そもそも。
1時間かかる距離を10分で踏破したので時間は腐る程余った。元々その予定で起きていたのだから当然と言えば当然なのだが。だから直接学校には下りず、都市の近くで降りて歩いて行く事になった。折角なのだからこれから長い時間を過ごすであろう場所を軽く紹介してくれるとの事だった。
ここ、
反対側の道路を見れば二本足で立つトカゲ男、リザードマンと歩く人の姿が。
また別の所では巨大な怪鳥に乗り新聞配達をする配達員の姿が。
走竜の背に乗って郵便配達をする姿や、バイク型のモンスターに乗って移動している人の姿もあった。いたる所に存在するモンスターと人の共存している姿に、不覚ながらちょっとしたときめきを感じていた。
「この景色が珍しいのか?」
「こうも堂々とモンスターと一緒に仕事したり歩き回っているのを見るのはね」
「都会ではないのか?」
「あんまり見ないよ」
というのも、都市部では基本的に大型のモンスターは暮らせない。ドラゴン、ゴーレム、ジャイアント、トロル、オーガ……巨大な姿を持つモンスターは多く存在し、色んな所で助けにもなるだろう。だが根本的な問題として彼らを置く場所は都市部にはない。
「そもそも市の条例で一定サイズ以上のモンスターは居住禁止みたいなのもあるからな」
「そうなのか? そうなるとミストとは暮らせなくなるな」
その言葉に邪魔にならないように飛んでいるミストドラゴンは悲しそうな声を零す。見て見れば久遠の表情もどことなく寂しげな……相棒のいない生活の事を考えているのかもしれない。
「というのも都心はあんまり土地がなくてね、でかいモンスターの居場所が圧倒的に足りないんだ。犬とかネコとか、人型の奴とか……ペットとか人ほどの大きさの奴だったら問題なく暮らしていけるんだけどね。どうしても強いモンスターはでかくなるし、邪魔になる」
暮らしたり、移動したり、後は食事の用意も大変だ。
「だから都心で暮らしていてモンスターマスターになるのは難しいんだよね。まずモンスター税がかかる」
「モンスター税」
「うん。使役されているモンスターは財産扱いされるから、その分税金がかかる。そのほかにもサイズによっては大量の食費がかかる。土地だって限定されてるからその用意もあるし、そうじゃなくても運動させたり健康のチェックしたり……まあ、あっちだと色々と大変なんだよ」
幸いウチのチビはサイズも見た目もほぼ子犬と変わらないからそういう手間は全くなかった。それでもモンスターだからライセンスを取得しないと所持出来ないから、急いで講習を受けてライセンスを取得してきた。父が。
食費もそんなかからないし、土日には公園でいっぱい遊べばそれで満足してくれる本当に良い子だ。
「なんか……息が詰まる場所なのだな、都会は」
「そうかもな」
久遠の言葉に苦笑して頷く。あまり夢のない場所だったと思う。結局勉強して、学校に通って、将来何になるのかを考えて……ここが前世と比べて異世界の様な場所だとしても、日常には何の変化もなかった。
「まあ、これからはこっちで暮らすのだ。息を詰まらせる心配ももうない。ほら、アレを見ろ」
「ん?」
久遠の指差す方では熊が我が物顔で道路を歩いてた。アレは野生の熊か? それとも熊型のモンスターか? どっちにしろそれに気づいた通行人がぎょっとなって逃げだし、近くにいたモンスター達がその場で熊と乱闘し始めていた。
それを俺達は遠くから眺めていた。
「ここではあれぐらいの事が良くある。都会では見ないだろう?」
「見ない、というより見たくない類じゃないかなこれ」
学校に着く前から中々エキサイティングな朝だった。
ちなみに乱闘は熊が勝った。
「はい、それでは本日は新しくこのクラスに加わるお友達を紹介するね」
「初めまして、東京で暮らしてたけど諸事情で都落ちしてきた鴉羽尊です。好きなものは不労所得、嫌いなものはイキリジジイと権力です。卒業まであまり長くないですけど、皆の心に傷痕を残せたら嬉しいです。宜しくお願いします」
「ロックの魂を感じる素敵な自己紹介ありがとうね。お爺ちゃんに恨みでもあるの?」
「ある」
「そっかぁ、じゃあしょうがないね! 席は夜月さんが隣の子を排除したからそこが鴉羽くんの席だよ」
渾身のボケを拍手で迎えられ、最近の小学校ってヤバイなあ……と思いながら席に着くと久遠が此方を向いて頬を赤くして微笑んだ。
「隣の席とは……偶然だな」
「さっきお前が排除したって話をしてなかった?」
「ああ……だが些細な問題だろう?」
そうかな……そうかなぁ?
