「死神、良いよね」
握手を交わしているとお、と控室に向かおうとしていたマスター達が足を止めた。
「ずるいぞお前だけ鴉羽プロと話し込んで! 俺だって話したいのに遠慮してたんだぞ」
「兵頭プロは顔が怖いですからね。話しかけない方が良いのでは?」
「ひでぇな!」
がっはっはっは、と笑い声が通路に響く。トップ層にもなるとだいぶ狭い世界になってくるし、ここに居る人たちは大体顔見知りだったり知り合いだったりするのかもしれない? まあ、俺が良く認定戦で駆間連中とぶつかるのと同じ理屈かも。
「レ」
「せやな」
「本当に会話通じるんだな……」
毎日聞いてますからね。
呆れた声の藤原プロにサムズアップを送り、皆に別れを告げる。次の試合があるしあまり拘束するのも良くない。今日は久遠と灯が観戦に来てくれてるし、負けられないぞぉ。
いよいよAランク認定戦、開始だ。