『さあ、始まりました第1戦! 相変わらず藤原プロは防御を固めに行きますね』
『藤原プロの定石ですからね。耐久戦術はまず防御を固めて相手の火力をそぐ事から始めます……おぉっと! 兵頭プロ! いきなり《ワープスター》を使ってきましたね! これは火力を削がれる前に一気に落とすつもりですよ!』
『凄まじい勢いだ兵頭プロ! 乗せるか火力! やるかバースト戦術! バフを重ねて一気に決めに行くか!』
兵頭プロ……違和感を抱いて早々に試合を畳むつもりだな? 判断が早い。今ので何人が違和感を抱いた? クソ、スマホの電波が通らねぇ。何かに遮断されてる。絶対ろくでもないのに干渉されてる。やり口はゴーストライターかチクタクマンか? チクタクマン2度目は嫌だなぁ。いや、ゴーストライターは俺がタネを理解してるから顔を出さないか。
じゃあ邪神確定ガチャじゃん。ワンチャン飽きた女神が遊びに来てるパターンもあるけどその場合、単純に詰みなんだよな。嫌だなぁ。
「スマホが通じねぇ……灯!」
「こっちもダメ」
「むぅ、私のも電波が立たないな」
「エスト、ミレーナ」
「了解しました」
「任せて」
エストとミレーナが久遠と灯をそれぞれ抱き上げると一気に壁を突き破って外を目指す。その間にスマホがダメなのを確認して内線を手に取る。
「俺だ、鴉羽だ! 今すぐ試合を止めろ! は? じゃねぇんだよ! 止めろ! 何かあってからじゃ遅い! 俺が責任を取る! 観客を逃がせ! 良いから早くしろ! クソ! ノアに繋がらねぇ! ノトス!」
「スキルの方の支援砲撃も呼べないね。何かされてるよこれは」
ばぁん! と音を立てて壁が吹っ飛んだ。エストとミレーナに抱えられた久遠たちが帰って来た。
「マスター! まっすぐ外に出ようとしたらドームの反対側に出ましたわよ!」
「時空が歪んでるわ。閉じ込められましたわ」
スクリーンを見る。バースト処理に入った兵頭の攻撃は差し込みデバフによって被害を軽減され、受けられる範囲にまでダメージが減っていた。その上で出血したバジリスクから血が飛び出て、それがウォータイラントへとぶっかかる。
本来であれば毒になる筈の毒血だった。
だが。
血を浴びたウォータイラントは。
斑に錆びていた。
「チクタクマァァァァァアアンっっっ!!」
『うぉ、耳がっ』
怒りで握っていた内線の受話器を握り砕いてしまう。掌にプラスチック片が刺さるのを意に介さず拳を作り、壁に叩きつける。そのまま頭を壁に押し付けて大きく息を吸い込む。ダメだ。冷静になれ。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」
「落ち着けミコト」
壁を殴った拳を久遠が取るとそれを解き、手に刺さったプラスチック片を抜き取ってくれる。横からミレーナが回復魔法を施して治療し、それが終わったら久遠が良いか、と言葉を続ける。
「時間がないのだろう? 怒ってないで果たすべき事を果たせ……良いな?」
「うん、ありがとう」
解っている事だが、君にそう言われると自然と受け入れられる。良し、久遠のおかげで頭が冷えた。ならここでグダグダしている場合じゃない。走りだそうとするとチビが素早く横に来たので、チビに掴まると一気に加速し始める。
言葉は必要ない。長く一緒に育って来た家族だからシンクロも不要だ。伝えたい事は言葉にしてなくても伝わる。だからチビは俺を運ぶように一気に控室の外へ飛び出すと、スタッフを全て避けながら一気にドーム中央へと飛び出す。
そしてそのまま、中央、人工ダンジョンのゲートの中へと飛び込む。
その時には既に戦闘は佳境に入っていた。
兵頭プロの展開するモンスター達は開幕バーストでリソースを使い切ったこともあり、長く戦闘を続けることが出来なくなっている。その影響もあって初手を防ぐ事に成功した藤原プロは優位を保ったまま、じっくりと兵頭プロをすりつぶす事が出来る。
ウォータイラントは既に9割が錆びた鉄の塊と化しており、その横には既に物言わぬ鉄の躯となったモンスターの姿が並んでいた。そしてその背後、指揮を執っていた兵頭プロは振り返る事無く大声を上げた。
「攻撃接触とデバフ付与をトリガーにわけの解らん状態異常を付与してくる。こいつは解除が出来ない。良いか、絶対にデバフを受けるな。直接攻撃もするな。これは《クリア》や《キュア》では解除が出来ない……! ベールか免疫系能力を厚めに―――」
そう言う兵頭プロの体は既に大半が錆びた鉄に侵食されていた。ウォータイラントの最後の1割が錆びに侵食され完全に錆びた残骸へと姿を変えると、兵頭プロはモンスター達と同じ運命を辿るように錆びた鉄の塊へと姿を変えた。