そんなこんなで新しく小学6年生としての生活が再開された。小学6年にもなるともう既に地元でグループが決まっていたり、仲の良い連中で遊んでばかりだと思っていたが、新しいものに対する興味を持つ子供の勢いというものを完全に舐めてた。
他人よりも自分の興味や内輪のグループとばかりつるんでいる都会っ子とは違い、地方都市の子たちは勢いが凄かった。授業が終わった瞬間菓子に群がるアリの如く一瞬で机の周りに集まり、囲まれる。
「ねえねえ! 鴉羽くんは都会から来たんだよね? 都会ってどんな感じなの!」
「ここの100倍平和で人の人格がねじれ切ってクソで面白みがない代わりにあらゆるコンテンツにアクセスしやすい」
「ようこそ駆間へ! これは歓迎のジンギスカンキャラメルだよ!」
「ありがとう、君の口の中に突っ込んでおくね」
「鴉羽くん!!!! 夜月さんとの!!! ご関係は!!!」
「他人です」
「許嫁だ」
キャー、と一瞬で男子も女子も関係なく悲鳴が上がる。この状況を教卓から眺めてる先生はペンをへし折ってた。
「そうか、そんなに私とミコトの出会いを知りたいか? そんなに知りたいのであれば語るしかないな……」
「語る程の内容もないと思うんですけど。おい、誰だ? 今どさくさに紛れて俺の頭叩いた奴誰だ? 買うぞ、喧嘩は」
テンションの上がった子供たちに囲まれて滅茶苦茶もみくちゃにされている。流石ハイテンション最盛期、奇声を上げながら校庭を走る学年ナンバーワン。体力も好奇心もあるこの年頃の勢いは凄まじい。
「鴉羽くんって郊外にあるあの大きな土地の所に引っ越して来たんだよね? あそこでファームでも始めるの?」
「あー、どうなんだろ。父さんは脱サラしていっそファームでもやってみるかなんて言ってたけど」
ファームとは普通の牧場の事ではなく、モンスターを飼育、預かる施設の事を示す。東京の様な人口密集地ではモンスターを育てる事も連れて歩く事も出来ない。だったら普段は郊外にある施設で預けて世話をして貰い、週末に会いに行く……なんてスタイルは珍しくない。
この駆間市みたいに一緒に生活に馴染んでる所のが珍しいのだ。
「というかどこでそれを」
視線が一斉に久遠に集まり、どや顔の許嫁の姿が現れた。ここにはプライバシーって概念はないのか?
「じゃあさ、じゃあさ! 鴉羽くんてモンスターバトルやってるの? 俺、Eランクライセンス持ってるんだぜ」
「おぉ、凄い」
そう言ってまだ名前を憶えられていないクラスメイトの1人がライセンスカードを取り出した。そこには確かにEランクマスターとしての実力がある事を証明されていた。この歳でEランクマスターというのは中々将来有望だ。
「俺、実はライセンスまだ取ってないんだよね」
あははは、と笑い声を零すと一瞬で回りが黙った。何か地雷でも踏んだかと辺りを見渡すと、全員悲痛そうな表情を浮かべながら此方を見てた。
「え、なにこの空気」
「鴉羽くん……!」
がし、っと両手で肩を掴まれた。Eランクくんが必死な表情で俺を見ている。
「取得しよう! Fだけでも良いから! 知り合いの協会員なら面倒な手順すっ飛ばして発行してくれるから」
「ソレ、宜しくないやつでは?」
「鴉羽くん!! モンスターも連れずにこの駆間で生きて行くつもりなの!?!? 死ぬ気!?」
「なに、ここそんな無法地帯だったの?」
必死な表情で説得しにかかるクラスメイトは俺の反応を見て嘆きの溜息を吐き出し、視線を久遠へと向けた。
「夜月さん……鴉羽くんを頼んだよ」
「あぁ、任せろ。私の前で絶対にコイツを傷つけさせはしない」
「仲いいね君ら」
ちょっとだけ疎外感。まあ、良いですよ。どうせまたぼっちになりますから。皆俺に興味があるのは今日だけだろ? 明日からはどうせアイツは出汁を出し切った奴……みたいな視線を向けて来るに違いない。いや、これは別に拗ねている訳じゃない。拗ねてるわけではない。
「そういうことで放課後、お前のライセンスを作りに協会に行くぞ。任せろ、道中の安全はミストが守ってくれるからな」
「夜月が守るなら安心だな」
「そこまでなの……?」
怖いノリしてるなぁ、と一瞬だけ考えて今朝、乱闘を起こした熊を思い出した。
まあまあ自衛力は必要かもしれない。
放課後は素直について行く事にした。