「侮ると死にます」
「えっ」
「侮ると死にます。駆間はそういう場所です。名家とか寒門とかそういうの全部忘れてください。生まれ持った資産とかそういうのが通じない土地です。許されるのは培った力のみです。そこで急成長を遂げてる鴉羽尊は化け物です」
そこまで喋った所でメイド―――葉月は一旦言葉を止め、それから続けた。
「坊ちゃまが勝っている点は1つもありません。自分が何かで勝っている、そう思った瞬間勝機を失います。そう思ってください。思わずにプライドを守ろうとした瞬間敗北が決定します。アレは化け物です。一目見て敵対したくないと思いました」
この気持ちは柊剛三を見て以来です、と真剣な顔で告げる葉月の言葉に自分が黙った事を覚えてる。認めたくなかった。自分があんな奴に劣っている事実を。認めたくはなかった、少しでもアイツの方が才能があるって事実を。
「それが出来ないならここで終わりです。私も暇ではありません。無駄なレクチャーを続けるつもりはありません」
「……解った、何とか飲み込んでみる。飲み込むから話を続けてくれ」
飲み込めてるかは怪しい。今でもずっと怒っているから認めたくないって心の底から思っているから。それでも勝つ為なら、とプライドは投げ捨ててる。既に兄の犬になった時点でそんなものは残ってないのだ。今更自分の事なんて気にする必要もないじゃないか。
少しだけ投げやりだったかもしれない。
でも葉月はそれも解っていて、黙ってる。
「鴉羽尊というマスターは、ことバトルにおいては怪物的な知識量を持ちます。偵察した範囲でも様々な構築、ビルド、スキル、レシピ、普通知る事の出来ないものまで何故か知っています。陽気に見えて冷徹、感情的に見えて理知的。鴉羽様の戦術は全て合理に基づいてます」
「合理……」
「そうです。アドバンテージを取って叩く。その一点に集約しています」
「アイツがああいう戦い方を選んでいるのもそう、だって言いたいのか?」
「はい、鴉羽様は常に環境に対して有利な択を選ぶ事を好んでいます。バトルにおいて常に有利な選択肢を用意しておいて、戦闘前からイニシアチブを握る―――理想的なプレイヤーの姿です。鴉羽様はフィールドを一種のゲーム盤として捉え、コントロールしています」
宿泊しているホテルの部屋、テーブルの上には大量の資料が広げられている。ここ数か月の戦闘記録、使用したスキルの内容、スキルを駆使したコンボ、情報となるものは全て用意されていた。改めて浮き彫りになる異常性、そしてその強さ。
覚えている。ちょっとこれは勝てそうにないなあ、と思っている事を。だってこいつ、明らかにDランクにいて良い強さじゃないだろ。何だよ、マスタースキルをもう使えるって。プロのやる事じゃん。絶対に反則だろそれ。
「ですが勝率は100%ではありません」
「負けるんだアイツ……」
「はい、絶対に負ける試合が存在しています。それは明確に不利なマッチが成立した場合に限ります。その時だけ、それまでの強さが嘘のように敗北する事が確認されているのですが……」
「が……?」
「そうですね、これをどう解釈しましょう―――」
葉月が言葉を選ぶのに非常に時間をかけた。概念としてそれが難しいのを理解して。そしてたっぷりと時間をかけて出た言葉が。
「―――萎え落ち?」
「萎え?」
そんな言葉で、少々拍子抜けした。
「恐らく本人も意識していない所にあると思います。ですが完全不利な対面の時は下手に足掻こうとせず、さっさと試合を終わらせて次の試合に入る事を意識している……様にも感じます。そうですね、敗北濃厚な試合を無駄に長引かせようとしない……とでも言いましょうか……申し訳ありません、少し言語化が難しいですね」
「いや、大丈夫。これはつまり……アイツは自分が不利な対面になると、無意識的に手を抜くようになる、って事だよな?」
「そう捉えて構いません。そして鴉羽様の構築は既に割れています。此方はそれに対して有利な構築を押し付ける事で、まずは戦闘するというステージに乗せます」
「つまりあの狼対策か」
「いえ、恐らくあの狼は出て来ないでしょう」
「はあ!? あの狼はエースだろ!?」
なんで出て来ないんだよ、と葉月に迫った記憶がある。絶対におかしい。人生で一番長く共に過ごしたパートナーが一番信頼できる。一番力を注ぐことが出来る。一番理解し、動かす事が出来る……そういうモンスターの筈だ。だけど葉月はそのルールは鴉羽尊においてのみは発揮されないと言った。
「鴉羽様はそういう人間的な部分を無視してます。或いは持ちません。記録の通りであれば
だから鴉羽は戦う時、モンスターを選ばない。有利な構築を選んで押し付けて来る。それが一番勝率が高いから。その為に最大のパートナーをハブる必要があるのなら―――躊躇なく出来る。
マーメイドに死神。事前の想定通りの編成で来た。予想がドンピシャだっただけに、この大舞台で一番信用できるはずのパートナーを外すという判断に舌を巻く。勝つ為ならモンスターも、種別も、スキルも問わない。勝てる為に勝てる構築を行う。それが鴉羽尊のスタイル。
「だけどっ―――!」