デスペナルティ。
敗者には死を。
最も原始的な闘争のルールがそこにはあった。
その向こう側、青い顔をする藤原プロは絶望に満ちた表情を浮かべ、顔を抑えるも、それを塗り潰されるように黒い能面へと変わった。そして、聞きたくもないあの音が鳴った。
Tick……Tack……Tick……Tack……。
「チクタクマンッッ!」
「鴉羽プロ……来るな……狙いは……ぐっ、うっがぁっ―――!」
「藤原プロ!!」
チクタクチクタク音がする。その中で動きを止めた藤原プロの姿はぐったりと俯き動かなくなり、それと入れ替わるように耳障りな声がしてくる。ぐるん、首が上がって此方を見た。
「挨拶:約1年ぶりですね、鴉羽尊。私の方は度々観察していたので別に1年ほどという感覚はありませんが」
「……」
「情報を与えない為にだんまりとはまたノアでの出来事を思い出す対応ですね。ですが無駄です。あなたの分析は終わっているので今更黙った所で特にメリットはありません。心行くまで罵倒する事を推奨します。ストレスをため込むのは良くありませんから」
「こいつ……!」
藤原プロの口からチクタクマンの声がする。尋常な状態ではない事は察せる。魂の気配はちゃんと藤原プロのものだ。こいつ、何をしやがった? 人の魂の形を、こんなにもボロボロにしやがって。心も、魂も、意思も全てが悲鳴を上げているのを感じる。耳に痛いほど響いてきて頭が痛い。
「評価:存外冷静ですね。もっと激情に駆られて動くと思っていましたが。犠牲者が1人だけでは足りませんか?」
「……」
「理解:怒る程寡黙になるタイプでしたか」
こいつを生かしては置けない。必ず殺さなくてはならない。問題は藤原プロが今どういう状態であるのかが良く解らないのと、まだ救えるのかどうかという疑問が残る事。ただ……間違いなく、元のチクタクマンの能力が藤原プロの構築向けに調整されている。錆化能力をそのまま耐久構築用に調整されている。
……完全に未知の領域だ。
見たことのない能力に、使い方だ。俺のこれまでの知識が通じないものだ。それを理解してチクタクマンは恐らく……藤原プロを乗っ取った? 融合した? とにかくこの手段を取った。しかも援軍が呼べないこの状況で。
「何をしに来た、チクタクマン」
「貴方を、壊しに」
大事な友人へと語りかけるようにチクタクマンはそう言い切った。
「5万人の観客と7人のマスターは今日、全て貴方を壊す為に用意した生贄ですよ」
そう言っている間に他のマスター達が全員モンスターとバフを準備完了させて待機状態に入った。ダンジョン内に数名、ダンジョン外に数名待機する形でチクタクマンを睨んでいる。公衆の面前、中継されている中で堂々とこいつは出現した。
「逃げられはせんぞ」
マスターの1人がそう言うとチクタクマンは首を傾げた。
「疑問:なぜ、私が追い詰められたような事を言うのでしょうか?」
藤原プロの体を使うチクタクマンはぱちん、と指をスナップした。
次の瞬間、視界が切り替わった。見える範囲全てが錆びた鉄に変わっていた。観客席にいる人々は全て鉄の塊になり、二度と動かない彫像となっていた。再びぱちん、とスナップ音が鳴って次は全てが殺されて赤い殺戮場へと変貌したドームに景色が変わる。
「なぜ、私が追い詰められたと思ったのでしょうか? 貴方達は弱く、脆弱だ。何故、数を揃えた程度で私に勝てるとでも?」
「……」
黙った。黙るしかなかった。今、一瞬見せられた景色はあり得る未来の光景だった。起きるはずのパニックは恐怖と絶望感と共に全ての人を足止めし、対抗する意思を奪った。観客席では既に吐き始めている人の気配もする。
その中で、俺達6人だけが未だにチクタクマンに侵食された藤原と向き合っていた。ここに居る者は1人として折れていない。この場にいる者で、戦えるのは俺達だけだ。この6人がチクタクマンに対抗できる唯一の戦力。その意識が全員の中で一致していた。
折れたら負ける。
それを藤原=チクタクマンは嗤って迎えた。
「宜しい。どうやら折れてはいないようですね。ではカメラを通して世界の皆様に、そして安全圏から鑑賞中の皆様に素晴らしき提案をさせていただきます」
さあ、と言葉が続く。
「ゲームを始めましょう。勝てば自由……負けたらそうですね」
軽いものですが。
「この場の全ての命をいただきましょうか」
ね、大した事のないゲームでしょう?
藤原プロの口を使った邪神がついに表舞台に立った。隠れることなく宣戦布告する。今、この瞬間から世界は、無数の邪悪との戦いが始まる。
Aランク認定戦改め、チクタクマン遊戯戦。
開幕。