想定の範囲内だ。だからこちらも、相手のデータにない組み合わせで戦う必要がある。
「メイジにファイターのゴブリンコンボか。という事は赤帽子や天使はブラフで、2体目のメイジも見せ札? いや、練度的に本気っぽかったし成程、こっちに対策して来た感じか。いいねいいね、盛り上がって来た」
「うるさいっ」
小さく吠える。認めない。絶対に認めない。
「お前が、柊の血を引いてるなんて事絶対に……!」
怒りに呼応するようにファイターがメイジを庇う様に前に立ち、メイジがその後ろに隠れて構える。同じようにマーメイド、死神が距離を空けて待機する。葉月の言う通り、きっちりとした隊列でどこか機械的な並び―――無機質。だからこそ動かしやすい。それが尊の指示の根本。
徹底してキャンバス内で完結する計算された絵。
『もし、坊ちゃまがあの怪物に勝ちたいとおっしゃるのであれば―――絵を、キャンバスの外に広げなければならないでしょう』
キャンバスからはみ出して絵を描く。
どこまでやれるか。
いや、やるんだ。
「事前の作戦通りやるぞ!!」
「ごぶっ!」
「……ぶ」
メイジが詠唱を行う。魔法スキルは特殊で、下位には不要でも中位や上位の魔法を行使するには《詠唱》と呼ばれる種別のスキルを使用し、特殊なリソースをスタックしないとならない。これをMPと一緒に消費する事で初めて使用可能になる。
「成程、魔法ランプか」
呟きなのだろうが一々此方の戦術や考えを的確に抜いて来る辺りがムカつく。それにこれまで何度も展開してきたあの《根の国》とかいう特殊フィールドを展開して来ていない。リーサルラインが引き下げられるフィールド、アレが出たままだったら多少は楽だったかもしれない。
が、逆に言えばあっちはマスタースキルでの食いしばりが解禁されたという事だ。
「行け……!」
メイジを庇いながらファイターが前に出る。向かう先は真っ先に面倒だと判断した死神。マーメイドはまだよい、だけどあの死神は種族として情報が少なすぎる。生かしておくだけで面倒だ。《パーフェクトキャンセラー》を持っている事含めてさっさと退場させたい。
だがそれに割り込む様にマーメイドから《平和の歌》が鳴り響き、攻撃力がそぎ落とされる。同時に死神が手を伸ばす。おどろおどろしい気配を纏わせながら伸びた手から紫色の波動が放たれ、ファイターを通り抜けた。
直後、ファイターの顔色が悪くなる。毒だ。毒を差し込んできた? やっぱり、これで尊の狙いが見えた。
「バーンコントロール……!」
思い出す。
『坊ちゃま、恐らく鴉羽様は別にアグロが得意でもミッドレンジが得意なわけでもありません。環境に今適しているから運用しているだけで、Dランクが許す限られたリソースの中で強いものを選んでいるだけにすぎないと思います』
葉月が言っていた。
『鴉羽様の“見”は異様です。まるで見たものをそのまま数値化して即座に認識しているような……頭の中にコンピューターでも仕込んでいるのかと言いたくなるような程、正確に物事を測ってきます。そしてその手の才能はミッドレンジやアグロで発揮するものではありません』
考えて、計算して、削ぎ落す。長期戦になれば成程輝くもの。
それこそがランプであり、コントロールという軸の構築。
『―――結論、鴉羽様は狼を外した方が強いと思います』
「やれっ……!」
ファイターの振るう剣が死神に振り下ろされ、死神が吹き飛ぶ。毒が回ってファイターの体力を削る。その間にもメイジは裏で《詠唱》を行ってスタックを溜める。
だが《平和の歌》が鳴り響き、毒と剣のダメージを敵味方関係なく癒す。死神の手が伸びる。メイジを庇う。ファイターは防御を行う。
《深呼吸》。防御した時に自分にかかっている状態異常を1つ解除できるという優秀なスキルだ。それで死神から付与された毒を解除しつつ、メイジを庇って新しく毒を受ける。1度解除された影響もあって毒は重症化しなかった。
だが庇ったからダメージも与えられなかった。
―――恐らく中位魔法に《パーフェクトキャンセラー》を合わせようとする。
勝ち筋は中位魔法によって1発でマーメイドか死神、どちらかを蒸発させる事。マスタースキルで耐えられてもゴブリンには追撃コンボがある。これを駆使すれば食いしばり殺しの追撃が出来る。問題はそんな事、相手も最初から承知だという事だ。
だからこちらは先に《パーフェクトキャンセラー》を消費させないとならない。
それが叶ってもしも妨害に引っかからずに魔法を叩き込めれば、その瞬間に此方の勝ちが決まる。
「勝負だ、鴉羽尊……お前を、否定してやるっ……!」
怒りと、憎しみと、そしてやるせなさを込めて……絶対に負けられない相手へと向き合う。
それがどれだけ無謀かを教えられても、立ち向かうしかない。
それが、柊の血だから。
それを理解せず、向き合わず、のうのうと今更遺産レースだなんだというのに乗っかって来る奴にだけは。
絶対に、負けられない。
たとえそれが、上の兄の謀略通りだったとしても―――。
「さあ、じっくり時間かけて、じりじり削り合おうぜ。偶にはこういうのも楽しいだろ?」
「うるさい、黙ってろ……お前を……ぶっ倒してやるからな!!」